エルカは不安で満ちた瞳でコレットを見上げる。

 コレットにとっての自分は、何者なのかが知りたかった。


 彼女は柔らかい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと娘に近付く。


 ふいに伸ばされた手に、エルカは反射的に目を閉ざしていた。


 その手で殴られたことはないのに、そんな想像をしてしまう。

コレット

……何を言うかと思えば……

エルカ

え?

 彼女はエルカを抱き寄せていた。

 予想外のことに、エルカは目を細める。

 そして、コレットの言葉が耳にではなく、頭の中に流れ込んでくる。




 これは魔法。



 不器用な母親から、不器用な娘への、不器用な愛情表現。

 未熟なエルカはそのような魔法は扱えない。

 しかし、コレットは優秀な魔女。

 言葉を漏らすことなく娘の心に流し入れる。

 それは、エルカの知らない彼女の不安な声だった。

コレット

最初は哀れな子だと思ったわ……私の子供として生まれてしまった可哀想な子って……

コレット

私は誰も愛することができない魔女

コレット

私を愛した男すら傷つけるような酷い魔女

コレット

実の兄を見下してばかりのちっぽけな魔女。

コレット

そんな魔女から生まれてしまった不幸な子

コレット

 ただ、そう思っただけ………



 でも不思議ね。


 別れてからは、
貴女のことが気になって
仕方がなかったの。


 何で、
気になるのかわからない。


 娘が理不尽な仕打ちを受けるのは、
耐えられなかった。

自分でも理解できない感情が
産まれていた。


 愛情なのか、
わからない。





だけど、




 抑えきれなかった。






 だから、





 私が貴女を引き取ろうとも思った。





 それが本来ならば正しいことだった。





 そうすることが当たり前だった。

コレット

だけど、状況はそれを許してくれない

 だって、


これは


私たちが選んでしまったこと。


 兄に貴女を押し付けることも。



そうすれば


父が貴女を守ってくれることも


分かっていたから。




 そうなるように、




私たちは準備したのだから。

コレット

もう、私だけの問題ではなくなる。

コレット

父から孫娘を取り上げる行為になる。ナイトくんから妹を奪う行為になってしまう。私は二人から生きがいを奪うことはできなかった。

コレット

いつの間にか、貴女が二人の生きる理由になっていた。

コレット

私は貴女の母親になることを放棄してしまった愚かな魔女

コレット

愚かな魔女のまま生きることにしたの

コレット

それでも私は貴女の母親なの

エルカ

………

コレット

だから、覚えておいて…貴女のこと大事だってこと

コレット

生まれてくれてありがとう



 エルカは目を瞬かせて、コレットを見上げる。


 一方的な言葉が流れ込んできた。


 その思いが大きすぎて、戸惑いながらもエルカは口を開く。


 エルカは心で言葉を届ける魔法は使えない。


 だから、声に出す。

エルカ

……ほ、本当に?

コレット

もちろん

エルカ

……ありがとう

 目尻の涙を拭いながらエルカは笑みを浮かべる。

コレット

すぐに泣いて、困った子ね

エルカ

だって、嬉しいの。こんなこと予想外だったから……

 泣いたら恥ずかしいのに、とめどなく流れてくるのだ。

コレット

はいはい、ところで聞きたいことは他にもあるのでしょ?

エルカ

……彼は……ルイくんは今、どこにいるの? 一緒に扉を開いて帰ってきたはずだけど

 エルカはルイの気配を探していた。


 ナイトやソルがいないことは不安ではない。


 あの二人が棺に来た経緯には、彼女……コレットが関わっている。


 コレットが何も言わないのだから無事なはず。



 しかしルイの件はナイトによるもの。


 手違いがおきて戻れなかった可能性も否定できない。



 あからさまに不安な表情を浮かべる娘に、コレットが苦笑する。

コレット

心配無用よ。無事に戻ってきてる。彼なら隣の病室にいるわ

エルカ

ありがとう、私、行ってくる!

 これ以上泣き顔を見られたくなかったし、早くルイと会いたかった。



 エルカはベッドから跳ね起きると、側にあったストールを羽織る。



 そして、病室から駆け出していった。

終章ー1 エルカとコレット

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