困りますよ、ラルさん。
食糧を落下させるなんて。

宇宙船から現れたのは、船長を先頭に、乗客の全員だった。

その中から私は、マヤノさんを探す。
人群れの向こうから私を見付けてホッと息をつく彼女と、目が合う。いや、目を合わせる。

じぃいいいいいいい…っ

っ!

じぃいいいいいいいっ

…………

じぃいいいいいいいっ!!!

…………えっと。

その…

『パーメントールの置き去りは理不尽なやり方だ。多数決だというけど私は意見を求められた覚えがない』

『話し合いの場を与えられなかったから実力行使に出たまでのこと』
…だってさ。ラルが言ってる。

な…

『なんでわかる?』『テレパスか?』
そうだね、テレパスとは少し違うけど。うちの種族は耳がよくてね。心の声が聞こえちまうんだよ。

さて、あたしにも隠し事があったわけだが、パーメントールと一緒に置き去りにするかい? あたし程度の秘密があるやつなら、他にも大勢いるけどね。

へえ、例えば?

そうだね、例えば…

!!

…………

マヤノさんが数人に視線を向けると、彼らは肩をこわばらせて黙り込んだ。
キュラシーだけは憮然とした顔で、マヤノさんをにらみ返す。

はん。

『やましいことのあるやつばかりじゃないか。マヤノさんを置いて行くような基準があるなら、全員この星に留まって、空っぽの宇宙船を出発させればいい』

『それともボロを出したやつだけ排除されて、だまし上手の詐欺師だけ残るわけか?』

詐欺師だと、このガキ!
目上の者になんて口ききやがる!

ヤシャマルが肩をいからせる。
私はパーメントールの後ろにサッと隠れた。

『へりくだれば聞いてくれるって言うなら、いくらでも丁寧にしゃべるけど』
…だってさ。

ねえラル。
パーメントールの陰から、しかもあたしを通訳にして、よく強気な口調が崩れないなあって感心するんだけど…

お役に立てているなら何よりだよ!

本人もこう言っている。

パーメントールは背が高いので、盾として大変具合がいい。

調子のいい子だね、まったく。

…ラルって、もっと大人しい子だと思ってたわ。

いっつも黙りこくって、腹の中じゃおれたちを馬鹿にしていたわけだ。性格の悪いあまっこだ!

性格が悪いなんて今さら言われなくても知ってる。
それから、どうぞご心配なく。私は全人類馬鹿にしてる、あなただけじゃない。

マヤノさん、通訳!

勘弁しておくれよ、ラル…
あたしは誰にも喧嘩売らずに平和に生きたいんだ。

マヤノさんは頭を押さえてため息をついた。

ラルの言いたいことはわかりました。
何を隠していようと実害がなければ、排除は単なる迫害になる、ということでしょう?

この殺伐とした会話から、よく本質が読み取れたね。

試験問題に出ますから、そういうの。

しかし、実害があれば話は変わるはずです。ラニー人の『食事』が被食者に害的影響を及ぼすかどうか。そこが僕には明確ではないんです。
だから多数決では棄権しました。

その結果、4対3で置き去りすることに決定しました。船長は裁決者であるために、パーメントールは当事者であるために、表決権がありませんから。

僕と、もう一人棄権に数えられているラルが反対に表決すれば、結果はくつがえります。

逆に言えば、私だけではくつがえらない。4対4で引き分けになって、船長がどうするか決めることになる。

乗客を見捨てないって決断をしてくれればいいんだけど…

おやおや、何やらもめてますねえ。

白犬の毛皮って需要あるのかな。

ラル。

おっと。

『食糧庫で見つかった毒キノコのことはマヤノさんから説明があったはず』

ええ、聞きました。
でも今回の病気がパーメントールに無関係だったとしても、ラニー人が無害だとは言い切れないでしょう。

軽く調べたところによると、ラニー人に関する研究はラニー星内部でしか行われていません。他種族の客観的な視点がないまま無害だと言われているわけです。

『他種族に思いもよらない影響があるかもしれないっていうのは、誰についても言えることだ。キュラシーとその両親以外は、私たち、みんな別の星から来てるんだから』

それは確かに…

『それでもパーメントールを船に乗せるのが嫌だって言うなら、いいよ、船でのパーメントールの話し相手は全部私が担当する』

『言葉を食べられることがなければ怖くないでしょう?』

ラル?

