亜百合は、沈黙した。
泣いたりわめいたりするかと思っていたが、
能面のように表情を固めたまま、
ただ沈黙したのだ。
そうしてから瞬きを一つすると、
こう言った。
犯人は……
矛盾のある話をやけに詳しく
語りながらも、
肝心な事は“わからない”と
言う奴だ
それは、誰……?
亜百合、お前だよ
…………
亜百合は、沈黙した。
泣いたりわめいたりするかと思っていたが、
能面のように表情を固めたまま、
ただ沈黙したのだ。
そうしてから瞬きを一つすると、
こう言った。
もう、わかったよ。
これ以上言い訳したって、
もうお兄ちゃんの心を動かすことは
できないんだね
亜百合……
あーあ!
お兄ちゃんに全部バレちゃった!
せっかくここまで頑張ったのにな
自分が犯人だって、
認めるのか?
お兄ちゃんに、
一つだけお願いがあるの
おい!
はぐらかすなよ!
はぐらかしてないよ。
本当のこと、
みんな話すから……
だから、私と最初で最後の
デートをして欲しいな。
希島でお兄ちゃんとデートするのが
夢だったの
…………
(それですべての真相が
わかるというのなら)
わかった。
付き合ってやるよ
廃墟島の6日目《 中編② 》
俺と亜百合は、児童公園に来ていた。
子供の頃はきらめいて見えた遊具の数々は、
今ではすっかり錆び付いてしまっている。
ここは島で唯一の
公園だったよね
ああ、そうだったな
私ね、ここにお兄ちゃんと
二人きりで来ることに
憧れてたんだ
…………
だって、公園でデートなんて
ドラマみたいじゃない?
いつもたくさんの人がいて
それは叶わなかったけど
でも、やっとこうして
お兄ちゃんと二人で
来ることができた。
夢は叶うんだね!
亜百合は俺にすべてを打ち明けることなんて
忘れているかのように、
楽しげにすべり台やブランコを
ながめている。
……なあ、亜百合
わかってるよ。
今回のこと、最初から話すよ
最初から……?
一体いつから始まったんだ?
……5年前
私は、パパとママが離婚した
ことで悩んでると言って、
みさき先生を崖へ呼び出した
ここから見る景色は、
いつ見ても綺麗よね
うん……
先生ね、本当のこと言うと
嬉しかったの。
あなたは先生のこと嫌ってるんだと
思ってたから……
(今でも嫌いだよ。
おせっかいのみさき先生。
お兄ちゃんにベタベタする
みさき先生)
(あんたなんか大ッ嫌い!
わかちゃんと同じくらい
大嫌い!!)
でも、これでやっとあなたの力に
なってあげられる。
さあ、なんでも話して?
(私の力になる?
あんたができることなんて
同情だけでしょ?)
(この偽善者)
だから、俺が好きなのは
みさきさんだよ!
(お兄ちゃんをたぶらかす
イヤな女!!
この世からいなくなれ!!)
……死ね
──え?
全速力で走り出し、
みさき先生に体当たりをする。
きゃっ!!
不意を突かれたみさき先生はよろめき、
吸い込まれるように崖の下へと落ちて行った。
・
・
・
みさき先生の叫び声が遠のき、
そして消えていった……。
崖の縁に手を突き、
恐る恐る下を覗き込む。
そこには波打つ海が広がり、そして……。
遥か遠くの岩場に、ぐったりと横たわる
みさき先生の姿があった。
よく目を凝らさないと
みさき先生だとわからないほどに、
その姿は小さい。
…………
みさき先生は、
本当に死んでしまったのだろうか?
みさき先生ーーっっ!!
大きな声で呼びかけてみるも、
返ってくるのは波の音だけだ。
頭から血を流しているみさき先生は、
ピクリとも動かない。
本当に……死んだ……?
人を殺すとは、
こんなにも簡単なことなのだろうか?
さっきまでみさき先生は、
こちらに向かって微笑んでいたというのに。
いとも簡単に、
人間の命を奪ってしまったことに……。
一人、ほくそ笑んでいた。
お前だったのか……?
お前が、みさきさんを
殺したっていうのか!?
