中島 陽太(なかじま はるた)

さて、こんな事を話してる
場合じゃない。
職員室に行かないと遅刻するな

華胡(かこ)

こんな事とはなんじゃ!
伴侶を見つけるにあたって、
重要な事じゃぞ。
それをおぬしは……

中島 陽太(なかじま はるた)

あー、わかったわかった。
悪かったから。

中島 陽太(なかじま はるた)

でもな、職員室に
行かなきゃ恋も何も
始まらんだろ?

華胡(かこ)

さっきから触陰湿などと
連呼しおって……。
わらわをバカにしておるのか?

中島 陽太(なかじま はるた)

またわけのわからんことを
言ってんな……。
いいか、職員室っていうのは
こういう字だ



胸ポケットから手帳を取り出して
“職員室”と書いて見せると、
華胡はポンと手を打った。

華胡(かこ)

この文字なら、
さっき通りがけに見かけたぞ。
早く言えば良かったではないか

中島 陽太(なかじま はるた)

さっきからずっと
言ってただろうが……


華胡の言う通りに校舎を歩き、
ようやく職員室まで到着した。

中島 陽太(なかじま はるた)

失礼しまーす

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

あら?
あなたは……

中島 陽太(なかじま はるた)

(すっげえ美人だああ!!
なんでこんなスタイル抜群な
モデル風の美女が職員室に!?)

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

もしかして、
島から来た中島くん?

中島 陽太(なかじま はるた)

そ、そうです!
中島陽太です!
遅くなってすみません!!

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

気にしないで。
迷子になってるんじゃないかと
思って心配してたのよ

華胡(かこ)

わらわのおかげで
辿り着けて良かったな

中島 陽太(なかじま はるた)

(こいつ……)

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

私は担任の倉敷沙穂よ。
これからよろしくね

中島 陽太(なかじま はるた)

(沙穂先生、か……。
こんなに優しくて美人な先生が
担任なんて、超ラッキー!!)

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

どうしたの?
ボーッとしてるけど
気分でも悪いの?

中島 陽太(なかじま はるた)

いっ、いえっ!
大丈夫です!
ところで俺のクラスは
どこですか?

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

転入前に送った資料に
書いていなかったかしら?
中島くんは2-Cよ

中島 陽太(なかじま はるた)

ああ、そう言えばそうでした。
2-C……2-C……

中島 陽太(なかじま はるた)

(珠來が同じクラスだって
言ってたな)

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

2-Cには中島くんと
同郷の子もいたわね。
仲良くね?

中島 陽太(なかじま はるた)

はっ、はい!

華胡(かこ)

そうじゃぞ。
あの珠來というおなごと
仲良くするのじゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

ははは……

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

中島 陽太(なかじま はるた)

(でも、朝会った時の
珠來の態度を思い出したら、
急に不安になってきたぞ)

華胡(かこ)

そう不安になることは無い。
わらわの力でなんとでも
できるのじゃからな

中島 陽太(なかじま はるた)

そうか!
俺には華胡パンツが
あったんだ!

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

かこ……ぱん……?
って、なんのこと?

中島 陽太(なかじま はるた)

いっ、いえ!
なんでもありません!



職員室のドアを開いたのは、珠來だった。

来栖 珠來(くるす みらい)

先生、来ましたけど

中島 陽太(なかじま はるた)

(やっぱり、
改めて見ても綺麗だな)

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

来たわね、委員長

中島 陽太(なかじま はるた)

(へえ、珠來って
クラス委員長なのか)

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

彼が転入生の中島陽太くんよ。
委員長としていろいろと
サポートしてあげてね

来栖 珠來(くるす みらい)

はい……



珠來が、冷たい視線をこちらに送ってきた。

中島 陽太(なかじま はるた)

あ……朝、ちょっとだけ
話したよな?

来栖 珠來(くるす みらい)

…………

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

そう言えば二人は
同じ島の出身だったわね

来栖 珠來(くるす みらい)

……ええ、まあ

中島 陽太(なかじま はるた)

(迷惑そうな顔してんなぁ)



電話が鳴って、沙穂先生が受話器を取る。

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

はい、もしもし



先生が話し始めたのを見ると、
珠來がこっちに向き直った。

来栖 珠來(くるす みらい)

ねえ、陽太

中島 陽太(なかじま はるた)

なんだ?

