──2月14日。

中島 陽太(なかじま はるた)

あー、ついにこの日が
来てしまった

華胡(かこ)

朝から暗いのう。
どうした?

中島 陽太(なかじま はるた)

今日はバレンタインデーだよ!
珠來を怒らせたまま
この日が来てしまうとは……

華胡(かこ)

ばれんたいんでー、とは
なんのことじゃ?

中島 陽太(なかじま はるた)

ああ、そうか。
まずそこから話さないと
いけないのか

中島 陽太(なかじま はるた)

そもそもバレンタインというのは
チョコレート会社が
販売戦略のために設定した……

華胡(かこ)

ほう。
おなごから、ちょこれいと
という名の菓子を贈って、
愛を告げる日か

中島 陽太(なかじま はるた)

人が話している間に
雑誌を読むな!

華胡(かこ)

で、陽太は珠來から
ちょこれいとをもらえないことを
悩んでおるのか?

中島 陽太(なかじま はるた)

まあ、そういうことだ。
なあ、頼むよ華胡ぉ~

華胡(かこ)

ぱんつの力に頼るのか?
だらしのない男じゃ……
けほっ、けほんけほんっ

中島 陽太(なかじま はるた)

大丈夫か、華胡?



慌てて華胡に近寄り、顔を覗き込む。

華胡(かこ)

だ……大丈夫じゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

本当か?
なんか顔が赤いぞ

華胡(かこ)

陽太が顔を
近づけるからじゃろ!

中島 陽太(なかじま はるた)

……へ?

華胡(かこ)

なんでもない。
わらわのことはいいから、
もう少ししっかりせい

中島 陽太(なかじま はるた)

ん……わかった。
パンツに頼らないで
やってみるよ

華胡(かこ)

うむ、それでいい……

中島 陽太(なかじま はるた)

(うっ……!
朝からすごい熱気だ)



学校に着くと、女子たちの圧倒的な熱量が
学校全体を変な空気にしていた。

中島 陽太(なかじま はるた)

(今日は一年に一度しかない
チャンスだもんな……)

陽太ちゃーんっ

中島 陽太(なかじま はるた)

(お?
この声はもしや……)



後ろを振り向くと、
女の子とぶつかってしまった。

日下部 苺香(くさかべ いちか)

いたた……

中島 陽太(なかじま はるた)

ごめん!
……って、やっぱり
苺香ちゃんだったのか

日下部 苺香(くさかべ いちか)

おはようですっ。
陽太ちゃんはモテるから、
いっぱいチョコもらったですよね?

中島 陽太(なかじま はるた)

いや、実はまだ一個も……。
だから、苺香ちゃんのチョコが
欲しいな~……なんて

日下部 苺香(くさかべ いちか)

苺香は甘い物が好きなので、
食べきれなかったらくださいね。
じゃ、さよならです!

中島 陽太(なかじま はるた)

えっ!?
苺香ちゃん、
ちょっちょっちょこはー?



苺香ちゃんは、足早に去って行ってしまった。

中島 陽太(なかじま はるた)

(合宿での告白に
返事してないから
怒ってんのかな~?)

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

よう、フラれたな親友!

中島 陽太(なかじま はるた)

見てたのか?

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

水泳部のアイドル日下部さんが、
まさかチョコを渡すのかと
思ってハラハラしたぜ

中島 陽太(なかじま はるた)

それじゃあ、
今のを見てさぞかし
安心しただろうよ

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

はっはっはっ!
いや~、しかし一年間で
一番イヤな日だな~

中島 陽太(なかじま はるた)

悲しくなるからやめろ……

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

俺だって毎年
一個ももらえないんだぞ?
悲しみを分かち合おうぜ

中島 陽太(なかじま はるた)

友よ……。
みんなそんなもんだよな!

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

いや~。
それが3年の成瀬先輩は、
トラック一台分くらい
チョコをもらってるらしいぜ

中島 陽太(なかじま はるた)

トラック一台分?
そりゃ大げさだろ

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

ウソだと思うなら、
外を見てみろよ


窓から校庭を見下ろすと、
裕貴さんがたくさんの女子から
チョコを受け取っているのが目に入った。

中島 陽太(なかじま はるた)

見なきゃ良かった

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

なんで女の子たちは、
この俺の魅力がわからないかな~

中島 陽太(なかじま はるた)

さあ、なんで
だろうな……

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

そうだ!
そういや来栖からは
チョコレートもらったのか?

