こゆび

……腹立つわ

スフォーク

なんで? 不味かった?

ここは、山に囲まれたド田舎にあるとある高校。この日の授業はすべて終わり、茜色に染まっている放課後の教室で私、こゆびは顔をしかめていた。

こゆび

いや……ありえないくらい美味しい

スフォーク

じゃあなんで腹立つんだよ

今私と友だちのマヨちゃんは、スフォークというふざけたあだ名の男が自分で作ったというクッキーを食べている。しかも量が多い。

マヨちゃん

スフォークは料理が得意だもんね。ものすごく美味しいから永遠に食べられるよ

マヨネーズ中毒のマヨちゃんが、マヨネーズをつけていない食べ物をべた褒めするなんて……。

でも、確かにスフォークのクッキーは本当に美味しいのだ。まず、バターの香ばしい匂いに食欲を刺激された。一口かじればサクッという良い音がして、程よくて優しい塩気と甘さが口いっぱいに広がった。お菓子屋さんに売っていたら人気ナンバー1の商品になると思う。現にもう10枚も食べた。

こゆび

いろいろと負けた気がしてものすごく腹立つ……

激ダサTシャツを着ているような男の方が、私よりも女子力があることが本当に悔しい。この間なんて「ポリ☆プロ☆ピレン」って書かれたTシャツを着てきた。ちなみにそのTシャツは綿100パーセントだった。

マヨちゃん

スフォークは基本なんでもできるけど、こゆちゃんはぶきっちょだもん、仕方ないよ

こゆび

ねえ、ひどくない?

思わぬところから精神的に攻撃されてびっくりしてしまった。自分では器用だと思っていたのにな。

こゆび

ていうか、なんでこんなに手作りクッキーを持ってきたの?

スフォーク

夜食用に作ったんだけど、作りすぎたんだよ

こゆび

もはや業務用だよ。よくこんなに作ったね……

3人で結構な量を食べたはずなのに、あまり減った様子がない。

マヨちゃん

じゃあ食べ終わるまでウミガメのスープしようよ!

ウミガメのスープというのは、情報が著しく欠けている問題文に対して、「はい」か「いいえ」で答えられる質問をして答えを導き出していくクイズゲームである。

マヨちゃんはこの間のウミガメのスープが楽しかったらしくて、あの日から毎日のようにやろう!と誘ってくる。

こゆび

いいねー

スフォーク

じゃあ問題探すからちょっと待って

そう言って、スフォークは制服のポケットに入れていたスマホを取り出すと、どこかのサイトで問題を探し始めた。問題文を読み始めたのは、それからおよそ10秒後だった。

問題はこうである。

*

高い食器を盗んでは、それをすぐに壊して捨ててしまう男がいる。
なぜだろうか。

*

こゆび

……え、それだけ?

あまりの問題の短さに、私は思わずそう聞いてしまった。

こゆび

「高い食器を盗んではすぐに捨ててしまう。なぜだろうか」? ……知るか

マヨちゃん

考えようよこゆちゃん

早くも考えることを放棄した私に、マヨちゃんが冷静にツッコんでくれた。

こゆび

え、もう普通にダサかったんじゃないの?

こゆび

やっぱいらない!

こゆび

とか言って割ったんだよ

スフォーク

じゃあ盗むなよ

私の適当な回答が、スフォークにバッサリ切られてしまった。

スフォーク

高い食器を盗んで、すぐ壊しちゃう男がいるんだよ?

こゆび

……じゃあ趣味。その男は、別にその食器が欲しかったわけじゃなくて、目的は「盗む」っていう行為をすることだったんだよ

スフォーク

それ犯罪心理

今回の回答は結構自信があったのだが、それも違っていたらしい。

マヨちゃんがうーん、とうなってから口を開いた。

マヨちゃん

壊しちゃうから、別に売りに出すわけでもないよね?

スフォーク

そうだね

マヨちゃん

ということはお金目的じゃないのか……

今度は私も一緒になってマヨちゃんとうなる。質問することが思い浮かばなかったが、とりあえず何か小さなことでもいいからヒントを得ようと思い、私はいろいろ質問してみることにした。

こゆび

えー、盗んだ人……あれ、盗んでるの男だっけ?

スフォーク

そう男。別に女でもいいけどね

こゆび

その食器ってお皿? だよね?

スフォーク

そう

こゆび

それ、どこから盗んだかって……

スフォーク

あ、それ重要です

意外と早く良い質問しちゃった!

盗んでもすぐに壊してしまう……。じゃあその食器は別に必要じゃなかった、ということか。それなら男はどうして食器を盗んで、しかも割っちゃうんだろう……。

こゆび

その……男が盗んでる相手は、想い人だった

私は、男は好きな子のお皿を盗んで気を引いている、と考えた。

スフォーク

俺はいつも好きなあの子のお皿を盗んでは割ってしまう

スフォーク

……って?

マヨちゃん

そうしたらなんで割るのよ。背徳感を得られるの?

そんなことに興奮しちゃうなんて、その男はなかなか変態だ。

こゆび

本当に欲しいのはこんな皿じゃなくて、あの子なんだよ!

こゆび

って割るんだよ

私が説明すると、スフォークが笑った。

スフォーク

いつもあの子に会いに行きたいんだけど、声をかける勇気が出ないからすぐ近くのお皿だけ盗んで来ちゃう。そして、

スフォーク

こんなの俺のしたいことじゃねえ!