来栖 珠來(くるす みらい)

さっきも言ったけど、
同じ島出身っていうだけで
仲間って思われても迷惑なのよ

来栖 珠來(くるす みらい)

だから、くれぐれも
そのマヌケな顔で
話しかけないでくれる?

中島 陽太(なかじま はるた)

マヌケな顔って……!!



相変わらずなつんつんした態度に、
涙が出そうになる。


その時……華胡パンツが俺の股間で
もぞもぞと動き始めた。

中島 陽太(なかじま はるた)

うひゃおっ!
うひゃっ!!

来栖 珠來(くるす みらい)

ま、また何なの……?

中島 陽太(なかじま はるた)

(こんな時に動き出して、
何考えてんだ華胡!
珠來が変な顔してるだろ!)

華胡(かこ)

察しの悪い奴じゃな。
ほら、珠來の顔を見てみろ

中島 陽太(なかじま はるた)

(はっ……?)



華胡から珠來に視線を移すと、
照れたように頬を赤く染めていた。

来栖 珠來(くるす みらい)

私だけと話してたら、
友達ができないでしょ?
これでも陽太のこと
心配して言ってるんだから

中島 陽太(なかじま はるた)

あ、ああ……?
ありがとう?

中島 陽太(なかじま はるた)

(華胡パンツの力だとは
わかっていても、
珠來ってやっぱかわいいな)

来栖 珠來(くるす みらい)

なに?
そんなに見たら
恥ずかしいじゃない……

中島 陽太(なかじま はるた)

珠來……



あまりに珠來が可愛くて、抱きしめようとした、
その時……。

中島 陽太(なかじま はるた)

いでっ!
いででででっ!



股間に急激な痛みが走った。

華胡(かこ)

たわけ!
所構わず欲情するでない!

中島 陽太(なかじま はるた)

(お前さぁ……。
邪魔ばっかりしてるけど、
応援する気あるのか?)

華胡(かこ)

こんな所で珠來を抱きしめたら
大問題じゃろ。
少しは頭を使え!

中島 陽太(なかじま はるた)

(た、たしかに……)



一人で頷く俺を、
珠來は怪訝そうな顔で見ていた。


そのタイミングで沙穂先生が受話器を置き、
椅子から立ち上がる。

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

お待たせ。
そろそろ教室に行こうか?

中島 陽太(なかじま はるた)

は、はい……



こうして三人で、教室へと向かった。

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

じゃあ、先に私と委員長が入って
転入生の紹介をするわね。
私が合図をしたら
教室へ入ってくれる?

中島 陽太(なかじま はるた)

なぜそんな
まどろっこしいことを
するんですか?

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

先に私たちが紹介したほうが、
中島くんも入りやすいでしょ?

中島 陽太(なかじま はるた)

ああ、まあ……たしかに



教室の前に到着すると、
沙穂先生と珠來だけが中に入って行った。


手持ち無沙汰になった俺は、
ふと股間に話しかけてみる。

中島 陽太(なかじま はるた)

なあ、華胡。
さっきみたいに突然動いたり、
マイサムを痛めつけたりするのは
やめにしないか?

華胡(かこ)

まいさむ……?

中島 陽太(なかじま はるた)

俺の息子を痛めつけるのは
やめろってこと

華胡(かこ)

なぜじゃ?
わらわによっておぬしの状況は
好転しておるじゃろう

中島 陽太(なかじま はるた)

でも、このまま続けてると
珠來に奇声キャラだと
認識されちゃうだろ

華胡(かこ)

じゃが、ぱんつの力無しでは
あのおなごと話すことすら
叶わんじゃろうて

中島 陽太(なかじま はるた)

ううう……
悔しいがその通りだ

華胡(かこ)

安心せい。
仮に変態認定されても、
わらわがついている限りは無敵じゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

