廃墟島の6日目《 中編① 》
廃墟島の6日目《 中編① 》
パパが本土へ出稼ぎに行ったまま、
帰ってこなくなった。
ねえ、ママ。
パパはいつ帰って来るの?
パパは都合が悪いから
帰って来ないんでしょ
つごう……?
パパはね、
本土に女の人ができたの。
出稼ぎの仲間が教えてくれたわ
おんなの……ひと……
私と亜百合をほっといたままで
絶対に許さない。
帰って来たら
とっちめてやるんだから!
どこから広まったのか、
私のパパが本土に女の人を作って
しばらく家に帰っていないということは、
島のほとんどの人が知っていた。
そうしている内に、
パパからママにLINEがきた。
それはどれくらいぶりのことだろう。
LINEには一言、こう書いてあった。
もう島へ帰る気はない。
別れよう
ママは怒った。
たぶんまだ、
パパを愛していたからだと思う。
心のどこかで、いつかパパが自分の所へ
帰ってくるんじゃないかと
思っていたのかもしれない。
私も、パパはいつか帰ってくるんだと
思っていた。
納得の行かないママは、
パパの出稼ぎ仲間から聞いて
愛人の場所を突き止めた。
そしてママは、私を連れて東京へ行った。
こっちには子供が
いるんだってこと、
わからせてやるわよ
私の姿を見せれば、
愛人に罪悪感が生まれて
パパと別れると思ったみたい。
だけど、愛人のお腹には子供がいた。
愛人は産まれてくる子供のためにも、
パパとは絶対に別れないと言った。
その後、ママがパパとの話し合いをして、
パパの気持ちがもう戻っては
来ないということが子供の私にもわかった。
そのときママの顔は、
可哀想なくらいに疲れ切ったものだった。
亜百合……
なに?
少し東京を見て回ろうか
うん……
繁華街を歩くうちに、
何人もの大人が私を見て名刺を渡してきた。
すごいわね、亜百合。
芸能事務所からのスカウトが、
これでもう6社目よ
うん……
嬉しくないの?
芸能人になれるのよ?
これで亜百合が
稼ぐようになれば、
パパは私たちを捨てたことを
後悔するわね!
ほら、この名刺見て。
ドクターZの主演女優さんが
所属してるプロダクションじゃない
ねえ、ママ
なに?
亜百合も興味持ったの?
ううん、違う……
パパとはもう、
一緒に暮らせないの?
何度言えばわかるの!
パパはよその女の人と
暮らすのよ!?
パパはね、
亜百合とママを捨てたの!
いらないって言ったの!
でも、ヤダよ……。
亜百合はパパが好きだよ
もう、本当にわかんない子ね。
パパを好きなんて言う亜百合、
ママは嫌い
ママ!?
家にも一人で帰りなさい
うえーん……!
ごめんなさいぃ……
こんな所で泣くんじゃないの!
もう、めんどくさい子ね。
本当に置いて行くわよ?
お願い……。
パパを好きなんて言わないから、
置いて行かないで……
じゃあ、ママの言うこと
なんでも聞く?
うん、聞く……
たぶん、あのときからママの奴隷に
なったんだと思う。
ママの言い成りになって
芸能界入りを決めた私は、
大手の芸能事務所に所属した。
所属するだけじゃ、
仕事がこないのは当然のこと。
ママは私にあらゆるオーディションを
受けさせた。
やったわね亜百合!
この間のオーディションに
受かったわよ!
そうなんだ……
まだ小さな仕事だけど
大きな一歩よ
これからきっと忙しくなるわ。
すぐにでも本土へ引っ越す
準備をしなくちゃ
えっ……!
お兄ちゃんと離れ離れに
なるなんて、ヤダよ!
お兄ちゃん?
同じ学校の美崎耀くんだよ!
ああ……。
クラスメイトのこと言ってんのね。
引っ越すのは最後の登校日だから
別にいいじゃない
でも、島を閉鎖する日まで
一緒にいたいよ……
ワガママ言うんじゃないの!
そんなに希島が好きなら、
一人で残ったら?