一番驚いた顔をしているのはパーメントールだ。
恐る恐るといったふうに、私と視線を合わせる。

僕としてはありがたいけど…
いいのかい?

私は大きくうなずいてみせる。
武士に二言はない。

本当に?
一人から摂取しようとすると効率が悪くて、一日六時間は話してもらうことになるけど。

…………

そういえば私は武士ではなかったので、言ったことを取り消しても罪にはならないかもしれない。

しかし。

そこまで言うなら、反対に一票入れるべきでしょうね。

え。

他のみなさんは?
賛成から移る気はありませんか?

意見を変える気はないけどねえ…
多数決で負けたんじゃ仕方ないね。

え、ちょっと。

お、おい!
おれは納得しねえぞ!?

みっともないよ、ヤシャマルさん。
マヤノがみんなを説得しようとしたときは、多数決で決まったことだぞーとか言ってたのにさあ?

え。えええ。

話し合いはここまでですかね?
では置き去りはナシということで…

いやすみませんねパーメントールさん、なんだかんだと振り回してしまって。

いいや、構わないよ。
話がまとまったのならよかった。

では再出発としましょうか。
村中に散らばった食糧コンテナも、ロボが回収してきてくれますし。
パーメントールさんは西の屋敷に荷物が置きっぱなしのはずですね?

うん、取ってくることにするよ。
この軽重力バイク、まだ乗れるかな。

どう見ても壊れちゃってますねえ。

何事もなかったように…とは行かないが、みんなあれこれ言いながらも船内に引き返していく。

パーメントールだけは屋敷に足を向けながら、しかし立ち止まって、私を振り返った。

じゃあ、船ではよろしくね、ラル!

待って!? 六時間!?
待って!?!?

宇宙船が墜落とかしないかな。
ああ、墜落の結果がこの惨状か。

宇宙ステーションに降り立ったのは、セグル時間の夕方だった。

宇宙船や、アルコの人口の少ない村での暮らしを経たあとで、久々に人波というモノを見る。
この星では外宇宙からの客も少なくないので、こちらに注目する人はいない。

じゃ、あたしは行くけど、あんたも元気でね。

ステーションの出口で振り返るマヤノさんに、コクンとうなずいてみせる。
マヤノさんは小さく笑って、私を抱きしめた。

あんたは無茶するから心配だよ。この星でも何かやらかさないかってね。
あたし、多分この辺に住むことになるからさ、何かあったら頼っておくれよ。あんたのこと結構気に入ってんだからさ。

…むう。

…まあ私も、マヤノさんのことは、嫌いじゃない、けど。

うわっ!?

さらに強くハグされたあと、頭をめちゃくちゃになでられた。…こういうのは慣れない。

ラル。

名残惜しそうにマヤノさんが去って行ったあと、今度はパーメントールが声を掛けてくる。

パーメントールは無事、飢え死にすることなくセグルまで来ることができた。
結局私だけではなく、マヤノさんや船長や他にも何人かが話し相手になっていたおかげだ。私だけだったら多分死なせてたな。ごめんな。


しかし私も、言い出しっぺの責任として、少しずつだが日々話していた。がんばった方だと思う。

ラル、船ではありがとう。
君と毎日話せて、とても楽しかったよ。

まあ、発声練習にはなったよ。

…………

メモ帳で答えると、パーメントールはそれをひょいと取り上げた。

ねえラル。僕は、文字は食べないはずなんだけど…
君の文字は、とても美味しい気がするんだ。

また手紙を書いてくれるかい?

…考えとく。

心の中で答える。
その沈黙をどう受け取ったか、パーメントールは嬉しそうに笑った。

じゃあ、元気で。

考えとく、なんて気のない言い方したものの。

近いうちに、新しい便箋を買うことになるだろう。
メモ帳に書き足された住所を眺め、私はそんなことを考えた。

 

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