廃墟島の6日目《 中編③ 》

雲母 亜百合(きらら あゆり)

まあ、みんなを殺したのは
ついででしかなかったんだけどね

美崎 耀(みさき あかる)

ついで?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

本当の目的は、他にあるの



そう言いながら亜百合は、
寂しげに揺れていたブランコに腰掛けた。


さびついたブランコは、きぃ…きぃ…と
きしむ音を立てている。


亜百合は無言でブランコを揺らし続けた。


そうしていることが、
俺とのコミュニケーションであるかのように。


美崎 耀(みさき あかる)

もったいぶった
言い方すんなよ。
本当の目的ってのは何だ?

美崎 耀(みさき あかる)

まさか殺人を楽しんでた──
なんて言う気じゃ
ないだろうな?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

だから、さっきも言ったでしょ?
殺したのはついでだよ。
お兄ちゃんとの思い出から
ノイズを消し去っただけ

美崎 耀(みさき あかる)

ノイズだなんてふざけたこと
抜かしやがって!
人の命をなんだと思ってるんだ!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

人……?

美崎 耀(みさき あかる)

そうだ!
若葉や兄貴だけじゃない……!
みんな大切な仲間だっただろ!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

その人たちは、人じゃないよ。
お兄ちゃん以外は、
人間じゃない

美崎 耀(みさき あかる)

人間じゃ……ない?
お前、さっきから
何を言ってんだ?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

だからね。
私にとって大切な命は、
お兄ちゃんだけ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

私はね、
大切な思い出が詰まったこの希島で
お兄ちゃんと永遠に二人きりで
暮らしたかったの

美崎 耀(みさき あかる)

はあ?
俺と二人きりで?!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

うん、そうだよ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

でも、島で暮らしてると
自然と思い出が蘇ってくるでしょ?
そうしたときに邪魔なの、みんなが

美崎 耀(みさき あかる)

……何が邪魔なんだよ?
みんなをここに呼び寄せたのは
お前だろ?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

お兄ちゃんを好きだった人たちが
“生きてる”というだけで、
その事実が邪魔に感じるの

雲母 亜百合(きらら あゆり)

例え目の前にいなくても、
生きてるだけでその人の
行いが許せなくなる

雲母 亜百合(きらら あゆり)

でも、もう死んじゃったと思えば
すべてを許せるんだよ?
不思議だね

美崎 耀(みさき あかる)

じゃあ……
お前はどうなんだろうな?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

どうって?

美崎 耀(みさき あかる)

お前は生きている。
だから、俺がお前の行いを
許せないのは当然だよな?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ふふっ、そうかもね

美崎 耀(みさき あかる)

笑いごとじゃねえんだよ!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

大丈夫だよ。
すべてを話したら、
ちゃんと私なりに責任は取る

雲母 亜百合(きらら あゆり)

だから、最後まで話を聞いて。
そうすれば私は、すべての罪を
認めることができると思うから

美崎 耀(みさき あかる)

自首する気なのか?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

うん、まあ……。
そんなとこかな?

美崎 先生(みさき さきお)

なあ、耀

美崎 耀(みさき あかる)

(兄貴!)

美崎 先生(みさき さきお)

お前が力づくで
押さえ込むよりも、
亜百合に自首する気があるなら
その方が良いと思わないか?

美崎 耀(みさき あかる)

(兄貴は亜百合を庇うのか……。
そりゃ教え子だもんな)

美崎 先生(みさき さきお)

それだけじゃねえよ。
納得の行く形で終わらせないと、
お前に消えない傷が残る

美崎 耀(みさき あかる)

(俺に……?)

美崎 先生(みさき さきお)

(そうだ。
亜百合を追い詰めたっていう
罪悪感だけは残して欲しくない)

美崎 耀(みさき あかる)

(たしかに……。
この期に及んで亜百合に
同情しちまってる部分がある)

美崎 耀(みさき あかる)

(そんな自分に
呆れてるけどな……)

美崎 耀(みさき あかる)

亜百合、ここにきて最初の夜に
姫乃を殺したのはお前なのか?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

うん。
最初に殺すのはひめちゃんだって
前から決めてたの

雲母 亜百合(きらら あゆり)

みんなは変質者が殺したって
思ってくれたから、楽だったよ

美崎 耀(みさき あかる)

どうして協力者の姫乃を、
よりによって最初に殺したんだ?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

この島に来た時点で、
ひめちゃんの役割は終わってたの。
だから、あとは口封じするだけ

美崎 耀(みさき あかる)

姫乃を殺すために、
人数分の懐中電灯や食料を
わざと遠い場所に置いたのか?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

そうだよ。
人払いをする必要があったから、
先に指示を出しておいたの

雲母 亜百合(きらら あゆり)

みんなが寝る場所を
丘の上のマンションに
指定したのも私

日良 若葉(ひら わかば)

あれ?
電気が点かない……

美崎 先生(みさき さきお)

そりゃそうだろ。
電気が通ってねえんだから。
ちなみにガスと水道も使えねえぞ

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

みなさま、ご安心なさって!!
人数分の懐中電灯、食料、水、寝袋、
カセットコンロ、ガスボンベなどなど、
生活必需品を用意してありましてよ!