なんだかシャクに障るが、
とりあえずは言う通りにして
おいてやるか……

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

中島くん、お待たせ。
もう入ってもいいわよ

中島 陽太(なかじま はるた)

あ、はい


沙穂先生に言われて、教室の中に入ると……
みんなの視線が一斉にこちらに集中した。


その中には、もちろん珠來もいる。

来栖 珠來(くるす みらい)

…………

中島 陽太(なかじま はるた)

(また冷たい視線に戻ってるな。
パンツの力が消えたってことか)



俺は自己紹介をしてから席に着くまで、
少しずつ昔の事を思い出していた。

中島 陽太(なかじま はるた)

(珠來と最後に会ったのは、
小学6年の時……。
珠來は本土へ引っ越したんだ)

来栖 珠來(くるす みらい)

やったわね!
絶対ゆるさないわよ!

珠來は昔から気が強くて、
男子とも平気でとっくみあいのケンカを
するような奴だった。

中島 陽太(なかじま はるた)

(あのバカ!
女一人で、男数人相手に
勝てるわけないだろ!)



俺はランドセルを投げ捨て、
その辺に落ちていた棒切れを構えた。

中島 陽太(なかじま はるた)

でやああぁーっ!
助太刀いたす!

来栖 珠來(くるす みらい)

陽太!!
いつの間に来たの!?



驚いてこっちを振り向く珠來。


背中を見せた珠來に、男子生徒が殴りかかる。

中島 陽太(なかじま はるた)

珠來、危ない!



棒切れを振り回し、
かっこよく珠來を守ったはずだった。


しかし、殴られていたのは俺で……。

うるせぇんだよ!
弱い奴がからんでくんじゃねぇ!



あっという間に囲まれた俺は、
成す術もなく蹴られ始めた。

中島 陽太(なかじま はるた)

ぎゃああーっ!!
ギブギブ!
やめろおおおお!

来栖 珠來(くるす みらい)

ちょっと!!
やめなさいよ、アンタ達!



頭を抱えてフルボッコにされている俺を、
今度は珠來が助けに入る。


その後、俺と珠來はどうなったかというと……。

来栖 珠來(くるす みらい)

ぐすんっ……
うわああぁーんっ!
ひぃーんっ!

中島 陽太(なかじま はるた)

そんなに泣くなよ……

来栖 珠來(くるす みらい)

だって、だって、
あんな奴らに負けるなんて……
ひぐっ、ひぐっ……うわあーんっ!



俺が一人加勢したところで、
数人の男子にかなうはずがなかった。


俺たちは見るも無残に負けて、
ボロボロになってしまったのだ。

中島 陽太(なかじま はるた)

ケンカの理由は
知らねえけどさ……
ごめんな、守ってやれなくて



泣いている珠來がかわいそうで、
慰めようと思い頭の上に手を置くと……



珠來は俺の手を振り払い、
キッとにらみつけてきた。

来栖 珠來(くるす みらい)

守ってやるって、何!?
そんなこと頼んでないわよ!

中島 陽太(なかじま はるた)

珠來……?

来栖 珠來(くるす みらい)

そのマヌケな顔、
二度と見せないで!



顔を真っ赤にした珠來は、
俺の前から走り去ってしまった。

中島 陽太(なかじま はるた)

(あの時、珠來は
どうして怒ったんだろう?)

中島 陽太(なかじま はるた)

(俺が言葉の選び方を
間違ったんだろうけど……。
でも、なんて声をかければ
良かったんだ?)

中島 陽太(なかじま はるた)

(そういえば
珠來と話したのは、
アレが最後じゃなかったよな)



そして俺は、珠來と話した最後の日の事を
思い出した。

来栖 珠來(くるす みらい)

ちょっと陽太、いる!?

中島 陽太(なかじま はるた)

んあ?
珠來、お前……今日は
引っ越す日じゃなかったか?

来栖 珠來(くるす みらい)

そう……。
だから、陽太に話したいことが
あるの……

中島 陽太(なかじま はるた)

なんだよ

来栖 珠來(くるす みらい)

…………



そのまま珠來は下を向いて、
黙り込んでしまった。


それがじれったくて、ついつい俺は
珠來を急かしてしまったんだ。

中島 陽太(なかじま はるた)

なあ、黙ってちゃ
わかんねえだろ。
早く言えよ!!



