ある日のこと、ルルーが困惑気味に言った。

ルルー

おかしいな……

ヘルフリート

どうしたの?

 グレータとヘルフリートが魔女の家に来て数日が経っていた。

 あれから、三人と一匹は協力しあいながら、冬に向けて準備を進めていた。

 たまにヘルフリートがルルーにちょっかいを出したり。
 グレータがヘルフリートを罵倒したり、虎視眈々とレオに近づき仲良くなろうと画策していたりと賑やかでだったが、冬に向けての準備は予想よりも順調だった。

ヘルフリート

何か問題でもあった?

ルルー

うん、問題っていうか、不思議なことがあって……

ヘルフリート

不思議?

ルルー

うん、結界を直さなくちゃって言ってたじゃない?

ヘルフリート

ああ、そうだったね

ルルー

それがね、あなたたちが来た方向にある結界周辺を調べてみたんだけど……

ルルー

ほころびが見つからなかったの……

 ルルーはそう言って、腕を組んで考え込む。

 結界は、この家を中心に所々に魔法道具を置くことで、結界を張っているのだが。その配置された道具を調べた限りでは、異変はなかったのだ。

ルルー

全てを調べたわけじゃないから、なんとも言えないんだけどね。もしかしたらぐるぐる回って来ていて、来た方向より反対にほころびがあるかもしれないし……

ヘルフリート

よくわからないけど、手伝えることがあったら言ってくれよ。もしかしたら俺たちが何かしたのかもしれないし

ルルー

え?ああ、それは大丈夫よ。っていうか普通の人はその結果に触ることもできないようになっているから、あなた達が何かしたってことはないから安心して

グレータ

触ることも出来ないってどんな感じなの?

ルルー

近づくと、幻覚を見せるようになってるの

ルルー

それに、その魔法道具自体に透明に見える魔法がかかっていて。それプラス、方向感覚を狂わせる魔法も追加されてるから同じところを歩いたりして迷うようになっているの。だから道具があるところ事体に近づくことも出来ないってわけ

グレータ

じゃあ、ここから出る場合は?

ルルー

出る時は魔法はきいてないから大丈夫よ。ただ、一度外に出ると戻れないから気をつけてね

ルルー

特に薬草摘みに行く時は、迷っていつの間にか結界の外に出てるってこともありえるから、絶対にレオから離れないでね。レオなら結界の外には絶対に出ないし、出たとしても戻ってこれるから

グレータ

はーい

グレータ

でもレオってすごいね、猫なのに何でもできるんだね

ルルー

まあね、レオは特別な猫なの

グレータ

何?何が特別なの?

 グレータは興味津々で聞く。

 なんせこの家に来て何日も経つが、レオは一向にグレータに懐いてくれない。
 しかし、グレータはそのツンデレな感じがたまらなくて、さらにレオに夢中なのだ。

ルルー

それは秘密

ルルー

それに。ほら、あんまり詮索するとレオに嫌われるわよ

レオ

……

グレータ

え、うそ。レオごめんねもう聞かないよ

レオ

うにゃーーー

 慌ててグレータはそう言い繕ったが、レオは不満そうな顔をしてどこかに行ってしまった。

グレータ

あぁ、……しまった。また失敗した

ルルー

残念だったわね

ルルー

さあ、今日はグレータに採ってきてもらった木苺でジャムを作るわよ。グレータも手伝って

グレータ

は〜い

ヘルフリート

じゃあ、俺も今日も薪割りを頑張るよ

 そうして三人はそれぞれの仕事に取り掛かる。

ルルー

じゃあまず綺麗に洗ってヘタを取って

グレータ

はーい

 二人は井戸から水を汲んできて洗い丁寧にヘタやゴミを取り除いていく。

 それができたら鍋で荒く潰して砂糖を入れ、とろ火で煮る。

 火加減はルルーがおこなう。グレータが鍋をかき回し。果実がトロトロになると今度はルルーがゆっくり鍋をかき回す。
 グレータがあくを取りながら丁寧に煮込んでいく。

 ジャムは時間をかけて丁寧に進める事が重要なのだ。

グレータ

あ、そう言えば私も不思議なこあったんだけど……

 作業をしていると、グレータが思い出したように言った。

ルルー

ん?なに?

グレータ

昨日の夜なんだけどね……

グレータ

昨日、真夜中にトイレに行きたくなって、ついでに喉も渇いたから起きてトイレに行ったの

ルルー

夜中……

グレータ

ちょっと怖かったけど、トイレに行って水を飲んだの

グレータ

それで、部屋に戻ろうとしたんだけど、廊下で目の端に何かが通り過ぎたのを見ちゃったの

グレータ

すぐ、そちらを見たんだけどなにもなかった。
見間違いかと思ったんだけど……

ルルー

だけど……?

グレータ

ホッとした瞬間に誰も使ってないはずの部屋からガサッて音がしたの

 この部屋は先代の魔女の遺品などがあるから入らないでと言われていた部屋だった。

 その部屋とは物置の隣にあって、古ぼけた扉に頑丈そうな鍵がついている部屋だ。

 入らないでと言われたし、遺品があるところにわざわざ行こうなどと、グレータは思っていなかったから今まで気にしたこともなかったが。
 物音がしたことで嫌な想像が駆け巡り一気に怖くなった。

グレータ

すぐに自分のベッドに戻ったんだけど……

グレータ

多分、ネズミかなんかと見間違えたんだよね?あの部屋って誰もいないよ……ね?

ルルー

ああ、それはたぶんお化けだよ

グレータ

……え?

グレータ

な、なななな何言ってるの?お、おおおお化けなんているわけないじゃない

グレータ

あんなの子供をおどかすための作り話しだよ!

