エルカはゆっくりと瞼を開いた。


 数回瞬かせてから、視線を左右に動かす。


 意識がゆっくりと、目覚めるのを感じていた。


 視界に映る風景を、一つ一つ確認していく。



 知らない天井、知らない白い壁、知らないベッド。


 何一つ知らない場所だというのに、不安も恐怖も感じられない。


 静寂に包まれた部屋の中に、自分以外の気配を感じた。

コレット


 微笑を浮かべたコレットの姿が目に入る。

 ナイトとソルの姿は見当たらない。


 ここには彼女と自分の二人だけ。


 それ以外の気配は感じられなかった。


 

 白を基調とした壁に囲まれた部屋は病室なのだろう。


 そう認識する。


 死んだわけではないらしい。


 つまり、ここは現実の世界。


 エルカが生きていた世界で、これからも生きていく世界。

カチカチ


 聞こえてくるのは、規則的な時計の秒針の音。


 掛け時計の秒針が、忙しなく動いていた。


 時間は動いている。


 止まることも、戻ることもない。


 未来に向かって進み続ける。

コレット

おかえりなさい

 コレットはそう言ってエルカの頭を撫でた。

 なぜだろうか。

 他人に触れられる感覚が嫌ではなかった。

 むしろ心地がよくて目を細めたエルカは、素っ気ない返答をする。

エルカ

………ただいま

 無意識に心地よいと思ったことが不思議で、少し恥ずかしくて目を反らす。


 枕元にはノートと本が置いてあった。

 どちらもエルカにとっては大切なもの。



 ルイが用意してくれたノートと、コレットから貰った大切な本。


 それを確認して安堵すると、視線を左右に動かして探す。

コレット

よく寝ていたわね。三日も

エルカ

え? あの事件って三日前だったの?

 エルカは目を見開いて、小首を傾げた。

 そんな娘にコレットは、大きな溜息と共に説明してくれた。

コレット

棺での記憶はあるのよね? 10年ぶりの再会だっていうのに、私と普通に話せているってことは

エルカ

やっぱり本当の出来事だったんだ。私、さっきまで……魔法の図書棺にいて、そこでソルと兄妹になって、彼と再会して仲直りして……これって、全部、本当のことだったんだね

コレット

そうよ。たくさんの経験をしてきたのかもしれない。けれど、《《あっち》》と、《《こっち》》では時間の流れが異なるのよ。

コレット

だから、貴女がどれだけ長くて濃厚な時間を過ごしたとしても、ここでは三日で起きた話

 図書棺の中で本を読んだ。



 子供の頃に空想した物語の中で過ごした。


 半年前の出来事を追憶した。


 父親の過去を見た。



 それらの出来事は眠っていた三日の間に経験したことになる。

エルカ

私、ひと月ぐらいは向こうにいたような気がするのだけど……三日しか経っていなかったのね。頭の中とか、もの凄く変な感じ。魔法は理解できないね

コレット

魔女の娘が何を言い出すのよ。そういう空間だから早く連れ戻したかったのよ。感覚が麻痺して戻れなくなってしまう前に

エルカ

……ごめんなさい

コレット

素直に謝れるのね。エルカも起きたことだし、私の役目はここまでかしら

エルカ

え?

 コレットは小さく頷いて一歩下がった。


 そして、更に一歩下がり身を翻すと背中を向けられた。



 そのまま、部屋から出て行ってしまうような気がした。


 もう戻ってこないような気がした。







 待って!









 その言葉が喉の奥に引っ掛かって出てこない。

エルカ

 ダメだ……

エルカ

 こんな弱い自分じゃ、ダメなの






 エルカは拳を握り、奥歯を噛みしめてから、バッと顔を上げる。

エルカ

待って!

コレット

どうしたの?

 ようやく紡ぎ出した声にコレットは足を止める。

 振り返り、もう一度エルカに視線を向けた。

 エルカは小さく深呼吸してから問いかける。

エルカ

確認したいことがあるの。

エルカ

私が生まれた時、コレットは……どう思ったの?

 言葉にすることが怖かった。


 だから図書棺の中では聞くことができなかった。


 彼女の気持ちを知るために、エルカは顔を上げた。

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