ここは、山に囲まれたド田舎にあるとある高校。この日の授業はすべて終わり、茜色に染まっている放課後の教室で私、こゆびは顔をしかめていた。
……腹立つわ
なんで? 不味かった?
ここは、山に囲まれたド田舎にあるとある高校。この日の授業はすべて終わり、茜色に染まっている放課後の教室で私、こゆびは顔をしかめていた。
いや……ありえないくらい美味しい
じゃあなんで腹立つんだよ
今私と友だちのマヨちゃんは、スフォークというふざけたあだ名の男が自分で作ったというクッキーを食べている。しかも量が多い。
スフォークは料理が得意だもんね。ものすごく美味しいから永遠に食べられるよ
マヨネーズ中毒のマヨちゃんが、マヨネーズをつけていない食べ物をべた褒めするなんて……。
でも、確かにスフォークのクッキーは本当に美味しいのだ。まず、バターの香ばしい匂いに食欲を刺激された。一口かじればサクッという良い音がして、程よくて優しい塩気と甘さが口いっぱいに広がった。お菓子屋さんに売っていたら人気ナンバー1の商品になると思う。現にもう10枚も食べた。
いろいろと負けた気がしてものすごく腹立つ……
激ダサTシャツを着ているような男の方が、私よりも女子力があることが本当に悔しい。この間なんて「ポリ☆プロ☆ピレン」って書かれたTシャツを着てきた。ちなみにそのTシャツは綿100パーセントだった。
スフォークは基本なんでもできるけど、こゆちゃんはぶきっちょだもん、仕方ないよ
ねえ、ひどくない?
思わぬところから精神的に攻撃されてびっくりしてしまった。自分では器用だと思っていたのにな。
ていうか、なんでこんなに手作りクッキーを持ってきたの?
夜食用に作ったんだけど、作りすぎたんだよ
もはや業務用だよ。よくこんなに作ったね……
3人で結構な量を食べたはずなのに、あまり減った様子がない。
じゃあ食べ終わるまでウミガメのスープしようよ!
ウミガメのスープというのは、情報が著しく欠けている問題文に対して、「はい」か「いいえ」で答えられる質問をして答えを導き出していくクイズゲームである。
マヨちゃんはこの間のウミガメのスープが楽しかったらしくて、あの日から毎日のようにやろう!と誘ってくる。
いいねー
じゃあ問題探すからちょっと待って
そう言って、スフォークは制服のポケットに入れていたスマホを取り出すと、どこかのサイトで問題を探し始めた。問題文を読み始めたのは、それからおよそ10秒後だった。
問題はこうである。
*
高い食器を盗んでは、それをすぐに壊して捨ててしまう男がいる。
なぜだろうか。
*
……え、それだけ?
あまりの問題の短さに、私は思わずそう聞いてしまった。
「高い食器を盗んではすぐに捨ててしまう。なぜだろうか」? ……知るか
考えようよこゆちゃん
早くも考えることを放棄した私に、マヨちゃんが冷静にツッコんでくれた。
え、もう普通にダサかったんじゃないの?
やっぱいらない!
とか言って割ったんだよ
じゃあ盗むなよ
私の適当な回答が、スフォークにバッサリ切られてしまった。
高い食器を盗んで、すぐ壊しちゃう男がいるんだよ?
……じゃあ趣味。その男は、別にその食器が欲しかったわけじゃなくて、目的は「盗む」っていう行為をすることだったんだよ
それ犯罪心理
今回の回答は結構自信があったのだが、それも違っていたらしい。
マヨちゃんがうーん、とうなってから口を開いた。
壊しちゃうから、別に売りに出すわけでもないよね?
そうだね
ということはお金目的じゃないのか……
今度は私も一緒になってマヨちゃんとうなる。質問することが思い浮かばなかったが、とりあえず何か小さなことでもいいからヒントを得ようと思い、私はいろいろ質問してみることにした。
えー、盗んだ人……あれ、盗んでるの男だっけ?
そう男。別に女でもいいけどね
その食器ってお皿? だよね?
そう
それ、どこから盗んだかって……
あ、それ重要です
意外と早く良い質問しちゃった!
盗んでもすぐに壊してしまう……。じゃあその食器は別に必要じゃなかった、ということか。それなら男はどうして食器を盗んで、しかも割っちゃうんだろう……。
その……男が盗んでる相手は、想い人だった
私は、男は好きな子のお皿を盗んで気を引いている、と考えた。
俺はいつも好きなあの子のお皿を盗んでは割ってしまう
……って?
そうしたらなんで割るのよ。背徳感を得られるの?
そんなことに興奮しちゃうなんて、その男はなかなか変態だ。
本当に欲しいのはこんな皿じゃなくて、あの子なんだよ!
