教室の教卓の前に、偉そうに座っていたスフォークが、そんな一言を発した。
ウミガメのスープって知ってる?
教室の教卓の前に、偉そうに座っていたスフォークが、そんな一言を発した。
私は山に囲まれたとある高校に通っていて、みんなからこゆびと呼ばれている。本当は「かえで」という名前なのだが、だいたいいつも両手の小指がピンと立っているのであだ名が「こゆび」になってしまった。
順調にいけば来年から大学生になるのだが、私は髪を染める予定も、ピアスを開ける予定もない。「純粋な乙女だ!」と言ったら友だちに真顔で即答で否定された。たぶんそれは、表情と行動が騒がしいせいだと思う。
そして先ほどのスフォーク。彼は同じクラスの男の子で、もちろん「スフォーク」は本名ではない。休日に一緒に遊んだ時、白地に黒のゴシック体で「スフォーク」と書かれたTシャツを着ていたのであだ名が「スフォーク」になった。なぜスプーンでもフォークでもなく、そのハイブリッドであるスフォークをチョイスしたのか。その理由を論文で提出していただきたい。
あ、知ってる! どんどん質問していくゲームでしょ?
私がそう言うのとは対照に、
えー、知らなーい
そう言ったのはマヨちゃんだ。マヨネーズが引くほど好きだから「マヨちゃん」というあだ名になった。卵のことを「マヨネーズのもと」と呼んでいてちょっと引いた。
マヨちゃんは動物が好きで、スフォークと3人で遊んだとき、動物の絵が描いてある服を着てきた。よく可愛いニワトリが描かれた服を着てくるから、ニワトリが好きなのかと思ったら「マヨネーズのもとを産むから」と言っていてちょっと引いた。
ウミガメのスープっていうのは、例えばまあ、この問題の場合だと…………
スフォークの説明が長かったので要約すると、「ウミガメのスープ」というゲームがあって、正式名称は「シチュエーションパズル」とか「水平思考パズル」だ。これは「はい」か「いいえ」でこたえられる質問をして、答えを導き出していくクイズゲームである。答えに近い良い質問をすると、出題者は「良い質問!」と言ってくれる。
ちなみに、このゲームが「ウミガメのスープ」と呼ばれているのは、それが代表的な問題だからだ。
面白そうだねぇ。やってみようよ!
スフォークの説明を聞いたマヨちゃんは、目をキラキラさせている。
私もやりたい! めちゃくちゃ暇だし!
じゃあ、俺が昔やった問題なんだけど……
スフォークが出した問題はこうだ。
*
ある男がバーに入ってきて、店員に「水を一杯ください」と言った。店員は銃を取り出し、男へと向けた。男は「ありがとう」と言って帰って行った。
一体なぜ?
*
いや、本当になんで?
さっぱり分からん。
水がほしいと言っただけで銃を向けられたというのにお礼なんて言った男も謎だし、ただ水をもらいに来ただけの人に銃を向ける店員も謎だ。
男は銃を向けられたことに対してありがとうって言ったの?
そう
……意味不明なんだけど
銃を向けられたのに、お礼を言った……? 撃たれて嬉しかったのだろうか。痛みが好きとか? いや、それはいろいろとまずい気がする。
俺もこれ結構頭使ったよ
頭の回転の早いスフォークでも苦戦したのに、おバカな私たちが答えを導き出すなんて可能なのだろうか。
男は本当に水がほしかったの?
マヨちゃんの問いに、スフォークはコクリ、とうなずいた。
あ、分かったかもしれない
まだ2つしか質問していないのに、早くもマヨちゃんは答えを導き出したらしい。ここにも頭が冴えている人がいた。
水をくださいって言うから、店員さんは男を撃って、それでその男は自分の血を飲んだんだよ
セルフサービス?
スフォークのツッコミが面白くて、思わず笑ってしまった。
実を言うと、私もマヨちゃんと同じことを一瞬考えたけれど、さすがに世界はそこまで狂っていなかったようだ。安心した。
うーん、と私とマヨちゃんはうなる。始まったばかりなのに、もう行き詰ってしまった。一体何を聞けばいいのだろう。何を質問しようかと考えていたら、マヨちゃんがねえねえ、とスフォークを呼んだ。
その男は、悪い人だったんでしょ!
