周りを山に囲まれているとある高校。夕方のオレンジ色の光に照らされながら私、こゆびは早口言葉を言わされていた。
じゃあ「かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ」って言ってみて
いきまーす! きゃえるっ……
…………
…………
そこで噛むの?
周りを山に囲まれているとある高校。夕方のオレンジ色の光に照らされながら私、こゆびは早口言葉を言わされていた。
会話をしているとき、私はよく噛んでしまう。しかも、相手にはバレていないだろうと思ってそのままごり押して何事もなかったかのようにしゃべり続けてしまう。そして今、私の滑舌の悪さを確かめるために早口言葉をしていた。
ある意味私の才能なんだと思う
じゃあどんどん育てていこうね
よく分からないことを、マヨネーズ大好き少女マヨちゃんに言われた。この間の英語の授業で、自分の好きなものに関する英作文を書いてくるという課題で、案の定マヨネーズについて熱く語っていた。
これは育てるべきところなの?
滑舌良くなりたいなあ。
前にそうつぶやいたらスフォークに、
じゃあまずは「滑舌」って言えるようになろうか
と言われてしまった。
そういえばこの間の休日、たまたまスフォークを町で見かけたとき「来て早々散る童たち」と書いてあるTシャツを着ていて、本当に意味が分からなくて声をかけずにUターンしてしまった。ダサい意味不明なTシャツを着ているような男にこんなことを言われたんだと思ったら、なんだか腹が立ってきた。
早口言葉ってさ、頭使わないじゃん。私、頭を使うゲームならきっとできるよ!
じゃあウミガメのスープしよう!
ウミガメのスープというのは、情報を極限まで削って、それに対して「はい」か「いいえ」で答えられるような質問をして答えを導き出していくクイズゲームである。しかし私たちの場合は、毎回出題者になるスフォークが何でもしゃべっているのでルールを無視している。
よし、じゃあ問題探すよ
スフォークはそう言うと、わざわざ教卓まで移動してから、スマホで問題を検索し始めた。
*
リュックから弁当を引っ張り出した男は、自分はもうすぐ死んでしまうんだと悟った。
いったい何があった?
*
え?
え?
私とマヨちゃんは怪訝な顔をする。
お弁当? で、死ぬの……?
まじで? え、待って、もう一回言って。リュックから……?
混乱してしまったので、問題をもう一度聞いてみることにした。
リュックから弁当を引っ張り出した男が、自分はもうすぐ死んでしまうんだと悟ったのはなぜか
もう一度聞いてもやはり意味が分からない。
……悟ったのってお弁当?
は?
は?
マヨちゃんとスフォークに、声を合わせて聞き返されてしまった。
だからお弁当君が、食べられちゃうから、
もう死ぬんだ……
……って悟ったの
私が言うと、私の隣の席に勝手に座っているマヨちゃんが大笑いし始めた。一方、スフォークは私が言ったことの意味が分からないらしく、3秒くらいポカーンとしていた。
……あ、弁当目線?
そう
リュックから弁当を引っ張り出した「男」は
そうだ、人間だった!
スフォークがくすくす笑っている。少しだけ恥ずかしい。
その弁当って、和食? 洋食?
そんなことをマヨちゃんが聞いたが、果たしてそれは関係あるのだろうか。
関係ないですね
やはり関係なかったらしい。
お弁当以外に何か持ってた?
マヨちゃんが言ったことに、私はピンときた。
……毒とか?
弁当の中にも何かあるかってこと?
ううん、それ以外。リュックの中とか
……うーん、まあ、はい、それ以外。あります
何だ最初の間は。なんだか煮え切らない答えだし。
とりあえず、何か持っていたということは、やっぱり……。
……毒?
リュックのほかにもう1つ何か持ってたの?
うん、結構重要なものを
ひえー! 毒じゃん
私が「毒」しか言わないからか、マヨちゃんが笑い始めた。
こゆちゃん、そうやって簡単に毒に結び付けないの
それもそうだな。もう「毒」と言うのはやめておこう。そして、私もちゃんと考えよう。
持ってるって、いくつ持ってるの?
いくつかは関係ないけど、もうひとつ大事なものが
それは食べ物?
