いつの頃からか、マースは死を求めて街を彷徨っていた。

 自ら命を絶つ勇気はなかった。

 結局は死ぬことが怖かったらしい。



 そんなときに出会ったのがゼアルという男だった。


 友好的な笑顔で手を差しのべた彼の手を、迷いなく掴んでいた。

 ゼアルは言葉巧みにマースをアジトに連れて来た。


 そこは【魔法使いと人間の共和国】だと教えてくれた。



 いがみ合う魔法使いと人間が、手に手を取り合う場所。


 そんな場所が公けに許されるわけもない。

 だからこそ、アジトは街外れの廃墟にひっそりと佇んでいる。




 そこには、自分と同じように疲れた表情の魔法使いたちの姿もあった。


 居場所がなかった魔法使いは、自分だけではない。



 そのことを、マースは初めて知った。

エルカ

父さんは、その人のところで何をしていたの?

マース

人体実験だ。

マース

彼らは魔法使いの身体を使って人体実験を繰り返していた。酷いことだとわかっていても、ボクは自分が必要されていることが嬉しかった。

マース

例え壊されるのだとしても。ボクは彼に言われるがまま薬を飲んだよ

 男たちは怪しい薬を作り、それを使って人体実験を行っていた。


 中には、魔法使いだけではなく人間や妖精もいた。



 彼らは【道具】として等しく扱われていた。
 誰もが平等な世界がそこにあった。



 ここにいれば、誰もマースを差別しない。
 そこは居心地の良い場所だと思った。



 しかし、投薬実験によって、彼らは徐々に心を壊されていく。


 危険を伴う実験は副作用ばかりだ。













 辛かったことを忘れ、

 楽しいことも忘れ、

 徐々に確実に、マース・フランは壊れていった。

 マースの語る昔話にエルカは耳を傾けていた。

 ふいに視線を感じた。




 どうやら、この話を偉大なる大魔法使いは知らなかったらしい。
 彼はマースを見据えて、悔しそうに歯噛みする。

グラン

そのようなことがあったなんて……知らなかった……すまなかった

 マースに何があったのか、グランは知らなかった。


 年頃の息子は何も語らなかった。

 グランは問い詰めようともしなかった。



 父親と息子は冷めた関係のまま、気が付けば大人になって、そして死に別れてしまった。


 肩を落とす父親にマースは穏やかに苦笑する。

マース

父上を責めるつもりはありません。父上が謝る必要もありません。父上は魔法使いの重鎮でしたからね。底辺にいたボクたちまで気にする余裕なんてなかったはずです

グラン

しかし……他の者たちと共にお前に酷いことを言ってきた

マース

ボクが劣等生なのは事実でしたから、当たり前のことを父上は言っていただけです。貴方は他の家庭と同様に、親として不真面目な息子を叱っていただけですよ

 マースはグランや周囲からの暴言を受け止めていた。
 その言葉を否定することが出来なかった。

 間違ったことは言われていなかったのだから。

 心が押しつぶされそうになったときがあれば、投薬実験に逃避する。

 その薬の影響で苦しくなることもあった。

 この苦しみから解放されるために、マースは更に薬を飲むようになった。


 ゼアルから渡された新薬だ。


 それは、荒れた心を楽にするための薬だった……はずだ。



 薬を飲む。




 飲んだかどうかも忘れてしまったので、薬を飲む。


 今日がいつなのかが、わからなくなっていた。


 今が朝なのか、夜なのかも、わからなくなっていた。

 実験体としても役立たずになってしまった。
 そんなときに新たな役割を与えられた。

マース

身体も心もボロボロになると、命じられたんだ。魔法使いの子供を作るようにって。

マース

妹であるコレットとなら優秀な魔法使いの子供が生まれるだろう……って言われたんだ

 近親婚は魔法使いの間では珍しいことではない。



 それは、優秀な魔法使いの血を後世に残すために、古い時代から行われていること。



 これを実行するには、コレットの協力が必要不可欠だった。


 マースを毛嫌いするコレットが協力してくれるかは絶望的だ。




 しかし、立ち止まっているわけにはいかなかった。


 マースがコレットとの間に子供を作ることは命令だった。


 命令違反は万死に値する。そして、家族が責任を取ることになる。

マース

ボクがそれを拒否すれば家族の命が危険になる。彼らは何をするかは分からない危険な連中だ。だから、ボクはその命令を受けることにしたんだ

エルカ

……それで、私が生まれたんだね?

マース

……そうだよ。ボクとコレットが愛し合ったわけでもない、ボクが子供を欲したわけではない。上からの命令だったんだ

エルカ

コレットがよく引き受けてくれたね

マース

そこはボクも驚いているよ。一夜だけって条件だったけど引き受けてくれたよ。

マース

そして、ボクはエルカを父上に預けた。それでエルカの安全は守られたと思っていた。でも、そんな簡単にはいかなかったんだ。結局、ゼアルは君に目をつけていた

エルカ

………

 エルカはソルと留守番をしたときに彼と出会っている。


 その時の恐怖は忘れたくても、忘れられない。


 あのとき、耳を塞いで目を閉ざしながら、薄目を開けて様子を伺っていた。


……

………

 そうすることで、ゼアルの姿を目に焼き付けた。

 この男は何度でも現れる……そう、予感していた。

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