う…

ここは…?

気がつくと〈狼〉は
森の開けた空間にいた。

お目覚めね、狼のお兄さん。

あんたは…
まさか〈変身の魔女〉?

顔を知っていたわけではない。
だが、ただの少女ではないと
ひと目でわかる。

なんで、俺をこんなところに?

私とあなたで勝負するためよ。

なんで俺たちが勝負するんだ?

心配性な弟子を納得させるためよ。

でも魔女、なんで…

ただの少女ではない。
まとう雰囲気、いや何よりも…

なんであんたの右手、そんなにデカいんだ!?

それは、あなたを押さえ込むためよ!

うっ、うわあああ!

さあ始まりました魔女vs狼、待ったなしの真剣勝負。
依頼人のルーさん、今のお気持ちは。

なぜこんなことになったのかと、ふがいなく思います。

っていうか、なんで私たちこんな茂みから見物してるんです?
どうせやることないなら、もっと安全な場所で待ってたいですんですけど。

さて、先攻はチバリ様ですね。

聞けよ。

巨腕化薬で大きくした右手で〈狼〉の全身を捕らえたようです。

わあ、わしづかみ。痛そうだな。

でも〈狼〉も、いつまでも呆気に取られてはいませんね。

この…っ!

っ、うわっ!

〈狼〉がチバリの手を払いのけ、
チバリの体は巨腕ごと吹っ飛んだ。

わっ。すごい、地面がえぐれて…

待て待て待て俺そんなに力入れてねえぞ!? なんで地面がえぐれるほどの勢いで飛んでいくんだよ!

ふふん。寝ている間に私の薬を飲ませたのよ。どう、魔女チバリの怪力薬は!

人に勝手に変なもん飲ませんなっ!!!

チバリ様、無事ですね。強化された右腕を地面に対する盾にしたようです。

あの。ひとつ聞きたいんですけど…

魔女さんが持ってる丸薬が、怪力薬を無効にする薬、なんですよね。

ええ、あれが解除薬です。

だけどあんなに大きな手で、小さな丸薬を飲ませるなんて…

ご心配なく、チバリ様は左ききです。

本当に押さえ込む専用なんだ、あの右手。

それに…

おりゃあああっ!

チッ、しつこいっ! 馬鹿のひとつ覚えみたいに正面から来やがって…!

そろそろ、効き目が切れる頃です。

あっ?

巨大な右腕を跳ね飛ばそうとした
〈狼〉の剛腕は見事に空回った。

体勢を崩した〈狼〉の背後に
チバリが回り込む。

背中に絡みつく腕。
左手に持つのは、小さな丸薬。

驚いた? 戦いの最中に変身が解けるよう、時間を逆算して薬を飲んでおいたの。

知らねえよ!
何だよその粒!?

そうね、言ってみれば毒かしら。

毒ぅ!?

運動能力を制限する薬なの。
怪力薬とは反対の効果で…

〈狼〉はその説明を
最後まで聞いてはいなかった。

変な薬で人を改造しやがった上、さらに変なモン飲ませようって!? ふ…っ

ふざけんなあああああっ!

わっ、すごい声。

頭が割れそうです。この辺り一帯揺れたでしょうね。

あんなの間近で聞いて、チバリ様は――

…っ

あ、落ちた。

目を回してますね…

よっ、よくもやったわね!

あ、無事でした。

すぐやり返して…って、あら?

〈狼〉は?

チバリは目をぱちくりさせた。
〈狼〉の姿は忽然と消え、
空き地にはチバリ一人しかいない。

逃げていきましたよ。チバリ様が手を離した一瞬で。脚力も強化されてるので、今頃は森の反対側かと。

えええっ! ノーラ、見てたんなら、逃がす前に首根っこ押さえときなさいよ!

失礼しました。次からはチバリ様がぶっ倒れててもそのまま放置しようと思います。

ええっ、逃げちゃったの!?
賞金首つかまえて、遊んで暮らす計画が!!

賞金が目的でしたか。おばあ様のかたき討ちではなく。

目的兼ねてて悪いですか!?
誰だって大金は欲しいでしょーが!

ぎゃーぎゃー騒ぐルーを横目に、
チバリは立ち上がり、
まだ痛む頭をさすった。

背中に引っつけば手も足も出ないと思ったのに、声量で殴ってくるなんて。

とっさの反撃が面白い人ね。

ところでチバリ様。勝てなかったわけですから、怪力薬は今後人に渡しちゃダメですよ。

えっ

はあっ、はあっ…
なんて奴だ、酷い目に遭った!

〈狼〉は必死で逃げ続けていた。
高い砂ぼこりが盛大な足音に続く。

人に喜ばれるようとかじゃねえ!
あの女、自分の好きに生きてるだけだ、嫉妬した俺が馬鹿みたいじゃねえか!

アレに比べりゃ、俺の方が、よっぽどまともに生きられるぜ!!

その後〈狼〉が
チバリへの対抗心から
食人をすっぱりやめたかどうかは、

魔女も知らない。

 

おしまい

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