二日待ったけど、煎じ薬を取りに来る人はなし。
もう私のものでいいのよね。

一階に来るのは久しぶり。
自分の家とは言っても、人の仕事場に入ることは避けてたから。

例の水がめ、作業場の奥にあるみたいね。他には木炭とか、斧とか縄とか。
おかしなものは、何もないけど…

この台車は…?
床板が外れかけているのを、車輪で踏んずけてるみたい。

よい…しょ!

邪魔な台車をどけて、床板を外す。
ランプの灯に驚いた虫たちが逃げていく。

ケーラーさんが部屋に来たとき、一瞬、怪我してるんじゃないかって心配した。
今思うとあれは、血のにおいがしたからだ。

グリューンさんやブルートさんと一緒に仕事してるんだから、においが移ることはこれまでにもあったはず。
それが妙に気になったのは…

においが全然違う、から。

動物じゃない。
あれは、ヒトの血の――

爪が固いものに触れた。

…嘘でしょう。

土をかき分ける。すぐに出てきた。

白くて硬い。ボールのような。
暗く開いた二つの眼窩。綺麗な歯並び。
焼け焦げた赤いワンピース。

嘘でしょう。
あなた…ずっとここにいたの?

後ろから飛んできた矢が、
ノーラをかすめて壁に刺さる。

振り返ると、暗闇の中、
三人の男の影が見えた。

なんで邪魔するんだよ、ケーラー?
今ので殺せたのに。

殺すにしても矢はやめろ。
証拠になったら困るだろう。

…………

こんばんは。
ここ、夜は使わない約束で貸してるんですけど、お忘れでした?

頭蓋骨を抱きしめたまま、
ノーラは三人をにらみつけた。

ホルツのお嬢さんが行方知れず。
悪い奴にさらわれたんじゃないか。
よく言えたものね。

役者の才能があるだろう?
炭焼きにしとくのはもったいないな。

俺たちから手を出したんじゃない。
ただ、俺たちがおまえさんの悪口を言ったのが気に入らなかったらしい。飛び掛かって来たんだ。殴り合いになって…

はは、あのイカレ娘。
噛みついて来たりしなけりゃ殺しまではしなかった。

どうして死体を、私の家に?

森に隠すこともできたが、森を仕事場にするのは俺たちだけじゃない。
埋めたってすぐに見つかっちまう。

この家は村人も立ち寄らない、絶好の隠し場所だったんだ。
ただ心配は、おまえさんが他の奴にここを貸しやしないかってことで…

それで私にプロポーズしたの。

結婚でもなんでもして、建物の権利を手に入れないことにはな。

素敵な考えね。お返事に時間をくれないかしら。
村のみんなに相談してからにするわ、この子も連れて!

余計な口を滑らせたな。
おまえさんが告げ口する気なら、ここで死んでもらうしかない。

っ!

邪眼娘がイカレ娘を殺して自殺。
村人はそれで納得するさ。

うわ!?

ノーラはとっさに、
足元の骨を拾って投げつけた。

何を投げ…骨か、これ!?
骨を投げるなんて、罰当たりな!

殺した本人がそれを言う?
もっと面白い冗談を言って!

それに腕の骨ならいいのよ。
腕ってのは嫌な人を殴るためにあるんだから!

それは違うわ。

続けてもう一本投げようとしたノーラは、
その場に響いた声に、動きを止めた。

それ足よ、腕じゃなくて。
スネの骨ね。

…なんでいるんですか?
と言うか、そっちですか。

そっちって?

暴力に反対したのかと。

あらどうして?
私、暴力は大好きなの。
だってソレなら――

私が勝つもの。

窓の下から二階まで一瞬で渡る脚力で。
水がめを背負って歩く体幹で。
頑丈な棒を小枝のように折る腕力で。

な――!?

小柄な少女は、
一瞬で三人を打ちのめした。

ぐ…う。

今の私にケンカを売るほど、うっかりさんなことはないわ。
重たい水がめ背負うのに、怪力薬は不可欠なのよ。

…考えてみたら私が直接売られたわけではないけれど、ささいな問題よね!

