ふう。この大荷物で階段を上ると、さすがに疲れるわね。

扉を閉めた少女は、
背中の水がめを床に下ろした。
不思議な色の水が
なみなみ入っている。

この水がめを、こんな女の子が?
なんて力持ちなのかしら。

黒髪のお嬢さん、ちょっと道を聞きたいんだけど。
教会ってどちらの方角かしら?

あっち、ですけど。

あっち? 変ねえ、あっちには今行ってきたところなのよ。見つからなかったから戻ってきたの。

悪いんだけど、道案内してくれないかしら。お礼はするわ!

ノーラは苦い顔をした。

私以外に頼んだ方が。

あらどうして?

村では嫌われ者なんです。
私といたら、あなたまで不吉だって言われますよ。

不吉?
そんなの今更だわ。

私、魔女だもの。〈変身の魔女〉チバリとは私のことよ。

コンコン!

は、はい!

あらら?

ノーラはチバリを引っ張って、
灰だらけの暖炉に押し込んだ。

魔女だなんて、冗談でも名乗らない方がいいですよ。下手したら殺されます。

冗談で名乗ってるわけじゃないわ。

冗談じゃないならなおさら、人に見つかったらまずいでしょう。

お嬢さん?
いるんだろ?

いますよ!
どうぞ!

あれ、誰もいないのか?

さっき階段で女の子を見かけてさ。
客だなんて珍しいなと思ったんだけど。

ケーラーさんこそ、二階に来るなんて珍しい。
お貸ししてる作業場で何か問題でも…

あら、どこか怪我してるんですか?
大変。

え?

ケーラーは自分の体を見下ろし、
首をかしげた。

どこも怪我なんてしてないぜ。

あら…勘違いだったみたいです。

普段冷静なお嬢さんでも、うっかりすることあるんだな。

む。

にしても、さっきの子。何か、妙な子だったなあ。
グリューンとブルートも見かけたそうだが、誰なんだ?

さあ、私が呼んだわけじゃないので。

そうなのか?
お嬢さんに友達ができたんならお祝いしなきゃと思ったんだが、なんだ、早とちりだったのか。

頭の中にまで炭を詰めることないんですよ、炭焼きだからって。

手厳しいなあ。
ちょっと勘違いしただけじゃないか。

喜んだっていいだろう。
ホルツのお嬢さんが行方知れずになってから、元気がないように見えるぜ?

…そうですか?

それに、ホルツのお嬢さん、悪い奴にさらわれたんじゃないかって噂だ。
こんなふうに村外れに住んで人と会わないでいるんじゃ、いなくなっても気づかれにくいだろう。心配なんだ。

悪い奴…魔女?

魔女は人をさらって薬の材料にするというけど。

お嬢さん、いや、ノーラさん。

あの女の子がヘラを?
まさか。

俺と結婚してくれないか。

…………

はあ!?

え、ちょっと。
そんな突然言われても。

あらら、急展開。

こっほん!

ボソッとつぶやいた声が
ケーラーに聞こえやしないかと、
ノーラは焦って咳払いした。

あの、あのですね、ケーラーさん。
私は誰とも結婚する気はないんです。

でもお嬢さん、邪眼だなんて言われて、村の奴らに避けられてるだろう。
両親もいない夫もいないじゃ、生活しづらいんじゃないか。

上手くやるコツをつかんだ後に言われてもね。

一階を作業場に貸し出していたって、客が俺たちだけじゃもうからない。

あら、賃料上げてもいいんですか?

そりゃまた別の話だけどさ。

とにかく、今日は帰って下さい。

どうしてだよ、お嬢さん。

暖炉に人がいるからですよ!

あいたっ!

ぶつけるような音がして、
チバリが小さく声をもらした。

? そこに誰か…?

…っ

にゃお~ん

なんだ猫か。
煙突から落っこちてきたのかな?

ほ…

わお~ん

ん…犬…?

ホッとした気持ちを返してほしい。

グッ、グッ、グワッ

アヒル…?

ヒヒ~ン!

お、おい、お嬢さんの家の暖炉って一体どれだけの広さが…

いいから出てって!

ノーラはケーラーを無理やり追い出すと、
ドアにつっかえ棒を掛けた。

お嬢さん?
おい!?

しばらく続いたノックは、
やがてあきらめたのか静かになった。

ああ、楽しかった!
面白い反応する人ね。
私、笑い出しそうだったわ!

それはよかった。
私は叫び出しそうでした。

ところであなた、邪眼なの?
不吉な嫌われ者って、そのことだったのね。

この通り、寂しい暮らしだからでしょうね。邪眼は妬み屋がなるんでしょう?

あら、逆よ。

逆?

邪眼の持ち主が妬み屋だなんて。
本当は、誰かを邪眼だって指さす人たちの方が、ずっと妬み深いのよ。

だって妬みがどんなものか知らなきゃ、あいつは妬み屋だなんて指させないわ。

そういう、ものでしょうか。

誰でもいいのよ、指をさせれば。
あなたが選ばれたのはきっとそうね…

…………

目つきが悪くて暗い顔だからね!

…………

あらら?

ノーラはケーラーにやったように、
チバリを部屋から追い出した。
本人に続けて、重たくて邪魔な水がめも
扉の外に出す。

…怒らせちゃったみたいだわ。

なんでかしら?
お話してただけなのに。

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