02 彼の名は「魔王」ファンバルカ
鬱蒼と茂る森の深く深く――
イヒヒヒヒヒ
忘れされたようなあばら家で、怪しげに笑う男! ファンバルカである。どうやらここが彼らの住処であるようだ。
――よし、調整終わり。
どうかなビエネッタ君、首周りの動きは。ぎこちなさはないかい?
問題ありません。3回転半くらい余裕でいける軽快さです。
さも当然のように言わないでくれたまえ。そんな機能を搭載した覚えはないよ。
夢でも見ているのかね。
わたくしが夢など見るはずがありません。
フフ、わからんぞ。「ない」という思い込みは何事においても危険だ。
君にも休息は必要だ。メンテナンス時期、部位の換装期。そういった普段とは違うタイミングに……何を感じ、何を見ているのか――
僕にはわからない。だからこそ、何事も起こりうると、僕は思っているよ。
――――
椅子から立ち上がる。
さて! 君が動けるようになったのなら町に行かないとね。
すぐ出発をするよ! 準備をしたまえ。
アクヴィの町――――
中央からやや離れた立地だが、商業施設が充実しており昼間となれば人の往来が絶えない。
その一角。
アクヴィ市役所第三庁舎
やれやれ、毎度の事とはいえここまで足を運ぶのも楽じゃないねえ。
この町に居を構えればよいのではないでしょうか?
僕が町に住めるわけがなかろう――
壊滅的に人付き合いが苦手だからですか?
フフッフ……過度に行間を読む行為は嫌われるよ。まずは尋ねてみるべきじゃないのかな。
それもそうですね。なぜ、町に住めないのですか?
聞いてばかりではだめさ。まずは自分で考えなくてはならない。
ダブルバインド……! 過ぎたるからかいは人を傷つけるが……
ふーむ……
壊滅的に人付き合いが苦手だからですか?
ブフ、ふ……
効かぬ、揺さぶりは――
無駄話は終いにして、庁舎に入る。廊下を通り抜け、たどり着いた小部屋。
ロバート=ファンバルカ様ですね。どうぞお入りください。
壁に備え付けられた、黒いパネルから無機質な声。
中に入るとそこには、テーブルが一つだけ。
……その、上に置かれた紙に手をとる。
アクヴィから西に20km。サナトナ溶岩洞窟にて、大量の魔物の発生が確認された。至急親玉を退治せよ。
依頼内容は以上になります。火急遂行に当たられたし。任務達成における報酬、未達における罰則は――今まで通り。
……フン、いつもの魔物退治か。退屈な仕事だね。
いいさ。そのかわり、道中で手に入れた素体は全部僕が使わせてもらうよ。行こう、ビエネッタ君。
はい。
役所からの依頼。依頼という形を成していても、それの意味するところは命令に近い――
このような、異様とも言える依頼に何故従っているのか……それもそのはず、彼らには、断れぬ事情があったのだ。
部屋を出て、長い廊下を歩いているときのこと。
さっさとこんな辛気臭いところはおさらばしようねえ。
ブィィ ブィィ……
壁に、突然大穴が ひらいた
――!
ビエネッタ君!
その穴から飛び出した手に、ビエネッタは連れ去られたのだ。
くそ! ええいこの……! あああ!
ためらっている場合ではない。意を決しうごめく穴に飛び込む――!
フフフ……何度まみえても素晴らしい出来栄えよ。
――――
ペタリ、ペタリとビエネッタの頬にふれる。
ビエネッタ君!
グッ うう、痛ッッ……
穴に飛び込んだ先は奇妙な空間。ファンバルカは段差に足を取られ、無様に転ぶ。
おお、ファンバルカ君。
ほほほ、ヒーローにしては随分と無様な登場だね……
君が起き上がるまで、わたしはこの人形を愛でているとするよ――
――――
や、やめろ……!
怪人にペタペタと弄られているにも関わらず、ビエネッタは反応せず。
認識をずらしているからね。わたしの姿は余人には感知できない――
もっとも、ファンバルカ君、君にだけは見えるように調整をしているのだが。
なぜ……そんな真似を……?
君の前で人形を触らなきゃ、精神に損害を与えられないじゃないかあ。
いいかい、役所の任務を粛々とこなしなよ。
サボっても構わないが、そのときは、ビエネッタ君がどうなるか……わかっているだろうね?
やめろォッ……! わかっている、お前には逆らわない。任務でも何でもやってやる! だから……!
おほほ……それならいいよ。またこうやって、気持ちを忘れないよう、思い出させてあげるからね。
じゃあ。
来た時同様、大穴が再び開き……二人を飲み込む!
痛て!
そこは役所の入り口。戻って来たのだ。
やれやれよくよく転がされる日だね……
ファンバルカ様、どうしてそのような格好を? 何もないところでお転びに?
確かにそのとおりだが、バカにされているような意図を感じてしまうのはなぜだろう。
バカにしてほしいようでしたらそうしますが。
いやそれは結構。
軽口を叩きあい、ようやくほっと一息つく。戻ってこれたのだ。
役所の奥にはあのような人外が巣食っていたのだ……! あのような怪異が相手では、ファンバルカと言えど反抗ができぬ。おとなしく従うしかない――
とは言え、これはこの町の人にとっても脅威。声高に真実を伝え、住民と力を合わせれば打開策が得られるはずだが……
帰ろうビエネッタ君。安らぎの我が家へとね。
あっお前、また来たのか……!
!
出ていけ疫病神。この町はお前が来ていい場所じゃないんだよ!
どうしたのどうしたの……まあ!
わらわらと集まってくる住人たち。
堂々とやってくるなんて……怖い。この町の人達も狙っているのかしら。
お国が許したか知らないけど、わたしは騙されませんからね!
この町はトリスナのようにはさせんぞ。あんな廃墟にはな……
消えろ、この「悪魔」!
ぐっ……!
投石が、したたかに額に当たる。――ビエネッタが一歩前へと進む。
敵対存在を確認。……粉砕しますか?
結構。君に、人を手にかけさせるつもりはない。
……だがまあ、やられっぱなしというのも気に入らない。ビエネッタ君、道を開け!
道を開きます。
な、武器を!? ど、どうするつもりだ!?
どうするつもりだとはご挨拶。僕のことを悪魔だどうだとか言ってなかったかい?
フフン、悪魔? 僕はそんなスケールの小さい男じゃない。「魔王」さ……!
ビエネッタの大ジャンプ。人々の群れに飛び込む。悲鳴を上げ左右に分かれる人たちの中央に着地と同時に、地面を、
――えぐる! 割れる石畳。吹き上がる土煙。
さらば諸君! 僕らを追い払いたければ大砲でも用意してくるんだね!
高笑いを残し、走り去る二人。
住人との関係は最悪のようだ。これでは協力は望めまい……真実を話したところで一笑に付されるのがオチ。
だが、当の本人は別段それに気落ちしている様子はなさそうだ。
ファンバルカ様が魔王とは存じませんでした。火の玉をお吐きに?
できやしないよ。そんな大道芸がなくとも、人は「魔」になってしまうものさ。
僕は魔に染まってでも、君を人間にしたい。そうすれば、あれもこれも――すべてが叶う。
わたくしはファンバルカ様についていくのみ。
ああ、よろしく頼むよ。
強く、生きていく――
人はダメでも魔は斬ってもよろしいのですか?
うん? まあ、魔物ならね。バッサバッサと斬ってくれたまえ。
では。
やめろ武器を構えるな僕は除外しろォ!
続く