翌朝になって、朝食を食べながら魔女はそう宣言した。
言っておきますけど。春までこの家に住むことは約束したけど、ここにいる間はあなたたちには働いてもらいますからね!
翌朝になって、朝食を食べながら魔女はそう宣言した。
ええ〜
当たり前でしょ!どっちにしろこの家には、猫のレオと私が冬を越せるだけの準備しかしてないのよ。このままいけばみんなで飢え死にすることになるわよ!
そこは、魔法でどうにかならないの?
魔法だって万能じゃないのよ。っていうか万能だったら昨日、ここにいていいなんて約束してないわよ
確かに……
なにかを得るには、それなりの対価が必要なのよ。魔法を使うにも料理をするにも下準備が必要なの。なにもないところからはなにも得られないわ
まあ、置かせてもらうんだから、それなりに働かないとだね
強引に脅してしまったのは多少悪かったと思ったヘルフリートはそう言った。
そう言えば君は名前なんていうの?
え?ああ、まだ名乗ってなかったっけ。私はルルー、猫はレオよ……っとこれは昨日言ったわね
ニャー
へー。ルルーって言うんだ、可愛いい名前だね。年はいくつ?ここに住んで何年くらいたつの?彼氏いる?
お兄ちゃん!こんな時までナンパを始めないでよ!
まあ、冗談はさておき。働くのは問題ないよ。グレータもいいよな?
まあ、私も働くのに文句はないわ。腹に背は変えられないものね
そんな訳でヘルフリートとグレータは了承することにした。
生きるためだ。
私の名前はグレータ、横にいる下半身のゆるい男はヘルフリート。クズ男とでも呼んでくれたらいいわ
そこまで言わなくでも……せめて不詳の兄ですがぐらいにとどめてよ
朝っぱらからナンパ始める男なんて、クズ以外のなにものでもないわよ。それと兄だなんて今後言わないでくれる?変態と血が繋がってるのがバレるじゃない
ひ、ひどい……
ま、まあいいわ。じゃあそう言うことでよろしくね。とりあえず朝食を食べて。それからバリバリ働いてもらうからね
自己紹介も終わったので、三人は朝食を食べてしまう。
そう言えばあなたたち、なんで森で迷子になってたの?っていうかそもそもなんでこの森に入ったの?
この森は深く、魔物もいる危険な森だ。
実は、森を越えても高い山があるだけで隣の町に行くにも森に入ったところで遠回りになるだけで、街を横切った方が断然早い。
だから人がめったに来ない森でもある。
……まさか、あなたたち犯罪者ってことはないわよね?……昨日の脅し方を見たらあながち間違ってなさそうだけど……
二人とも軽装だし、荷物もほとんど持っていない。
年齢もグレータは子供と言っていい見た目だ。
わざわざ、こんな森に入って来るなんて明らかに不自然だ。
…………
…………
ヘルフリートとグレータは顔を見合わせて言いにくそうな顔をした。
実は……俺は19才で最近独り立ちしていたんだけど……グレータが暮らす実家は貧乏でね
今年の冬は大分厳しくて、まあ世間が全体的に景気が悪いせいもあるけど。そのせいか母が……
あんな人、母親じゃないわ!お金がないのもあの人が無駄使いしたせいなのに……
突然、怒ったようにそう言うと、くやしそうにグレータは俯く。
あー、うん。そう母は後妻なんだ。俺たちの本当の母親はもう死んでる
……
……それでどうやら継母は父にも内緒でグレータを娼館に売ろうとしていたみたいで……
……
気がついた時は、娼館からお金を貰った後で……どうにもならなくて俺が匿ったんだけど、金は払ったんだからと、娼館の連中が柄の悪い連中を雇って、探しまわっていたんだ……
町中じゃすぐに捕まってしまうし。どうしょうもなくて森の中に入ったんだ。上手くいけば、遠くの町に逃げられるかと思って……
どうやらグレータは母親に娼館に売られそうになったようだ。
確かにグレータは可愛らしい容姿をしている。きっと高く売れただろう。
しかし、一度売られてしまったら売られた金額以上の稼ぎを出さないと一生そこから出られない。
悪質な所は借金を増やさせて一生出られないようにするところもあるのだとか。
なるほど、だからこの森に入ったのね
追い込まれて、それしか方法がなかったんだ
それで、町にも帰れずにここに居たいっていいだしたのね。
まあ、何かあるだろうとは思っていたけど……
言っておくけど。変に同情なんてしないでよ。そういうのが一番ムカつくのよ!
グレータ、そういう言い方よくないよ
ふん!
あら、同情なんてしないわよ。言っておくけど、そういう不幸自慢は私だって負けてないんだから
わ、私は。不幸自慢なんて……!
