廃墟島の6日目《 前編 》
連日報道しております
希島のガス噴出事故ですが、
依然として原因は
解明されておりません
現在7名の男女の検死が
行われていますが、
未だにガスの成分や噴出理由が
特定できていない状況にあります
あの国民的アイドルグループ
KKZ71の総選挙第一位である
雲母 亜百合さんも被害者との事で
世間を騒がせていますね
KKZ71については、
総選挙第2位である
紫藤 瑠璃(しどう るり)さんの
捜索願が出されている事を
先日報道したばかりかと思います
KKZ71のファンの方々は
この不運の連続にさぞお心を
痛めていらっしゃることでしょう
紫藤さんが無事であること、
そして7名のご冥福を深くお祈り
申し上げます
なお、希島でのガスの噴出は
止まっておりません。
現在、警察が厳戒態勢を敷いて
島には近づけないように
なっています
関係各所の発表では、
このガスが周辺の島に
危険を及ぼす可能性は
極めて低いとのことですので
ご安心ください
続いてのニュースです……
廃墟島の6日目《 前編 》
今日で、確か……
6日目の朝だ。
ほとんど日課のように惰性で船着場へ行き、
海を見渡して来るはずもない船の影を探す。
そう、来るわけがないんだ。
理由はわからないが、
船はもう二度と来ないのだろう。
俺の直感が、そう告げる。
若葉が生きている内は何日でも、何ヶ月でも、
何十年でも船を待つ覚悟はできていた。
しかし……。
若葉がいない今となっては
船への、本土への帰還への、
すべての執着は失われていた。
俺が唯一執着しているもの、それは──
(若葉を……
みんなを殺した、クソ野郎だ)
(あのクソ野郎を見つけ出して、
絶対に殺してやる)
俺は、校舎裏の用具室へ入って
武器になる物が無いか探した。
(鍬(くわ)か……。
花壇を起こすのに使ってたな)
錆び付いた鍬を両手で握り、振り下ろしてみる。
(ここまで刃こぼれしてたら、
刃物というより鈍器だな……。
こんなに重い物を振り回すのも
一苦労だ)
(できれば飛び道具が欲しい。
あいつは運動神経が良くて、
かなり身軽だろうからな)
屈み込んで奥にも何か無いか探してみる
しかし、有るのは運道具ばかりで
これと言って殺傷能力の高そうな物は
見当たらなかった。
(商店街へ行って、
何かめぼしい物が残ってないか
探しに行くか)
そう思って立ち上がったとき、
微かな足音のようなものが耳に入った。
…………ッ!?
バットを手に取ろうとして右手を伸ばした刹那、
そいつは俺の胸に飛び込んできた。
(まずい!
遅れを取ったか!)
お兄ちゃん!!
亜百合!
胸に飛び込んできた亜百合は、
俺の胸板に顔をうずめて震えていた。
お兄ちゃん! お兄ちゃん!
会えて良かった……!
ずっと、ずっと怖かったんだよ……
…………
犯人に見つからないように
隠れながら、ずっとお兄ちゃん
たちを探していたの
そうしたら、さっきお兄ちゃんが
ここに入って行くのを見かけて……
お兄ちゃんが生きてて、
本当に良かった……!
ううっ……ぐすん、ひっく!
…………
涙で俺の胸を濡らす亜百合を、
俺は冷めた目で見つめていた。
……?
どうしたの、お兄ちゃん?
なあ、亜百合。
お前が言ってる『犯人』って
本当にいるのか?
まさか……。
私を疑ってるの?
疑うも何も、確認してるだけだ。
お前が犯人じゃないってなら、
答えられるはずだろ?
それにお前は、
映画館で自殺したよな?
トイレに爆弾を仕掛けてさ
うん……。
私が生きてたことに
ビックリしたでしょ?
まあな
わかったよ、お兄ちゃん。
全部話すね
まず、犯人について。
最初に誰かが言ってた通り、
みんなを殺したのは
島に潜んでいた変質者だったの
へえ……
……っ!?
信じてないの?
犯人が変質者だったなら、
お前が映画館のトイレで
自殺の振りをしたのは
何だったんだ?
あれは……
私はすでに犯人に一度会っていて、
命からがら逃げてきたの
犯人の目的は、私。
デビューした頃から私のファンで、
私を自分だけのものに
したかったんだって
だから、私が死んだことにすれば
これ以上は誰も殺さなくなると
思ってやったことなの
それなのに、
殺人は終わらなかった……。
犯人は私が死んだことに絶望して
腹いせにみんなを殺したのかも
そのトイレの自殺について、
聞きたいことがある
なに?
トイレに倒れてる死体、
あれは誰だ?
あれはね……。
私も、よくわからないの
はあ?
よくわからないって、お前……
疑われても仕方ないと思うよ。
でもね、本当に誰の死体なのか
わからないの
私が自殺のふりをしようと
考えたとき、
丁度良くあの死体がトイレに
転がってるのを見つけたの
ふざけるな!