ママ……
知らない。
ママの言うこと聞かない
亜百合なんて嫌い
うえーん……。
行く! 本土に行くから!
置いて行かないでえ、
ママァ……
(お兄ちゃんにお別れ……
言わなくちゃ……)
えっ……!
亜百合、本当に
芸能人になるのか!?
うんっ。
この間のオーディションに
受かったんだ。
本土に引っ越してから
お仕事を始めるの
亜百合がテレビに出るのか。
なんか想像できないなぁ
テレビに出られるかは、
まだわかんないけど……
でもねっ!
テレビとか雑誌とか、
たくさん出れるように
頑張るから!
だから……。
私のこと忘れないでね?
約束だよ?
忘れるわけねえだろ!
超人気アイドルになるかも
しんねえから、今の内に
サイン貰っとくかな
ふふっ。
お兄ちゃんは、
私にアイドルになって欲しいの?
そりゃあ、まあ……。
女の子で芸能人って言ったら、
アイドルじゃないのか?
じゃあ私、アイドルになる!
お兄ちゃんがビックリするくらいの
超人気アイドルになるからね!
この時から、アイドルになることが
私の生きる目標になった。
そして私は、努力を重ねた。
キレのあるダンスが出来るように
レッスンを欠かさないのはもちろん、
人一倍自主練習を繰り返した。
もちろん、歌や演技だって。
事務所の偉い人たちから
「雲母亜百合は歌唱力や演技力が抜群で、
天賦(てんぶ)の才能がある」
なんて言われたけど、
私には才能なんか無かった。
私に有ったのは、
人気アイドルになって
お兄ちゃんと再会したい
という強い思いだけ。
レッスンと仕事の毎日で、
学校へ行く暇はなかった。
担任の先生から
「出席日数が足りなくなる」と言われたとき、
ママはすぐに芸能科のある学校へ転入を決めた。
その時だったの
……何が?
私がKKZ71の
オーディションに受かって、
新規メンバーとして
加入することになったのは
ああ、なるほどな。
お前をテレビで見たときは
ビックリしたぜ
人気グループのメンバーとして
お前が現れたのも驚いたけど、
あっという間に一位になったのが
一番ビックリしたなあ
本当は、一番先にお兄ちゃんに
報告したかったんだよ
でも、あの頃の私はとにかく
人気を維持することに
必死だったから……。
他のことをしている暇がなかったの
そうだったのか……
油断すれば、すぐに人気は下がる。
努力している子は
私だけじゃなかったから
中には私の足を引っ張ることを
努力だと勘違いしている子もいた。
そんな卑怯な子たちには
絶対に負けたくなかった
足を引っ張るって、
何をされたんだ?
有りもしないウワサ話を流されて
ファンが減ったこともあったし、
ウソのスケジュールを教えられて
集合時間に遅刻したこともあった
KKZ71をやめさせようとして、
無視をされたり皮肉を言われる
なんてこと、毎日のようにあったよ
ママにそのことを話したけど、
パパを見返すことしか考えてなくて
相談には乗ってくれなかった
ママさえも味方になって
くれなくて……
寂しくて、孤独で、
死んじゃいそうだったよ
いつも笑顔だったお前が、
そんなに辛い目に遭ってた
なんて……知らなかった
ただお兄ちゃんとの
約束を守りたい一心で、
命を削りながら頑張ったんだよ
俺との約束って……。
俺がビックリするくらいの、
超人気アイドルになるってことか?
そうだよ。
やっぱりお兄ちゃんは
覚えていてくれたんだね
……でも。
頑張れば頑張るほど、
忙しさでお兄ちゃんが遠ざかってく
こんなのおかしいよね。
お兄ちゃんがどこに住んでるのか
すら知らなかったんだから
俺も亜百合は雲の上の人って
感じで、連絡先なんかまったく
知らなかったからなあ
……ん?
若葉とはどうやって
連絡を取ったんだ?
えっ、わかちゃんと連絡?
確か今回のお別れ会は、
お前から若葉に電話して
決まったことなんだよな?
亜百合ちゃんから
久しぶりに連絡がきたんだ。
それでね……
雲母 亜百合から!?