どういうわけか、珠來が俺の頬に
派手に平手打ちをしたのだ。

中島 陽太(なかじま はるた)

いってー!
いきなり何すんだよ!

来栖 珠來(くるす みらい)

話なんかないわよ、バカッ!



その言葉を最後に、珠來は俺の前から
いなくなってしまった。


あの時、珠來が何を言おうとしていたのかは……
今でもわからないままだ。


中島 陽太(なかじま はるた)

(昔は島でよく遊んだな。
珠來にはいっつも
からかわれてたっけ……)

中島 陽太(なかじま はるた)

(まあ、そんな思い出に
浸ってる場合じゃないか。
もう放課後だし、帰る用意しなきゃ)



椅子から立ち上がろうとすると、
不機嫌な様子の珠來が目に入った。

中島 陽太(なかじま はるた)

(いつの間に、俺の目の前に?
しかも、沙穂先生まで居る)

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

……と、いうことで。
後は頼んだわね、委員長

来栖 珠來(くるす みらい)

はい……



沙穂先生が教室から出て行き、
後には俺と珠來だけが残された。

中島 陽太(なかじま はるた)

どうしたんだ?

来栖 珠來(くるす みらい)

はあ?
聞いてなかったの?

来栖 珠來(くるす みらい)

私はクラス委員長だし、
それに陽太と同郷だから
学校を案内しろって言われたの

中島 陽太(なかじま はるた)

へえ、それはそれは。
んじゃ、よろしく頼むな

来栖 珠來(くるす みらい)

ちょっと……
どうして私が
案内しなきゃなんないのよ!

中島 陽太(なかじま はるた)

ええっ?
沙穂先生に言われたんだろ?
それに、さっき『はい』って
返事してたような……

来栖 珠來(くるす みらい)

先生に言われたら、
一応そう言うしかないじゃない。
でも、アンタを案内するなんて
絶・対・イ・ヤ!

中島 陽太(なかじま はるた)

(取り付く島もないってのは
このことか!
せっかく仲良くなれるチャンス
だと思ったんだけどな)

華胡(かこ)

わらわの助けが必要か?

中島 陽太(なかじま はるた)

(おっ、華胡。
いいところに!
いっちょ頼むよ)

華胡(かこ)

まかせよ。
それぃっ!



華胡の掛け声の直後に、
パンツがもぞもぞと動く。

中島 陽太(なかじま はるた)

(よし、これで珠來は
校内を案内すると
言い出すはずだ)

来栖 珠來(くるす みらい)

じゃあ……私、もう帰るから

中島 陽太(なかじま はるた)

へっ?
ちょっと待てよ、
案内してくれるんじゃ
なかったのか?

来栖 珠來(くるす みらい)

何度も言わせないで。
アンタを案内するなんてイヤよ。
じゃあね!

中島 陽太(なかじま はるた)

(おい、どういう事だよ華胡。
珠來の態度が変わらないぞ?)

華胡(かこ)

ふむ……
力が足りないのじゃろう

中島 陽太(なかじま はるた)

(足りないって言われても!!
どうするんだよ、
珠來が帰っちまうぞ!?)

華胡(かこ)

そう騒ぐな。
おぬしが力をくれるなら、
この場をおさめることができるぞ

中島 陽太(なかじま はるた)

(俺が華胡に、力をやる?
そんなことできるのか?)

華胡(かこ)

島での最後の晩、
わらわとお前は唇を
重ね合わせたであろう?

華胡(かこ)

あれがわらわに
力を分け与える
儀式となるのじゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

(んんっ?
そんなことしたっけ?)

華胡(かこ)

よく思い出せ。
お前はしきたりに従って、
儀式の間で眠ったはずじゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

(たしかに、
特別な部屋で寝たときに、
着物の女の子とキスする
夢を見たけど……)

中島 陽太(なかじま はるた)

(……って!!
あれ、夢じゃなかったのか!?)

華胡(かこ)

きす?
なんのことじゃ?

