15 突撃!突貫交渉人 その5
ビエネッタ。
なんの用かおわかりでしょうね。
いえ……
この間のお客様は、選挙で大敗されたとのこと。
神託に従ったのに何の効果もなかったと……
キンバリー家の占いがお客様の信頼に応えないなど、あってはならないこと……!
ビエネッタ。わかっていますね。
あなたには、「罰」を受けてもらいます。
振りかぶった残酷な張り手が――
……痛ッ……??
まさか――
“従っちゃったの? 神託に?”
いや、だってダイコン。
ダイコンだよ……!?
じゃあ実行したんだ! 漬物作ってウホウホって、う、嘘でしょ、ヒー、お腹痛い……!……!
!?!?
何者です!? お前は……ビエネッタではありませんね!
人形。
物陰から、一人の男が姿を現す――
それは時に人を楽しませ。
いや。男というのも時期尚早な。年端も行かぬ少年であった。
そして時に人を狂わせる。
姿かたちだけの話ではない。その所作。立ち振る舞い。いささかも人と変わらず。
それも深き人間観察の為せる技、なり。
ビエネッタ姿をした物の後ろには、無数の糸が。知っている! これはあの小屋で彼が調整していた人形……!
まあ、種明かしをすれば、師匠の技術を勝手に使わせてもらったんだけどね。
こんなになめらかに動かすのは僕の技術だけじゃ無理だからな……
ヨボヨボの爺のくせしてとんでもない人だよ全く……
で、殴ってみて、どうだった? 痛かったろ。
誰だって痛い。簡単な話だろ……
何をごちゃごちゃと。この不届き者! ビエネッタはどこです! 彼女は大切な巫女、
大切な、「道具」だろ、あんたにとっては!
ビエネッタは無事さ。今回は返してやる……
けど、またいつ入れ替わっているか分からないよ。それでも殴るかい、おばさん?
くくっ、ドキドキの毎日だねえ?
捕まえなさい! 衛兵!衛兵はいないのですか!
何事ですか奥様ーー!
ややっ曲者!! ひっ捕らえろ――ッ
おっと! 捕まるのはゴメンだな!
来い!
繰糸をたぐると、勢いよく人形が宙を舞う。
ギャアアッ
たまたま直線上にいた護衛を張り倒していく。
ハハッどけどけノロマ!
アバラヤ
それはもういい!
さあ、君には十分な筋力と突破力を与えたはずだよ。
ビエネッタに代わり存分に暴れろ。彼女の嘆きを、苦痛を、全部吹き飛ばすほどに。
力を。
振るう……!
ビエネッタの声色で、解き放つ――!
すごい物音だが大丈夫か!? ……アボッ
右手の中指をひねれば快活なるアッパーカットが相手の顎に吸い込まれ。
貴っ様~~大概にせぇよ!!
左手を十字を切るが如く振れば幻惑のステップ。……の、瞬後タックル! 敵は壁に頭からめり込む。
アハ、アハハッ アハハハハハハハ!!
僕らは誰にも止められないよ!
さあ、ここを突破すればもう追ってこれないだろう。
行くぞ! 邪魔な兵隊は吹きとば――
な……!?
ま、「守れ」……!
――――
慌ててからくり糸を操作するも間に合わぬ!
闖入者の恐ろしげな鎌の一撃をくらい、無様に転がされる。
いくら強力な攻撃力を持っていたとしても、それを操作するのがただの人では規格外の暴力に勝てぬ――
ぐぅぅ……なんだあんた……
屋敷の人間じゃ、ないな……?
僕を殺すつもり、か……?
ふむ。これは、ふむ。ふむふむ、ほほん。
もう一人の闖入者! 人形の頬を無造作になでている……! それを見て、鎌を振るった方の一人は大人しく控えている。仮面の男が主人なのだろう……
や、やめろ。触るな……!
ふむ、ふむ、ふーむ……
や め ろ……
減るものじゃなかろう? 君の作品をじっくり味あわせてくれよ。
何なんだあんたら……突然現れて……あと何だよその仮面……
おいそれと人に見せる顔ではなくてね……
さて、本題だ。
ファンバルカ君。ボーガンの一番弟子だったね。
じじいを知ってるのか……?
むろん。彼は我らの御用達でね……
彼の人形操術は伝説の域に達している。とても、役に立ってくれているよ。
じじいの客だってのか……? あんたが……?
そこで君の人形だ。
素晴らしい……! 確かにボーガンのエッセンスは、ある。
しかしその意匠、細部へのこだわり……もはや別系統の作品と言って良いだろう……!
ファンバルカ君。わたしは君に才能を感じているのだよ。ぜひとも力を伸ばし、ゆくゆくは仕事をお願いしたい。
買ってくれてるってのか……? それはありがたいね。
けど、あいにくこの技術を売っていく気はないね。どうせろくでもないことに使おうってんだろ……
交渉決裂かね? 早合点してはいかん。
我が屋敷には大量の秘伝の書が封されている。君にそれを見せてあげよう。「タダ」で!
!?
このまま師匠のもとでゆっくり技を伸ばすかい? 色々と出し惜しみをされているんじゃないのかい?
なんだと……
確かにじじいは、人似せ、今回のビエネッタのように人と見紛う人形の制作となると途端に口が重くなる。
これも、僕がこっそり勝手に作っただけだ。出来が不満な部分もいくつかある……
何が、望みだ……?
言っただろう。君に才能を感じているんだ。若者が己の才能を伸ばすこと、それがわたしの望みなんだよ。
作りなよ。誰も彼もをあっと言わせる最高の人形を、さ……
差し出されたその手を――
――――
握り、返す――!
――――
続く