なんかね。
島を売りに出すとかで、
学校とかの建物が
解体されちゃうって
情報が入ったんだって
もう壊されるのか。
なんか寂しいな
うん、私も……。
だから、みんなで集まって
お別れ会をしようよって提案したの
ああ、そうだったね
わかちゃんの電話番号は、
ひめちゃんに
教えてもらったんだよ
へえ、姫乃が知ってたのか。
亜百合と姫乃ってそんなに
仲が良かったんだな
うん、まあ……。
ひめちゃんの連絡先だけ
知ってたから
とにかく、
私はお兄ちゃんとの
約束を守るために頑張ったの
トップアイドルになるために
いろんなことをやって……
とっても辛くて苦しかった
だけど、こうして人気アイドルに
なって、お兄ちゃんと再会
できたことは本当に嬉しい!
やっと努力が報われた……。
本当にそう思ったから……
亜百合は目じりに涙を光らせて、
俺の背中に手を回した。
互いの身体が密着して、
亜百合の髪や身体から漂ってくる香りが
心地よく鼻腔をくすぐる。
少女と女性の魅力をあわせ持った
官能的な香りに、
俺は目まいを覚えた。
(亜百合の身体って、
華奢(きゃしゃ)なのにこんなに
柔らかいんだな)
(日本中に愛されてる女の子が、
俺のためだけに辛い努力をして、
俺に会うことを生きる目標に
していたなんて……)
(そんな“夢みたいな話”、
信じられるか?)
私、お兄ちゃんが好き!
お兄ちゃんを愛してるの!
この世の誰よりも……
あ、亜百合?
お兄ちゃんと一緒にいられるなら
アイドルをやめたっていい
お前がアイドルをやめたら
ファンのみんなが悲しむぞ?
いいの。
どうせ誰も私を愛してくれない。
誰も本当の私を見てくれないの
お願い。
お兄ちゃんだけは私を愛して
(これは“夢みたいな話”
なんかじゃない。
亜百合は孤独という現実に
常に立ち向かっているんだ)
(俺が愛してやらなきゃ、
誰が亜百合を愛してやるんだよ?)
亜百合がしているように、
俺も亜百合の背中に手を回そうとした。
しかし、指先が亜百合に触れた途端に
自分の中で何かがずれたような音がした。
上手く噛み合っていた物が致命的にずれて、
自分という存在を形作る根源が
狂い始めそうな予感がした。
そうして逡巡(しゅんじゅん)した後に、
俺は……
亜百合の肩をつかんで身体を離した。
亜百合……。
お前が今まで頑張ってきたのは、
よくわかった
わかってくれたんだね。
ありがとう、お兄ちゃん
でもな……。
この島で起こった殺人事件。
それとはまた別の話だろ?
別の……話……?
どうしてそんなこと言うの?
お前は言ったよな?
若葉は努力の結果を
利用したって
言ったよ。
私の努力の結果を利用して
お兄ちゃんの初めてを奪った
……って
若葉は何も利用しちゃいねえ。
死んだと思ったお前を、
ずっと思いやっていた
…………
それに、若葉を抱いたのは
俺の意思だ!
若葉を好きだから
抱いたんだよ!
お前の努力は関係ない!!
ひどい……。
どうしてそんなこと言うの?
あんなに……
あんなに頑張ったのに……
だから、お前がアイドルとして
頑張ったのと、
若葉のこととは別の話だろ?
そうじゃない!
この島に来てから、
必死に頑張ったんだよ!?
この島に来てから……?
何を頑張ったんだ?
そ、それは……
犯人が怖かったのに、
頑張って隠れてお兄ちゃんに
会いに来たし……
そもそも、それもおかしいんだよ
おかしい……?
何が?
犯人の目的は、
お前を自分だけのものに
することだったんだよな?
うん、そうだよ。
邪魔なみんなを殺そうとしたの
なんでその犯人とやらは、
お前がここに来ることを
知ってたんだ?
それは……
そう、それはきっと
ひめちゃんがバラしたの
姫乃が?
なんのために?
犯人はひめちゃんの使用人
だったみたい。
ほら、2~3日前に荷物を使用人に
運ばせたって言ってたでしょ?
