廃墟島の6日目《 中編④ 》
廃墟島の6日目《 中編④ 》
(コイツ……ッッ!!!)
姫乃の死の真相を聞かされた俺は、
はらわたが煮えくり返るような思いだった。
爪が食い込むほどに力強く拳を握り、
なんとかして怒りを抑えようとする。
(まだだ……!
もう少し我慢するんだ。
亜百合はすべてを話すと
約束したんだから)
そうしたときに、一つの疑問が浮かんだ。
一つ聞きたいことがある
なあに?
兄貴を殺したのも、
お前なのか?
ふふっ、お兄ちゃんは本当に
先生(さきお)先生を
信じてるんだね
どういう意味だ?
だって、私は言ったよね。
先生先生は自殺したんじゃないの?
……って
兄貴は自殺じゃねえ!
崖の柵が壊れてるのを
若葉と確認した!
ああ、そうだったね。
ステンレスは紫外線や塩害で
ボロボロになるんだっけ?
お前……
その話も隠れて聞いてたのか?
兄貴はたぶん、
ここから突き落とされたはずだな
みさき先生が転落した
場所だね……
みさき先生の時は、柵が無かった。
だけど兄貴の時は、柵が有った
だから玲也くんは、
自殺だと推理してたよね
問題は、その柵なんだよ。
希島から人が消えてから5年の間、
一度も整備されてなかったはずだ
あっ……!
柵が、壊れてる!?
やっぱりな。
この柵はステンレス製だ
ステンレスは紫外線や塩害で
ボロボロになるって
聞いた事がある。
今となったら、ここには柵なんて
無かったのと同じだ
じゃあ……じゃあ!
先生先生は……!
少なくとも、自殺じゃないな。
事故か、他殺だ
うん、ずっと聞いてたよ。
その時に限らず、
お兄ちゃんが話してたこと全部
わかちゃんと楽しそうに
話してるお兄ちゃんを黙って
見てるのは辛かったけど……
でも、そんなの平気。
長い間、ずっとお兄ちゃんに
片想いしてきたんだもん。
たった数日間のことくらい
耐え切れるよ
そう言った時の亜百合の顔といったら、
恋をする純粋な少女そのものだった。
(背筋がゾクゾクとする)
(さっきからコイツは
おかしなことしか言ってないのに、
唇から、髪から、仕草の全部から、
甘い香りがする気がして……)
(──俺、いま何を考えてた!?)
正気に戻れ!!
俺は自分の頬を叩いた。
……正気?
なんの話?
いや、なんでもねえ
ねえ、それより
別の所に行かない?
他の場所にも行きたいな
なんでその辺を
散歩しなきゃなんねえんだよ。
デートでもあるまいし……
俺がそう言うと、
亜百合は俺の手を強く握った。
デートだよ!
…………ッ!
亜百合に手を引かれて辿り着いたのは、
子供の頃によく通った市民プールだった。
あーあ!
水着も持ってくれば良かった。
そうしたら泳げたのにね!
馬鹿言うなよ。
こんな汚い水の中で誰が泳ぐか
だったら水を抜いて、
二人で掃除でもする?
それで裸で泳ぐとか……
どこまで本気で言ってんだ?
ふふっ!
亜百合はプールサイドに膝を突き、
水面をながめている。
ところでお前の話だと、
俺を好きだった奴をこの島に
おびき寄せたんだよな?
そうだよ。
さっきも言ったけど、
お兄ちゃんと私の間にノイズは
要らないから
兄貴は自分から
来ただけなのに、
なんで殺したんだ?
先生(さきお)先生は
お兄ちゃんの家族だから、
殺すつもりはなかった
おとなしくしてれば、
生きて島から
帰してあげたのに……
おとなしくしてれば……?
どういうことだ?
私は先生先生には島に
来て欲しくなかった。
だけどね、先生先生のほうが
私に用があったみたいなの
兄貴からわざわざお前に
何かを仕掛けたっていうのか?
そういうこと
わかちゃんから
先生先生が来るって聞いたとき、
すごく焦ったんだよ
でも、先生先生を拒む理由が
思いつかなかった。
だから島に招き入れたけど……
先生先生は私に言ったの。
『お前にずっと聞きたい
ことがあった』って
だから……。
ここに来て二日目に、
お兄ちゃんがお風呂に入ったとき。
私と先生先生はあの崖へ行った
ふうー。
いいお湯だったね☆
はい……。
お湯加減が
丁度よかったです……
温泉に浸かったのなんて
ひさしぶりかも
おい、亜百合
あれ、まだいたの?
お兄ちゃんたちはもう
お風呂に行っちゃったよ
俺は後で入る。
話があるから来い
話……?
亜百合ちゃん。
あのこと、先生先生に
相談したんだね?
えっ?
