チバリ様は自分が本来、ただの雑魚だってお忘れです。

ノーラの容赦ない発言に、
チバリは猛然と立ち上がった。

なんですってえ!?
私を誰だと思ってるの!

私はチバリ。変幻自在・大胆不敵・正体不明の〈変身の魔女〉!
しかしてその正体は、森の天才薬草師よ!

正体明かしちゃった。

雑魚だなんて、言ってくれるじゃない。この怪力薬を一口飲めば!

ちょちょいのちょい。ノーラ相手に腕相撲で百勝できるわ!

私が同じように怪力薬を使っていても、勝てますか?

へっ?

考えたこともなかったんですね?

チバリ様がお強いのは、他の人には使えない技術があればこそ。技術が他の人にも渡れば、いくら怪力でも相対的にはただの少女です。

腕相撲の相手が私ならいいです。
でも教会や魔女狩りが、怪力薬を手にしたとき…

私に腕相撲を挑む行列が…?

腕相撲で済んだらいいですね。
良くて火あぶり、悪くて生きたまま火あぶりです。

ひあー。

火あぶりという言葉に
チバリが身を震わせる。

眩耀薬やら発光薬やら、使いどころの難しいものはともかく、「飲めば怪力になれる薬」なんて簡単に人に渡すものじゃないです。

待ってください!
私が、買った薬を横流しするって言いたいんですか?

わざとでなくても、盗まれたり紛失したり、うっかりすることはあるでしょう。

そんなこと…

人は失敗する生き物です。チバリ様を見ているとよくわかります。

真顔でなんてこと…

〈植物の魔女〉が言うには、教会には専属の薬草師がいて、薬の研究をしているのだとか。チバリ様の薬だって、調べられて複製されるかも…

あら、それはないわ。

身を震わせ飽きたチバリが
サラリと言う。

あまりにもあっさりしているので、
ノーラは言葉を継ぐのが
一瞬遅れたほどだった。

…なんで言い切れるんですか?

なんでって、私の薬をレシピなしで再現なんて、できっこないわ。

私を誰だと思ってるの?

…………

さっきと似たようなセリフですけど、なんで黙り込んじゃうんですか?

耳打ちで尋ねられ、
ノーラは首を横に振った。

うっかり納得してしまいまして…

こと薬作りに関しては、チバリ様の自信には理由があります。実験を繰り返した末の誰も知らない知識、複雑な調薬。再現不可能というなら、そうなんでしょう。

チバリ様がどうして魔女と名乗るのか。それは、並外れた薬作りの技量を誇ってのこと。日頃の振る舞いのせいで忘れがちですが、この人本当は頭脳派…

…頭脳派?

突然自信なくさないでください。

普段のチバリを思い出し、
知性の定義について悩むノーラ。

ま、レシピを見抜かれることはなくっても、薬自体を盗まれる可能性は十分あるわね。

でも今言ったように、複製なんてできないもの。大量に流出することはないわ。怪力薬を使った敵は、せいぜい一人か二人ってとこよ。

だからノーラ、怪力薬を使った相手に私がタイマンで勝てるなら、何も心配ないわけよねっ。

そりゃ、そんなことができるなら。

簡単よ。怪力薬を無効にする解除薬があるの。それを飲ませればいいんだから。

いい機会だわ、試してみましょう。
ルー、〈狼〉はこの森にいるのよね?

そのはずですけど…

よしっ、わかった。
出かけるわよ、二人とも。

ど、どこに?

決まってるでしょ。
〈狼〉ひっつかまえて、怪力薬飲ませるのよ。

ああ、なるほど。

何がなるほど!?
どうしてそんな話になるんですか!?

ルーの叫びが
魔女の家にこだました。

夜の森をうろつく影があった。
消えようもない血のにおいをまとった、
そう、〈狼〉である。

ああ、喉が渇いたぜ。あの婆さんを食い損ねたせいだ。干し肉みたいな体でも、何かの足しにはなったのに。喉がカラカラで眠れやしねえ!

婆さんが一人…
婆さんが二人…
婆さんが三人…

いや眠れるか! 余計渇くわ。
何か別のこと考えよう。そういや俺が初めて食った人間も、年よりだったっけ。

そうだ、自分のばあちゃんだ…
優しい人だったのに、喉が渇いて渇いて、仕方なかったんだ。ああ畜生。

俺はまともな両親から生まれて、まともな兄弟と一緒に育ったのに、あーあ、どうして俺だけこんな罰当たりになっちまったんだろうな。

ん? あれは…?

家の灯りか? こんな森ん中に?
…そういやこの近くには、魔女が住んでるんだったか。

魔女ね。対価をもらっては、人の願いを叶えてるっていう。
俺とおんなじ化け物のくせに、どうして人に喜ばれる生き方ができるんだ?

化け物のくせに…同じくせに…
そうだ、あの婆さんを食べ損ねた代わりに。

今度は、魔女を食ってやろう!

そのときだ。

ギャンッ!?

あら。何か言った?

舌なめずりした〈狼〉の背中に
飛び蹴りしてきたのは、
うわさの当人、チバリだった。

きゅう…

ふふん、狩りは先手必勝よ。
さて狼のお兄さん。口を開けてもらえるかしら?

ほ、ほんとに飲ませるんですか?
今よりもっと強くなる薬を、何人も殺した食人鬼に?

実験の相手としては不足なしです。怪力薬を飲ませた相手に勝てるか試すなら、日頃から暴れ慣れた人じゃないと。

負けたときには?

ミートハンマーのサビになるだけです。

ミートハンマーってサビるんですか?

さてと、お兄さんが目覚めるのは夜明け頃になるかしら。

それまでに、色々準備しとかなくっちゃね!

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