佐伯 玲也(さえき れいや)

へえ。
それは今、どこに有るの?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

旧缶詰工場の第一倉庫に
積み上げてありましてよ。
さあ殿方どの、
はりきって運んでくださいまし!

美崎 耀(みさき あかる)

俺たちがさっき通って来た所だろ!
先に言え!!

佐伯 玲也(さえき れいや)

話し合ってる時間が無駄だよ。
早く行こう

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

今夜のお食事を作るだけの食材なら、
わたくしと亜百合さんが
持っていますわ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

私たちは夕ご飯作ってるからね。
いってらっしゃい、お兄ちゃん♪

美崎 耀(みさき あかる)

くそ、仕方ないな……

日良 若葉(ひら わかば)

さっ、お夕飯の準備しようか!
姫乃ちゃん、材料は何があるの?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

このバッグにお野菜と
お肉が入ってますわ

日良 若葉(ひら わかば)

ジャガイモに、にんじん……
それに玉ねぎや牛肉も有る!
これならカレーが作れるね

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

それもまた一興ですわね。
幸いなことにカレールーも
ございますし

日良 若葉(ひら わかば)

やった!
カレーにしよう!

日良 若葉(ひら わかば)

それじゃ、さっそく野菜を
切ろうか。
えーと、包丁は持って来てる?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

たしか、隣の部屋に
包丁が入ったバッグを
置いてもらったんだよね?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

え、ええ。
ただ、使用人がどの辺に
置いたのかわかりませんわ

日良 若葉(ひら わかば)

ありゃ、そうなんだ?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

若葉さん。
千雪さんと二人で
探してきてくださらない?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

(包丁が入ったバッグは
複雑な所に隠してあるから、
すぐには見つからない
はずですわ)

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

わたくしはこの部屋に残って、
亜百合さんと二人で
食材を用意しておきますわね

雲母 亜百合(きらら あゆり)

(そうそう。
ちゃんと指示通りに言えたね、
ひめちゃん)

日良 若葉(ひら わかば)

わかったよ!
千雪ちゃん、行こう?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

あの……ボク……。
トイレに行きたいです……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

!?

日良 若葉(ひら わかば)

あっ!
水道が止まってるから
トイレは使えないんじゃない?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

外に仮設トイレが
有りますわよ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

私が場所を知ってるから
連れてってあげるよ。
行こう、ちゆちゃん?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

はい……

日良 若葉(ひら わかば)

じゃあ、私は隣の部屋に
行ってくるね

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

(亜百合さんは二人きりで
話したいことがあると
言っていたのに、
出て行ってしまいましたわね)

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

(ここでお待ちしていれば
いいのかしら?)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

(予定が少し狂ったけど、
ちゆちゃんを利用すればかえって
好都合かもしれない)

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

あの……
トイレはどこですか……?
もう我慢できません……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

そこを曲がった所に有るよ。
ここから一人で行けるかな?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

わ、わかりました……!
行って来ます……!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

待って。
ちゆちゃんに一つ
お願いがあるの

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

な、なんですか……?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

トイレから出ても、
私が迎えに行くまで
動かずに待っててね

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

どうして、ですか……?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

理由なんか聞いてる
ヒマあるの?
ほら、急ぎなよ

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

は、はいっ……!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

(さて……と。
後はベランダに用意してた
レインコートを着て……)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ひめちゃん……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

あ、亜百合さん?
ベランダから入ってくるから
ビックリしましたわ

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

それにレインコートなんか
着てらして、
どうなさいましたの?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ちょっと待って、
サングラスとマスクを着けるから。
あと、ニット帽もね

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

駅で待ち合わせたときの
格好ではありませんの。
なぜそんな物をお着けになるの?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ひめちゃんにお願いしたよね。
使用人の人たちよりも先に、
私をこの島に入れてって

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

え、ええ。
何をされていたのかは
結局教えてくださりません
でしたわね

雲母 亜百合(きらら あゆり)

あの時にね……。
色々と準備したんだ。
例えばベランダにね、
これを用意しておくとか

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

草刈り鎌?
そんな物、何に使いますの?



