二人の少年は全速力で去って行った。
おい、チビ!
お前ってぜんぜん友達いないよな~
いっつも黙ってばっかで
何も喋んないし、
変なやつ~!
…………(ぐすん)
おい、お前ら。
なーに女の子いじめてんだよ
…………!
な、なんだよお前!
し、小学生は関係ねーだろ!
あっち行けよ!
ははーん、わかったぞ。
お前ら、この子が可愛いから
いじめてんだろ?
そんなわけねーだろ!
何も喋んなくて
気持ち悪いんだよコイツ!
…………(ぐすん)
本当は仲良くなりたいのに、
話しかけても答えてくれないのが
悔しくていじめてんだな?
ち、ちげーし!!
誰がこんなブスと仲良くするか!
バーーーーーカ!!
二人の少年は全速力で去って行った。
はっはっはっ。
小学生の俺様にかかれば、
幼稚園児なんて敵じゃねえぜ
あっ……
ありが、と……
ん?
またいじめられたら俺に言えよ。
俺、美崎耀って言うんだ!
ボクは……
もとみや、ちゆき……。
4さい……
ちゆきって言うのか!
これから仲良くしような!
(ボクはあの時からずっと、
耀おにぃのことが
大好きでした……)
廃墟島の4日目《 前編 》
おい……!
起きろ、千雪……!
んっ……んうっ?
しーっ!
黙ってついて来い!
ゲホッ、ゲホッ……
相変わらず熱が下がらないな……。
仕方ない、俺がおぶっていくか
ふわあ~っ……
…………
……あれ?
もう起きてたの耀くん?
ああ。
おはよう、若葉
……あれ!?
千雪ちゃんは!?
千雪は……海に捨ててきた
…………
なに?
もう一回言って?
千雪は死んだから、
俺が海に捨ててきた
捨てた!?
どういう意味だい、美崎?
そのまんまの意味だよ。
お前らが寝てるとき……
真夜中に、千雪の容態が
悪化したんだ
千雪は俺を好きだったんだってさ。
だから『最期に二人で海を見たい』
って頼まれたんだよ
元宮さんはほとんど歩けない
状態なのに、
二人で海岸まで行ったのか?
だから、俺がおぶって
行ったんだよ。
そんで、海を見ながら千雪は
眠るように息を引き取ったんだ
千雪が死ぬ前に
『ボクが死んだら海へ流してください』
なんて言ってたからさ……
千雪の希望通り、
死体は海へ捨てたんだ
そんな……。
捨てただなんて……
まあ、普通は水葬とか
海に送ったと言うよね
言い方なんてどうだっていいだろ。
千雪はもう、
この世にいないんだから
千雪ちゃん……。
本当に、死んじゃったの……?
ああ、本当だ
にわかには信じられないな。
美崎、キミの性格なら海に流す前に
みんなを呼ぶんじゃないのか?
お前が俺の何を知ってる
って言うんだよ!
俺は千雪の希望通りにした!
ただそれだけだ!
ふうん?
ボクたちに言いたくないことが
あるわけだ
しつけーな!
俺は全部話しただろ!
何らかのトラブルがあって、
事実を隠蔽(いんぺい)してる……
僕にはそんな風に受け取れたけど
…………
俺は何も隠してねえよ……
例えばキミが連続殺人の真犯人で、
元宮さんもキミが殺した……。
こう考えるのは
論理が飛躍しているかな?
……っ!?
玲也くん!
それ本気で言ってるの!?
はは、冗談に決まってるだろ。
何しろ美崎には動機が無い
それに一連の事件の
犯人だとしたら、
元宮さんをもっと上手く殺すだろ?
こんなに怪しまれる行動を取る
理由が無い
ねえ、いくら冗談でもひどいよ。
耀くんは千雪ちゃんが目の前で死んで、
一番ショックを受けてるはずだよ
はははっ。
この後に及んで、美崎を庇って
点数稼ぎかい?
玲也くん……。
昔はそんなこと言う人じゃ
なかったのに、
どうして変わっちゃったの?
若葉、もういい。
相手にするな
昔は我慢していただけだよ。
日良さん、僕は昔から
キミが嫌いだった
美崎の隣りに図々しく居座る、
キミがね
わ、私……図々しいって
思われてたの……?
少なくとも、僕には思われてたね。
美崎と二人で話したいのに
いつも日良さんが邪魔をしてきた
玲也!!!
……なんだい?
またお説教かな?
いい加減にしてくれ!
迷惑なんだよ、お前の好意が!
…………
あ、耀くん……。
あの、私なら平気だから……
俺が平気じゃねえんだよ!