ルルー

グレータ手が震えるわよ、ちゃんと灰汁とってね

ルルー

それに、お化けは本当よ……あの部屋は、昔から……出るの

ルルー

昔ここに住んでいた魔女とか魔法使いが、たまに遊びに来るのよ。あの部屋には貴重な魔法道具とか資料もあるから、たまに懐かしいのか戻ってくるの

グレータ

む、昔の魔女……ほ、本当?

グレータ

い、いやいや、騙されないわよ私のこと子供だと思ってそんなこと言ってるんでしょ!

ルルー

本当だよ〜おばあちゃんもよく見たって

ルルー

も良い子には何もしないし。すぐに消えてしまうのよ……

ルルー

でも悪い子には……

グレータ

わ、悪い子は?

ルルー

後ろからじーっと見てる

グレータ

!?

ルルー

そしてずーっと追いかけて来て……そして足を掴むの!

グレータ

っひ!?

ルルー

あれ?信じないんでしょ?どうしたの?

グレータ

や、やだな……し、信じてないよ……あ、あああたりまえじゃん

ルルー

まあ、グレータがいい子にしてたら、どっちにしろ大丈夫なんだけどね〜

ルルー

でも私を包丁で脅したという過去もあることだし……どうだろうね?

グレータ

?!う!

グレータ

い、いや。だ、大丈夫だよ。そもそもそんなのいないんだから!だ、だから変な影も多分見間違いだし、変な物音もきっと風かなんかだと思う!

グレータ

うん、きっとそうだ。だからもうこの話はお終い!

 グレータは強気に言って、話を終わらせた。

 そしてその日の夜。

 全員がベッドに入り寝静まった真夜中のこと……

グレータ

ル、ルルー起きて、起きてってば

ルルー

……ん?んん〜グレータ?

ルルー

どうしたの?

グレータ

あ、あのね。ちょ、ちょっと……その、またトイレに行きたくなっちゃって……

グレータ

お化けの話を信じたわけじゃないのよ……でも

 グレータはもごもご言った。

 どうやら夜中に目が覚めてトイレに行きたくなったが、怖くて行けなっかたようだ。

 実はトイレは家の離れにあって、少し距離がある。
 それにトイレに行くには、問題の部屋の前を通らないと行けないのだ。

ルルー

ヘルフリートはどうしたの?

グレータ

お兄ちゃん、全然起きてくれなくて……

ルルー

……わかった、じゃあ一緒に行こうか

 グレータはいつもと違って怖いのか、しおらしくなっている。

ルルー

いつもこうなら可愛いのに

 そんな事を思いながらルルーはトイレに向かった。

グレータ

ル、ルルー、お願いだからどっかに行かないでね。そこにいてね

 トイレに入ったグレータはそう言った。

グレータ

……

グレータ

ルルー、いる?

ルルー

いるよ〜

グレータ

……

グレータ

ルルー?いる?

ルルー

……

グレータ

え?ルルー!ルルー!なんで黙るの?いるの?

ルルー

いるよ〜

グレータ

ルルーひどいよ!いるならいるって言ってよ!

 グレータはぷりぷり怒りながら出てきた。

ルルー

ごめん、ごめん。ほら終わったんなら帰ろう

グレータ

もう!

 グレータはぷりぷり怒っていたがルルーが手をさしだすと、グレータは素直に手を繋ぐ。

2人はそのまま部屋に戻った。

ルルー

どうする?自分の部屋に戻る?

 ルルーは部屋の前でグレータに聞いた。

グレータ

……

ルルー

一緒に寝る?

 まだ怖いのかなと思ってルルーがそう聞くと、グレータは少し考えたあと、コクリと頷いた。

ルルー

じゃあ、一緒に寝ようか。

 グレータは素直に一緒にベッドに入った。

ルルー

いつもそんな風に、可愛いい反応してくれたらいいのに

ルルー

そんなにお化けが怖い?

グレータ

別にそんなことないもん……

ルルー

大丈夫だよ、グレータは色々きついことも言うけどちゃんとお手伝いしてくれるし。お兄ちゃんが大好きないい子だよ

グレータ

……

ルルー

だからグレータの前にはお化けは出ないよ

 手伝いはいつも一生懸命しだし、言われたこともちゃんと守る。

 それになんだかんだ文句を言いながらも、グレータはヘルフリートのことを気にかけているのをルルーは気がついていた。

ルルー

じゃ、もう寝よう。明日も一杯働いてもらわないとね

 ルルーはそう言って、最後におやすみと言って目を閉じる。

 グレータはヘソを曲げてしまったのか、返事はなかった。

 しかし、しばらくするとグレータポツリと言葉をもらした。

グレータ

……そんなことない

ルルー

どうしたの?

グレータ

そんなことない、私は悪い子だ……

 その声には涙が滲んでいた。

 ルルーはさすがにからかいすぎたと慌てる。

ルルー

そんなことないよ、さっきも言ったけどグレータはいい子だよ

グレータ

前に言ったでしょ、私の本当のお母さんは死んでるって

ルルー

ああ、そうだったわね

グレータ

お母さんはね、私を産んだ時産後の肥立ちが悪くて死んでしまったの……

グレータ

私を産んだからお母さんは死んだの。
お父さんやお兄ちゃんは、お母さんが体調が悪くて栄養も足りなくて、それで運悪く死んでしまったって言ってたけど……

グレータ

私はお母さんを殺した……悪い子だよ……

ルルー

グレータ……

グレータ

それにお母さんは、お兄ちゃんのお母さんでもあったのに。お兄ちゃんは私が生まれて、お母さんがいなくなって、しかも私の面倒までみなくちゃならなくなった……

 そう言うと、とうとうグレータの目からポロポロ涙が流れ始めた。

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