よかった、部屋の配置は変わってないみたい。

食糧庫で毒キノコが見つかった翌々日。
私は宇宙船の自室にいた。

結局、墜落から二ヶ月ほど惑星アルコで過ごしたことになる。
丸窓から村を見下ろすと、数人のアルコ人がこちらに手を振っていた。

いろんなことがあったけど…
マヤノさんと話すようになったことが、一番の変化だな。

セグルまでどれくらいかかるっけ。
船でも、たまには会って話せるといい…かも。

マヤノさんももう乗り込んだかな。
見に行こうっと。

そんな気まぐれを起こしたのは、ほんの偶然だ。
船の娯楽室へ行ってみると、たいていの人が集まっていた。

あれ、ラルがいるなんて驚いた。
娯楽室、来たことないだろう。

うん、たまにはね。
シアタールームもあるんだね。もっと早く来ればよかった。

…あれ?

船長がいないのはいいとして――出発に向けて、最後の調整をしているはずだ――パーメントールの姿が見えないのに引っかかる。

いつだって人の集まるところにいて、おしゃべりに興じていると思ったのに。
さすがに、しばらくは大人しくしているつもりかな?

マヤノさん。
パーメントールは?

何とはなしに尋ねただけだ。
しかしマヤノさんは気まずそうに黙り込んだ。

その様子に、嫌な予感がよぎる。

…もう船には乗っているはずだ。
そうだよね?

…………

っ!

客室の並ぶ通路に駆け戻る。
パーメントールの部屋は、娯楽室に近い四人部屋だと聞いている。

ドア横のボタンをたたくように押して、ドアを横にスライドさせる。

いない。
それに、荷物もない。

ダメだったんだ。

っ!

あたしじゃ説得できなかった。原因がネオンタケだとは言い切れないって…
そうだとしても、パーメントールを船に乗せる理由にはならないってさ。

どうして?

隠し事をしていたやつを信用できないって。そんなこと言って、言葉を食べる種族だと初めから明かしていたところで別の厄介が起こったろうけどね。

あいつは。

納得して降りて行った。
争う気はないってさ。

どうして――

ラルに黙っていたかって?
決まってるだろ、そうやって不満がることが目に見えていたから隠してたんだ。

ご搭乗のみなさんへお知らせです。
間もなく宇宙船が出発します。最小限の揺れはございますので、手近なモノにつかまるなどしてお怪我のないよう――

放送が流れている間にも、船が揺れ始めた。
ふわりと、飛び立つ瞬間の浮遊感に襲われる。

パーメントールがまだ乗ってない。

もう遅いよ。

理由なく追い出すようなものだ。
納得行かない。

でも、出発した船が引き返すことはない。
それとも操縦席をジャックでもする気かい?

そんなことしなくても、船長の意志で引き返させればいい。

ラル!
まさか――

宇宙船は、すぐに大気圏外に出るわけではない。
対流圏を抜けるにも数分かかる。

それなら、間に合う。

走る私をマヤノさんが追ってくる。
しかし私が目的地へたどり着く方が早い。

食糧保管室…
ここだ!

入り口横の壁に、金色の円盤が掛けてある。
これは壁飾りではなく、外部へ通じる扉の鍵だ。

食糧は搬入量が多いため、外部から直接搬入できるようになっている。
私はコンテナの固定ベルトを解除しながら、奥の壁の扉に駆け寄った。

扉には、鍵をはめるための、鍵と同形のくぼみがある。

ラル!
何をするつもりだい!

言わなくてもわかるでしょ、マヤノさんなら。

…食糧を下に落とせば、回収するために着陸せざるを得ないっていうんだろ。
他のものならいざ知らず、食糧ばかりは捨て置くわけに行かないからね。

でもそんなことすれば、あんたがどんなに非難されるか、わからないわけじゃないだろ?

それはどうして。一回の出発にかかる燃料を無駄にするから?
それとも、これがパーメントールに肩入れするようなことだから?

そうだよ!
嫌われ者に味方すれば、そいつも嫌われるんだ。何度も見てきたよ。

そもそもあいつがどうなろうと、あんたには関係ないことじゃないか。
何のためにするんだい!