スフォーク

って割るの?

こゆび

そうそう!

スフォーク

返しに行きなさい

たぶん返しに行く勇気までは出なかったんだと思う。家に侵入して、皿を盗む勇気はどこから来たんだって感じだけど。

マヨちゃん

ついでに告白しちゃえばいいのに

マヨちゃんはそう言うけど、人の皿を盗んで、しかも割るような人とは付き合いたくない。

スフォーク

みみっちい男だなあ……

スフォーク

……ってそうじゃねえんだよ

スフォークが机をペシン、と叩く。

マヨちゃん

その男って今までどのくらい盗んでるの?

こゆび

マヨちゃんそれ「はい」「いいえ」で答えられる質問じゃないよ

スフォーク

かなり盗んでるんじゃないかな

こゆび

あ、答えるんだ

ルールをガン無視している。

意外とおしゃべりなスフォークだからか、最初から「はい」と「いいえ」以外も普通にしゃべっていたから、ものすごく今さらだけど。

こゆび

え、それは盗みやすいところにあるの?

スフォーク

うーん……まあ、盗みやすいとは思う

盗みやすいところにあるのか。そのへんに置きっぱなしにしているということ? でも割れやすいお皿をそんな雑に扱わないよなあ……

あれこれ考えていたら、マヨちゃんがスフォークに質問した。

マヨちゃん

売られてる物?

スフォーク

食器が?

マヨちゃん

そう

スフォーク

売られてない

売られてないのか。じゃあやっぱり好きな子の家から盗んできたんじゃん!

マヨちゃん

じゃあ誰かの家から盗んでくるってこと?

マヨちゃんがちょうど私も思っていたことと近いことを聞いてくれた。

スフォーク

違います

こゆび

えっ、違うの!?

驚いて思わず大声を出してしまった。てっきり家から盗んできているんだと思っていたのに。

こゆび

家じゃないなら、お店?

スフォーク

そう

こゆび

でも売られてないんだよね?

スフォーク

うん

こゆび

待って、それなのにお店なの? どういうこと?

なんだか混乱してきたので整理しようと思ったら、マヨちゃんがまた質問し始めた。マヨちゃんはお皿があるところ、つまり「お店」を疑っているのか、「それは本当にお店なんですか?」とか「実は怪しいお店なんじゃないですか?」とか聞いている。

マヨちゃん

うーん……美術館とか?

マヨちゃんの回答に納得しかけたが、スフォークは首を左右に振ったから違ったらしい。

お店だけど、食器は売られていない。
そして、美術館のように展示されているわけでもない。
ということはつまり……

こゆび

レストラン

私は、これは絶対キタぞ! と思いながらドヤ顔で言ったが、スフォークはうーん、とうなる。

え、不正解なの?

スフォーク

近い

こゆび

近い……でもご飯食べるところ?

スフォーク

そう

マヨちゃんがスッと手を挙げた。

マヨちゃん

喫茶店

スフォーク

いいえ

マヨちゃん

ホテル

スフォーク

違う

マヨちゃん

ファミレス

スフォーク

ううん

マヨちゃん

……猫カフェ?

スフォーク

可愛いな

ふたりの掛け合いはとてもテンポが良かったが、マヨちゃんの回答はすべて間違っていたらしい。

スフォーク

レストランなんだけど、なんだかちょっと違うくくりっていうか……

マヨちゃん

寿司屋

こゆび

いやー、マヨちゃんそれはないんじゃ……

スフォーク

正解

こゆび

まじかよ

バカにしかけちゃったじゃん。正解だったのかい。あの分かりにくいヒントだけでよく当てたよね。

こゆび

でもお寿司屋さんのお皿……?

どういうことだろう。

どこから盗んできたのか、ということは分かった。しかし肝心ななぜなのか、という部分が分からない。

なんでこの男は寿司屋のお皿を盗んで壊したんだろう。

マヨちゃん

あ、分かったかもしれない

マヨちゃんがぱんっ、と手を叩いて言った。

こゆび

え! 何?

身を乗り出して聞くと、マヨちゃんはドヤ顔しながら教えてくれた。

マヨちゃん

要は、お金を払いたくないから持って帰って壊したんだよ

スフォーク

正解です

こゆび

えっ!

マヨちゃん

えぇー!

答えた本人がなぜか一番驚いていた。

スフォーク

回転寿司に行って、400円とかする高くていいのがあるじゃん? あれを食べて、お皿をカバンに入れて盗んじゃうんだ。で、お勘定のときに安いやつの分だけ払って、そのあとに証拠隠滅のため壊しちゃうんだよ

こゆび

うわー!

マヨちゃん

最低だ!

教室中に、男がやったことに引いている私とマヨちゃんの叫び声がこだまする。

スフォーク

マネしちゃだめだぞ、こゆび

こゆび

しないよ!

名指しされてしまった。私を何だと思っているのか。

マヨちゃん

なんだかお寿司食べたくなってきちゃった。今から食べに行こうよ

こゆび

えぇ、クッキー大量に食べたじゃん

いつの間にかクッキーがなくなっている。私は全然食べていないから、スフォークとマヨちゃんであの量を食べ切ったのだろう。それなのにお寿司も食べようと言うのか。化け物だ。

スフォーク

いいよ

こゆび

うそでしょ……

スフォークとマヨちゃんとは3年間ずっと一緒にいたが、意外と大食いだということを今日初めて知った。

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