あれから、珠來と話さない日々が続いた。
珠來の、足の怪我のこと……。
それを俺が、苺香ちゃんに話したのだと
誤解されたままだ。
あれから、珠來と話さない日々が続いた。
珠來の、足の怪我のこと……。
それを俺が、苺香ちゃんに話したのだと
誤解されたままだ。
はああぁ~……
よお、どうした!
デッカイため息なんか
ついちゃって
……ん?
いやあさ、珠來ともう何日も
話してないな~と思ってな
いいじゃねえか、
お前のファンは
いっぱいいるんだし
マジメに聞いてくれよ……
でも、いくらモテ期が
きてるお前でも、
こいつにはかなわないだろうな
そう言って優斗は、一枚の写真を出した。
誰だ……?
このイケメンは
3年生の成瀬 裕貴
(なるせ ひろたか)先輩だよ。
見た目はちょっとチャラいが、
生徒会長なんだぜ
ふうーん……
生徒会の顧問は沙穂先生だろ?
成瀬会長が狙ってんじゃねえか
ってみんなヒヤヒヤしてんだよ
あ、そう
なんだ、敵じゃねぇってか?
ちがうっての。
今は珠來のことで悩んでるから
それどころじゃねぇんだよ。
はあ~……
悩み多き青年だなあ!
俺なんか、来栖に存在すら
認識されてねーぜ!
笑顔で言うことかよ、それ……
(今日もボーッとしてる内に
放課後になっちまったな)
(さて、何も用事が無いし
帰るか……)
んっ……?
玄関を出ると、鼻の頭に水滴が落ちた。
むう、来るの……
何がだよ?
華胡に聞いた直後に、
頭上に大雨が降ってきた。
ぶわあっ、冷てえーっ!
玄関に戻るぞおーっ!
だから来ると言ったではないか。
……大雨が
そういうことは早く言えよ!
濡れちゃったじゃないか!
傘は持っておらんのか?
無いな。
折り畳み傘も持ってない。
こりゃあ、雨がやむまで
待つしかなさそうだな……
なら、教室に戻るのじゃ。
優斗の机に入っていた
漫画本を読もうではないか
めざといな。
いつの間にチェックしてたんだ
教室に戻ると、
珠來が教室の隅に一人でいた。
珠來?
一人で何やってんだ?
いちいちアンタに
報告しなきゃいけない
義務でもあるわけ?
そうツンツンするなよ。
この間のこと、
まだ怒ってるのか?
まだ?
陽太にとっては
私の怪我の話なんて
その程度のことなの?
いや、そういう意味で
言ったんじゃないんだ。
……ごめん
私の顔を見れば、
謝ってばかりね
(だって、
これ以上なんて言ったら
いいんだよ……)
誠意を見せる必要が
あるようじゃの
(そう言っても、
誠意なんてどうやって
見せるんだ?)
情けない奴じゃのう。
ここはパンツの力で
乗り切るしかないようじゃな
(情けなくて悪かったな!)
口を閉じよ
(……ゆ、許す)
あん?
ちょっと。
謝る気があるなら、
これ手伝いなさいよ
(おっ、さっそく
チャンスがきた!)
……な、なに?
私、変なこと言った?
いやいや。
……で、俺は
何をすればいいんだ?
学級委員の仕事を手伝ってよ。
この前、文化祭の出し物について
アンケートを取ったでしょ?
その結果をまとめるの
そう言えばこの前、
みんな提出してたなぁ……
アンタはなんて書いたの?
俺?
究極のメニュー VS
至高のメニューで料理対決
って書いたぞ
そ、そう……。
これアンタだったの
何か問題でもあったか?
別に……
それから俺は珠來と机をくっつけて、
アンケートの集計や
予算に関する書類の整理を手伝った。
なあ、珠來……
……何よ?
この前は、ごめん
…………
……ねえ。
どうして日下部さんに
足の怪我のことを言ったの?
珠來は誤解してるみたいだけど、
怪我の話を最初にしたのは
苺香ちゃんなんだ
そうだったんだ……。
日下部さん……
私のこと、嫌いなのかな
違う、そうじゃない!
きっと苺香ちゃんも
珠來を心配してるんだよ
……そう。
日下部さんのことは、
本人に聞かなきゃわかんないから
別にいい
でも、アンタが陰で私のことを
話してたんじゃないかと思って
ショックだったの
確かに、話してたのは認める。
だけど面白がって
話したわけじゃないんだ
珠來に何かあったのかと思って、
不安だったんだよ
…………
それから珠來は黙ってしまい、
ただじっと文化祭のプリントを見ていた。
そうして少し経ってから、
珠來が一言つぶやいた。
悪気がなかったなら、
別にいいわよ……
許してくれるのか!?
