そっと華胡のまぶたに指を当てて、
瞳を閉じさせる。
さて、今日はひさびさに
モテパンツを
履いて行くかな~
…………
おい、華胡?
すぅ……すぅ……
(な、なんだ?
華胡のやつ、
目を開けたまま寝てるぞ)
(神様だからドライアイとか
無いだろうけど、
なんか見た目に怖いな……)
そっと華胡のまぶたに指を当てて、
瞳を閉じさせる。
(疲れてるみたいだし、
履いて行くのはやめるか)
来週から生徒会選挙が始まるわ。
うちのクラスから立候補する人は
いないかしら?
選挙かあ……。
生徒会長は裕貴さんが
続投するんだろうな
倉敷先生が言ってたけど、
後期は会長を
降りるらしいわよ
えっ、なんで?
テニス部の部長と
両立させるのが、
大変だったみたいね
うーむ……。
じゃあ、新しい生徒会長は
誰になるんだろうな
ねぇ、アンタが
立候補しなさいよ
へっ!?
な、なんで俺が!?
アンタって、学校新聞で
話題を集めてるじゃない。
もしかして票が
集まるかもしれないわよ?
うーん、どうかなあ……
なに?
陽太、お前生徒会長に
立候補すんのか?
いや、まだ決めてねぇよ
男らしくないわね。
成瀬先輩の後を
継ごうと思わないの?
(裕貴さんの後任か……。
それに、珠來に男らしくない
なんて言われちゃあな……)
よし!
沙穂先生、俺……
生徒会長に立候補します!
そう!
頑張ってね!
応援するぜ。
絶対に当選しろよ!
ははは、まかせとけ!
──放課後。
今度の生徒会選挙で、
陽太が立候補することに
なったんです
へえ、陽太も生徒会に
入ったら楽しそうだな。
どれに立候補すんだ?
陽太『も』……?
裕貴さんの後任として
頑張りたいなと思って、
生徒会長に立候補したんです
えっ、生徒会長……か?
何かまずいですか?
俺も、生徒会長に
立候補するんだよ
えっ……どうして!?
成瀬先輩は、生徒会長を
降りるんじゃないんですか?
そのつもりだったんだけど、
副会長に続けてくれって
泣きつかれちゃってさ
テニス部の顧問と
クラスの担任にも
推薦されちまったし、
断りきれなくて
先生たちと現役メンバーの
推薦ですか……
(うっ、珠來のテンションが
明らかに下がってるぞ。
男として引き下がるわけには!)
俺、裕貴さんには
負けませんからね!
陽太……!
へえ、威勢がいいな。
それじゃあお互い、
全力を尽くして闘おうぜ!
望むところです!
そして、選挙期間が始まった。
よーし、今日は一年生の
クラスを全部回ったぞ。
明日も引き続き、頑張ろうぜ
実はね、私……
アンタのこと
ちょっと見直しちゃったの
な、なんだよ急に
陽太は私に言われて
立候補しただけだから、
やめちゃうかと思ったの
でも、あんなに堂々と
成瀬先輩に宣戦布告する
なんて思わなかった
あ、当たり前だろ!
立候補するって決めたのは
俺なんだしさ!
うん、そっか……そうだよね。
出来ることは
なんだってするから、
頑張りなさいよ!
じゃあ、
ほっぺにチューしてくれたら、
もっと頑張れそうな気がする。
……なーんて
おーい!
選挙ポスター、
言われた通りに
全部貼ってきたぞー!
え、何?
堀川のせいで、
よく聞こえなかったんだけど
なんでもないで
あります!
(聞こえてなくて
助かったような、
残念だったような……)
…………
友のために頑張った俺に、
労(ねぎら)いの言葉を
プリーズ!
おー、ありがとさん
軽っ!
感謝の気持ちが
感じられないぃっ!!
陽太ちゃーん!
お疲れ様ですっ
やあ、苺香ちゃん。
今から部活?
はいです!
陽太ちゃんが生徒会長に
立候補したのを知って、
ビックリしたですよ
ははっ。
清き一票をよろしく頼むよ
もちろんです!
苺香は絶対に、
陽太ちゃんに投票するですよ
ありがとな。
苺香ちゃんと話してると、
すごく癒されるよ
鼻の下を伸ばしてる
場合じゃないでしょ。
私達も部活に行くわよ
イテテ、背中をつねるな
イチャつきやがって……
選挙ポスターに
ヒゲを書いてやるからな!
イチャついてない!
…………
──1ヶ月後。
(今日はいよいよ、
立会演説会と投票日だな。
華胡パンツを履いて行けば、
女子の票が集まるかも……?)
モテパンツをしまっている
引き出しに手をかけた。
(いや、やっぱりやめよう。
応援してくれてる珠來や優斗の
気持ちを裏切ることになる)
引き出しをそっと戻した。
ついにこの日がきたか!
成瀬先輩との決戦の日だな!
なんだか俺まで緊張してきたぜ!
ば、ばか。
ますます緊張してきただろ!
安心しろ。
選挙管理委員である俺が、
票を操作してやるから
えっ、マジで?
何バカなこと言ってんのよ。
そんなことしたら停学ものよ。
正々堂々と勝負なさい!
でも、今更ながら
自信が無くなってきたぜ……
そんな情けないことで
どうすんの?
アンタは絶対勝つ!
私は信じてるんだから!
……そうか。
ありがとう、珠來
珠來の真剣な顔を見ていると、
不思議に心が落ち着いてきた。
それじゃあ……いざ、出陣!
