コレット

エルカ、もう一か所、行きたいところがあるのだけど。付き合ってくれる?

エルカ

え? いいよ

 コレットが歩く道はエルカの知らない道だった。


 この街に、このような場所があったのだろうか。

 入り組んだ路地裏を迷いなく進む。

 駆け足で追いかけなければ見失ってしまいそうになる。


 路地裏を抜けて、古い教会を抜けて、森の中に入る。


 鬱蒼と生い茂る道の先にあったのは、小高い丘だった。




 そこには……




 一人の少年が立っていた。


 エルカはその少年のことを知っている。


 クラスメイトだったのだから。


 オレンジ色の髪を揺らす彼の背中は、どこか寂し気である。


 彼がずっと見つめているのは、小さな墓石だった。

コレット

……珍しいのね、貴方がここに来るなんて

コレットさん……それに

 そう言って振り返った少年はエルカを見ると目を丸くする。


 エルカは困ったように肩をすくめた。

コレット

ここに居てくれて助かったわ。レイヴン、探す手間が省けたもの

 彼の名前はレイヴン。


 ルイの親友だったのでエルカも知っていた。


 コレットは彼がいることを知っていて、エルカを連れて来たのだろう。

コレット

エルカは、図書棺の中で【ウツロ】に助けられたわよね?

エルカ

ウツロさんにはソルのときも、ルイくんのときも助けてくれたよ。何で、今その人の名前が出てくるの?

コレット

その【ウツロ】……本名はロザリー。彼女は私の親友で、レイヴンの母親よ

エルカ

え?

レイヴン

え?



 エルカとレイヴンが同時にコレットを見る。


 ウツロは図書棺の中でエルカを助けてくれた図書棺の魔女の名前。

コレット

エルカが開いた図書棺に私が干渉できたのは、彼女の協力があったからよ。図書棺の魔女である彼女の協力なしには貴女を連れ戻すことは不可能だった。彼女はそこに眠っているの

 コレットが指差すのは墓石だった。

 供えられている花束はレイヴンが手向けたものだろう。

レイヴン

ああ、母親はここにいる。オレは会ったこともないけどね

コレット

仕方ないわ。貴方が生まれてすぐにあの子は死んでしまったから

エルカ

コレットは詳しいのね

コレット

親友だったから。二人とも。少しだけ私の話を聞いてちょうだい

 そして、静かにコレットは話し始める。



 十数年前、コレットとロザリーは人間の男たちと行動を共にしていた。



 魔法使いの掟や常識など、彼女たちには関係がなかった。


 古いしきたりなんてどうでも良いと思っていた。

 ただ気が合う相手と過ごしていたかった。


 規格外の魔女たちは、魔法使いの常識になど従わなかった。


 やがて、ロザリーは妊娠した。


 相手は人間の男だ。


 誰にも知られないように彼女はレイヴンを出産した。


 彼女たちの幸せな時間が始まろうとしていた。


 誰にも知られなければ自分たちは幸せになれる。


 そう、確信していた。


 

 だけど、その幸せは一瞬で崩れ去ってしまった。

 貴族が魔女と肌を重ねることは重罪だ。


 貴族の家柄であった彼は親族たちによって拘束され、どこかに連れていかれた。


 そして、翌朝、物言わぬ死体となって帰ってきた。



 彼の遺体の前で彼女は泣きわめいた。


 そして自ら命を絶った。


 残されたのは魔力のない人間の子供だけ。



 コレットは親友の息子を引き取ろうとしていた。


 幸いにも、彼女の息子が生きていることを人間は知らない。
 
 しかし、コレット自身も身ごもっていた。


 幸い子供に魔力はない。


 人間として人間社会で生活することができる。


 彼は魔法使い関係者の人間が引き取ることとなった。

コレット

ロザリーは自殺するときに、図書棺の扉を開いたの。記憶の中の彼に会いたい一心で……ね

エルカ

……子供が……レイヴンがいたのに?

コレット

あの子は産まれた子供は死んでしまったって思い込んでいたのよ。相当、心が病んでいたのね。泣いている子供を抱きながら、二人とも死んでしまった……と叫んでいたわ

レイヴン

ここにいるのに……な

 レイヴンは墓石の前で手を合わせる。


 コレットは墓石に花を供えて手を合わせた。


 エルカもコレットの隣で目を閉じて手を合わせる。


 三人で横に並んで、彼女を想う。

コレット

ロザリー……ありがとう、私の娘は助かったわ。私のお願いを聞いてくれてありがとう

ウツロ

コレットのお願いだもの



 墓石の上に【ウツロ】が現われる。


 ぼんやりと光に包まれた彼女は、図書棺で会った魔女の姿で微笑んでいる。


 突然、彼女が現われたことにエルカとコレットは驚かなかった。

レイヴン

おふくろ……なのか?