うん。だって殺すなら、
あの日しかなかったんだもん。
ママはもう島を出る
って言うし……
そういうこと聞いてんじゃねえ!
なんでみさきさんを
殺しちまったんだよ!
なんで、なんで……
あんなに優しい人を……
本当に優しい人だったかなあ?
お兄ちゃんは
騙されてたんだよ
ずる賢い女。
先生(さきお)先生だけじゃなくて
お兄ちゃんまで誘惑するなんて
ふざけるなあああああ!!!
兄貴が、俺が……みんなが!
どれだけ悲しんだと
思ってるんだ!!
怒りに任せて亜百合に拳を振り下ろした。
もう、こいつが女であることなんか
どうだっていい。
兄貴と俺の大切な人を奪った、
鬼畜生でしかないのだから。
しかし俺の拳は、亜百合の手の平によって
受け止められたのだ。
…………ッ!?
亜百合といえば微動だにせずに、
静かに目を細めていた。
いいの?
この先を聞かなくても
この先……?
お兄ちゃんがこのまま私を
殴り殺しちゃったら、
真相がわからなくなっちゃうよ?
真相を全部聞いてから、
好きなだけ私をいたぶれば
いいんじゃない?
(なんで……。
なんでこんなにもこいつは
落ち着いていられるんだ?)
お前、まだ何か
たくらんでるのか?
ちがうよ。
私の5年間の思いを、
全部お兄ちゃんに知って欲しいだけ
私はみさき先生を
突き落としたあの瞬間から、
すべてを決めていた
私が誰にも負けない
人気アイドルになって、
機は熟したの
亜百合ちゃん!!
今日こそ食事に
付き合ってもらうよ
(こいつ……。
まだ私のこと
あきらめてなかったの?)
(話題になった女の子を狙って、
すぐに捨てちゃうので有名な男。
話しかけられるだけで悪寒が走る)
ごめんなさい。
今日はこの後もスケジュールが
詰まっていて……
ふうーん。
せっかく宮ノ内財閥のお嬢様の
いいネタを仕入れたのになあ
宮ノ内……!?
亜百合ちゃんって、
あの宮ノ内財閥の一人娘の
宮ノ内姫乃と幼なじみなんだろ?
どうしてそれを知ってるの?
そんなの簡単に調べられるよ。
俺の知り合いに週刊誌の記者が
いてさ、なんでも知ってるんだよ
宮ノ内財閥のお嬢様の
いいネタって……。
スキャンダル……ってこと?
まあ、そういうことかな。
続きは食事に行った時に話すよ
(コイツ……使える!)
……ってわけさ。
あの大財閥のお嬢さんが、
ビックリだろ?
あの、プライドの高い
ひめちゃんが……
ところでこの部屋、
なかなかいいだろ?
あ、うん。
個室だからゆったりできるね
それもそうだけど、
人目を気にせず会えるって話。
だから、亜百合ちゃん……
ゾクッ
(こいつ、肩に手を回してきた。
私に触っていいのは
お兄ちゃんだけなのに!)
ねえ、それよりもさっきの話、
もうちょっと詳しく教えて?
ああ、宮ノ内姫乃の話?
そんなのもういいじゃん
今日はその話を聞きたくて
来たのになあ……。
もう帰っちゃおうかな?
待って待って!
詳しく話すから!
宮ノ内の両親は、
財閥のご令嬢として、
世間様に恥ずかしく無いように
娘を厳しくしつけたらしいよ
厳しいしつけって、
例えばどんな?
お嬢様らしい振る舞いが
できるように所作を矯正されたり、
友達を作らせてくれなかったりさ
希島にいた頃は
友達も沢山いたし、
自由に振舞ってたのに
だってそれは
中学生までの話だろ?
高校に入ってからお婿さん探しの
社交界デビューっていうの?