…とっくに、村を出たと思っていました。

何やら言い訳する少女が、
ここにいることがまだ信じられず、
ノーラは恐る恐る話しかけた。

魔女に依頼しそうな人が誰か、村で聞いて回ってみたのよ。

ヘラ・ホルツってお嬢さんが、しばらく前から行方知れずだって知ったわ。
その子だったのね、私の依頼人。

ヘラが?
どうして、目の見えなくなる薬なんて。

村じゅうの人の目を少しの間でいいから、つぶしてくれって話だったわ。
手紙いわく…

あいつら、オレを変わり者だって、ジロジロ見やがる。その目が嫌いだ。

あいつらの見えない目の前で、オレは好き勝手踊ってやるんだ。すごく面白いと思わないか?

って。

…あの子らしいわ。

村が窮屈だったんでしょうね。
私の家に来たのも、友達が欲しかっただけみたいだったもの。

ノーラは頭蓋骨をそっとなで、
細く息をついた。

ところで、家の外がザワザワしているようですけど。
村で聞いて回ったって、なんて言って聞いたんです?

魔女に依頼するような人、いない?
その人に届け物の約束があるの。

自己紹介がお上手ですね。

あら?

そんな言い方して、あなたが魔女だってバレない方がおかしいでしょう。
この家まで後をつけられたんですよ。

あの家に入って行ったぞ!

邪眼娘の家じゃないか。
やっぱりあいつも魔女だったんだ!

たった今、私の巻き添えも決定しました。

この音、あの人たち火を放ったわね。早く逃げなきゃ蒸し焼きだわ。魔女の蒸し焼き。

まずそうですね。

まあどうにかするわ。
よいしょっと。

ちょっと。そんな重い水がめ持ったら、逃げられるものも逃げられませんよ。どこ行く気です?

どこ行くも何も、出口はひとつしかないでしょ。

煙突から入って窓から出る人ですし、壁くらい壊して通るかと…

半開きの扉を壊して通るとは思いませんでしたが。

それより、あなたの家の周り、ずいぶんにぎやかね!
村じゅうの人が集まってそう!

手間が省けたわ。これなら依頼人の願いを叶えられる。

え?

もう少し燃え広がるのを待とうかしら。いえ、十分に…

明るいわね。

チバリは水がめを抱えたまま、
階段を駆け上がった。
続けて屋根に飛び乗り、

えいっ。

水がめの中身をぶちまけた。

目をくらませる眩耀薬が、
村人たちの頭上に雨と降り。

うわっ、何だ…!

まぶしい…!

悲鳴やうめき声の中、
飛び下りてきたチバリが笑った。

人って目が見えないと、とたんに動きが鈍くなるのよ。動かない人垣は木の根っこと一緒。あなたにも飛び越えられるでしょう?

木の根っこは私の背より低いでしょう。立っている人群れを飛び越えるなんて、できません。

でもやんなきゃ死ぬわね。
そうだ、私が引っ張り上げてあげる!

ここで焼け死ぬのもひとつだけど、私はそうは行かないの。まだまだやりたいこと、たくさんあるもの。
あなただって、呪いの人形然として、針を刺されてる義理はないわ。

それは。

逃げたいなら手を貸すわよ。
私は魔女だもの。どんな願いでも叶えるわ!

私は…

さーて行くわよ!

…っ!

ノーラを後ろに従え、
チバリは人垣へ走った。

腕を引かれ、体が浮いた瞬間、
ノーラは地面を蹴った。

おかしいわ。

ベラドンナの鍋をかき回す手を止め、
チバリが目をぱちくりさせた。

私はあなたが逃げる手伝いをしただけなんだけど、なんで一緒に暮らしてるのかしら。

二年目にしてようやく気づきましたか。その疑問、せいぜい三日目くらいに口にしません?

だってなんだかんだ便利だったんだもの。

私が来た頃、この家、人が住める状態じゃありませんでしたからね。

ここで暮らすうちにいつの間にか、弟子ってことになってたのよね。
でも、なんでここで暮らすようになったんだったかしら?

ノーラは、ふむ、と首をかしげた。

家が焼けて行く場所がないからじゃないでしょうか。

薪が足りないから取ってくるわね!

身をひるがえして逃げるチバリ。
ちなみに、薪は手の届く場所に積んである。

家が焼けた原因を引き連れてきた自覚はあるんですね。

ノーラは薪の山から一本取って、
かまどに放った。

なんで一緒にいるかって…

馬鹿みたいに明るい光が、私には必要だったんでしょうよ。

 

おしまい

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