…マヤノさんは人間が好きだから、仲良くしようとしてるんだね。

でも私はこの宇宙も、宇宙に生きる人間も大嫌いなんだ。
その上自分自身まで嫌いになったら、いよいよ生きる理由がなくなる。

納得行かないことに加担しない。
それは、私が生きるためだよ。

鍵がはめ込まれると、機械音と共に扉が開いた。
宇宙船内部と外界との気圧差によって、ベルトを外されたコンテナが外へ吐き出される。

…それは想定内だったのだが。
いかんせん、空気の移動する勢いが予想を上回って強すぎた。

うわっ!?

自分まで放り出されるつもりはなかったんだけど。

ラル!!

足元が空虚になる。冷気と轟音に包まれる。
ここは地上10,000M。

あ、私、死んだな。
…最後に、美味しいチョコレートが食べたかった。

どうか誰か、墓前に供えてくれたら嬉しいです…

チョコレートが好きなのかい?

はっと、意識が戻る。

一分間くらい気を失っていたのだろうか。
まだ空の上だが、先ほどよりは空気の濃い場所まで落ちてきたようだ。

いや待て、というか…

パーメントール!?

やあ。

地面に向かって縦向きに落下していたはずの私は、いつの間にか横向きに飛空していた。
パーメントールに抱えられて。

軽重力バイクがあってよかったよ。
宇宙船から君が落ちてくるのが見えたものだから、すごくびっくりしたんだよ?

そのついでに、もうひとつびっくりすることを言ってもいいかな。

な…?

僕、これの着陸の仕方知らないんだ。

墜落事故待ったなし。

ハンドルを貸せ…!

おっと。

パーメントールからハンドルを奪い、前方に目を凝らす。
やばい、このまま滑空すると民家に突入する!

バイクの両側につけられた鋼翼をハンドルでコントロールしながら、着陸できそうな場所を探す。

畑…に落ちるのは、農家さんに申し訳ない。かといって、宇宙船が落ちたのと同じ場所はガレキがあるし、生身じゃ怪我するか? でも他にないな。

ええい、ままよ!

迷っていたら身を守ることに集中できない。

あの場所に落ちる、と決めてしまえば、事故っても被害は最小限で済むものだ。多分!

何度かバウンドし、私たちを地面に放り投げながらも、軽重力バイクは停止した。

い、生きてる…

私は立ち上がって体を点検する。

全身がめちゃくちゃ痛いが、地上10,000Mから落ちてすり傷で済んだのだ。
私は神に愛されてるんじゃなかろうか。愛されてたらそもそも落下しないか。

はは、豪快な着陸方法だね!

パーメントールは頭に葉っぱを乗せたまま笑う。

なるほど、美形はこんな目に遭っても頭に葉っぱを乗せる程度で済むらしい。
美形に生まれつかなかったばっかりに体じゅうすり傷打撲だらけだよ、こっちは。

ねえそれで、どうしてこんなことになってるんだい?

宇宙船が旋回しながら着陸に向けて準備するのを、パーメントールは見上げていた。

着陸させるために、食糧を地面に落としたの?
僕は平気だったのに。

昔から嫌われ者なんだ。
宇宙に置き去りレベルの体験は初めてだけど、そうは言ってもここは有人星だし生きるのには困らない。第一…

君は、僕が嫌いじゃないのかい?

…………

私は懐に手を入れて――よかった、落としていなかった――愛用のメモ帳を取り出した。

もし嫌っていたとしても、そんなことは、あなたを追い出す理屈にはならない。

普通の人にとっては、そんなことないと思うんだけど…

ふふ、僕に普通の人の代弁ができるとはね。君が相当変ってことじゃないかい?

パーメントールの言葉に肩をすくめる。
変な人に変と言われるとは。

…ラルは、チョコレートを食べたとき以外で嬉しくなったことってある?

僕は今、初めてそうなった気がするよ。

大きな音と風圧で、宇宙船が着陸した。
開こうとする扉の向こうを、私はにらみつけた。

さてと楽しいお説教タイム、どう乗り切るか。

うつむいて黙ってるのがいつもの手だけど、今回はそうは行かないんだろうな。

 

つづく

pagetop