いいえ
あ、もしかして……
それは、弁当を食べる上で必要なものですか?
いいえ
必要ないのか。じゃあお箸ではないということになる。目に飛んできたのなら、私も死を悟るかもしれないと思ったのに。
ではいったい、リュックのほかに何を持っていたのだろう。
男が死ぬって言ってたじゃん。それと関係あるの? その、もうひとつのものは
関係ありますね
それを聞いて、私は自分で自分に拍手した。これでまた一歩答えに近づいたはずだ。
ある……じゃあ、もう毒しかないね
マヨちゃんもそう言うから、もう正解でもいいと思う。
なんで弁当を引っ張り出して毒がかかるの?
それは分からないけど、とりあえず毒がかかったから、その……最後の晩餐的な
「お腹空いたなー。お弁当食べよう。あ、毒がかかった! もうダメだ! 死んじゃう!」ってなるわけ? そうじゃないんだよなー
そうしたら食べなきゃいいのにねー
マヨちゃんが笑いながら言った。
きっと食べ物を無駄にしたくなかったんだ。
えー、死を悟った……死を悟った……。弁当を引っ張り出して、死を悟った……?
そうマヨちゃんが言った直後、突然ひらめいた私は、あっ、と声を出した。
爆弾だったんだね!
なんでだよ
スフォークにそうツッコまれてしまったから、違うっぽい。
いや、実はお弁当が爆弾のスイッチになってて、引っ張っちゃったからカチッて入っちゃったの
間違えていると分かっているけれど、一応説明してあげた。
ねえ、お弁当箱って空?
マヨちゃんに聞かれて、スフォークが腕を組んでうなり出した。
関係ないです。たぶん入ってるかも、分からない。入ってても入ってなくてもいいと思う
お弁当箱を取り出したシチュエーション……その、お昼だったとか、公園だったとかって大事?
場所は重要です
やったぞ! いい質問をした!
病院
死を悟るなら、やはり病院だろうか。
きっと、弁当箱のふたを開けたら「今までありがとう」などと書いてあった手紙が入っていたんだ。だいぶかわいそうな状況だけど……
いいえ
お寺?
そうマヨちゃんは言ったけれど、お寺でお弁当を食べるってどういう状況?
違います
ピクニックじゃん? 私ピクニックだと思ってた
お弁当を持っているのなら、やはりピクニックしかないだろう。たぶん、食中毒とかで死ぬんだと悟ったんだと思う。
……ピクニックじゃないの?
違います
あら、違うの! 草原でピクニックしてるの想像してたよ
違うのかー……
そこは外ですか?
はい
ピクニックじゃーん!
そう私は叫んだ。
究極の外だよ
究極の外ってどういうことだ? 普通の外とは違うのだろうか。
……お家?
なんでお家なんだよ。外の外は中みたいな感じ?
違う違う! 縁の下っ……
……だっけ?
……あっ、縁側だ、縁側!
縁の下で食べてたらかわいそうでしょ
ごめーん間違えたー!
そして不正解です
違いますかー!
言い間違えた上に答えも間違っていた。恥ずかしい。
あ、無人島
違うなー
いろいろなことを聞きすぎて、なんだか頭の中がよく分からないことになっているので、いったん整理してみようと思う。
究極の外にいた男は、リュックから弁当を取り出し、死を覚悟した。弁当のほかに持っていたもうひとつのものが死を悟ってしまったことと関係している。
ダメだ。全然分からない。何をやっているんだこの男は。重要な情報の穴がちっとも埋まっていないから、男の状況をまったく想像できない。やっぱり小さなことでも疑問に思ったことはどんどん聞いていくしかない。
ねえ、なんで男は外にいたの?
それ「はい」か「いいえ」で答えられる質問じゃないから却下
今までルール無視してめっちゃしゃべってたくせに、急になんで!?
急に冷たくされてしまった。面倒くさい恋人か。なぜ突然しっかりとルールを守ろうと思ったのか。いや、当たり前のことなのだが、今はちょっと意味が分からない。
でも外にいた理由は結構大事かも。それが分かれば一気に答えにいける
おお!
今日の私はたくさんいい質問をしているではないか。なんだか今日こそはマヨちゃんよりも先に答えを導き出せる気がする。いつも負けていたから何気に悔しかったんだ。
ピクニック以外で外でお弁当を食べることなんてある?