そんな見え見えのウソが
通ると思うなよ!
俺は亜百合の襟首をつかみ上げた。
お兄ちゃ……やめ……っ。
苦しっ……!
亜百合が涙ぐむのも構わず、
乱暴に身体を揺さぶる。
認めろ!
お前がみんなを殺したって、
認めろ!!!
げほっ! げほげほっ!
どうして……?
どうしてなの?
お兄ちゃん……
亜百合がひとつ、またひとつと、
宝石のような涙をこぼし始める。
お兄ちゃんが生きてて良かった。
大好きなお兄ちゃんに、
また会えたんだって思ったのに……
こんなのあんまりだよ……。
どうして私を犯人だと、
決めつけるの?
…………っ
一瞬、胸が痛んだ。
亜百合の泣き顔があまりにも綺麗だったから。
『亜百合は本当に犯人なのか?』
『人を殺した女が、こんなに美しく
泣けるのか?』
しかし、その自問自答を打ち消すように
若葉の顔が浮かんだ。
教えてやろうか?
お前を犯人だと思う理由を!
若葉が死ぬ間際に言ったんだよ!
お前が犯人だってな!!!
起きたら身体が縛られていて……。
目の前には亜百合ちゃんが
いたの……
そして、亜百合ちゃんが……
鎌を振り下ろして……
何度も何度も、振り下ろして……
私の腕と足を一つずつ
切り落としていったの……
本当はとっくの間に
死んじまってる所を、
俺にそう伝えるためだけに……
頑張って……生きて……
思わずあふれ出た涙を、手の甲で拭う。
すると驚いたことに、
亜百合も顔を覆ってすすり泣いているのだ。
ウソ……。
わかちゃんまで……
ウソって、お前……
でも、どうして
目の前に私がいたなんて
言ったんだろ?
私、そんなにわかちゃんに
嫌われるようなことしたかな?
私はわかちゃんが大好きだったのに
まだしらばっくれる気か!?
お兄ちゃんこそ、
まだ私を疑ってるの?
当たり前だろ!
俺は若葉を信じる!
それにお前の行動は
怪しすぎるんだよ!
怪しい……?
そうだよ!
その辺に落っこちてた死体で
自殺を偽装した?
そんなの信じられるか!!
だからそれは、
犯人からみんなを守るためって
言ったよね……?
じゃあ、その犯人とやらに
いつ会ったんだよ?
みんなに犯人のことを
黙ってたのはなんでだ!?
犯人と会ったのは、
ここに来て二日目の晩。
先生先生の死体をみんなで
発見した後のことだよ
俺が亜百合に対して
『兄貴を殺したのはお前だ』って
責めたときのことか?
そう……。
私はお兄ちゃんに疑われたことが
ショックで駆け出した……
…………
本当は気持ちを落ち着けてから、
みんなの所へ戻ろうと思ってた
だけど、あの時に
会ってしまったの
誰にだよ?
もちろん、犯人だよ
犯人にすべてを聞かされた私は、
一目散にその場から逃げ出した
そして行き着いた先の映画館で、
犯人の目をくらまそうと
思いついたの
よくも……
『よくもそんな嘘をつけるな』
その言葉が、出てこなかった。
気持ちが揺らぎ始めている。
亜百合を見つけ次第、
殺そうと思っていた気持ちが。
冷静に考えてみれば、
亜百合が犯人という証拠が無いんだ。
若葉の言葉だけで
亜百合を犯人と断定していたが、
若葉が死の間際に見た幻覚という可能性はある。
それは亜百合への嫌悪といった感情ではなく、
亜百合を救えなかった事の後ろ暗さで
幻覚を見ることも有り得るんじゃないのか?
(若葉が罪悪感に苦しんでいた
可能性は否定できない。
だけど……!!)
ねえ、お兄ちゃん
亜百合は、その柔らかな手を
俺の胸板にそっと置いた。
私と、この島で一緒に暮らそう?
急に何を言ってるんだ?
だってもう、船はこないよ。
お兄ちゃんだって
そう思ってるんでしょ?
それは……っ
いや、待て。
どうして船がこないだなんて
断言できるんだ?
お兄ちゃんにはショックかも
しれないけど……。
私、見ちゃったの
私たちを迎えにきた船に、
犯人が乗って逃げるのを
そんなバカな……
あれは確か、明け方かな。
船がいつ来てもいいように、
私は船着場の近くで寝ていたの
まだ日が昇る前。
クルーザーが波を掻き分ける音で
私は目を覚ました
やっと帰れる!
船の運転手さんを引き留めて、
お兄ちゃんを起こしに行かなきゃ!
そう思って
船に駆け寄ろうとしたら……。
一歩先に犯人が現れて、
運転手さんをナイフで脅して
船に乗り込んだの!
そして船は行ってしまった。
たぶん、犯人は海外へ
逃げたのかもしれない
でも、大丈夫!