いいえ
えっ、水を盗もうとしたから店員さんが撃ったんじゃないの?
違いますね
じゃあ悪い人ではなかったのに撃っちゃったの!?
それならなぜ店員は男を撃ったのだろう……。何か理由があったはず。聞いてみよう。
その店員さんが男を撃った理由ってある?
いいえ
え! じゃあ店員さんは理由もなく男を撃ったの!?
なんて奴だ! やっぱり世界は狂っていたのか!
……というか、その質問自体いろいろ間違えてる
は? ……どういうこと?
自分が質問した内容を振り返ってみるが、どこが間違えているのかまったく分からない。
実はその人は男じゃなくて……女?
仮に実は女だとしても、それは答えに関係ない
だいぶ馬鹿げたことを聞いた自覚はある。だから、スフォークがちゃんと反応してくれた時に、私はなんて無駄なことを聞いたのだろうと反省した。
……男を撃ったわけじゃないってこと?
マヨちゃんのつぶやきに、私はピンっとひらめいた。そして頭で考えをしっかりとまとめるよりも先に、勝手に口が動いていた。
分かったぞ! そばにあった花瓶を銃で撃って割ったんだ! 男はそこの水を飲んだんだよ!
そばにあった、水の入った花瓶を割って、
さあ、飲め
……って?
そうそう!
普通にあげなさいよ
きっとグラスのないバーだったんだよ
反省したばかりなのに、私はまたバカなことを言っている。もう反省するだけ無駄なのだろう。もうこれからは自分らしく生きていこう。
ねえ、男って撃たれたんだよね?
私が聞いたら、スフォークが目を大きく開けて私を見つめてきた。何なに怖い。
めっちゃいい質問
うおっしゃああ!!
撃たれてない
なんだとおお!?
これは驚いた。まさかの男は撃たれてないと来た。急展開である。ずっと男は撃たれたのだと思っていた。
しかし振り返ってみると、確かにスフォークは一度も「撃たれた」なんて言っていなかった。
なんだか頭の中がぐちゃぐちゃしてきたので、いったんまとめてみよう。
悪い人ではない普通の男が、水が一杯ほしくて来店した。すると店員は、男に銃を向けた。しかし、男は店員に撃たれたわけではない。そして男はお礼を言うと帰って行った。
……どういうことだ? まとめても分からない。
私がうなっていると、マヨちゃんが、
あ、分かったかもしれない
と言った。
答える前にひとつ聞きたいんだけど、店員さんが男に銃を向けたのは本当?
本当ですね
マヨちゃんがニヤリと笑う。
店員さんに銃を向けられたせいで、男は驚いて冷や汗をかいたの。そしてそれを飲んだ、みたいな
だから、セルフサービス?
マヨちゃんは、どうしても自給自足させたいらしい。
自分から出たものをまた中に入れてるんだから、結局プラマイゼロじゃん
スフォークのツッコミは何かが違う気がしたが、なぜか納得してしまった。
でも答えにかすってたよ
えっ!?
えっ!?
スフォークがさらっと重要なことを言った。先ほどのマヨちゃんの答えが正解に近かったということは、つまり……
血でも汗でもないってことは、涙……?
それもセルフサービスじゃん。なんなの君たち
銃を向けられて泣いたのかと思ったが、違うのか。
セルフサービスじゃないなら、やっぱり普通に水をもらったということになるのだろう。
腕を組んで、天井を見上げながら考えていたら、マヨちゃんが、
はい!
と元気よく手を挙げた。
その銃って本物なの?
うーん、まあ、別にどっちでもいい
そんなふたりのやり取りに、私はハッとした。そして、今までずっと好き勝手喋っていたが、マヨちゃんを見習って手を挙げる。
はい、こゆびさん
水鉄砲! その銃、水鉄砲だったんだよ! それを男の口に向かってピューって!