中島 陽太(なかじま はるた)

(お前が言った、
唇を重ねることだよ!
いいか?
キスってのは特別な意味が……)

華胡(かこ)

ごちゃごちゃ言っとらんで、
力をもらうぞ。
早くしないと珠來が帰ってしまう

中島 陽太(なかじま はるた)

(ちょっ! 待って!
心の準備がっっっ!!!)

華胡(かこ)

こら、動くでない。
おとなしくしておれ……

中島 陽太(なかじま はるた)

(や、やわらかかった……)

華胡(かこ)

うむ、完璧じゃ。
どれ……



再び、パンツがもぞもぞと動く。

来栖 珠來(くるす みらい)

ねえ、陽太……

中島 陽太(なかじま はるた)

どうした?

来栖 珠來(くるす みらい)

気が変わったから、
学校を案内して
あげてもいいわよ

中島 陽太(なかじま はるた)

おおっ!
サンキュー、珠來!

来栖 珠來(くるす みらい)

な、何お礼なんか言ってるのよ。
先生に言われたから、
仕方なく案内するだけよ!

中島 陽太(なかじま はるた)

(照れてる照れてる。
かーわいいなあー)

来栖 珠來(くるす みらい)

まず、ここが音楽室

中島 陽太(なかじま はるた)

音楽室って言えばさ、
島にいた頃を思い出さないか?

来栖 珠來(くるす みらい)

えっ……なんのこと?

中島 陽太(なかじま はるた)

まだ小学校にあがる前に、
学校に忍び込んで音楽室の
ピアノで遊んだりしただろ

中島 陽太(なかじま はるた)

あの時は、
すげー怒られたよなぁ

来栖 珠來(くるす みらい)

……し、知らない。
覚えてないわよ、そんなの!

中島 陽太(なかじま はるた)

(この反応、絶対覚えてるな)

中島 陽太(なかじま はるた)

(あの頃は珠來を女としては
意識してなかったけど、
今はこんなに立派に成長して……)



珠來の身体を上から下まで眺めていると、
珠來の顔が見る見る内に真っ赤になった。

来栖 珠來(くるす みらい)

なんで人のこと見て、
鼻の下伸ばしてんのよ。
さっさと次に行くわよ!

中島 陽太(なかじま はるた)

へーい

来栖 珠來(くるす みらい)

こっちが美術室。
陽太はあんまり興味ないでしょ?

中島 陽太(なかじま はるた)

どうしてだよ

来栖 珠來(くるす みらい)

だって、アンタって
昔から芸術に興味なさそうだし

中島 陽太(なかじま はるた)

そんなことないぞ!

来栖 珠來(くるす みらい)

へえ、意外。
絵を描くの好きなの?

中島 陽太(なかじま はるた)

珠來がヌードモデルに
なってくれるなら、
俺は何時間でも、
何枚だって描いてやる!

来栖 珠來(くるす みらい)

バッ、バカッ!
殴るわよ!

中島 陽太(なかじま はるた)

(珠來に殴られる……
我々の業界では
むしろご褒美です)

来栖 珠來(くるす みらい)

ここが屋内プールね。
部活にでも入らない限り、
体育の時間しか用はないと思うけど

中島 陽太(なかじま はるた)

許されるなら、
プールサイドで一日中
見学していたい

来栖 珠來(くるす みらい)

男子の水泳なら、
どうぞご自由に

中島 陽太(なかじま はるた)

おっ、ひょっとして
ヤキモチか?

来栖 珠來(くるす みらい)

はあーっ!?
アンタが誰の水着を見ても
私には関係ないでしょ!!

中島 陽太(なかじま はるた)

珠來……声、でかい

来栖 珠來(くるす みらい)

あっ……



辺りに珠來の叫び声が響き渡り、
水泳部員と思われる人々が
驚いた様子でこちらを見ていた。

日下部 苺香(くさかべ いちか)

…………!

中島 陽太(なかじま はるた)

(あれ?
あの子、見覚えが……)

来栖 珠來(くるす みらい)

陽太のせいで恥かいたじゃない!
早く次に行くわよ!

