表通りより、一区画ほど奥。
人気は無く、けれど裏路地
というほどの暗さは無い。

人が居ないな

自転車をこぎながら周囲をみれば
ものの見事に人通りが無い。

表通りに比べ、この辺りは裏方の事務所が多い。
勤め人の通り、といった感じだ。

人通りが無いのは
今日が土曜だからかも

ゴーストタウンのような死んだ街じゃなく
ちょっと一休みしているような雰囲気があった。

静かな通りを自転車で巡る。

探しているのは不動産屋。
表通りは大手のチェーン店が
事務所を連ねているので
規模の小さな個人の店なら
この辺りにあるんじゃないかと思ったのだ。

暇してそうな所がいいな

繁盛しているような所だと
交渉の余地は少ないだろうし。

というわけで自転車をこぎ続け――

見つけた

ソリティアしてるよ。

土曜の昼前とはいえ、事務所の外から見ても
分かる状況ってのは、繁盛しているようには
見えない。

ここにしよう

事務所から少し離れた場所に自転車を止め

すみません

はい

ドアを開け挨拶すると、パソコンから顔をあげ
こっちをじっと見てる。

部屋を、お借りしたいんですが

ああ、はいはい

ちょっと緊張してた表情が、ふっとゆるむ。
けど次の言葉で、少し固まった。

保証人なしで
貸して貰えますか?

え、あ……

困ったような顔になる。
でも拒絶する感じじゃない。

どうしよう

そんな表情だ。

いける

と思ったので畳み掛ける。

家賃は一年まとめて支払います

え……

ちょっと目つきが変わる。
金勘定してる目だ。

一年、先払い?

ええ。月3万から5万まで
それでお願いしたいんですが

……

ちょっと考え込んで

あ、じゃ、ちょっと
そこに座って待っててくれる?

パイプ椅子を勧められたので座る。

ちょっと待ってて

詳しいの、もう少ししたら
戻って来るから

なるほど
留守番だったのか

なんとなく納得する。
椅子に座って、しばし待つ。

あ~、他の所は
行かなかったの?

行ったんですけど
ダメでして

あぁ……

なんか納得してる。

その後も、当たり障りのない会話を少しして――

お客さん?

50代ぐらいの人が事務所に入って来た。

さっきまで話していた人が60代ぐらいなので
一回りぐらい若い感じ。

部屋貸してくれって
保証人なしだけど

保証人なし……

1年分、先に払うって

え?

短く言葉を交わすと、こちらに視線を向けた。

1年って、1年?

どの「1年」だと思ったのか。

謎だ

それはさておき、応えを返す。

ええ。月3万から5万の物件で
お願いしたいんです。

途中で解約しても
纏め払いした分は

返して貰わなくても構いません

ただ1年以上は、ちょっと

1年以上だと、他の所に
移る可能性もあるんで

ああ、そういう……

なんかしらんが納得してくれた。

一時的に住む所
探してるのかな?

とか思ったのかもしれん。

まぁこっちも
終生の住処を探してる訳じゃない。

なんとなく、ゆる~い空気で
意思疎通が出来た所で話が進む。

家主さんに話をしてからだけど
条件とかは?

家賃は、さっき言った通りで

場所は、市内ならどこでも
築年数は気にしません

ただ、風呂は欲しいです
バイトや職探しするのに
身綺麗にしときたいので

あぁ、うん。そうね

なんか知らんが、うんうん頷いてる。

それじゃ――

物件を勧めてくれようとした所で――

部屋貸して欲しいんだけど

え、タメ口?

そんなノリで、若い子が入って来た。

二十歳前後かな?

下手に視線を向けたくないので
目の端で見て判断する。

……ちょっとごめん

あとでいい?

はい、どうぞ

先を譲ると

え、いいの?

気のせいか、微妙に優越感のある
笑みを浮かべられた。

いや、それ拙いでしょ

心の中で呟く。

印象悪くなるよ

年下なので、何か心配になる。
そして案の定――

それで、部屋を借りたいと

口調が硬くなってる。

なのに変わらぬ口調で

○○の辺りが好いんだけど

そこだと――

え、ちょっと高い

交渉が難航する。

いやー、ちょっと
高くないですか?

この辺りだとこれが相場

段々と状況が不利になり
言葉使いがトーンダウン。

いや、だって、ねぇ?

何でこっち見る

ちょっと

こちらから視線を逸らすように
割って入ってくれた。そして――

じゃ、いいです

彼は部屋を決められずに出て行った。

出ていくと同時に
思わず視線を合わせる。

……えーと、部屋だったよね

はい

交渉再開。

ここから少し遠いけど
3万5千のとこがあるのよ

大丈夫です

じゃ、部屋見に行く?

というわけで、部屋を見に行きました。






それは、元は何かの個人商店だった。
今は閉まっている。

2階が居住で残っているというので向かう。



畳みは変えるから

微妙に窺うような口調で言った。

随分と放置されていたらしく毛羽立っている。

部屋は六畳と四畳半。
風呂トイレ付。
ただしかなりボロい。

ここで良いです!

即決した。

え、いいの?

なぜ聞き返す。

別に問題ないです
ちゃんと住めますし

小さいが風呂とトイレに台所までついてる。

問題なし

なので、本契約前に契約書の写しを貰い
持ち帰って中身を確認。




今住んでいる寮の片付けをして
本契約をするために事務所に向かい――


あ、ごめん

あそこ他の人が
入っちゃったのよ

退寮期日一週間前に
そんなことを言われたのだった。


                   つづく

部屋を借りれると思ったら反故にされた話

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