ふう…
やっと綺麗になった。

ノーラは暖炉を拭く手を止め、
ひと息ついた。

あちこち灰だらけで大変だった。
昨日あの子を押し込めたせいね。

それにしてもあの子…つい頭にきて追い出しちゃったけど、大丈夫かしら。
魔女が教会に届け物なんて、死にに行くようなものじゃない。

違うわ、教会は依頼人との待ち合わせ場所ってだけ。
教会の人に会うつもりはないのよ。

無事で何より!
帰って下さいっ!

扉に体当たりして閉じる
ノーラだった。

食らえ、つっかえ棒!

えい。

うわ。

つっかえ棒は音を立てて折れ、
チバリが部屋に入ってくる。

昨日は怒らせちゃったでしょう?
なんで怒ったのかイマイチわからないんだけど、ともかくお詫びをしなきゃと思ったの。

つっかえ棒を壊したことも込みですか?

それは別口で用意するわ!

じゃ~ん!!
これ、何だと思う?

ティーポットに見えますね。
我が家の。

小分けの容器がなかったから借りたんだけどね、中身はベラドンナの煎じ汁よ!

毒の汁を人んちのポットに入れる人、初めて見ました。

目つきが悪いから邪眼って言われるのかもって、昨日言ってたでしょう?

あなたがね。

これはね。

あ? ちょっと!

チバリはコットンを取り出すと、
煎じ汁をしみ込ませてノーラの目に塗った。

何するんですか!

瞳を大きく見せる薬なの。
目つきの悪さも解消されたんじゃないかしら。どう、どう、自分で見てみて。

…見えません。

あら?

視界がぼやけて、鏡を見るどころじゃありません。

…そう言えば今持ってる煎じ薬、美女薬としてじゃなくって、眩耀薬として注文されたものだったわ。

げんようやく。
…と言うと?

ベラドンナを使うと瞳が開くから、まぶしくってろくに物が見えなくなるんだけど、私に依頼した人、そっちの効能をお望みだったらしいの。

だから用意したベラドンナも、視力を守る処理を一切せずに持ってきたのよね。

へえ。

あのね、誤解しないでほしいの。
そんなふうに火かき棒で目を狙うのはやめて、聞いてちょうだい。わざとじゃないの。

ベラドンナを依頼されるときって、たいてい美女薬としてなんだもの。
今回もそうだったかしらって、ちょっと勘違いしてたのよ。

なるほど、わかりました。

わかってくれた?

それで、つっかえ棒のお詫びとしてお願いがあるんですけど。

ええ、何でも言ってちょうだい!

そこを動かないでもらえますか?
見えないので、動かれると目つぶしができなくて。

ひゃっ

コンコンコン!

チッ、またお客さん?
ちょっと暖炉にいてください。

言われたままに、動かずにいる
チバリを暖炉に押し込める。

ここが私の定位置ね!

ケーラーさん!
いきなり訪ねて来ないで――

やあ、ノーラさん!

あら?

…姿はぼんやりしてるけど、ケーラーさんの声じゃない。

俺はグリューンなんだけどな、狩人の。
ケーラーの奴も来たの?

昨日、少し…
グリューンさんは、何の用事で?

お土産を渡しに来ただけだよ。
そら、ウサギ肉。香草焼きにしてあるから、お昼にでもお食べ。

まあ、ありがたくいただきます。
作業場の賃料は免除しませんが。

やだなあ、そんなつもりはないよ。
それじゃあまた。

……?
なんだったのかしら。

ぱく。
あらおいしい。

いつの間に暖炉から出てたんですか。
しかもこれ、私がいただいたものなんですが。

いいウサギね。
筋肉がしっかりついているのを射止めるなんて、かなりの腕だわ。

腕はよくても狩人としてはどうでしょう。丸々太ったウサギの方がおいしいですよ。

あ、だからタダでくれたのか。

それか、香草焼きにする言い訳ね。
味をごまかすためだって。

香草焼きに言い訳が必要ですか?

今回は必要だと思うわ。
ほれ薬として有名な草を使ってるもの。

はあ!?

ぱく。

一旦食べるのをやめたらどうでしょう!?

ほんとのところ、葉っぱの形だけで愛の薬草だといわれているものよ。効き目はないわ。

その他の効果は?

健康にいいわ。

いただきます。

あ、食べるのね。

もらえるものは、もらいますよ。
…でも、なんでほれ薬なんか?

あなたと結婚したいんじゃない?

まさか。
そんなのありえません。

肩をすくめるノーラだったが――

次の日には、もう一人、
ブルートからも求婚されて、
頭を抱えることになるのだった。

というわけでブルートさん。
結婚する気はありませんが、作業場はこれまで通り使って構いませんので。

おう。

不便があったら言ってくださいね。
不便があったら、です。

…わかった。

まったく、どうして立て続けに?
三人で賭けでもしてるのかしら。

あなた、自分がほれられてるとは思わないのねえ。

なんでいるんですか?

え??

今日は来てないはずですよね?
少なくとも、ドアをくぐらせた覚えはないんですが。

ふふん。
煙突から入ったのよ。

いやなんで。

ねえ今の人がブルートさん?
あの人、何をしてる人なの?

まさか特に理由もなく煙突から…?

ブルートさんは屠殺屋です。
家畜をさばいたり、最近ではグリューンさんが捕ってきた鹿なんかも。

鹿、ねえ。

普段から血まみれだから、見抜かれないと思ってるのかしら。
においが全然違うのに。

え?

ねえ、あなたの家の一階だけど。

え、ええ。
作業場として貸し出してるんです。もっとも、あの三人しか使ってませんけど。

私も荷物置きとして使っていい?
たっぷりの煎じ薬、持ち歩くのはもうウンザリなの。

あの水がめの中身、全部眩耀薬とやらなんですか。

と言うか、依頼人に会えてなかったんですか?
とっくに相手に渡したものだと。

教会で待ち合わせって約束なのに、来ないのよ。
対価はいただいちゃってるから、このまま帰れないの。

最後にもう一度行ってみるわ。
会えればあなたの家を教えるし、会えなかったら薬はあなたにあげる。

それはどうも。
目を見えなくする薬なんて、使い道はないと思いますが。

じゃあそういうわけで、置かせてもらうわね。

チバリは二階の窓からひらりと飛び下り、
教会へ向かった。

いやなんでドアから出ないんですか?

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