廃墟島の6日目《 中編③ 》
廃墟島の6日目《 中編③ 》
まあ、みんなを殺したのは
ついででしかなかったんだけどね
ついで?
本当の目的は、他にあるの
そう言いながら亜百合は、
寂しげに揺れていたブランコに腰掛けた。
さびついたブランコは、きぃ…きぃ…と
きしむ音を立てている。
亜百合は無言でブランコを揺らし続けた。
そうしていることが、
俺とのコミュニケーションであるかのように。
もったいぶった
言い方すんなよ。
本当の目的ってのは何だ?
まさか殺人を楽しんでた──
なんて言う気じゃ
ないだろうな?
だから、さっきも言ったでしょ?
殺したのはついでだよ。
お兄ちゃんとの思い出から
ノイズを消し去っただけ
ノイズだなんてふざけたこと
抜かしやがって!
人の命をなんだと思ってるんだ!
人……?
そうだ!
若葉や兄貴だけじゃない……!
みんな大切な仲間だっただろ!
その人たちは、人じゃないよ。
お兄ちゃん以外は、
人間じゃない
人間じゃ……ない?
お前、さっきから
何を言ってんだ?
だからね。
私にとって大切な命は、
お兄ちゃんだけ
私はね、
大切な思い出が詰まったこの希島で
お兄ちゃんと永遠に二人きりで
暮らしたかったの
はあ?
俺と二人きりで?!
うん、そうだよ
でも、島で暮らしてると
自然と思い出が蘇ってくるでしょ?
そうしたときに邪魔なの、みんなが
……何が邪魔なんだよ?
みんなをここに呼び寄せたのは
お前だろ?
お兄ちゃんを好きだった人たちが
“生きてる”というだけで、
その事実が邪魔に感じるの
例え目の前にいなくても、
生きてるだけでその人の
行いが許せなくなる
でも、もう死んじゃったと思えば
すべてを許せるんだよ?
不思議だね
じゃあ……
お前はどうなんだろうな?
どうって?
お前は生きている。
だから、俺がお前の行いを
許せないのは当然だよな?
ふふっ、そうかもね
笑いごとじゃねえんだよ!
大丈夫だよ。
すべてを話したら、
ちゃんと私なりに責任は取る
だから、最後まで話を聞いて。
そうすれば私は、すべての罪を
認めることができると思うから
自首する気なのか?
うん、まあ……。
そんなとこかな?
なあ、耀
(兄貴!)
お前が力づくで
押さえ込むよりも、
亜百合に自首する気があるなら
その方が良いと思わないか?
(兄貴は亜百合を庇うのか……。
そりゃ教え子だもんな)
それだけじゃねえよ。
納得の行く形で終わらせないと、
お前に消えない傷が残る
(俺に……?)
(そうだ。
亜百合を追い詰めたっていう
罪悪感だけは残して欲しくない)
(たしかに……。
この期に及んで亜百合に
同情しちまってる部分がある)
(そんな自分に
呆れてるけどな……)
亜百合、ここにきて最初の夜に
姫乃を殺したのはお前なのか?
うん。
最初に殺すのはひめちゃんだって
前から決めてたの
みんなは変質者が殺したって
思ってくれたから、楽だったよ
どうして協力者の姫乃を、
よりによって最初に殺したんだ?
この島に来た時点で、
ひめちゃんの役割は終わってたの。
だから、あとは口封じするだけ
姫乃を殺すために、
人数分の懐中電灯や食料を
わざと遠い場所に置いたのか?
そうだよ。
人払いをする必要があったから、
先に指示を出しておいたの
みんなが寝る場所を
丘の上のマンションに
指定したのも私
あれ?
電気が点かない……
そりゃそうだろ。
電気が通ってねえんだから。
ちなみにガスと水道も使えねえぞ
みなさま、ご安心なさって!!