中島 陽太(なかじま はるた)

はいはい

来栖 珠來(くるす みらい)

……図書館はここよ。
今度こそ、アンタには
関係ない場所だと思うけど

中島 陽太(なかじま はるた)

なんで全部
関係ないことにすんだよ。
俺だって読書くらいするぞ

来栖 珠來(くるす みらい)

言っておくけど、
エッチな本は無いからね

中島 陽太(なかじま はるた)

俺をなんだと
思ってるんだ……

中島 陽太(なかじま はるた)

へえー、ここの学校って
武道館まであるのか

来栖 珠來(くるす みらい)

そうよ。
送られてきた資料に
書いてなかった?

中島 陽太(なかじま はるた)

流し読みしたからなぁ。
珠來は、武道館には
よく行くんだろ?

来栖 珠來(くるす みらい)

え?
なんで私が……

中島 陽太(なかじま はるた)

流れる男の汗を見学するのが、
好きかな~と思ってさ

来栖 珠來(くるす みらい)

はあ……
アンタじゃないんだから……

中島 陽太(なかじま はるた)

ちぇっ、
恥ずかしがってくれないのか。
赤くなってる顔、かわいいのに

来栖 珠來(くるす みらい)

ヘッ……ヘンタイッ!
次っ、体育館行くわよっ!

来栖 珠來(くるす みらい)

体育館はこっち。
始業式にも来たと思うけど

中島 陽太(なかじま はるた)

広い場所に来ると、こう……
パーッと運動したくなるよな!

来栖 珠來(くるす みらい)

どうせ、友達いないでしょ?
私が付き合って
あげてもいいわよ

中島 陽太(なかじま はるた)

本当か?
優しいな、珠來は

来栖 珠來(くるす みらい)

ク、クラス委員長として
仕方なくよ!

中島 陽太(なかじま はるた)

相変わらず素直じゃないな。
……んじゃ、
珠來のお手並み拝見と行くか


隅に転がっていた、
バスケットボールを手に取る。

来栖 珠來(くるす みらい)

ちょっと待ってよ。
私、これから部活があるの。
だからまた今度ね

中島 陽太(なかじま はるた)

ええっ……制服のスカートが
ヒラヒラするのを
拝みたかったけど、おあずけかぁ

来栖 珠來(くるす みらい)

制服のまま
運動するわけないじゃない!

中島 陽太(なかじま はるた)

なら、体操着姿がおあずけ……

来栖 珠來(くるす みらい)

うるさいうるさい、
スケベッ!



珠來が急にうつむく。

来栖 珠來(くるす みらい)

ホントに、
どうして私はこんなやつ……

中島 陽太(なかじま はるた)

はっ?
なんて言った?

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

いようっ、お二人さん!!



廊下の向こうから、
優斗がのん気な顔をしてやって来た。

中島 陽太(なかじま はるた)

おお、優斗。
新聞部で残ってるのか?

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

まあな。
それにしても、二人とも……
もう校内デートしてるのか?

来栖 珠來(くるす みらい)

違うわよ!
なんでこんなやつと!

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

えっ……冗談で言ったんだけど。
そんなに真っ赤になるってことは
ガチか?

来栖 珠來(くるす みらい)

あっ……ちっ、違うのコレは!
その……とにかく、
赤くなんかなってない!

中島 陽太(なかじま はるた)

(このまま赤くなった珠來を
見てるのも楽しいけど、
可哀想だし助けてやるか)

中島 陽太(なかじま はるた)

おいおい。
その辺にしといてやれよ。
珠來はこれから部活があるしさ

堀川 優斗(ほりかわ ゆうと)

へーい。
二人のお邪魔はしませんって。
じゃあな!

来栖 珠來(くるす みらい)

だから、違うって
言ってるでしょ!

中島 陽太(なかじま はるた)

ムキになりすぎだろ

来栖 珠來(くるす みらい)

だって……

来栖 珠來(くるす みらい)

と、とにかく。
この校舎のことは
大体わかったわね?

中島 陽太(なかじま はるた)

はい、そりゃもう。
珠來さんが丁寧に
案内してくださったおかげです

来栖 珠來(くるす みらい)

何ふざけてんのよ。
アタシはこれから部活があるから、
後は自分で探検しなさい!