中島 陽太(なかじま はるた)

ななな、なんで
珠來の話が出てくんだよ

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

お前ら昔から
仲いいだろ。
部活だって同じだし、
いつも一緒にいるしさ

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

っか~!
チョコをもらえる当てが有るヤツは
うらやましいな!

中島 陽太(なかじま はるた)

…………

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

なぜそこで黙る?

中島 陽太(なかじま はるた)

ほっといてくれ……。
じゃあな

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

お、おい?
陽太ー!
どうしたんだよ!?



優斗の呼びかけに振り向くことなく、
その場を後にした。

中島 陽太(なかじま はるた)

(くそー。
少し前はモテまくってたのに、
今はさっばりじゃないか)

中島 陽太(なかじま はるた)

(こうなったら、最終手段だ。
……おい、華胡!)

華胡(かこ)

まさか、
ぱんつの力を使う気か?

中島 陽太(なかじま はるた)

(話が早いな。
頼むよ、バレンタインに一個も
もらえないなんて
寂しすぎるからさ)

華胡(かこ)

ぱんつに頼らないと
朝に約束したばかりではないか)

中島 陽太(なかじま はるた)

(頼むよ……。
もう、パンツに頼るしか
道は残されてないんだよ)

華胡(かこ)

見損なったぞ。
自分で決心しておきながら、
舌の根が乾かぬ内にこれか

中島 陽太(なかじま はるた)

(なんだよその言い方!
チョコをもらえることが
どれだけ重要なのか、
華胡はわかってないんだよ!)

中島 陽太(なかじま はるた)

(だらだら寝てばっかいないで、
ちょっとは人間社会のことも
学んだ方がいいと思うぞ)

華胡(かこ)

そんな言い方をするヤツに、
手を貸す気にはならん

中島 陽太(なかじま はるた)

(フンッ!
俺だってお前の力なんか
借りたくねーよ!!)

華胡(かこ)

ならば勝手にしろっ!
わらわを呼ぶな!!



華胡はスーッ……と姿を消してしまった。

中島 陽太(なかじま はるた)

(くそーっ……。
なんだよ、華胡……)

中島 陽太(なかじま はるた)

(こうなったらヤケだ!
片っ端から女の子に
声をかけてやる!)

中島 陽太(なかじま はるた)

おーい、そこのキミー!
俺にチョコをくれないか?

はあ……?



女子生徒は怪訝な表情を浮かべ、
すぐ様いなくなってしまった。

中島 陽太(なかじま はるた)

(ダメか……。
次行くぞ、次!)

中島 陽太(なかじま はるた)

そこの綺麗なお嬢さん!
チョコレート
受付中ですよ~!

あの人
なに言ってんの?

知らなーい

中島 陽太(なかじま はるた)

(ぐぬぬっ……
無視かよ!)



その後も多くの女子生徒に声をかけて回ったが、
反応はどれも一緒だった。

中島 陽太(なかじま はるた)

(なんだかヘコんできたぞ。
慰めてくれる人はいないし。
華胡を怒らせなきゃ
良かったなあ……)



そんなこんなで、
あっという間に一日が終わった。

シクシク

中島 陽太(なかじま はるた)

うう……結局、
誰からもチョコを
もらえなかった……

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

なーに?
泣きながら歩いてるなんて、
かっこ悪いわよ?

中島 陽太(なかじま はるた)

なんだ、沙穂先生ですか……

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

どうしたの?
今まで見た中で、
一番元気が無いようだけど

中島 陽太(なかじま はるた)

どうせ沙穂先生も、
チョコなんかくれないんだろうな~
と思って……

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

チョコレートが欲しいなら、
そう言ってくれればいいのに

中島 陽太(なかじま はるた)

え!?
く、くれるんですか?

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

はい、どうぞ。
たくさん有って困ってたの

中島 陽太(なかじま はるた)

おお、ありがとうござ……
って、たくさん有るとは?