そのときにひめちゃんが
うっかり喋っちゃったんだよ。
私が来ることをね
まるで見てきたように
細かい話だな
だってそう考えれば
納得できるでしょ?
じゃあ次の質問だ。
映画館のトイレでの自殺は、
前もって計画していたことじゃ
ないんだよな?
そうだよ。
犯人から隠れるためにトイレへ
逃げこんだら、誰かわからない
死体が落ちてたの
それはさっきも聞いたけど、
あのときにトイレが爆発して、
死体が燃えちまったよな?
うん。
燃やして顔をわからなくすれば、
私が死んだように見せられると
思って
死体が偶然転がっていたのは
ともかくとして、
爆薬はどうやって用意したんだ?
えっ……。
そ、それは……
それも落ちてたって言う気じゃ
ねえだろうな?
そ、そう! 落ちてたの!
きっと犯人が何かに使おうと思って
そこに置いておいたんだよ!
死体の側に犯人が爆薬を
置いたっていうなら、
トイレの死体は亜百合じゃないって
知ってたはずだよな?
それなのに亜百合が死んだと
思って船で逃亡したってのは
矛盾があるじゃないか
…………ッ!
でも、本当に爆弾が
偶然あそこに有って……
爆弾も死体も、
この希島には偶然有るもんじゃ
ねーんだよ
そうだけど……
でも、本当にどうしてあそこに
有ったのかわからなくて……
亜百合、答えを間違ってるぜ
間違ってる……?
“わからない”んじゃない!
お前は“知ってる”んだよ!
知らない!!
本当に何も知らないの!!
じゃあ、最後の質問だ。
犯人が船に乗って逃げるのを
見たんだな?
見たよ!
まだみんなが寝てるとき……
そう、早朝にね!
犯人はクルーザーの運転手さんを
おどして船に乗り込んだの
それはいつの話だ?
えーと……。
ひめちゃんが言ってた通り、
3日目に船がきたから……
その時だよ
ひめちゃんも1日目に
運転手さんに言ってたよね?
『では、また2日後に』って
本当に、3日目の朝に
犯人が逃げたんだな?
うん、そうだよ
3日目の朝に、俺に
『兄貴を殺したのはお前だ』って
責められたこと、忘れたのか?
……覚えてるよ。
それがどうしたの?
その直後に犯人が逃げたってのは
おかしくないか?
どうして?
おかしくなんかないよ
私がショックでお兄ちゃんの
前から走り去った先で、
犯人に声をかけられたの
その後すぐに、私は映画館の
トイレで自殺の振りをして……
それに絶望した犯人は船で逃げた
何もおかしくなんかないよ?
亜百合、お前は致命的な矛盾に
気づいていない
矛盾……?
なにが……?
若葉が死んだのは、
5日目の真夜中だぞ?
若葉は誰に殺されたんだ?
そ、それは……っ!!
ごめんね、お兄ちゃん。
私の記憶違いだったかも!
犯人はわかちゃんを殺した後に
逃げたんだよ
それもおかしいだろ。
俺と若葉が結ばれたのを
お前は見てたんだよな
うん……。
見たよ
いいか?
若葉と俺が結ばれたのは、
5日目の晩なんだ
その時はもう船が来ていて、
お前が言う『犯人』は
逃げた後だよな?
だけど若葉はその後に殺された。
若葉を殺したのは
一体、誰なんだ?
そ、そんなの……ッッ!
わかんないよ!!
そうだ!
きっともう一人、
殺人犯がいるんだよ!
いいや、犯人は一人だ。
そいつが犯人なら、
すべての辻褄(つじつま)が合う。
そう思わないか?
お兄ちゃんは……
誰が……
犯人、だと思うの……?
犯人は……
矛盾のある話をやけに詳しく
語りながらも、
肝心な事は“わからない”と
言う奴だ
それは、誰……?
亜百合、お前だよ
犯人を追い詰める核心に来た!
後は犯人がそれを認めるかどうかだけど、お兄ちゃんに自分をただ見て欲しかっただけの犯人がそれを認めるかが難しい…この後の話がwktk