そういうのさせられたらしいぜ
大学に行ってる時間以外は、
華道や茶道、バイオリンとかの
花嫁修業の詰め込みで息を抜く
暇なんて与えられない
一人になれる時間は、
一ヶ月に一度くらいの
休みの日だけ
そのプレッシャーで、
姫乃のストレスは溜まり続けた。
そのストレスの発散方法が、
マッチングサイトってわけさ
姫乃は知り合った男を
次々とホテルに連れ込んで、
性欲によってストレスを
解消してたらしいぜ
その連れ込み現場の写真を
見せてもらったけど、
あんな美女が簡単に
ヤらせてくれるなんて……
ごく…
なんつーか、すげーよな
(生唾のんだりして、
下品な男)
どうしてそんなに詳しいの?
言っただろ?
俺の知り合いに
週刊誌の記者がいるって
その人、かなりの腕前でさ。
大物政治家とかのスキャンダルを
たくさん握ってんだよ
宮ノ内のご令嬢のネタも
その中のひとつってわけ。
使い所を見極めるために、
当人には知らせてないらしいけど
ひめちゃんって、
まだそういうの続けてるのかな?
らしいぜ。
なんなら知り合いの記者が
よく使うホテルを知ってるし
どこ?
○○市にある××って
ホテルだよ。
きまって第4金曜に
現れるんだってさ
ふうーん……。
そこに男の人を
連れ込んでるんだ……
それよりも、
そろそろ……いいだろ?
…………
イッテ!
なんで手を叩くんだよ!
ふふっ。
バカじゃない?
は?
それ以上私に触ったら、
弁護士に言うから。
それに、あんたんとこの社長にも
言いつけちゃうからね☆
自分からついて来ておいて、
ふざけんなよテメエ!!
俺を誰だと思ってんだ!?
そっちこそ、うちの事務所を
なんだと思ってるの?
あんたのとこなんて簡単に潰せるよ
ただでさえスキャンダルが多くて
謹慎処分を受けたことあったよね?
下手するとクビになるかもね
クソッ!
とっとと帰れよ!!
(さてと、こいつは
もう用済みとして……。
○○市にある××ってホテルかぁ)
(第4金曜に現れるって
言ってたよね……)
いやあ、良かったよ姫乃さん。
また会ってくれるかな?
それは困りますわ。
お話が違うんじゃなくて?
会ってみたらあなたを
好きになってしまってね。
身体の相性もバッチリだし
(後腐れの無い関係を求めて
一回きりという約束をしたのに、
面倒な男ですわね……)
ダレッ!?
ひーめちゃんっ♪
ひさしぶりっ♪
まさか、あなた……。
亜百合さん……?
うれしい!
覚えててくれたんだ?
あれだけテレビに出ていれば、
忘れるわけありませんわ。
そ、それよりもカメラなんか
構えて何のつもりですの?
あの潔癖症なひめちゃんが、
こんなホテルから男の人と
一緒に出てきたなんて
ビックリだよね
こ、この方は……!
わたくしの許婚ですわ!
へえ。
結婚する前にこういうこと
しちゃってるんだ?
こ……婚前交渉は、
お父様からもお許しが
出ていますのよ!?
本当かな?
本当かどうか、ご両親に写真を
送ったらわかるよね?
ひっ……!
お、俺は関係ねえ!
勘弁してくれ!!
あ、逃げちゃった。
まー、別にあの人は
どうでもいいけど
亜百合さん……。
あなた、何が目的ですの?
ちょっと手伝って
欲しいことがあるだけ。
言う通りにしてくれれば、
この写真を消してもいいいよ
くっ……
わかりましたわ。
何をすればいいんですの?
私たちが住んでた、希島。
あの島を買い戻して欲しいの
し、島を買い戻すなんて!
そんなの、わたくしの一存では
できませんわ!!
だったらお父さんに
相談すればいいんじゃない?
今の宮ノ内家の財力なら
簡単に買えるでしょ?
お父様にこのことを
話せと言うの?
できるわけありませんわ!!
できる、できないじゃないよ。
ひめちゃんに選択権は無い。
話すしかないんだよ
それはどういう
意味ですの……?
私がこの写真を持ってる以上、
宮ノ内家の恥をいつでも
世間に晒すことができる
それをお父さんが知ったら、
島なんていくらでも
買い戻してくれるんじゃない?
亜百合……さん……
あなた、どうしてそんなに人が
変わってしまったの……?