だから撃ってないって
あ、そうだった。
そして、水の与え方については触れられなかった。
少し寂しさを覚えつつ、もう一度考える。答えを導き出したいが、まったく分からない。そういえば、余計なことはたくさん言ったが、あまりちゃんと質問していない気がする。ヒントが足りなさすぎるから分からないのだろう。いろいろ聞いていこう。
えー……男は水がほしくて、水を一杯くださいって言ったんだよね?
そうね
お礼を言ったってことは、お水はもらえたの?
いいえ
えっ!? じゃあどのあたりにありがたい要素があったの!?
僕を撃たないでくれてありがとう、ということ? いや、そもそも男は悪い人じゃないんだから、撃たれる理由がないでしょ。スフォークも言ってたじゃない。
銃は向けられるし、喉は潤わないし、全然ありがたくないじゃん!
いいんだよ
いいの!?
結果はよかったんだから
……何も良くなくない?
いったい何が良かったのだろう。そういえば、男は水をくれと言ったのに銃を向けられたことに対してありがとうと言ったらしいし、水をもらわなかったことと何か関係があるのかもしれない。
喉が渇いてお店に寄ったけど、銃を向けられたから驚いて、それで喉の渇きがなくなったのかな?
そもそも喉渇いてない
……おっと?
私たちがなかなか答えを導き出せないせいか、重要なヒントを教えてくれた。ルールガン無視だ。
喉は乾いていないのかい! てっきり喉が渇いていたのかと思っていたのに……。先ほどと同じことをしてしまった。先入観にとらわれるのは良くないということを、私は身をもって体験した。しかも2回も。
じゃあなんで水がほしかったのだろう。
喉は乾いていなかったが、水が欲しくてバーに行く。店員に銃を向けられるが、男は「ありがとう」と言って去る。
……やっぱり分からない。
水をもらえなかったのに帰ったのは、必要なくなったから?
はい
数秒の静寂のあと、私はもう一度口を開いた。
……薬か
え、錠剤を口に入れてから「水をくれ」って言ったら銃を向けられて、驚いて飲み込んだから水は必要なくなった、的な?
すごい、その通りだよ……まさか、正解なの?
違います
なんだよ
期待させやがって。
答えが出るまであと一歩のところまで来ているはずなのに、検討もつかない。
聞くこともないし、答えも思いつかない。私もマヨちゃんも、何も言わずに静かにしていると、スフォークに苦笑された。
少しヒントを出そうか。突然銃を向けられたら、どう思う?
どう思うって、そりゃあもちろん……
何だお前って
違う違う、感情
……怖い
違う。さっきから何度も出てきてるワードだよ
どうしよう。「セルフサービス」しか出てこない。
ひとりで笑いそうになっていると、マヨちゃんが、
分かった!
と叫んだ。
びっくりする!
そう
そうか。確かに、何もしていないのに突然銃を向けられたら驚くだろう。
……え、だから何なの?
びっくりするからって、いったいなんだと言うのか。
銃を向けられて、びっくりして、水がいらなくなったの?
そういうこと
……いや、分からないです
どういうシチュエーションになったら、そんなことが起こるというのだろう。
もう一度まとめてみよう。何かを見落としているかもしれないので、今度はしっかりとまとめてみようと思う。
水がほしいと思った男が…………
あれ?
………そういえば、男が水がほしかった理由ってなんだ?
今までずっと、店員の銃や男がお礼を言ったことにばかり注目していて、一度は疑問に思ったものの、水がほしい理由についてあまり考えていなかった。
それが分かれば、答えが分かる。
まじか!
ものすごく大事なことだったのか。それなのに、ずっと無視していたなんて。
とある理由があって水がほしかったけど、驚いたせいで必要なくなったの?
「せい」というか「おかげ」というか……
役に立ったということか。
まったく思いつかないなあ、と思っていたら、マヨちゃんがつぶやいた。
……しゃっくり?
正解
やったあ!
マヨちゃんが喜んだのを見てから、一拍遅れて私もやっと理解する。
なるほど、そういうことか!
しゃっくりが止まらずバーで水をもらおうと思ったが、店員に銃を向けられたことに驚いて、そのおかげでしゃっくりが止まったから水は必要なくなった、と!
しゃっくりじゃなくて、心臓が止まるな
おー、上手いなスフォーク
私がそう褒めたら、ドヤ顔された。