って割るんだよ
私が説明すると、スフォークが笑った。
いつもあの子に会いに行きたいんだけど、声をかける勇気が出ないからすぐ近くのお皿だけ盗んで来ちゃう。そして、
こんなの俺のしたいことじゃねえ!
って割るの?
そうそう!
返しに行きなさい
たぶん返しに行く勇気までは出なかったんだと思う。家に侵入して、皿を盗む勇気はどこから来たんだって感じだけど。
ついでに告白しちゃえばいいのに
マヨちゃんはそう言うけど、人の皿を盗んで、しかも割るような人とは付き合いたくない。
みみっちい男だなあ……
……ってそうじゃねえんだよ
スフォークが机をペシン、と叩く。
その男って今までどのくらい盗んでるの?
マヨちゃんそれ「はい」「いいえ」で答えられる質問じゃないよ
かなり盗んでるんじゃないかな
あ、答えるんだ
ルールをガン無視している。
意外とおしゃべりなスフォークだからか、最初から「はい」と「いいえ」以外も普通にしゃべっていたから、ものすごく今さらだけど。
え、それは盗みやすいところにあるの?
うーん……まあ、盗みやすいとは思う
盗みやすいところにあるのか。そのへんに置きっぱなしにしているということ? でも割れやすいお皿をそんな雑に扱わないよなあ……
あれこれ考えていたら、マヨちゃんがスフォークに質問した。
売られてる物?
食器が?
そう
売られてない
売られてないのか。じゃあやっぱり好きな子の家から盗んできたんじゃん!
じゃあ誰かの家から盗んでくるってこと?
マヨちゃんがちょうど私も思っていたことと近いことを聞いてくれた。
違います
えっ、違うの!?
驚いて思わず大声を出してしまった。てっきり家から盗んできているんだと思っていたのに。
家じゃないなら、お店?
そう
でも売られてないんだよね?
うん
待って、それなのにお店なの? どういうこと?
なんだか混乱してきたので整理しようと思ったら、マヨちゃんがまた質問し始めた。マヨちゃんはお皿があるところ、つまり「お店」を疑っているのか、「それは本当にお店なんですか?」とか「実は怪しいお店なんじゃないですか?」とか聞いている。
うーん……美術館とか?
マヨちゃんの回答に納得しかけたが、スフォークは首を左右に振ったから違ったらしい。
お店だけど、食器は売られていない。
そして、美術館のように展示されているわけでもない。
ということはつまり……
レストラン
私は、これは絶対キタぞ! と思いながらドヤ顔で言ったが、スフォークはうーん、とうなる。
え、不正解なの?
近い
近い……でもご飯食べるところ?
そう
マヨちゃんがスッと手を挙げた。
喫茶店
いいえ
ホテル
違う
ファミレス
ううん
……猫カフェ?
可愛いな
ふたりの掛け合いはとてもテンポが良かったが、マヨちゃんの回答はすべて間違っていたらしい。
レストランなんだけど、なんだかちょっと違うくくりっていうか……
寿司屋
いやー、マヨちゃんそれはないんじゃ……
正解
まじかよ
バカにしかけちゃったじゃん。正解だったのかい。あの分かりにくいヒントだけでよく当てたよね。
でもお寿司屋さんのお皿……?
どういうことだろう。
どこから盗んできたのか、ということは分かった。しかし肝心ななぜなのか、という部分が分からない。
なんでこの男は寿司屋のお皿を盗んで壊したんだろう。
あ、分かったかもしれない
マヨちゃんがぱんっ、と手を叩いて言った。
え! 何?
身を乗り出して聞くと、マヨちゃんはドヤ顔しながら教えてくれた。
要は、お金を払いたくないから持って帰って壊したんだよ
正解です
えっ!
えぇー!
答えた本人がなぜか一番驚いていた。
回転寿司に行って、400円とかする高くていいのがあるじゃん? あれを食べて、お皿をカバンに入れて盗んじゃうんだ。で、お勘定のときに安いやつの分だけ払って、そのあとに証拠隠滅のため壊しちゃうんだよ
うわー!
最低だ!
教室中に、男がやったことに引いている私とマヨちゃんの叫び声がこだまする。
マネしちゃだめだぞ、こゆび
しないよ!
名指しされてしまった。私を何だと思っているのか。
なんだかお寿司食べたくなってきちゃった。今から食べに行こうよ
えぇ、クッキー大量に食べたじゃん
いつの間にかクッキーがなくなっている。私は全然食べていないから、スフォークとマヨちゃんであの量を食べ切ったのだろう。それなのにお寿司も食べようと言うのか。化け物だ。
いいよ
うそでしょ……
スフォークとマヨちゃんとは3年間ずっと一緒にいたが、意外と大食いだということを今日初めて知った。