──翌朝。
帰ったぞ~!
…………
親が仕事から帰ってきた
っていうのに、
一言もねえのか!
酒くさい……。
たまには飲まずに
帰って来れないの?
生意気言うんじゃねえ!
っとに、てめえは
あの女にそっくりだな!
母さんのことを
あの女って言うのやめろよ
なーにが母さんだ!
てめえを捨てたのは誰でもねえ、
あの女だ!
お前を育ててやってるのは
この俺ってことを
忘れるなよ!
(……虫唾が走る)
(恩着せがましいこの男にも、
それに依存している自分にも)
あん?
反抗的な目だな。
言いたいことがあるなら言えよ
……別に
顔まであの女にそっくりだな!
女みたいな顔しやがって!
反吐が出るんだよ!
……~~うぐっっ!
ぐええっ……!!
ちょっと腹を蹴ったくらいで
大げさに痛がるんじゃねえ!
わざとらしい!
(この男は……。
造船所で嫌なことがあった時には
いつも僕に暴力をふるって
ストレスを解消する)
(早くこの家を出て、
この島を出て、
自由になりたい……)
俺はな、お前が女みてえな顔して
ナヨナヨしてんのが
気に食わねえんだよ。
少しは男らしくしろよ!
大体なぁ、俺がどれだけ苦労して
船を造ってると思ってんだ……。
俺の気も知らねえで、
みんな馬鹿にしやがって……!
(また酔っ払いのざれごとか。
僕の顔と、お前の仕事の何が
関係あるというんだ)
(今日は夕食を食べずに、
眠りについてしまおう。
この男の逆鱗(げきりん)に
触れないように……)
──翌朝。
玲也くんって、
女子みたいに肌キレーイ!
顔も女の子みたいに
可愛いよね~
(またか……。
どこに行っても女扱いだな、僕は。
褒めてるつもりなんだろうけど、
正直嫌な気分だ)
まーた佐伯のやつ、
女子に囲まれてんぜ
うぜえな。
あいつ女としか話さねえよな
自分も女みたいな顔してる
からじゃねえの?
言えてる!
ギャハハッ!
…………
今度の学芸会で、
玲也くんを女装させるの
ってどうかな?
いや、それはちょっと……
照れなくていいんだよ。
玲也くんは女子より
美人なんだから
は?
バカかお前ら。
玲也はどっからどう見ても男だろ
美崎……?
私たちは玲也くんと話してるの。
あっちへ行きなさいよね
いや、彼と僕は
遊ぶ約束をしてたんだ
え~っ、そうなの?
おう!
これからゲーセン行くんだ~
おい、佐伯!
お前の父ちゃん、また造船所で
ポカやらかしたんだってな!
だから?
俺の親父が言ってたぜ。
佐伯がいると、仕事が遅れる。
場の雰囲気が悪くなるってな
…………
おうおうお前ら!
女子の前で他人の親の悪口を
言うなんて、男らしくねえぞ!
べっ、別に女子は関係ねーよ!
そうだそうだ!
男らしくねえのは
佐伯のほうだろ!
このイケメンのどこが
男らしくないって言うんだよ?
猿どもがヤキモチやくなよな~
猿はお前だろ!
やんのか?!
おおっ?!
美崎、もういいよ
でも、こいつら
玲也のことを……!
キミの言葉で充分なんだ。
本当にありがとう
(僕のことをわかってくれるのは、
美崎だけだった)
(希島を離れてから、
美崎に何度会いに行こうと
思ったことか)
(でも、遠く離れた美崎に
会いに行くことのきっかけが
なかなか掴めなかった)
(だから今回の集まりは、
僕にとって最高のチャンスだった。
それなのに……)
キミに拒絶されてしまったら、
僕はどうすればいいのか
わからないんだ……
廃墟島の4日目《 後編 》
やっぱり玲也くんを
迎えに行った方がいいかなあ……
今行っても、
どうせ追い返されるだろ。
船が来てから
呼びに行けばいいんじゃねえか?
そうなんだけど……。
玲也くんを一人にするのが、
なんだか可哀想で
それ、本気で言ってるのか?
お前なんかひどいこと
言われまくってただろ
そんなにひどいことだったかな。
私、玲也くんの気持ちわかるよ。
私が玲也くんの立場なら、
やっぱり私を嫌いになったと思う
チッ。
お人好しにもほどがあるな
そうだね。
私のは優しさじゃなくて、
お人好しっていうんだよね
別に優しくないとは
思ってねえよ
そうかな……
ところで、若葉。
日が暮れる前に行きたい所が
あるんだ
えっ?
その間に船がきちゃうかも
しれないよ?