人数分の懐中電灯、食料、水、寝袋、
カセットコンロ、ガスボンベなどなど、
生活必需品を用意してありましてよ!
へえ。
それは今、どこに有るの?
旧缶詰工場の第一倉庫に
積み上げてありましてよ。
さあ殿方どの、
はりきって運んでくださいまし!
俺たちがさっき通って来た所だろ!
先に言え!!
話し合ってる時間が無駄だよ。
早く行こう
今夜のお食事を作るだけの食材なら、
わたくしと亜百合さんが
持っていますわ
私たちは夕ご飯作ってるからね。
いってらっしゃい、お兄ちゃん♪
くそ、仕方ないな……
さっ、お夕飯の準備しようか!
姫乃ちゃん、材料は何があるの?
このバッグにお野菜と
お肉が入ってますわ
ジャガイモに、にんじん……
それに玉ねぎや牛肉も有る!
これならカレーが作れるね
それもまた一興ですわね。
幸いなことにカレールーも
ございますし
やった!
カレーにしよう!
それじゃ、さっそく野菜を
切ろうか。
えーと、包丁は持って来てる?
たしか、隣の部屋に
包丁が入ったバッグを
置いてもらったんだよね?
え、ええ。
ただ、使用人がどの辺に
置いたのかわかりませんわ
ありゃ、そうなんだ?
若葉さん。
千雪さんと二人で
探してきてくださらない?
(包丁が入ったバッグは
複雑な所に隠してあるから、
すぐには見つからない
はずですわ)
わたくしはこの部屋に残って、
亜百合さんと二人で
食材を用意しておきますわね
(そうそう。
ちゃんと指示通りに言えたね、
ひめちゃん)
わかったよ!
千雪ちゃん、行こう?
あの……ボク……。
トイレに行きたいです……
!?
あっ!
水道が止まってるから
トイレは使えないんじゃない?
外に仮設トイレが
有りますわよ
私が場所を知ってるから
連れてってあげるよ。
行こう、ちゆちゃん?
はい……
じゃあ、私は隣の部屋に
行ってくるね
(亜百合さんは二人きりで
話したいことがあると
言っていたのに、
出て行ってしまいましたわね)
(ここでお待ちしていれば
いいのかしら?)
(予定が少し狂ったけど、
ちゆちゃんを利用すればかえって
好都合かもしれない)
あの……
トイレはどこですか……?
もう我慢できません……
そこを曲がった所に有るよ。
ここから一人で行けるかな?
わ、わかりました……!
行って来ます……!
待って。
ちゆちゃんに一つ
お願いがあるの
な、なんですか……?
トイレから出ても、
私が迎えに行くまで
動かずに待っててね
どうして、ですか……?
理由なんか聞いてる
ヒマあるの?
ほら、急ぎなよ
は、はいっ……!
(さて……と。
後はベランダに用意してた
レインコートを着て……)
ひめちゃん……
あ、亜百合さん?
ベランダから入ってくるから
ビックリしましたわ
それにレインコートなんか
着てらして、
どうなさいましたの?
ちょっと待って、
サングラスとマスクを着けるから。
あと、ニット帽もね
駅で待ち合わせたときの
格好ではありませんの。
なぜそんな物をお着けになるの?
ひめちゃんにお願いしたよね。
使用人の人たちよりも先に、
私をこの島に入れてって
え、ええ。
何をされていたのかは
結局教えてくださりません
でしたわね
あの時にね……。
色々と準備したんだ。
例えばベランダにね、
これを用意しておくとか
草刈り鎌?
そんな物、何に使いますの?
私は鎌を右手に持ち直すと、
ひめちゃんの背後に立った。
よく研ぎ澄まされた刃を、
ひめちゃんの喉もとにピタリと当てる。
そして左手を、ひめちゃんの頬に添えた。
なめらかで柔らかい頬が
とても触り心地が良くて、
二、三度撫でる。
ひめちゃんのお肌、
とってもスベスベだね
な、何の真似ですの……?