私は鎌を右手に持ち直すと、
ひめちゃんの背後に立った。


よく研ぎ澄まされた刃を、
ひめちゃんの喉もとにピタリと当てる。


そして左手を、ひめちゃんの頬に添えた。


なめらかで柔らかい頬が
とても触り心地が良くて、
二、三度撫でる。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ひめちゃんのお肌、
とってもスベスベだね

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

な、何の真似ですの……?
冗談はおよしになって。
すぐに鎌をどけて
くださらないかしら?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

サヨナラ、
ひめちゃん


勢い良く鎌を引き、
まずは喉笛の辺りを一気に切る。


研ぎ澄まされた刃は、
面白いほどにスムーズに肉を掻き分けて行った。


そのまま力をこめて、
首の横にある頚動脈まで引き裂く。


すると、ひめちゃんの白い喉から
鮮血がふき出した。

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

……ヒューッ!
ヒューッッ……!!


ひめちゃんは何かを叫ぼうとしているけど、
傷口から空気が漏れて声にならないみたい。


ひめちゃんは喉もとを手で押さえたまま、
その場に崩れ落ちた。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

首を切り落とすつもりだったけど、
意外に人間の首って硬いんだね。
肉を切るので精一杯だったよ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

いっぱい手伝ってくれたのに、
一思いに殺してあげられなくて
ごめんね?



しゃがみ込んで傷口を見ようとすると、
ひめちゃんは苦しそうな顔で
のたうち回り始めた。


雲母 亜百合(きらら あゆり)

わっ!
結構、血って飛ぶんだね。
レインコートを着て
正解だったかも

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

……ッッッ!!

最期の抵抗なのか、
必死の形相で私をにらみつけている。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

なに? その顔。
怒ってるの?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

でも、ひめちゃんが悪いんだよ?
おとなしくしてれば良かったのに、
クルーザーでお兄ちゃんの隣りを
取ったりするから

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

ヒュヒュッ……!!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

もうっ、何言ってんのか
わかんないよ。
それじゃ私、もう行くからね☆

私はベランダから外へ出ると、
マンションの陰でレインコートを脱ぎ捨てた。


その上にサングラスとマスク、
そしてニット帽を投げる。


そこへ円を描くようにライターオイルをかけて、
仕上げにマッチを投げ入れた。


雲母 亜百合(きらら あゆり)

(これで、証拠隠滅……と。
返り血が付いた物はすべて
燃えたね)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

(後はこの鎌を隠して、
トイレに居るちゆちゃんを
迎えに行かないと)

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

燃えてる……?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ちゆちゃん!?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

亜百合……おねぇ……?
どうして血の付いた鎌を
持っているんですか……?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

こ、これは……!
血なんかじゃないよ。
絵の具だよ!

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

絵の具……?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

それよりも、動かずに待ってて
って言ったよね?
どうしてここに来ちゃったの!?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

えっと……。
亜百合おねぇが、
あまりにも遅いので……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

(失敗した!
もう少し深く釘を刺して
おくべきだった!!)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ねえ、ちゆちゃん。
私との約束、なんで破ったの?
すっごくショックだな

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ごめんなさい……。
亜百合おねぇのことが
心配だったから……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

知らなかったな。
ちゆちゃんが友達との約束を
守らない悪い子だったなんて

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ほ、本当にごめんなさい……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

私のもう一つのお願いを
聞いてくれたら、
許してあげる

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

お願い……?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ここで見たこと、
誰にも何も言わないでね

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

何かを燃やしていたことと……
赤い絵の具が付いた鎌を
持っていたことですか……?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

うん、そう☆
もし誰かに喋ったら……
私もちゆちゃんの秘密、
みんなに言っちゃうかもよ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ボクの秘密……?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ちゆちゃんが、
お兄ちゃんを
好きってこと

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

!?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

わ、わかりました……。
黙ってます……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

約束だよっ、
ちゆちゃん☆

雲母 亜百合(きらら あゆり)

さ、みんなの所に戻ろうか?
そろそろお兄ちゃんたちも
帰って来てるだろうし

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

はい……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

(あとはひめちゃんの死体を見て
驚いた振りをするだけ……か)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

(ここはドラマで鍛えた
演技力の見せ所だよね)

美崎 耀(みさき あかる)

(そんな……。
姫乃……)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

あとはお兄ちゃんも
知ってる通り、
何も知らない振りをして
みんなの議論に参加したの

雲母 亜百合(きらら あゆり)

2階から物音がしたとか、
あんなの作り話なのに
みんなアッサリ信じてくれて
本当に良かったよ☆

美崎 耀(みさき あかる)

(コイツ……ッッ!!!)

廃墟島の6日目 《 中編③ 》

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