三日間の眠りから目覚めたソルは、病院内を散策していた。
身体をほぐすための軽い運動をしていると、ナイトに殴られて気を失った
気を失ったのは数分だけだったらしいが、目覚めたときにはナイトの姿はなかった。
殴られた理由がわからないが、『八つ当たりだろう』とコレットが言っていた。
やり返そうにも勝てる気がしない。
これからもナイトには言葉でも力でも勝つことはできないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、背後に気配が近付いてきた。
三日間の眠りから目覚めたソルは、病院内を散策していた。
身体をほぐすための軽い運動をしていると、ナイトに殴られて気を失った
気を失ったのは数分だけだったらしいが、目覚めたときにはナイトの姿はなかった。
殴られた理由がわからないが、『八つ当たりだろう』とコレットが言っていた。
やり返そうにも勝てる気がしない。
これからもナイトには言葉でも力でも勝つことはできないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、背後に気配が近付いてきた。
ソル?
誰かが声をかけてきた気がするが、今は無視をする。
イライラが収まらないのだ。
本気で殴りやがって……痛いだろって。オレを怪我させたら、エルカに怒られるぞ……
いや、怒られないかも。オレ如きが怪我をしても、あいつは………
ブツブツと何かを言いながら歩いているソルを、エルカは訝しむように見ていた。
どこかで頭でも打ったのだろうか。
何かをつぶやきながら俯いて歩いている彼の姿は、不審人物そのものだ。
こちらの気配に気が付いていないようなので、背後から声をかける。
少しだけ、ボリュームを上げて。
ただいま
振り返るソルはエルカを見て、目を見張る。
え? お、おかえり……エルカ
声を上ずらせて、目を瞬かせながら、ソルは手を伸ばしてエルカの頭をグイっと抱き寄せた。
え?
突然のことだったので、エルカはどう反応すれば分からなかった。
茫然と立ち尽くしたまま目の前にソルの温もりを感じていた。
その手はぎこちない動きで頭を撫でる。
あ、ちゃんと触れられる。それに温かい。本当に帰って来たんだな……
……って、ごめん
慌てて身体を離すソルをエルカは見上げていた。
それを確認するために抱きしめてきたの?
まぁな……幻だったらどうしようって。魔法なんて、わけのわからないもの見せられていたからつい……
心配かけたんだね……ごめんね
お前……男に触れられたのに、怒らないのか?
男って……これぐらい兄さんによくやられていたし、ソルも私のお兄ちゃんなんだし良いかなって思ったの。男って言っても兄妹だし
そうだな、オレたち兄妹だものな。オレはお前のお兄さんだからな
……って、何だか恥ずかしくなってきたぞ
待って、私まで恥ずかしくなってきた
二人は顔を赤く染めながら、向き合っていた。
確かにナイトはエルカを頭を撫でていた。
だがそれは子供の頃の話だ。
ソルはこれでも二十歳の男なのだということをエルカは思い出していた。
ここは怒るべきところだったのかもしれないが、怒りよりも別の感情の方が勝っている。
エルカはソルのことを、一応は兄として見ていた。
だけど、兄と呼ぶことには抵抗もあって何よりも恥ずかしい。
ソルはエルカのことを、母親の再婚相手の娘である女の子として見ていた。
こうして妹として扱うことも、兄と呼ばれることも、正直慣れていない。
恥ずかしいし、腹も痛いし、わけわからん!
ソルはお腹を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
彼は先ほどからずっとお腹を押さえていた。
照れ隠しに、エルカは尋ねる。
もしかして、ソルはお腹が痛いの?
ま、まぁな
声を上ずらせながらソルは頷いて見せる。
どうして?
ナイトに殴られたんだよ
何で?
あ……
余計なことを言ってしまった、というようにソルは口を手で覆う。
彼女の表情が一気に曇った。
エルカは目を細めて睨み上げる。
どういうこと?
冷たい視線に突き刺されたソルは観念したように両手を上げていた。
……事情はわからないが、コレットさんが言うには八つ当たりだろうって……
ほら、図書棺に引篭もった原因ってオレやルイが関係していただろ? あと、絵本の世界でお前に忘れられてたことがショックだったらしく
八つ当たりって、どこまで子供みたいなことするの。忘れたくて忘れていたわけじゃないのに。あの人は、ルイくんを半殺しにした上、ソルまで傷つけるなんて
半殺しにしないと図書棺に行けなかったとはいえ……過保護って怖いな
だけどルイくんのことと、今回のソルのことは別だよ。私からナイトに怒ってあげるよ
ルイを殴ったことは、ルイに免じて許してあげようと思っていた。
ナイトがルイを殴った理由はエルカのためなのだから。
だけど、ソルを殴ったことは許す必要はない。
ソルはエルカのために殴られたのではない、八つ当たりで殴られたというのだ。
怒ってくれるのか?
ソルが目を見開いてエルカを見つめてくる。
子供のように目を輝かせるソルに圧倒されたエルカは数歩後ろに下がる。
当たり前だよ。大丈夫?
お前に心配して貰えるなら何だか嬉しいよ。殴られて良かった
どうしてそういう考えになるのか理解不能。殴られて嬉しいって、どうして? ルイくんもソルもおかしいよ
エルカの呆れ顔にソルは満足そうな笑みを帰す。
エルカが自分を心配しているということは大事な家族だからだ。
彼女から家族として認めて貰えた気がしてソルは満面の笑みを浮かべる。
そうだな、でも嬉しいんだ
そ、そうなんだ
殴られてみるもんだな……エルカ、ナイトのこと怒るなよ。オレはあいつに感謝している
ええ?
ソルまで、ナイトを許せと言い出してしまった。
彼はナイトのことを嫌っているはずなのに。
オレが感謝しているって話は、ナイトに言うなよ
言わないよ。ところで、ナイトの居場所は分かる?
屋上にいるはずだ
ありがとう。殴られたところは冷やしておいてね。それと、ソルの方が重症だったんでしょ? もっと安静にしてないとダメだよ
おう、わかってるよ
エルカはソルを残して屋上への階段を目指した。
何となく、振り返ってソルを見る。
彼は晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
ルイもソルもナイトに殴られて嬉しそうにしている。
兄さんの拳には、恐ろしい魔法でも隠されているのかも?
そんなことを考えながら、エルカは足を速めた。