崖を落ちた、グレータは気を失っていた。
崖を落ちた、グレータは気を失っていた。
う……うう……
しばらくして、うめき声と共にグレータは目を覚ます。
痛たた……
ニャー
レオの心配そうな声のレオの声が、近くで聞こえる。
グレータは、ゆっくりと起き上がった。身体中が痛い。
レオ……?私どうしたんだっけ?
周りを見渡すと、太陽はもう半分沈んでしまっていた。
崖を見上げるとかなり上の方にグレータが落ちた場所が見える、ずいぶん高いところから落ちてしまったようだ。
私……どうしよう、ここどこだろう?……あれ!頭巾が無くなってる!
頭がスースーすると思ったら、ルルーにもらった赤い頭巾を被っていなかった。
キョロキョロ見渡すと。崖の上の方にある枝に、引っかかっているのが見えた。
落ちた時に引っ掛けて取れちゃったんだ……
取らなきゃ……っ痛!
慌てて立ち上がろうとしたが、どうやら足をくじいていたようで、足首に鋭い痛みが走った。
ニャー
レオが心配そうに鳴きながら、グレータの周りをぐるぐるまわる。
ご、ごめんレオ、大丈夫だよ……ちょっと痛いだけだから……
グレータはそう言って、なんとか立ち上がった。
痛いけど……なんとか歩ける……
頭もこぶが出来てるみたい……でも崖を落ちたのにこれくらいだったのはラッキーだったな
でも、どうしよう……この足だと頭巾が取れそうにないな
なんとか背伸びをして手を伸ばしてみたが、頭巾はグレータの倍ほどの高さにあって、届きそうにない。
しかも足が痛いから、ジャンプすることもでない。
っていうか、ここ登らないと家に帰れないのに……どうしよう
ダメ元で崖をよじ登ってみた。
しかし崖は険しく反り返っていて、たとえ怪我をしていなくても登れそうになかった。
やっぱり無理か……レオ。どうしよう、ここ登る以外の帰り方、知ってる?
ニャー
レオは少し困った顔をしただけでグレータの顔を見つめ返すだけ。
どうやらレオにもわからないようだ。
冷た!……雨!?
ど、どうしよう……
もうすでに夜は寒い季節になっている。
外で雨になんか濡れたら、あっという間に凍えてしまう。
ほ、本当にどうしたら……ん?
ニャー
グレータがオロオロしていると、レオがスカートを口で引っ張った。
どうしたの?
そう聞くとレオがこっちに来いというように歩き出したので、グレータはレオについて行く。
すると崖から少し歩いたところに、大きな木があって。根元に人が入れそうな大きなうろがあった。
ここで雨宿りしろってこと?
ニャ
……まぁ、このまま濡れるよりはましだものね……
雨はどんどん強くなっている、このままでは体が冷えてまともに歩くことさえ困難になるだろう。
下手に歩き回って迷ったら、十中八九行き倒れになってしまう。
グレータはうろに入り、体を縮こませる。
中は枯れ葉が積もってて、外より暖かい
グレータは少しホッとする。
レオは入らないの?
……
レオは少し躊躇したが、するりとグレータが作った空間に体を滑り込ませた。
レオがこんなに近くにいるなんて珍しい。言ったら怒られそうだけどちょっと嬉しい……
レオは今日も毛艶が美しく、しかも水滴が反射しているせいか、いつもよりキラキラ光っているように見えた。
さ、触りたい……でも我慢しないと……
レオはツンツンしているが、仕事はちゃんと手伝ってくれるし、意地悪なこともしない子だ。
それなのにレオが嫌がっていることをするのは良くない。
それに逆の立場だったら大して好きでもない人間にベタベタ触られるのはやっぱりいやだ。
グレータはレオに好かれなかったとしても、これ以上は嫌われたくなかった。
雨、止まないね
グレータはそう言ってぎゅっと膝を抱える。
真っ暗……雨も強くなってきた……
さらには冷たい風も吹いてきた。
レオごめんね、私の所為でこんなことになって……
本当なら今頃、家の中で暖たまれたのに……
しかし後悔しても、反省しても状況は変わらない。どちらにしても、今はここから動けないのだ。
雨、いつ止むんだろう……
レオ、もし止んだとして家に帰る道はわかる?
ニャ
大丈夫と言っているのか、わからないと言っているのか、いまいち読み取れなかった。
取り敢えず、よろしくね……
ルルーやお兄ちゃんは心配してるかな?