冗談はおよしになって。
すぐに鎌をどけて
くださらないかしら?
サヨナラ、
ひめちゃん
勢い良く鎌を引き、
まずは喉笛の辺りを一気に切る。
研ぎ澄まされた刃は、
面白いほどにスムーズに肉を掻き分けて行った。
そのまま力をこめて、
首の横にある頚動脈まで引き裂く。
すると、ひめちゃんの白い喉から
鮮血がふき出した。
……ヒューッ!
ヒューッッ……!!
ひめちゃんは何かを叫ぼうとしているけど、
傷口から空気が漏れて声にならないみたい。
ひめちゃんは喉もとを手で押さえたまま、
その場に崩れ落ちた。
首を切り落とすつもりだったけど、
意外に人間の首って硬いんだね。
肉を切るので精一杯だったよ
いっぱい手伝ってくれたのに、
一思いに殺してあげられなくて
ごめんね?
しゃがみ込んで傷口を見ようとすると、
ひめちゃんは苦しそうな顔で
のたうち回り始めた。
わっ!
結構、血って飛ぶんだね。
レインコートを着て
正解だったかも
……ッッッ!!
最期の抵抗なのか、
必死の形相で私をにらみつけている。
なに? その顔。
怒ってるの?
でも、ひめちゃんが悪いんだよ?
おとなしくしてれば良かったのに、
クルーザーでお兄ちゃんの隣りを
取ったりするから
ヒュヒュッ……!!
もうっ、何言ってんのか
わかんないよ。
それじゃ私、もう行くからね☆
私はベランダから外へ出ると、
マンションの陰でレインコートを脱ぎ捨てた。
その上にサングラスとマスク、
そしてニット帽を投げる。
そこへ円を描くようにライターオイルをかけて、
仕上げにマッチを投げ入れた。
(これで、証拠隠滅……と。
返り血が付いた物はすべて
燃えたね)
(後はこの鎌を隠して、
トイレに居るちゆちゃんを
迎えに行かないと)
燃えてる……?
ちゆちゃん!?
亜百合……おねぇ……?
どうして血の付いた鎌を
持っているんですか……?
こ、これは……!
血なんかじゃないよ。
絵の具だよ!
絵の具……?
それよりも、動かずに待ってて
って言ったよね?
どうしてここに来ちゃったの!?
えっと……。
亜百合おねぇが、
あまりにも遅いので……
(失敗した!
もう少し深く釘を刺して
おくべきだった!!)
ねえ、ちゆちゃん。
私との約束、なんで破ったの?
すっごくショックだな
ごめんなさい……。
亜百合おねぇのことが
心配だったから……
知らなかったな。
ちゆちゃんが友達との約束を
守らない悪い子だったなんて
ほ、本当にごめんなさい……
私のもう一つのお願いを
聞いてくれたら、
許してあげる
お願い……?
ここで見たこと、
誰にも何も言わないでね
何かを燃やしていたことと……
赤い絵の具が付いた鎌を
持っていたことですか……?
うん、そう☆
もし誰かに喋ったら……
私もちゆちゃんの秘密、
みんなに言っちゃうかもよ?
ボクの秘密……?
ちゆちゃんが、
お兄ちゃんを
好きってこと
!?
わ、わかりました……。
黙ってます……
約束だよっ、
ちゆちゃん☆
さ、みんなの所に戻ろうか?
そろそろお兄ちゃんたちも
帰って来てるだろうし
はい……
(あとはひめちゃんの死体を見て
驚いた振りをするだけ……か)
(ここはドラマで鍛えた
演技力の見せ所だよね)
(そんな……。
姫乃……)
あとはお兄ちゃんも
知ってる通り、
何も知らない振りをして
みんなの議論に参加したの
2階から物音がしたとか、
あんなの作り話なのに
みんなアッサリ信じてくれて
本当に良かったよ☆
(コイツ……ッッ!!!)