それはお互い様だよね。
ひめちゃんは、ずっとお兄ちゃんが
好きなんだと思ってた
それなのに、
初対面の男の人たちとホテルに
行くなんて信じられないよ
たしかに耀さんのことは
好きでしたわ……。
たぶん、初恋だったのかも
ふう……やっぱりね
でも大好きだったのは
耀さんだけじゃありませんわ!
若葉さん、千雪さん、玲也さん、
先生先生、みさき先生!
みんなみんな、大好きでしたわ!
亜百合さん……。
あなたのことだって……
…………
でも、もう希島にいた頃には
戻れない。
わたしは宮ノ内家の跡取りとして
自覚を持たなければなりませんの
だけれど……。
わたくしの心は
もう壊れかけている
その傷を男の人の体温で
癒そうとするのが、
そんなにいけないことですの?
うんうん、寂しかったんだね。
ひめちゃんの気持ち、
よーくわかるよ
亜百合さん……!
わたくしを、
許してくださるの……?
最初から
責めたりなんてしてないよ。
私の手伝いをして欲しいだけ
でも……。
島を買い戻すために
このことをお父様に話せ
だなんて……
ねえ、今日のことお兄ちゃんに
話したらどう思うかな?
耀さんに!?
ひめちゃんのこと
希島で一緒に育った仲間、
なんて思わなくなるよね
やめて!
思い出を汚さないで……!
大丈夫だよ。
私の言うこと聞いてくれれば、
みーんな黙っててあげる☆
…………
わかりましたわ。
すべて、亜百合さんの
言う通りにしますわ
それからは、面白いくらいにすべてが
順調に進んだ。
はい、日良ですけど……。
亜百合ちゃん!?
わかちゃんの電話番号は、すぐにわかった。
なぜならひめちゃんに興信所を使わせて、
連絡先を調べさせたから。
……っていうわけで、
希島の学校とかの建物が
取り壊されちゃうんだって
ええ~っ。
それは寂しいね……
だから、みんなを集めて
お別れ会を開かない?
いいね!
やろうやろう!
あっ、でも……
亜百合ちゃん忙しそうだけど、
お仕事は大丈夫なの?
まかせて!
スケジュール調整して行くから!
来月にオフが取れそうなんだ
じゃあ、亜百合ちゃんが
来ることは確定だね。
楽しみ!!
でも、他の人はどうしよっか。
みんなの連絡先を知らないの
大丈夫だよ。
私、島を出る前にみんなから
電話番号を聞いたから
さすがわかちゃん。
わかちゃんはいつもクラスで
輪の中心にいたもんね
そ、そんなことないよぉ~
私ね、仕事が忙しくて
みんなに連絡してる暇が
無いんだ……
私がみんなに連絡するから、
大丈夫だよ
ありがとう!
じゃあ、次から言う人を
誘ってくれる?
えっ……。
クラスの全員を
誘うんじゃないの?
ひめちゃんが、
仲良しだった人だけを
集めたいって言ってたよ
そっか……。
じゃあ、誰を誘うか教えて?
おい、ちょっと待て
なあに?
姫乃と仲が良かった奴だけを
集めたって、そりゃおかしいだろ
どうして?
姫乃は島一番の金持ちとして、
女王様みたいに振舞ってただろ。
あいつには取り巻きみたいに
仲がいい奴なんてたくさんいた
なのに、
今回のメンバーを選んだ
理由はなんだ?
お兄ちゃんだよ
俺……?
ひめちゃんの仲良しを
誘ったというのは、ウソ。
お兄ちゃんを好きだった人たちを
私が集めたかったの
な、なんでそんなことを
お兄ちゃんに好意を持って
近づいた人たちを、
いつかまとめて殺したいと
思ってたの
お兄ちゃんを好きなのは
私だけでいい
子供の頃からね、
ずっと、ずーっと!
そう思ってたんだよ?
まさか……。
そんなことのために……?
まあ、みんなを殺したのは
ついでだったんだけどね
ついで?
本当の目的は、他にあるの
そう言いながら亜百合は、
寂しげに揺れていたブランコに腰掛けた。