あら、それは…

秋の初めの肌寒い朝。
お茶を運んできた魔女の弟子は
机の上をのぞき込んだ。

もしかして、初めて会ったときにチバリ様が持っていた薬と、同じ薬草。

ええノーラ、よくわかったわね。
しょっちゅう依頼される薬なの。

濃い紫の液体が鍋でぐつぐつ泡を立てる。
チバリは追加の材料を投げ入れ、微笑んだ。

懐かしいわね。
あれは印象深い出会いだったわ。

そうですね。
私は生家が全焼しましたが。

そうだったかしら、全然覚えてないわ!

懐かしいといった言葉を
一瞬でひるがえすチバリだった。

もう二年前になりますか。

ノーラは椅子に腰掛けると、
真っ黒なお茶に口をつけた。

二年前の同じ季節。

白い灰の残る暖炉に、
ノーラは一人ため息をついた。

そろそろ薪の心配をしなくちゃ。
一人暮らしだと、つい後回しにしちゃうんだけど。

作業場として貸してる一階は、使ってる人たちで準備するでしょうし。
二階には訪ねてくる人もいないし。

そんな物好きがいるとしたら――

オレくらいなものだ。

!!

聞き慣れない声に
椅子を蹴って立ち上がる。

振り返ると、戸口では、
茶色い頭の少女がニヤニヤしている。

ノックはしたぜ?

誰ですか?
いえ、あなたは確か…

木こりのホルツの一人娘さ。
ヘラ・ホルツ。あんたがノーラ?

変わり者だって聞いてたのに、たいしたことないな。普通の女の子だ。

普通って、私が?

思わず瞬きするノーラを、
ヘラの方こそ驚いて見返す。

違うのか?

私の家を訪ねてきたり、「変わり者」の理由を知らなかったり、物知らずですね、お嬢さん。

村の人たちに聞きませんでした?
私、邪眼だって言われてるんです。

邪眼?

長話になるのも面倒くさい。
ちょっと脅かして、帰してやろう。

不幸を呼ぶ目のことですよ。
私がこうやってジーッと見ると、悪いことが起こるんです。あなたは今日…

ヘラをにらむフリをして、
その向こう、戸口の外をそっと見やる。
黒雲が空をおおい始めている。

雨に降られてびしょぬれになります。
風邪を引く前に火を焚くんですね。

……!

ヘラは怯えた目をキョロキョロさせ、

逃げるように、階段を駆けて行った。

さ、これでもう来ないでしょう。

数日後。

来たぜノーラ!

いやなんでですか。

ノーラ、すごいんだな。
あの後ほんとに雨が降って、オレ風邪引いて、今日まで来られなかったんだ!

まだ鼻が赤いですよ。
帰って寝てください。

他には何ができるんだ!?

うるさい小娘を窓から放り出すくらいですかね。

そういうんじゃねえよ。
それだったらオレもできるもん。

…あなた、ご両親は?

脈絡のない質問に、
ヘラは髪を揺らして首を傾げた。

元気だぜ。ビンボーだけど。

それはよかった。
二度と来ないでください。

なんで?

言ったでしょう、私は邪眼なんですよ。私に見られると不幸が起こる…と、みんな思ってる。

そして邪眼は、妬みの気持ちが引き起こすと言われています。
私は両親がいないから…
だから邪眼になったんだろうって。

へえん。それじゃ、オレに両親そろってるってだけで何かしてくんの?
雨に降られるのは、オレ、むしろ好きだぜ。

馬鹿が風邪引かないって嘘なんですね。

お?

私が何をするかじゃなくて、周りがどう思うか、ですよ。
あなたに何かあったとき、私のせいにされるのはゴメンなんです。

村外れに一人で住んでるのも、同じ理由ですよ。なるべく人と関わらない方が、厄介ごとを減らせるんです。

雨に降られたってだけで文句言う馬鹿がいんのか?

その程度で済むとは限らないでしょう。

限らないとも限らないぜ?
なんなら試してみればいい。

は?

オレとおまえで友達になって、ひと月ってとこにしようか。

その間にオレに何も起こらなけりゃ、邪眼の力はその程度ってことさ。
村の奴らが何を言ったってオレが証明になる。悪いことを引き起こしたのはノーラじゃないってな。どうだ?

どう、って…

ノーラは腰に手を当て、ため息をついた。

実験のために友達になろうってんですか、ホルツのお嬢さん?

ヘラって呼びなよ、邪眼のノーラ?

それと、友達のために実験する、が正しいな。

しかしそれからひと月経たないうちに、
ヘラ・ホルツは村から忽然と消えた。

ノーラは窓辺に座ったまま、
下の小道を眺めていた。

行方知れずの小柄な姿が
通りかかりやしないかと。

…来るわけないか。

カーテンを閉めようとしたときだ。
動くものを目の端にとらえ、
ノーラは窓に額を張りつけた。

…………

にこっ

だ、誰…?

よそ者?
こんな村に何の用で――

届け物に来たの。
お仕事でね。

っ!?

振り返ると、戸口には、
窓の下にいたはずの少女。

あら、ごめんなさい。

ノックを忘れてたわ。

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