あーあ、今日は最悪だったぜ。どうにか撒けてよかったが。

なんで俺がこんな目に。久々にごちそうにありつけるかと思えば…

…………

これはさあ俺が悪いってより、俺がごちそうにありつける、スキのある世の中が悪いんじゃねえの?

うっわあ!

虚空への言い訳を聞かれたかと、
〈狼〉はドアの小窓を覗いた。

ロトフクス、遅くにすまないね。
ちょっといいかい?

げっ、ミュラー。仕事放り出してきちまったからなあ。明日また行くよ、今は休ませろって…

仕事の話じゃなくってね。
君にお客さんが来てるんだ。

嫌な予感がするから帰ってくれ。

こんばんは、狼のお兄さん!

お茶は渋めでお願いします。

もてなさねえよ帰ってくれ!!

いやあ君、女っ気ないと思ってたけど、綺麗なお嬢さんが二人も押しかけてくるなんて。どういう知り合い?

森歩いてたら襲われたんだよ!!

さすがノーラね。借金取りの元締めを探して下っ端の居所を聞き出すなんて、私じゃ思いつかなかったわ。

金貸しはシマ争いの激しい生業です。最近この辺りに来てそれを仕事にしてるなら、仲間がいるだろうと思いまして。

でもそんな手があったんなら、私が走り疲れて大地の一部と化す前に教えてほしかったわ。

痛むのは私の脇腹じゃないので。

…それに、シブンの「死体」とガイスさんを二人きりにするのも酷ですし。

用がねえなら早いとこ出てけ!

そうそう、用事があって来たのよ。

この怪力薬前に飲んで、力比べしたの覚えてる?

誘拐されて殴り合ったことしか覚えてねえな。

勝負が宙づりになっちゃって、私とっても困ってるのよ。頑固者の弟子が怪力薬を売らせてくれなくって!

薬を人手に渡しても大丈夫だと示すための勝負でしたからね。不戦勝じゃ認められません。

ってわけで決着つけさせてくれない? 広い場所ならそこの草原があるわ。

そんな用事で追いかけたんですか。

なんで追いかけたと思ってたのよ。

逃げるものを見た反射かと。

お友達は猫か何かなの?

にゃーん。

あ、の、なあ!

なんで俺がそんなことしなきゃならない? 怪しげなモン飲まされてさあ殴り合いましょうだなんて、こっちには何の利もない。ごめんだね。

うーん、それじゃあ仕方ないわね。

では前回と同じように…

ボソボソ…後頭部…

殴る部位の相談をするな。

でも気絶させて薬を飲ませてってやり方じゃ、万全に戦えるとは限らないわね。

前回気づくべきだったな。

ここは穏便に進めたいところね。

穏便に殴り合いに持ち込みたいって?

メリットが欲しいなら対価を払うわ。願いをなんでもひとつ、叶えてあげる。

な……

なんでも?
本当になんでもか?

ええなんでも。
さあ、あなたの願いはなあに?

逡巡を破壊するように
ドアが乱暴に開けられた。
入ってきた影は、大小二つ。

ここか、借金取り!

待ちなさい、シブン!

え、その子供なんで生きて…

一回死んでわかったんだ、逃げてるだけじゃダメだって。出て来い借金取り、僕がやっつけてやる!

変ねえ、仮死薬には勇敢になる副作用なんてないけど。

飲むこと自体に大きな勇気がいりますからね。それを乗り越えたら性格が変わるくらいありそうなものです。

へえ…?

シブン、待って、危ないことは…

あなたは…!

ガイスが目を見開いた。
視線の先で、男は
にこやかに腕を広げた。

やあ奥さん。
こんな遅くにどうしました?

ミュラーさん…! 投資の相談に乗って下さったあなたがどうしてここに?
まさか私に借金を背負わせたのはわざとだったというの…!?

奥さん、あなたの息子は七歳。どこに売るにも一番カネになる年齢なんですよ。

初めからシブンが狙いだったなんて…!

チバリ様、狼との交渉はまたにしましょう。このままではシブンが危険、依頼人を助けるべきです。

ノーラ、ちょっと聞きたいんだけど、人が勇敢になるのって仮死薬飲む以外じゃどんなとき?

えっ? そうですね、恨むべき相手が目の前にいたり、手頃な武器があったりすれば…

そ。じゃ、今は見物していましょ。ガイスの手に負えなきゃそのとき動くわ。

…手に負えそうだ、との判断ですね?

見物といえばおつまみが必須よね!

狼さん、台所借りていいですか。

今それどころじゃねえの見てわかんねえか!?

借りていいそうです。

やったあ。

翻訳能力に難のある弟子を連れ
チバリは台所へ向かった。

いいとは言ってねえだろ!
いいとは言ってねえだろ!

こうなってしまっては仕方がない。見せてあげようじゃないか、私の華麗な交渉術をね!

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