この時間まで待っても
こないってことは、
今日はもうこない気がするんだ
それに、万が一きたとしても
俺たちを待っていて
くれるんじゃないのか?
確かに、それはそうだね。
探しに来てくれるかもしれないし
そうと決まれば、行くぞ。
崖の上に
待って。
もしも玲也くんが戻って来たら
いけないから、
置き手紙をしていこう
若葉はメモ帳を一枚千切り、ペンを走らせた。
玲也くんへ
私と耀くんは、
ここを離れます。
必ず戻ってくるので、
ここで待っていてください。
こんな小さい手紙じゃ
目立たないだろ。
俺と若葉のバッグを
こう置いて……と
あ、そうすれば目立つね。
あとは手紙を何枚も書いて、
風で飛ばないようにヘアピンで
バッグに止めよっか
念のため上に石も置くぞ
これで大丈夫。
行こう
結構遠かった……。
夕方になっちゃったね
ああ。
夜になる前に到着して良かった
……で。
兄貴はたぶん、
ここから突き落とされたはずだな
みさき先生が転落した
場所だね……
みさき先生の時は、柵が無かった。
だけど兄貴の時は、柵が有った
だから玲也くんは、
自殺だと推理してたよね
問題は、その柵なんだよ。
希島から人が消えてから5年の間、
一度も整備されてなかったはずだ
俺は若葉に話しながらも歩き出し、
崖に立てられている柵に一歩ずつ近づいた。
しかも、ここは太陽の光が
当たって、
潮風にも常に晒されている
そして俺と若葉は、辿り着いた。
劣化により耐食しきった柵の前に。
あっ……!
柵が、壊れてる!?
やっぱりな。
この柵はステンレス製だ
ステンレスは紫外線や塩害で
ボロボロになるって
聞いた事がある。
今となったら、ここには柵なんて
無かったのと同じだ
じゃあ……じゃあ!
先生先生は……!
少なくとも、自殺じゃないな。
事故か、他殺だ
そう……だよね……
若葉がほろほろと大粒の涙を流して、
その場に屈みこんだ。
先生先生が、私たちに何も言わずに
居なくなるわけ無いって思ってた
ああ!
兄貴はみさきさんを愛してたからって、
後を追うような弱い奴じゃない!
俺はそう信じてた
あったり前だろ!
気づくのが遅いんだよ!
耀! 若葉!
俺と若葉の髪が、
くしゃくしゃになるまで撫でられた。
兄貴!?
俺たちが驚いて振り向いた先には、
誰もいなかった。
だけど、俺と若葉は確かに感じていたんだ。
兄貴の大きな手の感触を。
先生先生……
いま、居たよね?
わかんねえ。
風で髪が舞い上がった
だけかもな
ううん!
先生先生は絶対に居たよ!
……そうだな。
兄貴は、確かにここにいた
兄貴は崖から落ちて死を悟ったときに、
何を思っていたのだろう。
俺と若葉のことを、
少しでも思ってくれたのだろうか。
(兄貴なら、きっとそうだ。
だから俺たちの前に現れたんだ)
(今まで心配ばかりかけちまって、
悪かったな。
生まれ変わったら、
今度は俺が世話を焼いてやるよ)
(だから……
また会おうぜ!)
船着場まで戻っては来たものの、
俺たちが置いたバッグはそのままになっていた。
船が来た様子は無いな……
置手紙もそのままになってる。
玲也くん、ここには
戻って来なかったのかな
腹が減って、
先に学校へ帰ったのかもな
そうかもね……。
私たちも夕食にしよう
玲也……は、いないな。
まだ戻ってないのか
あれ?
玲也くんの食べ物と水が入った
リュックが無い!
マジだ……。
今夜はここに戻らない
つもりなのか?
いくらなんでも一人で
夜を明かすのは危険だよ
ったく、しょうがねえなアイツ。
迎えに行くぞ、若葉
俺が常備品入りのリュックから
懐中電灯を取り出すと、
若葉も懐中電灯を取り出した。
ひたすら懐中電灯で辺りを照らして、
夜道を歩き続ける。
この島に来てから
歩かされてばっかだな
崖まで歩いたお蔭で、
先生先生に会えたけどね
……ん。
まあ、そうだけどな
懐中電灯で照らした先には、
ゲームセンターの看板が有った。
その懐かしい風体から、
玲也との思い出が蘇った。
新しいゲームが入ったと聞きつけると、
玲也を誘って学校の帰りによく行ったもんだ。
ここ、だよな……?
玲也が居るのは
うん、入ってみよう
おーい!
玲也ー!!
玲也くーん!!