驚いて立ち上がり、
プリントを床にばら撒いてしまった。
あーあ……
何やってるのよ、もぉー
わ、悪い
珠來がプリントを拾うのに続き、
俺も拾おうとしてしゃがみ込むと、
手と手が触れてしまった。
あっ……
(顔が近い……)
目と目が合い、お互いに
恥ずかしくなって横を向く。
あれから少しだけ、
アンタのこと考えてた……
俺のことって……なんだよ?
私が、島にいた頃……。
男の子とケンカをして、
アンタが加勢してくれたことが
あったじゃない
そんなこともあったな
でもボロボロに負けちゃって、
私は大泣きしちゃったのよね……
そんな姿をアンタに
見られたのが恥ずかしくて、
大切なことを言えなかったの
大切なことって……?
助けに入ってくれて、
ありがとう
えっ!
い、いや、別に!
気にすんなって
(驚いた……。
パンツの力を使ってないのに、
珠來がこんなに素直になるとは)
良かった、ようやく言えた。
なんだかスッキリしたわ
そう言った珠來の表情は、
とてもホッとしたような感じだった。
……と思ったのも束の間、
プリントを拾おうとして
ずっと手が触れ合っていたことに、
二人で同時に気づく。
ご、ごめん!
べ、別にいいわよ
恥ずかしくなって、珠來と離れてしまった。
(うっ……気まずい。
何か喋らないと)
あのさ、その……
足、怪我してるんだっけ?
……なんでまた、
その話をするのよ
(マズイ……!
珠來がまた不機嫌になったぞ!)
本当は私が
怪我なんかしてないこと
知ってるんでしょ?
えっ……どういう意味だ?
とぼけないでよ!
前に更衣室の前で、
スコートの中を見たじゃない。
その時に足も見たんでしょ?
更衣室の前っていうと……
ああ、ぶつかった時の話か
(なぜかあの時だけ
珠來はテニスウェアを着ていた。
そんで俺はパンツをじっくり
見ちゃったんだよな)
陽太が思っている通り……
私、怪我なんかしてないのよ
そうだったのか!?
白々しいわね……。
本当は見たんでしょ?
足に傷なんか無いって
知ってるんでしょ!?
えーと……
たしかに色が白くて、
キレイな足だったような……。
それに、肌もすべすべして……
いやっ……!
えっ、イヤ?
アンタには、
そういう風に見えてたわけね……
(なんだ?
珠來の様子がおかしいぞ?)
ちょっと大げさな
言い方をしたのは謝るけど、
何もお前を襲おうと
思ったわけじゃなくて……
珠來は何かを思い出したように、
顔を真っ青にした。
来ないでー!!
泣きながらそう叫ぶ珠來に、
俺はなんと声をかければ良いのか
わからずにいた。
(一体どうしたんだ?
そんなに過剰に反応しなくても
いいのに……)
(おい、華胡。
俺……何かまずいことを
言ったか?)
お前は悪くはないのだ……。
それは珠來もわかっている
はずじゃ……
(どういう意味だ?)
……いや、なんでもない。
とにかく、珠來が落ち着くまで
待つのじゃ
(そ、そうか……)
珠來に近寄らず、
そして声もかけずにじっとしていると……
珠來の顔に、
だんだん血の気が戻ってきた。
も、もうこんな時間……。
そろそろ部活に
行かなくちゃ……
おい……大丈夫か?
何言ってんの?
私はなんともないわ。
今から部活に行くから、
仕事を終わらせておいてくれる?
えっ、俺がかよ?
これって学級委員の
仕事じゃないのか?
終わったら帰っていいわよ。
頼んだわね!
珠來は腕時計を気にしながら、
足早に教室を出て行ってしまった。
……ったく、仕方ねえなあ
その後、一人で黙々と作業を続け……
終わった頃には、
時計の針は6時半を指していた。
すっかり暗くなっちまったな
雨はまだやんでいない
ようじゃのう
困ったな……
この調子じゃと朝まで
雨は上がらんじゃろ。
ここで一晩過ごしてはどうじゃ?