運動会とか?
それだ!
ついにマヨちゃんが答えを導き出したと思って、ふたりでキラキラした目でスフォークを見たけれど、スフォークは首を横に振った。
違います
はあ!?
運動会しなさいよ
運動会しなさいって何
普段温厚なマヨちゃんが意味不明なキレ方をしている。でも確かにそれくらい答えの見当がつかない。
どうしよう。どこから攻めたらいいのだろう。
リュックから弁当を引っ張り出したら死を悟った……。
そういえば私、最初に「これは弁当目線なんだ」って言ったな。実は人間じゃないっていう考え方が合っているのだとしたら? 人間ではないけど、性別は男である生き物がお弁当を引っ張り出したら、もうひとつあったものに驚いて死を悟って……。
分かった!
自分の中で一気に完璧なストーリーができて、思い切り手を挙げた。
答えをどうぞ
その男は、実は人魚なんだよ。海の底に落ちてきたリュックの中を好奇心で見るの。そうしたらお弁当が入ってて、まずはお弁当の中を見るのね。中身は魚料理。リュックの中にもうひとつ入っていたものは、刃物!
これで自分も同じように調理されてしまうんだ……
ってなったんだよ
全然違います
一生懸命考えたのに!!
結構自信があったのにな。しかも「全然」違うって言われてしまった。
でも地上じゃないところに目を付けたのはいいね
え?
え?
またこの男は重要なことを、なんでもないかのようにさらっと言いやがった。
ということは、男は地上にいないの?
水中?
男は人魚説をあきらめきれなくて聞いてみる。
いいえ
ということは、空?
はい
空にいるの!? なんで!?
いったい空の上で男は何をしているんだ。鳥なのか?
もしかして、飛行機に乗ってるの?
うーん、飛行機というか……
ヘリコプターか
そうだね。ヘリコプターかな
飛行機ではなくヘリコプターでないといけない理由はなんだろう。旅行するために乗っているわけではないのだろうか。あとで聞いてみよう。
じゃあ男はヘリコプターでお弁当を食べようと思ったの?
いいえ
え?
え?
私とマヨちゃんの声が重なった。
いいえって何? どういうこと? 男は弁当をリュックから取り出すんでしょ?
まさかの「いいえ」という回答に、また頭の中が訳の分からないことになった気がする。もともとぐちゃぐちゃだったのに、さらにかき回された。
男がお弁当を取り出したのは、お弁当を食べるためじゃないってこと?
そもそもお弁当を取ろうとしたわけではない
もう何なの!? 意味が分からない!
さっきから衝撃的なことを明かされすぎて頭が限界になってきた。まさか弁当を取ろうとしていなかったとは。誰が「男は弁当を取り出すつもりだったんですか?」なんて質問ができるというのだろう。もう問題文で「弁当を取り出した男」って言われているし、そこを疑問に思う人なんているのだろうか。
ということはお弁当じゃなくて、リュックの中に入ってるもうひとつのものを取り出そうとしたのね?
いいえ
いいえ!?
どうしてそこでいいえって言うの!? もうひとつ重要なものがあるって言ってたじゃない!
もうひとつの重要なものを取り出そうとしたんじゃないの?
マヨちゃんもわけが分からないと思っているのか、なんだか疲れてそうな顔をしている。
そうだよ
さっきいいえって言ったじゃん!
「いいえ」と言ったそのすぐあとに「そうだ」と言うなんて、こいつは私たちのことをバカにしているのか。
その重要なものはリュックの中に入ってるわけじゃないよ
えぇ! リュックの中って言ったじゃん!
言ってない
あれ? 言ってなかったっけ?
お弁当以外にも何か持ってた?
弁当の中にも何かあるかってこと?
それ以外。リュックの中とか
……うーん、まあ、はい、それ以外。あります
俺は「それ以外」って方に対して「はい」って言ったんだよ。ふたりが勝手にリュックの中にあると思い込んでたんでしょ
なんか腹立つんだけど
「はい」と「いいえ」以外は喋れないから……
ずっと喋ってるからね君!