グレータはルルーと兄のことを思い出した。
不安からか、突然悲しい気持ちが膨らむ。
ねえレオ
……
私、春になったら1人であの家を出ようと思うの……
……
レオはなぜ今そんな事を言い出したのかわからない、といった表情だ。
だって、ルルーとお兄ちゃんは恋人同士になって、お兄ちゃんが家を出て行く必要なんてなくなったけど……
でも私は違う、ルルーとお兄ちゃんは優しいから、いていいって言ってくれると思うけど、やっぱり私はお邪魔だもん
グレータは二人のことが大好きだ。
だからこそ2人の負担になりたくないかった。
私はルルーのように魔法や薬を作る技術や、お兄ちゃんのように手に職があるわけでもないもん
出来る事はレオに手伝ってもらって薬草採るくらいだし……
2人は止めると思うから、こっそり出て行こうって思う
……
レオは1人で出て行ってどうするつもりなんだ?と言いたげな顔をする。
大丈夫だよ。私、1人ならどうにかなる気がするんだよね。ルルーに裁縫を教わってるから針仕事とかできるし
最悪、体を売れば住む家だって見つかるわ
グレータはできるだけなんでもない風に言う。
他人にお金で売られるのは嫌だけど、自分の意思でするならまだマシだわ
猫のレオにこんなことを言っても細かいことはわからないだろう、だからグレータは自分に言い聞かせるように言った。
こんな話は町ではよくあるの。珍しくもないわ。
私は今まで運が良かっただけ……
しかし、強がったことを言ったくせに、グレータの目から涙が溢れた。
大丈夫、大丈夫だよ……
グレータは、もう一度ぎゅっと膝を抱き締める。
そうだ、なんならレオも一緒に行かない?レオだってラブラブな2人の間にいるのは、気まずいでしょ?レオは小さいし、ごはんくらいなら私でもどうにかなると思うよ
……1人はやっぱり寂しいし……
グレータがそう言うと、また涙がこぼれた。半分は冗談だったが、寂しいと言葉にして余計悲しくなってきたのだ。
ルルーとヘルフリートが上手くいって嬉しいと言う気持ちは本当なのだが、同時に仲間はずれになってしまったという気持ちにもなっていた。
しかも、自分の失敗で森で迷って足を怪我してしまい、しかも雨が降って動けなくなってグレータの心細さは限界に来ていたのだ。
……
レオが前足をグレータの膝に置き、涙に濡れた頬をペロリと舐めた。
……レオ
思わずレオを抱きよせる。
レオは嫌がる素振りも見せずされるがままに身を預け、もう一度グレータの頬を舐めた。
グレータの目からはさらにボロボロと溢れる。
ルルー、お兄ちゃん。寂しい……寂しいよ……1人は……嫌だよ……
グレータはそう言ってレオの毛皮に顔を埋める。
レオの毛皮は思っていた以上に柔らかくふわふわで、あっという間にグレータの涙を吸い取っていく。
レオ……
レオの体は柔らかくて暖かい……
触られるのは嫌なはずなのに我慢して慰めてくれているんだ。レオ……優しい……
たまっていた不安を吐き出すようにグレータはレオのふわふわの毛皮に顔を埋めて、しばらく泣いた。
完全に日が沈み、あたりは何も見えないくらいの暗闇になった頃。
目を真っ赤に張らせながらも、グレータはなんとか泣き止んだ。
レオ……ありがとう……
そう言ったグレータの顔は少しスッキリしていた。
グレータは、抱きしめていたレオを解放する。
……
レオは真っ直ぐな目線でこちらを覗き込む。何かを観察しているように。
グレータもレオを見つめる。
レオの瞳は綺麗な青色だけどよく見ると光の加減で色々な色が反射している……宝石みたい……
レオは本当に綺麗な猫だね
さっきより大分落ち着いたグレータは、この後どうするか考えはじめた。
雨は少し小雨になってきた……もうすぐやみそう
だからって森の中を歩くのは危険だよね……
仕方ない……ここで一晩過ごすしかなさそう
一晩くらいなら食べなくても死ぬことはない、下手に動いて体力を消耗するよりましだ。
夜は寒いけど、凍えて死んでしまうほどじゃないもん。
こんな風に丁度雨宿りできる場所があったのは運が良かった……
!……なに?
狼の遠吠えにグレータは体をすくめる。
しかも結構近かった……
恐ろしかったが、グレータはそっとうろから顔を出し、外の様子を見る。
すると遠くの方に、雪を纏ったように真っ白な狼が見えた。
……あれはまさか……冬狼!
そう、遠吠えの主は一番会いたくなかった魔物。
冬狼だった。