う、うん。
まあね……
先生先生ならきっと
解決してくれるはずだから、
安心して全部話しちゃいなよ
全部………
ふたりでなに
コソコソしてんだ?
なんでもないよ。
話があるんでしょ?
早く行こう
5年前、みさきはここで死んだ
そうだね。
……だから?
あの日、みさきは急に
姿を消した。
俺にも行き先を言わずにな
へえ……
耀と若葉にも聞いてみたが、
誰もどこへ行くかは聞いちゃ
いなかった
みんなに聞いて回ろうかと
思ったとき、みさき以外にも
いない人間がいることに気づいた
亜百合……。
お前だけがな
何が言いたいの?
結論から言う。
お前がみさきを突き落としたんじゃ
ないかと疑ってんだ
だけどな、俺の中で
その考えが浮かぶたびに
打ち消してきた
あんな小さな子供が
人殺しなんかするわけが無い、
と思ってな
なるほどね……
亜百合に、あの日どこへ
姿を消したのか聞こう。
何度そう思ったか
その内にお前は
国民的アイドルにまでなって、
話すことが難しくなっちまった
だから、今回のお別れ会は
長年の疑念を晴らすチャンスだと
思った……ってわけ?
まあ、そういうこったな。
お前に本当のことを
聞きたかったんだ
あのとき私が見当たらなかった
っていうだけで、犯人扱いするの?
それは無理があるんじゃないかな
それだけだと……な。
だがな、ずっと前からみさきは
お前のことを気にかけてたんだよ
『雲母さんはいつも私を避ける。
みんなの前ではあんなにいい顔で
笑うのに、私の前では笑ったことが
ない』ってな
あの人はお姉さんぶって
しつこくお兄ちゃんにベタベタ
してたんだもん。
そりゃ嫌いにもなるよ
自分は耀くんのこと
な~んでも知ってる~
なんて顔しちゃって、
マウント取ってくるし!
お兄ちゃんの好意にも
気づいてたくせに
しれーっとしちゃって!
とんだ魔女だったよあの女!!
お前はみさきを
嫌いだったのかもしれねえ。
でもな、みさきはいつもお前を
心配してたんだ
父親に捨てられた
可哀想な子供だったから?
それこそ余計なお世話!
それもあるけどよ……。
亜百合、お前みんなの前で
心の底から笑ったことあるか?
……っ!?
情けねえ話だが、そのことに
俺は気づけなかったんだ。
教師失格だな
でも、みさきは気づいたんだ。
『あの子は寂しい子だ』って、
いつも言ってた
耀がお前と仲良くやってる姿を見て
俺とみさきは安心してたんだ
希島が閉鎖されて、みんな
離れ離れになっちまっただろ?
耀の代わりになる人間が、
お前の側に居てくれればいいと
思っていたが……
お前の耀への執着っぷりを見ると
残念ながらそういう奴は
現れなかったみたいだな
先生先生は私のことを
見てるようでいて、
なんにもわかってないね
どんなに完璧な人が現れたって、
私のお兄ちゃんへの気持ちが
変わることはないよ
お兄ちゃんと一緒に居られるなら
アイドルの地位もいらない……。
私に必要なのはお兄ちゃんだけ
私にとってお兄ちゃんは、
命より大切な存在なの。
お兄ちゃんのためなら
神様を敵に回したっていい
あ、亜百合……。
お前な……
なあに?
いくらなんでも
愛が濃厚すぎるだろ。
うちの耀には荷が重いぜ
先生先生にはわかんないよ。
私の愛の深さなんて
お前のそういう所も、
みさきは心配だったんだよ
さっきから心配、心配って
なんなの!?
あの人が私に何かしてくれた
ことなんてあった!?
心配していたからこそ、
みさきはお前の力になりたいと
言っていた
みさきから差し出された手を
拒み続けたのは、
他の誰でもない……お前だ
みさきが崖から落ちた、
あの日……。
みさきはお前の相談に
乗ろうとしてたんじゃないのか?
…………
黙ってないで答えろ!
亜百合!
……ご名答
!!
さすが先生先生、名推理だね。
私から『今日で島を出るから、
相談に乗って欲しい』と言ったの
相談したことを他の人に
知られたくないから、
こっそり崖に来て欲しいとも
お願いした
ぜんぶ先生先生の言う通り。
私がみさき先生を
突き落とした犯人だよ
やけに素直に認めるな
だって証拠の無い話で
私を追い詰めたつもり
らしいから、
お望み通り認めてあげたの
こんな茶番を続けるのは
無駄だからね
無駄じゃないっ……!
無駄じゃないんだ!
亜百合っ!!
何が無駄じゃないの?
私に復讐でもする気?
違う!
俺はみさきを愛してたからわかる!
みさきがお前にどうして
欲しいかってことが!!