煮え切らない答えだったのはそのせいか。
わけの分からないことになってきたから、ちゃんと分かったことをまとめてみよう。
ヘリコプターに乗っていた男。リュックから弁当を取り出すと、自分はもうすぐ死ぬのだと悟った。しかし本当に取り出したかったのは、弁当ではなくもうひとつの重要なもので、それはリュックの中には入っていない。
あれ、ちょっと待って
まとめてみたら、ものすごく違和感があった。
いったん確認させて。男はお弁当じゃなくて、もうひとつのものを取り出そうとしたんだよね?
はい
でもそれはリュックの中には入っていない
はい
……じゃあどこから取り出そうとしたの?
……!!
もしかして私、今ものすごく大事なことに気がついたのでは? ちょっとドヤ顔してしまった。
いいところに気がついたな
おっ、やっぱりー?
やー、今日の私はやっぱり冴えてるな!
リュックってさ、背負ってるじゃん
そうだね
男は確かに、背中から重要なものを引っ張り出そうとしたんだよ。でも弁当が出てきちゃったんだよ
? うん
いったいスフォークは何が言いたいのだろう。ヒントを言っているつもりなのかな?
私もマヨちゃんもポカーンとしているので、ちょっとスフォークに笑われた。
その重要なものが何かが分かれば、俺の言っていることが分かるよ
やっぱりそこを明らかにしないとだよねー
分からないことが多すぎて、あまりそのことについて考えないようにしていたけれど、やっぱり逃げられなかったか。
あ、そういえば聞きたいことがあったんだ。男がヘリコプターに乗っている理由って重要?
重要です
やっぱり重要だったのか。でもヘリコプターなんてどんなときに乗るんだろう。乗る機会なんてあるのかな?
……ちょっと言い方があれだったから特別に教えるけど、男はヘリコプターに乗ってないよ
え、何。嘘ついたの?
びっくりすることが多すぎて、もはや驚かなくなってきた。
いや、確かに乗ってたんだけど、この時は乗ってなかった
どういうことだろう。そういえば「究極の外」って言ってたな。その意味も分からないし、なんだか明らかにしないといけないことが多いな。
うーん、とりあえず1つずつ攻めていこうかな。その重要なものは……
……
いや待って。そもそも男はその重要なものを、そのときちゃんと持ってたの?
いいえ
うわ!
今日はいろいろなことを「絶対にそうだ」と決めつけていたせいで導き出せなかった答えがたくさんあったから、なんとなく聞いてみたら案の定そうだった。
あ、じゃあ、重要なものとお弁当を間違えて持ってきちゃったってこと?
なるほどねー、とマヨちゃんとふたりで納得していたのに、スフォークは微妙な顔をしている。
いや、弁当、というか……
リュックごと間違えたの?
そう
もしかして、その重要なものはそこそこ大きいものなの?
リュックと何かを間違えて持ってきてしまって死を悟るってどういう状況なのだろう。
その男って何かの任務中? スパイとか?
違うと思う。別にスパイとかでもいいけど。映画とかにそういうシーンあるし
スパイ映画なんて全然見ないから何も思い浮かばない。だけど、スパイ映画でヘリコプターが出てくるシーンで想像できるのは……
飛び降りるシーンかな? ほら、パラシュートとか……
…………
…………
…………
ああー!!
ああー!!
全ての点と点が一気に繋がった。
パラシュートと間違えてお弁当が入ったリュックを背負って飛び降りたのね!
正解
やったー!
ヘリコプターから飛び降りたのはいいものの、背負っていたのはパラシュートではなく弁当の入っているリュック。上空数千メートルの「究極の外」ではもうどうすることもできないため、男は死を悟ったのだ。
はじめて自分で答えを導き出せた喜び。そして問題が難しかったため得られた達成感の大きさ。なんだかものすごくすっきりしたし、晴れやかな気分だ。
もう帰ろう! 今日はもう脳みそを使いたくない!
そう言いながら帰る支度をし始める。今の時間だけで一生分考えた気がする。ベッドに入ったら一秒で眠れそうだ。
俺は全然平気だけどな
出題者じゃん。ていうか、急にルールを守り始めるのやめてよね
そうだよ。ルールを守らないで
そんな注意されることある?