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

なぜかよくわからないけど、
毎年バレンタインデーには
たくさんチョコをもらうのよね

中島 陽太(なかじま はるた)

それは、男子からでしょうか?

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

バレンタインだもの。
女の子からに決まってるじゃない

中島 陽太(なかじま はるた)

なんで、さも当たり前かのように
『何変なこと言ってんのこの子?』
って顔をしてるんですか!

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

え?
だって……普通、チョコを
贈るのは女の子でしょ?

中島 陽太(なかじま はるた)

女性が! 男性へ!
チョコを! 贈る!
イベントでしょうが!

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

ど、どうして怒ってるの?

中島 陽太(なかじま はるた)

女性の沙穂先生にすら、
負けたなんて思うと……
悔しくて……うっうっ

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

ほら、泣かないの。
チョコレートなら、
たくさんあげるから



沙穂先生がくれたチョコには、
どれも『沙穂さんへ』とか、
『倉敷先生へ』と書かれていた。

中島 陽太(なかじま はるた)

どうして沙穂先生って、
女の子にもモテるんですか……

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

何言ってるの。
みんなあげる人がいないから、
遊びのもつりで私にくれてるのよ

中島 陽太(なかじま はるた)

果たしてそうだろうか……

倉敷せんせーい!

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

あら? どうしたの?

良かった、見つかって。
このチョコ、学校で
渡しそびれちゃって……

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

ありがとう。
でも、わざわざ走ってこなくて
良かったのに

だって、倉敷先生に
どうしても渡したかったんです!

中島 陽太(なかじま はるた)

つかぬ事をお伺いしても
よろしいでしょうか?

はい? なんですか?

中島 陽太(なかじま はるた)

倉敷沙穂さんの好きな所を
具体的に教えていただけますか?

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

ちょっと、
なに聞いてるのよ中島くん

えーと、先生なのに
頼れるお姉さんって感じだし、
いつ見てもキレイな所かなぁ……

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

そうなの?
ありがとう

キャッ、
倉敷先生の前で言っちゃった!
恥ずかしい!



女の子は、どこかに向かって
走り去ってしまった。

中島 陽太(なかじま はるた)

な、なんなんだあの子は……

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

私の可愛い教え子よ。
それじゃ私、もう行くわね。
さよなら

中島 陽太(なかじま はるた)

さよなら……

中島 陽太(なかじま はるた)

(沙穂先生が女の子に
人気があるのって、
きっとあの母性に
ひかれるんだろうなぁ)

中島 陽太(なかじま はるた)

(俺にはマネできないよ。
はあ……)

中島 陽太(なかじま はるた)

なあ、華胡……

華胡(かこ)

…………

中島 陽太(なかじま はるた)

まだ怒ってんのか?

華胡(かこ)

…………

中島 陽太(なかじま はるた)

お前の好きなアニメ……
えーと、化け猫エンジェルちゃん?
昨日の分、録画しておいたぞ

華胡(かこ)

ちがーう!!
“美少女猫耳エンジェルK”じゃ!
間違えるなバカモノ!!

中島 陽太(なかじま はるた)

はは、そうだった。
お前が寝ちまってたから、
録っておいたぞ。
見るか?

華胡(かこ)

知らん。
どーせわらわは、
だらだら寝てばっかなんじゃろ?

中島 陽太(なかじま はるた)

それは本当にごめん!
体調が悪くて寝てるってこと、
俺もわかってたはずなのに……

華胡(かこ)

ふん……

中島 陽太(なかじま はるた)

考えてみれば、
じいちゃんと離れて暮らしても
寂しくないのは、
いつもお前がいてくれたから
なんだよな

華胡(かこ)

陽太……

中島 陽太(なかじま はるた)

お前には本当に感謝してる!
だから許してくれよ!
この通りだ!!

華胡(かこ)

仕方ないのう……。
許してやるから、早く
美少女猫耳エンジェルKを
見せるんじゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

サンキュ!
ほら、再生したぞ。
化け猫エンジェルちゃん!

華胡(かこ)

だから、
ちがーうっ!!

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