 レイヴンは目を見開いて彼女を見上げた。


 魔法使い関係者である彼は、異常には慣れているはず。


 見知らぬ魔女が現われても驚かない。


 しかし、それが母親であることに戸惑いを隠せずにいた。


 その姿は、彼を身ごもった当時の少女の姿なのだから。


ウツロ

レイヴン、おっきくなったね。赤ちゃんだったのに

レイヴン

十四年も経ってるんだよ。当たり前だって

ウツロ

そりゃそっか……ああ、そうだレイヴン、母親からのお願い。

ウツロ

君も引っ越すのよ! そしてエルカちゃんの手助けをするのよ!

レイヴン

な、何を言って……

ウツロ

ああ、時間がない! みんな、

元気でね



 早口でそう言うとウツロの姿は忽然と消えてしまった。


 彼女が消えた空間に向けて、レイヴンは微笑みを浮かべる。

レイヴン

会いに来てくれてありがとう……ロザリー母さん……オレには母親がいないと思っていた。でも、今日……貴女がいることを知ることができた。産んでくれてありがとう

 再び両手を合わせて目を閉じる。

 その背中に、コレットが声をかけてきた。

コレット

……ロザリーが言っていた話だけど……引っ越しについては、私に任せなさい

 振り返るとコレットが微笑んでいた。

レイヴン

状況が読めないんだが

コレット

この街は魔法使いや魔法使い関係者にとって住みづらい街なの。

コレット

早い内に脱出して欲しい……っていう母心ね。それと、エルカの側に魔法使い関係者がいてくれると私も安心する

レイヴン

何もできないと思うよ。それに、エルカちゃんは……オレがいたら、迷惑じゃないのかな

エルカ

どうして? レイヴンは、ずっと見守っていてくれたじゃない。迷惑だなんて思うわけがない

レイヴン

オレの視線……気付いていたんだな

エルカ

……子供の頃、遊んだことあったから。貴方の優しい眼差しは忘れないよ

 魔法使い関係者として、エルカとレイヴンは幼い頃に面識がある。



 幼い頃は教会で共に遊んだこともあった。



 レイヴンが家庭の事情で別の人間に引き取られてからは、遊ぶこともなくなった。

レイヴン

友達だったのに……いつの間にか、魔法使いと人間という遠い関係になってしまった。オレが踏み出せば、その壁を越えれば良かったのに

エルカ

魔法使いと人間は親しくあってはいけないもの。それが常識だったから、仕方がないよ

レイヴン

君に辛い思いをたくさんさせてしまった。だけど、貴族が怖くて

エルカ

貴族の子たちが怖いのは仕方がないことだよ

レイヴン

自分で自分が情けなかった。オレ、救世主になりたかった。だけど、ルイに先を越されたみたいだな。あの時は悔しかったよ

エルカ

何を言ってるの? レイヴンだって救世主だよ。言葉を交わせなくても、近くにいてくれただけで安心したんだよ。

エルカ

魔法使いの子供も、魔法使い関係者の子供も、ほとんどこの街からいなくなってしまったから

レイヴン

ありがとう。そう言って貰えると嬉しいよ

 いつもレイヴンはエルカの様子を気遣っていた。


 本当に危険な状況になったら、エルカを連れて逃げるつもりだった。



 エルカはそんなレイヴンの視線に気付いていた。


 その眼差しに安心感を抱いていた。


 レイヴンはもう一人の救世主だった。

エルカ

レイヴン、私たち友達に戻れるかな?

レイヴン

それは、こっちのセリフだよ。エルカちゃん、オレと友達になってくれますか?

エルカ

もちろん! レイヴン、私と友達になってください

レイヴン

もちろんだ!

 二人は固く握手を交わす。


 視線と視線を交わし、苦笑しあう。


 二人の間にあった壁は取り払われ、二人の友情は動き出す。


 その様子をコレットは微笑ましく見守っていた。

終幕-6 エルカともう一人の救世主

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