目覚めると、そこは談話室だった。
!!
目覚めると、そこは談話室だった。
おや、気づいた?
起きなくていいよ、無理しないで。
床に雑魚寝でごめんね。お医者さんが、個室に運ぶよりも一か所に集まっていた方が診やすいからってさ。
…………
周りを見ると、何人もが布団やソファに横になっていた。
何人も、というか、屋敷の人間全員だ。
苦し気なうめき声があちこちから聞こえる。
みんな倒れたのか…
僕だけ平気だったから、吐いたものを片付けたり、医者を呼びに行ったりしたんだけどね。留守の間に誰かが死んだりしなくてよかったよ。
はい、はいはい。
目が覚めたかね。
村長?
いや、村長の友達?
私は医者だ。
診察するよ。
医者だったか。アルコ人は見た目の区別がつかない。
医者は私のベロを見たり、下まぶたを下げたり、脈を取ったりした。
ううん…原因がわからんね。
腹痛だというから、薬を置いて行くがね。また酷くなったら呼びたまえよ。
うん…
おや、あちらでも目が覚めたかね。
意識を取り戻す人が増えてきた。
医者は忙しく歩き回って診察していく。
マヤノさん、大丈夫?
大丈夫さ…
でもまだ吐き気が…しばらく横になっていようかな。
言われてみると、私もちょっと気持ち悪い。
でも、パーメントールだけでも無事でよかった。
医者を呼ぶ人すらいなかったら、阿鼻叫喚だっただろうからね。
…あんたって、心配性なわりにゃ吞気だよね。
え?
原因がわからないだと!?
大きな音に振り返ると、ヤシャマルが医者を怒鳴りつけているところだった。
原因なんて決まってる!
一人だけ平然としてるやつが怪しいに決まってんだろうが!
!
あいつが原因だ。
ラニー人に言葉を食べられたせいだ、おれたちがこんな目に遭ったのは!!
っ、待ちなよヤシャマルさん。
看病の礼も言わずにそれかい?
元凶に礼を言う馬鹿がどこにいる!?
こいつを殺せ!
まだ寝込んでるやつもいる。
殺さなきゃもっと酷くなるぞ!
っ!
ヤシャマルがパーメントールにつかみかかった。
ヤシャマル、痛いよ。
落ち着いて話をしよう。
話だと、まだ食うつもりかこいつ!
えっ。
うんまあ、そうだけど――
ちょっと黙ってなパーメントール!
ヤシャマルさん、手を離しな。殺したところで何の意味もない!
ラニー人の『食事』は食べられる側には無害だって、いろんな研究がされてるんだよ。本にも書いてあることだ。
本だって!?
本に書かれてることなんざひとつ残らず嘘なんだぞ! おれの星じゃ常識だ!
だいたいクラエスのウサギっこ風情が、人間さまに口をきくんじゃ――
大きな音に、一瞬、談話室が静まり返った。
私が床にたたきつけたコップの音だ。
テーブルにコーヒーカップが置きっぱなしにされている。私は、それもたたき落とし――
…………
おい!?
背を向けて、一目散に逃げたのだった。
なんだ、どいつもこいつも。
頭がおかしいんじゃないか、あのガキ。
パーメントール、今のうちにお逃げ。
殺されるかもしれないってときに、あんたにできることはないよ。
まさか、殺されはしないでしょう。
母星の外で重犯罪なんて、自分の首を絞めるようなものだ。
あんたみたいに、食欲単体で生きてるやつには、理屈にそって生きることも簡単なんだろうけどね…
いくつも感情を抱えてる人間には、こういうとき冷静でいるってのは難しいのさ。彼が落ち着くまで隠れてな。
…そうかい?
君がそう言うなら、ここは任せるよ。
…………
ちり取りを持ってきましたよ。
ああ、ありがとう、ガス・ワルド。
…彼女、わざとやったんですか?
コップを割ったら片付けなきゃならない。作業している間は罵詈雑言は止まる。続くとしてもそれは、コップを割って逃げた彼女に集中する。
なんであたしに聞くんだい?
え? だってあなた、彼女と仲が良いでしょう。二人で一緒にいるところをよく見かけますよ。
あ、ああ。
そういうこと。
…親しい相手だと、考えていることがわかるようになるものかい?
さあ、そうなんじゃないですか?
あいにく僕には友人と呼べる相手がいないので、わかりかねますが。
そうか…そうだね。
うん、わざとやったと思うよ。
意外と頭が回るし、優しい子なんだ。
そうですか…
ところで、マヤノ。
なんだい?
ラニー人の食性、知ってたんですね。
…………
ほら、被食者に無害だって研究のこととか。知らなければ研究書を読むこともないでしょう?
それとも最近調べたんですか? 論文が手元にあるならお借りしたいのですが。
えぇっと…
あの…ゴミ箱取ってくるね。
その話はまた今度しよう!
…はあ。
彼女も、何か隠してるな…?
マヤノさん、なんか疲れてるね。
まだ具合が悪いの?