みなさんの学校生活を、
これまで以上に楽しくする
ことをお約束します!
ですので、この中島陽太!
中島陽太に、清き一票を
よろしくお願いします!
(……ふう。
選挙演説、
上手く出来ただろうか)
さっきの演説、
すごく良かったよ
沙穂先生!
沙穂先生はもちろん、
俺を応援してくれますよね?
あ、うん……。
もちろん中島くんを
応援してるけど、
成瀬くんにも頑張ってもらいたいの
そうですか……。
沙穂先生と裕貴さんは、
一緒に生徒会をやってきた
仲間ですもんね
そんな言い方しないで。
中島くんにも、
成瀬くんに負けないように
頑張って欲しいと思ってるから
ありがとうございます、
沙穂先生。
俺、頑張ります!
うん、その調子
(適当に合わせちゃえばいいのに
本音を言ってくれるのは
沙穂先生の良い所だよな)
途中経過発表!
今んとこ、
なかなかの好戦だぜ!
ほ、ほんとか!?
途中経過とか
バラしてもいいの?
いや、駄目だろうな。
先生に見つかったら怒られる
余計なことしてないで、
開票作業に戻りなさい
ほぉ~い!
でも、健闘してるみたいで
良かった
ああ……。
全部を開票するまでは
なんとも言えないけどな
きっと大丈夫よ。
陽太、あんなに頑張ったんだから
ありがとう、珠來
(奇跡が起こるのを
信じるしかないか……)
廊下で優斗や他の選挙管理委員が、
大きな紙を貼り出していた。
はぁ……
あ、投票結果が出たのか?
はっ!!
いやっ! これはそのっっ!
陽太は見なくていいから!
なんだよ、見せろよ。
あっ……
優斗の後ろに貼り出された投票結果を見ると、
やはり当選したのは裕貴さんだった。
…………
お前はよくやった!
だから落ち込むな!
落ち込んでなんかねーし
そ、それなら良かった
しっかし……はあぁ~。
敗因はやっぱり顔なのか?
それとも人望の差か?
思いっきり落ち込んでるだろ。
あーっ、もぉー!
元気出せって~!
…………
今日は部活に出る気にならなくて、
誰にも告げずに帰る事にした。
(テニス部に行けば、
裕貴さんと顔を合わせることに
なるしな……)
(なんだか俺ってみじめだな。
こんな姿、珠來に見せたくない)
ばーかっ。
下向いて歩いてると、
人にぶつかるわよ?
あ、珠來……。
お前、テニス部を休んだのか?
無断欠席してる奴がいたから、
待ち伏せしてたのっ。
ほら、帰るわよ!
不意に、珠來に腕をつかまれた。
……えっ?
珠來は俺にしなだれかかってきて、
腕を組んだ。
な、なんだよ?
せっかく待ってて
あげたんだから、
もっと嬉しそうな顔しなさいよ
俺を待ってたのか?
あっ……!
違うわよ、今のは間違い!
(す、素直じゃねえ)
そっ、それよりもっ!
今日はいつもと違う道を
通って帰らない?
え?
いいけど……
珠來と腕を組んだまま歩いていると、
しゃれた洋館が目に入った。
こんな所に洋館なんて
有ったんだな
ねえ、小さい頃……
二人で読んだ絵本に、
こんな洋館が出てこなかった?
そうだったか?
覚えてないな
もうっ。
いつかこんな家に、
大好きな人と暮らしたいな
って話したのに
そんなに女の子らしい面も
あったとは意外だな。
あの頃は平気で男と
ケンカしてたのに
ほ、ほっといてよ!
……あ、そうだ。
裏山の方にも行ってみない?
返事を待たずに、珠來は裏山の方へ歩き出した。
ここって、いい眺めよね……。
気晴らしに、よくここに来るのよ
(気晴らしか……。
珠來にも、俺が知らないような
悩みがあるんだろうな)
なんか悪かったわね。
選挙のこと
何でお前が謝るんだ?
アンタは迷ってたのに、
私が強引に立候補させ
ちゃったじゃない
(うーむ……。
俺が落選したせいで、
珠來は責任を感じてるのか)
フッフッフッ。
俺を見くびって
もらっちゃ困るな
どういうこと?
お前に勧められたのは
きっかけに過ぎねーよ。
俺が自分の意思で決めたことだ
陽太……
それにさ、俺は裕貴さんの後を
継ぎたくて立候補したんだよ。
裕貴さんが会長やるってんなら、
それでオールOKだっ!
そっか……。
アンタがいいなら、
それでいいの……
でも、正直なこと言うと
すごいなって思ったわよ
と、言うと?
前任だからって理由で、
成瀬先輩に投票したって人は
多いと思うのよね
それなのに、
新規で立候補したアンタも
かなり健闘したじゃない
アンタの良さをわかってる人、
この学校に結構いるんだなと
思って嬉しくなっちゃった
お、おうっ。
なかなか照れること
言ってくれるな
フフッ。
柄にも無く
照れてんじゃないわよっ
俺はもとから謙虚な人間だ!
(珠來がこんなに
励ましてくれてんだ。
いつまでも落ち込んでられないな)
丘の上に立って、すぅっと息を吸い込んだ。
珠來ーッ!!
な、何よ大きい声出して
ありがとなーっ!!
…………
珠來はしばらく驚いた顔のままだったが、
その内クスッと笑った。
どういたしまして!
そして二人で、顔を見合わせて笑った。