みさき先生が、私に?
お前は許されないことをした。
でも、悲しいがそれは
もう過ぎたことなんだ
お前に復讐した所で、
みさきが戻って来るわけじゃねえ
何なの?
私にどうしろって言うの?
罪を認めて、自首しろ。
それがきっと、みさきの望みだ
望み……
(崖っぷちに柵が有るけど、
かなりボロボロになってる。
あそこに体重をかけたら、
きっと……)
(でも行動に移すには
周囲の見通しが良すぎる。
暗くなるまで待つか……)
素敵だね、先生先生
あ?
この世にいない人のことを
今でも想い続けてるんだね。
そういうの憧れるな
愛を受け止めてくれた人を唐突に
失って、本当に悲しかったよね。
私、本当にひどいことしたよね
亜百合……
でも、自首するかは
まだ迷ってる。
もう少し考えさせて
ああ、もちろんだ。
焦らなくてもいい
そろそろ戻らないと、
お兄ちゃんたちが
お風呂から上がっちゃうよ。
話の続きは夜にしよ?
わかった。
待ち合わせ場所は……
この崖がいいな。
みんなにはナイショで
こっそり会いたいの
それならあいつらが
寝静まった頃がいいな
うん、それがいいね!
すう……すう……
ゴロッ
うーん……
……んっ?
…………
兄貴……?
どっか行くのか?
悪りぃ、起こしちまったか。
ちょっとトイレに行ってくるわ
んー……?
そっか……
ぐう……
(……寝たな)
おーい!
亜百合ぃー!!
(まだ来てねえみたいだな。
一服しながら待つか)
先生先生が背を向けた、その瞬間──。
私は岩陰から飛び出して、
全速力で先生先生の方へ走った。
!?
私はただ一心に、
先生先生を目がけて走った。
例え自分が落ちてしまっても構わない。
その覚悟で、先生先生に体当たりをした。
柵まで破壊する勢いで
全身を預けた私に対して、
先生先生に抗う術は無かった。
……ッッ!!
私の思惑通りに柵は壊れて、
先生先生の身は投げ出された。
落ちる瞬間に身体を半回転させて、
こちらを見た気がする。
耀ううううう!!!
・
・
・
──それが、先生先生の
この世で最期の言葉だった。
みさき先生の時と同じように、
私は確認作業に移る。
崖の縁に手を突き、恐る恐る下を覗き込んだ。
そこには波打つ海が広がり、そして……。
遥か遠くの岩場に、ぐったりと横たわる
先生先生の姿があった。
その姿は小さく、辺りは暗かったけれど、
月明かりに照らされた“それ”は
先生先生に違いはなかった。
…………
それでも私は、
みさき先生にしたのと同じように
確認作業を進める。
それは一つの儀式のようでもあった。
先生先生ーーっっ!!
大きな声で呼びかけてみるも、
返ってくるのは波の音だけだ。
頭から血を流している先生先生は、
ピクリとも動かない。
その時の私は、高揚感に満ちていた。
先生先生、最高だよ!
最期に最愛の弟の名を叫んで、
愛する奥さんと
同じ死に方をした……!
みさき先生、ごめんね。
私……みさき先生のこと
誤解してたみたい
みさき先生は生きてるときも、
死んでからも、
ずっと……ずうーっと!
先生先生だけを愛してたんだね!
そうでなくちゃ、
先生先生が同じ死に方を
するはずが無いもん!
みさき先生の愛が、
先生先生を冥府に
呼び寄せたんだよね?
そうだよね?
そうだよね? みさき先生。
最初の殺人がやっぱり
思い入れが深くてね。
同じ殺し方をもう一度出来て、
私は本望だったよ
!!
俺は考える間もなく、
亜百合の頬を力強く引っ叩いていた。
亜百合の華奢な身体は簡単に横へと吹っ飛び、
コンクリートの地面へと強かに打ち付けられた。
…………
亜百合は地に手を突いたまま、
眼球のみをキョロリと動かして
こちらを見ている。
俺は亜百合の上に馬乗りになり、
襟首を掴み上げた。
ふざけんなクソ野郎が!!
死ね! 死ね!
何が最初の殺人だ!!
何が思い入れが深いだ!!
人を殺した畜生が
口を利くんじゃねええええ!!
怒りに任せて平手打ちを繰り返すと、
亜百合の白い頬が見る間に
朱色へ染まっていく。
亜百合は口の中を切ったのか、
唇の端から鮮やかな色をした血を流した。
それでも俺が叩き続けようとすると、
亜百合がポツリと言った。
お兄ちゃんだって、
人を殺したくせに
!?
俺は亜百合を叩く手を止めた。
俺が……人殺し……?
そうだよ
ちゆちゃんを
殺したでしょ?