私はね、産まれてすぐに魔女だってわかって、へその緒がついたままこの森に捨てられてたの。私を育ててくれた先代の魔女がいなかったら、多分そのまま森で死んでたわ
っ……
実はルルーがこんな森の奥に住んでいるのもそれなりに理由があるのだ。
……なにそれ、ぜんぜん自慢になってないわよ……ふん
まあ、なにはともあれ生きてればこっちの勝ちよ。でも、生きていくには食べ物がないとね。だから仕事よろしくね
わかってるわ、言われなくてもちゃんと働くわよ
よろしく。じゃあ……
ルルーはそう言うと、紙と羽ペンを取り出した。
男手があるから、なんとかなると思うけど。色々忙しくなりそうね
ルルーはブツブツつぶやきながら、冬を越すための計画を立て始めた。
干し肉に小麦粉はこれだけ残ってるし……、ジャムはもっと作らないと……薬草はこれだけだから、もっと採りに行かないとね。
あ、そうだ。結界も見てこないと
結界?
この家の周辺には人や魔物が来れないように、広範囲に魔法で結界を張ってるの
人が入っても、魔法でグルグル回って元の町に戻るようにしてあるんだけど……
なるほど、この森に入ると迷うって言われてるのは、これのせいだったんだ
そうなのよ。でも、あなたたちがここに来れたってことは、その結界が一部壊れてるってことになる。さっき言ったけど、その魔法は広範囲に張ってあるから、結界が壊れたところを探すのがまず大変なのよ
まさかそんなものがあったとは知らず、ヘルフリートは感心する。
ヘルフリートたちがここにたどり着いたのはかなり偶然が重なったからのようだ。
なるほど……
人が来るくらいだったら、たいした問題もないのだけれど、本格的に寒くなってきたら冬狼っていう魔物が活発になるから。そこから家まで来られるのは面倒なの。それまでになんとかしないと
対抗手段はあるけど……うう〜ん。時間が足りるかな
……なんかごめんね
それにしても、魔法は万能じゃないって言ってたけど、結構いろんなことができるんだね。他にはなにができるの?
ん?魔法?……う〜ん色々あるんだけど……
ルルーは説明し始めた。
まず、魔力がある人間のことを魔女もしくは魔法使いっていうの。さっき魔法にも対価が必要だって言ったけど、実は魔女や魔法使いにはそれぞれみんな一つだけ、得意な魔法を持って産まれるものなの
魔法を一つ?
魔力を使うんだけど、ほかの魔法使いが使うより楽に、より効率よく使える。でもそれは一つだけと決まっているの。ちなみに私は炎の魔法を持ってる
へー
これが私の魔法
ルルーが手を持ち上げると、何もない手のひらの少し上に炎がいきなり現れ、渦巻いた。
炎はルルーの手の上でメラメラ燃え、そして突然ふわりと消えた。
うわ〜すごい
私は、こんな風に炎を自在に操れる魔法を持ってるの。さっき言ってた私を育ててくれた先代の魔女は氷の魔法を持っていたのよ。どんなに暑い日でも氷を作れた
氷、へ〜。そういえばその魔女はどうしたの?
去年ね……風邪を引いてそのまま……まあ、歳だったから覚悟はしてたんだけど……
そうだったんだ……ごめん
ううん……いいの。それに私は大丈夫よ。おばあちゃんにはいい思い出を沢山もらったから、暑い夏にはよく氷の家とか雪だるまを作ってくれてとても楽しかった
そう言ったルルーの表情には寂しさはあったものの辛そうではなかった。
それで……魔法の話にもどると。
自分以外の魔法を使うには、体に巡っている魔力を魔法薬や鉱石にこめて媒体にしないといけないの。昨日老婆に変身してたけど、あれも作った魔法薬で変身していたのよ
でもその薬には時間制限があるの、だから真夜中には完全に解けてて……
あの時は、朝になったらまた薬を飲んで。
もう二度ここら辺に近づかないように脅そうと思って練習してただけなのに変な誤解をされて……あんな事に
なるほど……だからあの時ブツブツ『太らせて食べてやる』なんて言ってたんだ。でも魔法にそんなに手間がかかるなら、あの時カエルにするのに手間取ったのも納得だ
っていうか直接、炎の魔法使って抵抗すればよかったんじゃ……?
…………
……あ
ほ、本当だ〜しまった。私のバカ〜!!
ルルーは頭を抱える。なんというかルルーはドジっ子だった。
言っとくけど、もう置いてくれるって約束したんだから、それは守ってもらいますからね
うう~
…………
こうして魔女のルルーと猫のレオ、それからヘルフリートとグレータの共同生活が始まったのだった。