中島 陽太(なかじま はるた)

りょうかーい。
……ところで、
珠來はなんの部活やってんだ?

来栖 珠來(くるす みらい)

テニス部よ。
じゃあね!

中島 陽太(なかじま はるた)

じゃなー

中島 陽太(なかじま はるた)

(ふうーん、珠來って
テニス部だったのか)

中島 陽太(なかじま はるた)

(さてと……
一人になったし、
もう一回プールに行くか)

中島 陽太(なかじま はるた)

(さっきは珠來がいて、
水泳部の女子をじっくり
観察できなかったからな)



スキップしながらプールに向かうと……。

女子水泳部員

ちょっと、なんの用?



たくましい腕と足を持つ水着の女子が、
仁王立ちをしている。

中島 陽太(なかじま はるた)

あっ、いや~その~……
水泳部に入部を考えてて、
見学させてもらおうかなぁ~と……

女子水泳部員

デレ~としちゃって、
下心が見え見えだわ。
あんたみたいなスケベな男子、
多いのよね

女子水泳部員

部員が練習に集中できないから、
見学はお断り!
ほら帰った帰った!

中島 陽太(なかじま はるた)

いててっ!
ケツを叩くなよ!



尻をおさえて、慌ててその場から去った。

華胡(かこ)

たくましいおなごを拝めて、
良かったではないか

中島 陽太(なかじま はるた)

お前……
俺が喜んでないのを、
わかって言ってるだろ

華胡(かこ)

まあな

中島 陽太(なかじま はるた)

家に帰るにはまだ早いし……
しゃーねえ。
珠來はテニス部だって言ってたし
テニスコートへ行くか

華胡(かこ)

ほほう、良い選択じゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

なじぇ?

華胡(かこ)

心に決めたおなごの
勇姿を見るのは良いことじゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

確かに珠來を見るのが目的だが、
他の女の子も見れたらラッキー
みたいな……

華胡(かこ)

ブツブツ言っとらんで、
早く行かんか!

中島 陽太(なかじま はるた)

はいはい、わかったよ

中島 陽太(なかじま はるた)

(それにしても、
珠來のテニスウェアって
どんなだろう?)

中島 陽太(なかじま はるた)

(あいつ美少女だから、
きっと似合うだろうなぁ。
ミニスカートで華麗に
テニスをする姿が目に浮かぶぜ)

中島 陽太(なかじま はるた)

はっ!!
聞いてくれ、華胡!
俺は重要なことに気づいたぞ!!

華胡(かこ)

鼻息を荒くして、なんじゃ?

中島 陽太(なかじま はるた)

テニスウェアを着る時には、
アンダースコートという
下着を履くんだ

華胡(かこ)

下着を履く……?
つまり、あんだーすこーと、
とは……ぱんつの別名か?

中島 陽太(なかじま はるた)

いや、パンツとは一線を画す

華胡(かこ)

なんじゃと!?

中島 陽太(なかじま はるた)

スカートの短さゆえに、
見られることを前提に作られた
実用的かつ画期的、いや扇情的、
耽美で妖艶なパンツのことだ!

華胡(かこ)

結局ぱんつじゃないか

中島 陽太(なかじま はるた)

否(いな)!
アンダースコートはその機能性故に
履いている本人は
パンツとして認識していない

中島 陽太(なかじま はるた)

すなわち!
女子はアンダースコートを
いくら男子に見られても
恥ずかしくないわけだ!

中島 陽太(なかじま はるた)

つまり!
パンツなのに堂々と見るのが
合法とされているわけだ!

華胡(かこ)

……本当かぁ~?

中島 陽太(なかじま はるた)

なんだよ、その思いっきり
信じてなさそうな感じは

華胡(かこ)

おぬしのその顔で見られたら、
どんなおなごでも逃げ出すぞ。
せめて鼻血だけは拭いて行け

中島 陽太(なかじま はるた)

ぐっ……わ、わかった



丸めたティッシュを鼻に詰めて、
テニスコートに向かうことにした。

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