私の部屋を訪ねてきたマヤノさんは、ベッドに腰掛けて深々ため息をついた。
食欲がなくってね。何も食べていないんだ。それなのに出かけたりしたから、疲れちゃったみたいだ。
玄関前の軽重力バイクがなくなってると思ったら、マヤノさんが使ってたのか。
ちょっと町まで飛んで行ったんだ。図書館に行きたくてね。ラニー人の食性についての論文でもないかと思ったんだけど、見つからなかった。
ラニー人は無害だって主張したはいいけど、あたしの知識はパーメントールの知識を盗み聞きしたものでさ。
そんなこと説明できないじゃないか、心が読めるって隠してるのに。
思うんだけど、マヤノさんは隠し事向いてないよ。ごまかすのも下手だし。
最近自分でもそう思えてきたよ。
ま、いいんだ。それより話したいことがあって来たんだよ。
話って?
ヤシャマルのことさ。パーメントールに対して殺気立ってる。
殺しは犯罪だからって、みんなで説得して押さえ込みはしたんだけど…
そろそろ宇宙船の修理が終わるだろ?
それが?
ヤシャマルは、パーメントールを置き去りにすることを考えてる。
!!
この星には宇宙ステーションもないし、宇宙船が立ち寄ることもほとんどない。置き去りになんてされたら、一生この星にいることになるよ。
その計画、他の人に話した様子は?
まだ数人にしか。でも、どいつも声のデカいやつらさ。
多数決のための根回しも忘れないだろうし、そうなったら…
最終的な権限は船長にあるはずだ。前払いした客を途中で下ろすなんてするかな。
あの日和見船長が当てになるかい?
多数決で置き去りが決まれば、それに逆らいはしないだろうよ。
む…
なんにしろ、タイミングが最悪だった。ラニー人の体質がわかった直後に、みんなバタバタ倒れたんじゃね。
論文があれば、ガス・ワルドは味方にできそうなんだけど…
論文なんて必要ない。
病気の原因がパーメントールじゃないって、わかればいいんでしょ。
マヤノさんが出かけたとき、村長や他の村人を見かけた? 様子はどうだった?
元気そうだったよ。
パーメントールがよく行くパティスリーも見てきた。店員に急病人はいないってさ。
私がパーメントールと話したのは、談話室で日記帳を取り返そうとしたときが最初で最後だ。
その私でも酷い腹痛で倒れたんだ。
あいつが原因なら、よく話すっていうパティスリーの店員が何ともないのはおかしいよ。
うん、そうだ。
でも、アルコ人が特別なのかもしれないって言われたらそれまでだろ。
なにせ屋敷の人間で、十一人中十人が発症してる。
パーメントールだけかかってない。これをどう説明するかと言われれば…
…腹痛に嘔吐、食欲不振。
どれも消化器系の症状だね。
…………
パーメントールがかかるわけなくない?
あいつ消化器ないんだから。
…………
マヤノさんが目を丸くする。
それから、ハッとしたように言った。
消化器系で、しかも一斉に症状が出てるってことは、食あたりってことも考えられるね。
だとしたらパーメントールが無事なのは当たり前だよ。
あいつ宇宙船でもこの屋敷でも、何にも口にしてないんだから!
あのヤブ医者!
何が原因は不明だ、食中毒の可能性がありますと一言あれば、ずっとスムーズだったろうに!
でもどうして?
この屋敷では、町で買ってきたものを食べてたんだ。食べ物のせいなら、屋敷の外でも問題が起こってるはず。
この屋敷自体のせいじゃないか、もしかして。
屋敷自体?
手入れして住めるようにしたとはいえ、元々年単位で放っておかれてた場所だそうだ。変な虫がわいてても不思議じゃないよ。
そうか。台所、調理器具。
それとも食糧庫。
マヤノさんは台所を見て。
私は食糧庫を。
わかった、手分けして調べよう!
といっても、目につく場所に何かあれば気づいてたはず。
天井、床。何もない。
じゃあ、棚の裏?
!! マヤノさん!
ラル!
何か見つけたのかい?
これは…
棚と壁の間に生えてたんだけど…
何だろう、これ?
待てよ。あたしこれ知ってるぞ。
ガス・ワルドが何か言っていた。
教科書を暗唱しようとして、繰り返しブツブツ言ってるもんだから、うるさいなと思いながら聞いてたんだ。
ネオンタケ。
こぶし大で形はマッシュルームに似る。色は多様。湿度が75%に達した翌日にのみ、毒の胞子をまく…
毒の胞子?
それが食品についていたのか。この前の大雨がトリガーだったってこと…
つくづく忌々しい雨だ。でも、これで原因ははっきりしたね。みんなを納得させられる!
うん…
マヤノさん?
いいや、なんでもない。
みんなにはあたしから話しておく。
あんたは、もう心配しないで。
うん、お願いね。
私は、あとのことはマヤノさんに任せた。
みんなに何か話すなら、マヤノさんの方が信用されている。
そして――惑星アルコで過ごす、最後の日が訪れた。
つづく