そうもいかねえだろ。
とりあえず玄関まで行くか
下駄箱の所まで行くと、
部活が終わったらしく珠來が立っていた。
あっ、陽太……
仕事なら終わらせたから、
安心しろよ
そうじゃなくて、
アンタの下駄箱を見たら
まだ靴が有ったから……
それがどうしたってんだ?
だからっ!
傘……持ってないんでしょ。
待っててやったんだから、
入りなさいよ
珠來はそう言いながら、傘を広げた。
ええっ?
どうしちゃったんだ?
仕事を押し付けちゃったから、
悪いかなって思っただけよ。
入るの? 入らないの!?
は、入らせて
いただきます……
頭を少しさげて傘に入ると、
珠來が照れくさそうにうつむいた。
…………
……ありがとな
天気予報くらい、
ちゃんとチェックしなさいよね
はいはい
(これはきっと、
意地っ張りな珠來なりの
『どういたしまして』だろうな)
校門まで行くと、珠來がキョロキョロと
辺りを見回し始めた。
迎えの車が遅いわ!
何やってるのかしら?
お前は家でも
そうやってカリカリしてるのか?
カリカリなんか
してないでしょ?
そんな顔で運転手さんに会ったら
ビックリされるぞ
だって!
時間通りに来ない方が
悪いんじゃない!
……もう、そんなの
どっちだっていいわ。
しばらく待ちましょう
(しばらく待つ?
俺も一緒に待つのか??)
よくわからない内に立ち続けていると、
雨が強くなってきた。
(これじゃあ、
珠來の肩が濡れちまうな)
それとなく、傘を珠來の方にずらしてみる。
(よし、これで珠來の肩に
雨はかからないな)
少ししてから、珠來がハッとした様子で
自分の肩と俺の顔を見比べた。
何やってんのよ。
アンタが濡れちゃうじゃない、
このバカ!
んなっ……!
バカとはなんだ、バカとは!
キキーッ!
目の前に、いつもの高級車が止まった。
ようやく来たわね……
車のドアが開くと、
珠來は傘を閉じて中に乗り込んでしまった。
(傘に入れてくれたんだから、
そのまま貸してくれても
いいのになあ……)
(まあいいか、走って帰ろう)
傘の代わりにカバンを頭に乗せて
走り出そうとしたら、
珠來が俺に向かって叫んだ。
何やってんのよ!
送って行くから、乗りなさい!
み、珠來……。
お前、熱でもあるのか?
部活で頭を打ったとか?
わけわかんないこと
言ってると、
車でひくわよ……
す、すみません。
ありがたく乗らせて
いただきます
そう、それでいいの。
早く乗って!
(珠來が楽しそうに
見える気がするが、
気のせいか……?)
(さすが高級車。
座席のシートがふかふかで
座り心地がいいんだが……
逆に落ち着かないな)
一人でソワソワしていると、
珠來が運転席の方へ身を乗り出した。
家まで急いで
いや……。
俺んち逆なんだけど
そんなに濡れてるんじゃ、
風邪ひくでしょ。
まったく、バカなんだから!
バカは風邪ひかないって
迷信があるんだが
そう言われれば、そうね。
……フフッ
笑ってる珠來がかわいくて、
一瞬ドキッとしてしまう。
そうしてから車は走り出し、
運転手さんがおもむろに話し始めた。
お嬢様のご友人ですか?
まあ、そんなとこね
(おっ、否定しないのか)
他の方をお乗せになるなんて、
初めてですね。
よほど仲がよろしいのですね
別に仲なんて良くないわよ。
こいつが変態で、
いつも困らされてるんだから
ちょっ……お前!
誤解を招くような
言い方すんなよ!
誤解じゃないでしょ?
変態じゃなかったら、
なんだっていうのよ
俺は優斗に
スーパーアイドルと
呼ばれたことがあるぞ
最近は変態の呼び名も
変わってきたのね
だーかーらー、違うって!
ヘンタイヘンタイと連呼するな!
フフッ、じゃあこれからは
もっとマジメになることね!
お二人とも本当に
気心が知れているのですね
どこが!!
…………
そんなことばかり話していると、
豪華な家の前で車が止まった。
着きましたよ
おー! すごい家だな。
お前、超お嬢様になったんだな……
本当すげえなあ、珠來は
私なんかすごくも
なんともないわよ。
パパがすごいだけ
珠來に招かれて、重厚な門をくぐった。
(まさか、珠來の部屋で
二人っきりに
なったりして……!)
この後の展開を予想して、
期待に胸を膨らませたのだった。