その先輩は山岳サークルに所属していたらしい。結構本格的で断崖絶壁をピッケルなんかを使って登るようなこともある。その日もメンバー四人で山に登っていたんだ。

 その日は快晴で登山日和だった。予定通りのコースを進んで、目的だった崖を登り、一休みしているときだった。急に雨が降り出して嵐になった。前もよく見えないほどで、下山は無理。しかたなく崖から離れながら雨宿りできるところを探していた。

 いくらか進むと山小屋が見えてきた。二階建てくらいの大きなもので簡易な休憩所じゃなく、宿泊用のものに見えた。その日登っていた山は登山客が結構来るところで、泊まりで登る登山客もいるから四人は何の迷いもなくその山小屋に入っていったんだ。

すみませーん、雨宿りをさせてもらってもいいですか?

 そう声をかけたが答えはない。誰も出てこないのに入るのも気が引けたが、外は雨も風もどんどん強くなっている。四人はしかたなく中に入って休ませてもらうことにした。

 中は想像通りの宿泊施設になっていて、一階に台所と囲炉裏のある食堂があり残りのスペースにトイレと風呂や倉庫になっている部屋があった。二階には二段ベッドが詰め込まれた寝室が六部屋あった。食料はないが、水道や電気は通っている。

 外の嵐はどんどん強くなっている。元々泊りの予定だったからある程度の準備もあることもあって、四人はその日はその山小屋で嵐が過ぎるのを待つことにしたんだ。

急に降られるなんてついてないな

まぁ、山の天気は変わりやすいって言うし

 そんなことを話しながら簡単な夕食をとり、疲れもあって四人はそれぞれに部屋を借りて寝ることにしたんだ。

 夜の十時頃だった。一人が目を覚ましてトイレへと向かった。悪いものでも食べたのか、妙に腹が痛い。外はいよいよ雷も激しくなり、明日も外に出られるのかと心配になるほどだった。窓から時折光が差し込み、轟音が響く。

 便座に座って用を足していると、雨、雷、吹きすさぶ風の音が聞こえてくる。ちょっと怖いな、と思いながらも腹の痛みはまだ続いている。立ち上がるにはまだ時間がかかりそうだった。

 狭く変わり映えのしないトイレに一人でじっとしていると、だんだんと聴覚が敏感になってくる。

なんか変な音がするな

 雨音に混じって不思議な音が聞こえた。何かが軋む音。ギィ、ギィという古いイスを揺らしているような音が断続的に聞こえてくる。妙に気になって、そいつは腹の痛みも収まってきたこともあって、耳をすませて音のする方へとゆっくりと進んでいく。
 音の発生源は一階の倉庫だった。ドアの前まで来ると軋む音ははっきりと聞こえてくる。ごくりと喉を鳴らし、意を決してドアを開けた。

!!!

 雷の光に映し出されたその姿は逆光ではっきりとは見えなかったが、足は浮いていて梁に結ばれたロープが首に巻きついている。梁から垂れ下がった体が揺れて、ロープと梁がこすれて出していた音だった。

うわああああ!

 そいつはその場から逃げ出して二階へと駆けあがった。寝ていたメンバーを起こして要領を得ない話をしてから三人で慌てて倉庫に向かった。

あ、あれ?

 そこには何もなかったんだ。首吊りをしていたはずの死体も、梁に結ばれていたロープも見つからない。

見間違いだったんじゃないのか?

そんなことない! 俺は確かに

そもそも首を吊ってたのって誰だったの?

 三人は顔を見合わせ、それぞれの顔を確認した。そしていない一人の部屋へと走って向かった。その部屋には誰もいなかった。荷物も残っていない。外は嵐だ。まさか一人で何も言わずに出ていく理由もない。

 三人は怖くなったが、とにかく山小屋の中を探してみた。ただどこにも消えた一人はいなかった。どこにも痕跡がなく、だんだんと三人は本当に今日は四人ではなく三人で来るつもりだったのではないかなんて不安も湧いてきた。

 とはいえ嵐の中でこの山小屋から逃げ出すわけにはいかない。三人は話し合って一つの部屋に集まって眠ることにしたんだ。

六話:自殺した幽霊の怪(事件編)Ⅱ

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