クルーザーの運転手さんが、
きっと助けに戻ってきてくれるよ!
それまで二人で待とう?
食料や水は第一倉庫に
大量に有るから、困らないよ
(できすぎた話だ。
こんな稚拙な作り話を
信じろっていうのか?)
(でも……。
心のどこかで、亜百合を
信じたいという気持ちがある)
(今まで若葉の言葉を信じて
亜百合を殺す事ばかり考えていたが
亜百合は本当に犯人なのか?)
ねえ、お兄ちゃん?
黙り込んじゃってどうしたの?
…………
お兄ちゃん……?
(もしかすると亜百合の
言ってることはすべて真実で、
俺が殺そうとしているのは
無実の人間なのだとしたら……)
(わかんねえよ!
どうすりゃいいんだよ、兄貴!)
そんなの簡単じゃねえか
(……え?)
千雪に聞きゃあいいんだよ
(そうだ!
千雪は、あのとき……)
ボクは……姫乃おねぇを殺した
犯人を知っています……
犯人!?
姫乃が殺される所を見たのか!?
殺してる所を
見たわけじゃありません……。
でも、後で姫乃おねぇを殺すために
協力させられたんだと気づきました……
(でも、あの後……)
だって、犯人は……。
犯人の名前は……
待て! 言うな!
俺はとっさに千雪の口を押さえた。
千雪がモゴモゴと何かを喋ろうとし、
苦しげな表情を浮かべているのを見て
俺はようやく手を離した。
どうして言わせて
くれないんですか……?
犯人がどっかで聞いてるかも
しれねえだろ。
犯人の名前を言ったら、
お前が殺されるんだぞ?
(俺が塞いじまったんだ……。
千雪の口を)
(千雪から犯人の名前を
聞いていれば、
すべてはっきりとしたのに)
だから、千雪に聞けって!
うるせえ!!
そんなのできるわけねえだろ!
きゃっ!
お、お兄ちゃん?
あ、いや……悪い
う、ううん?
ずっと黙ってたから心配に
なっちゃった
なあ、亜百合。
俺の正直な気持ちを
話してもいいか?
お兄ちゃんの……
正直な、気持ち?
うん、聞きたい!
なんでも話して!
わかんねえんだよ。
お前を信じていいのか……
…………
みんなが死んじまった中で、
お前だけでも生き残ったことに
本当なら手放しで喜ぶべきなんだ
だけど!
お前が犯人じゃないっていう
決定的な証拠がねえんだよ!
証拠なら沢山あるじゃない!
さっきいっぱい話したでしょ?
さっきの話じゃ、駄目なんだ。
お前の作り話かもしれないって
いう気持ちが消えないんだ
そんな……。
私が話したのは、
すべて無駄だったっていうこと?
無駄じゃねえ。
ただ、矛盾だらけでお前が隠し事を
してんじゃねえかって話だよ
どうすれば……
えっ?
どうすれば信じてくれるの?
どうしてわかちゃんは
信じられるのに、
私のことは信じてくれないの?
私もわかちゃんみたいに、
お兄ちゃんに身体を
ささげればいいの?
亜百合はそう言って、首もとのリボンを緩めた。
解かれたリボンのすき間から、
見惚れるほどに美しくて白い鎖骨が覗く。
俺は我に返り、とっさに亜百合の手をつかんだ。
やめろ!!
お前が何で、
俺と若葉の……っ!
あの晩のことを
知ってんだよ!
ずっと見てたの、陰から
!?
背筋がゾクッとした。
わかちゃん、とっても上手に
お兄ちゃんを誘ってたよね
若葉が俺を誘った?
そう。
れいくんが死んで、
お兄ちゃんと二人きりに
なったのをいいことにね
もしかしてわかちゃん、
れいくんが死んだこと
喜んでたんじゃない?
わかちゃんに意地悪だったし、
れいくんはお兄ちゃんを
独り占めしようとしてたもんね?
わかちゃんにとって、
れいくんはお邪魔虫だったんだよ
お前……。
さっきから自分が何を言ってんのか
わかってんのか?
うんっ。
わかってるよ
わかちゃんは
私の努力の結果を利用して、
お兄ちゃんの初めてを奪った
それがたまらなく許せないって
言ってるの!!!
努力の結果?
亜百合、お前……。
何をやったんだ?
聞きたい?
すべて話したら、
私を好きになってくれる?
すべて話したら、
わかちゃんよりも愛してくれる?
すべて話したら、
私を優しく抱いてくれるの?
(若葉より愛して、亜百合を抱く?
若葉が死んだばかりで
よくそんなことが言えたな)
(でも、こうするしかないのか)
わかった。
全部お前の言う通りにする
本当!?
嬉しい……!
私、お兄ちゃんのために
いっぱい頑張ったんだよ!
じゃあ、聞かせてもらおうか。
その頑張り話を……
んーと。
そうだなあ、何から話そうか?
いっぱい聞いて欲しいことがあるの
じゃあ、まずは最初から☆