屋内を懐中電灯で照らすと、
ゲームの機体が当時のままに置かれていた。
100円を入れれば、
今でも動くのではないかという位に
綺麗な状態を保っていたことに顔がほころぶ。
ここのゲームセンター、
玲也とよく来たな……
私も一緒に行ったことあるよね。
今思えば、玲也くんにしたら
私はお邪魔虫だったんだよね……
アイツの言うこと
真に受けんなよ。
きっと混乱してあんなこと
言っちまったんだ
家族みたいに付き合ったのは、
俺と若葉だけじゃねえ。
この島のみんなが
そうだったんだから
家族、か……
どうした?
私は耀くんから見たら、
やっぱり家族でしか
ないのかなって
き、急になんだよ?
私は耀くんと話してると、
いつでもドキドキしてる。
希島に住んでた頃から、ずっと
若葉……
耀くんもそう思ってくれてたら
嬉しいなって、
いつも考えてたんだ
俺は……
ごめん。
耀くんはみさき先生が
好きだったんだよね
…………
耀くんにキスしたからって、
いい気になっちゃった
耀くんの気持ちも考えずに、
何やってんだろ私。
これじゃあ玲也くんに
嫌われるのも当然だよ
若葉。
島から帰ったら、
お前に言われたことに
ちゃんと答えを出すから
私に言われたこと?
お前が、俺を好きだって
言ってくれたこと
あっ……
その……今までお前を女として
見るとか、ちゃんと考えたこと
無かったし……
今はこんな状況だし、
落ち着いて、よく考えてから
答えを出したいんだよ
その場の勢いで
お前に応えちまって、
そんでただの男と女に
なっちまって、
今までみたい戻れなくなったら
つまんねえし……
ただの男と……女?
い、いや!
とにかく時間をかけて
真面目に考えたいってことだよ!
う、うん?
(若葉と付き合うって考えたら
やらしい目で見ちまいそうで、
そうしたら身体だけが目当て
ってことになるよな……)
(なんか頭の中が
ゴチャゴチャしてるし、
こんなの若葉に
言えるわけがねー!)
そ、それより玲也は!?
キャッ!
若葉が前のめりに倒れこみ、
懐中電灯を床に転がした。
大丈夫か?!
ごめん。
何かに足をひっかけ
ちゃって……
怪我はしてないか?
ひざをちょっと擦りむいたけど、
大丈夫だよ
っとに、気をつけろよ
若葉を起こそうと手を差し伸べたときに、
ふと若葉の足元を見ると……。
それが何であるのかが
直感的にわかってしまい、
物体を認識する前に総毛立った。
若葉に向けていた懐中電灯の光を、
すぐ様に若葉の足元へ向ける。
そこに転がっていたのは──。
玲也!?
────
玲也の有様といったら、壮絶の一言に尽きた。
まるでこの世の物ではない物……
例えるなら、悪魔か魔物に出遭ったかのように
地獄の形相をしていたのだ。
顔に光を当てているというのに、
えぐいほどに見開かれた玲也の目が
閉じられることがない。
伸びきった右手は
虚空を掴むように硬直しており、
想像を絶する苦しみを味わったことを
物語っていた。
玲也くん!
起きて!
お願いだから、起きて!
玲也ああああ!!
起きろおおおお!!
玲也の肩をつかんで揺さぶったり、
何度も頬を平手で打ったが、
玲也からは何も反応が無かった。
駄目だ……。
息をしてない……
嘘……そんな……
玲也が二度と返事をしないと悟った瞬間に、
若葉の全身の力が抜けて行った。
尻もちを突いた若葉の手に何かが触れ、
それが音を立てて転がる。
蓋が開いた、ペットボトル……?
玲也くんが……飲んだ、
水かな……
玲也は最後に
水を飲んだのか?
そう……かも、しれない。
この辺が水で濡れてるし、
飲んでる途中で倒れたのかも
まさか、自殺?
どうして!?
薬を飲んで死んだんじゃないのか?
きっと俺に振られたことがショックで、
それで……
そんなこと考えちゃ駄目だよ、
耀くん!!
だってこれ、どう見ても
人に殺されたって感じ
じゃないだろ。
玲也は、毒物を飲んで……
俺のせいで、死んだ……
駄目! 耀くん!
それ以上考えちゃ、駄目!
それからもずっと若葉が何か言っていたが、
どこか遠くで叫んでいるように聞こえた。
若葉のすべての言葉が
俺の耳にはノイズとなって届き、
俺の思考回路には玲也の死が巡り続けた。
亜百合の死、玲也の死が、
俺に重く、重く、圧し掛かり続けて、
それ以外は何も考えられなく
なったのだった……。
俺は、人殺しだ