玲也、お前なあ。
俺のことが好きって言うなら、
俺にとって若葉が
どういう存在なのか考えろよ!
さあ?
家族ぐるみの付き合いで、
身内のように思ってることしか
知らないよ
そんな軽々しいもんじゃねえ。
若葉はな……。
若葉は……
耀くん……
なら、一つ聞いてもいいかな?
なんだよ
先生(さきお)先生と、日良さん。
どちらの方が、より大切なんだい?
俺に二人を比べろっていうのか?
できるわけねえだろ!
馬鹿みてぇにひねくれた
質問すんな!
何もひねくれてないさ。
純粋に美崎の気持ちを
知りたいと思っただけだよ
じゃあ俺の気持ちを教えてやる!
俺はお前のことが
大っっ嫌いだ!
ああ、涙ぐんで僕を睨むキミも
意外と可愛いね。
雲母さんがキミをいじめた理由が
わかってきたよ
ッッざけんな!
俺は拳を振り上げて、
迷わず玲也の顔面を殴りつけた。
その勢いで身体が吹っ飛んだ玲也は、
床に手を突いた。
…………
反撃をしてくるかと思い身構えたが、
玲也はただ宙を見て頬を押さえている。
涼しい顔をしているのが更に腹が立ち、
もう一発くらわせてやろうと思った。
──だが。
耀くん! 駄目!
若葉に後ろからしがみつかれて、
前へ進めなくなってしまったのだった。
離せよ!
やめて!
本当にやめて!
先生先生はきっと怒ってるよ!
…………ッ!
兄貴の顔が頭に浮かび、拳をおろす。
若葉はホッとしたように、
俺にしがみつく手を緩めた。
痛いなあ……。
何も殴ることないだろ
殴られるようなことを言っただろ!
若葉が止めなきゃ、
こんなもんじゃすまなかったぞ!
僕は謝らないよ。
僕だって、キミに心を傷つけられたんだ
お前なあっ!
被害者ぶんじゃねえよ!
もう、やめようよ二人とも……
こいつがケンカを
ふっかけてきたんだぞ?!
そんなの、どっちでもいいよ……。
私は疲れたよ……
若葉……
千雪ちゃんも、
みんな死んじゃった……。
どうしてこんなことになったの?
うう……ひっく……
俺は若葉の涙を見て、
すべての気持ちがしぼんでしまった。
玲也への怒りとか、亜百合への罪悪感とか、
兄貴を死なせた後悔といった、
すべての気持ちが……。
メソメソ泣いたって
仕方ないじゃないか。
死んだ人間が生き返るわけじゃないのに
でも……。
千雪ちゃんが死んだっていうのが、
まだ信じられなくて……
(千雪……)
こんな所で話し合ってないで、
船着場へ行こうぜ
行ってどうすんだい?
船はこなかっただろ?
お前らしくないな。
姫乃の伝達ミスとか、
向こうが一日間違えてる
って可能性があるだろ
どのみち船がこなければ、
俺たちは一生ここで
暮らすることになる。
そんなのはごめんだ
船がくる可能性に賭けるしかない、
ってことか……
俺たちは第一倉庫から
いくつかの食料を調達して、
海を眺めながら朝食をとっていた。
簡素な非常食や缶詰を食べながら、
若葉がポツリと言った。
本当なら最初の日に
みんなでカレーを作って、食べて……。
次の日にはバーベキューをする
予定だったのに……
今となってはどうでもいいよ、
そんなこと
若葉……。
船が来て家に帰れば、全部できる。
全部元通りになるはずだ
元通り……。
本当にそうなるのかな……
元通りになろうにも、
失った物が多すぎる──
そんなことは俺もわかっていた。
だけど、現実的なことは何一つ
考えたくなかった。
兄貴を守れなかった俺がやるべきこと、
それは若葉を無事に連れて帰ること
だけなのだから。
余計なことは、一切考えたくなかった。
(昨日は死のうなんて
考えちまったけど、
それは大きな間違いだった)
(俺が生きなきゃ、
若葉を守れないんだから)
こうしてただ船を
待っているのもなんだし、
少しディスカッションでもしようか
ケンカならもう買わねえぞ
はは、僕は犯人について
推理をしようと言ってるんだよ
犯人って……
姫乃ちゃんを殺した人のこと?
それもそうだけど、
僕は何者かが仕組んだ
連続殺人事件だと思っているんだ
連続……殺人……
……聞かせろよ、お前の推理
まず、昨日来る予定だった船が、
こなかった件。
犯人がわざと遅らせたの
かもしれない
それには予め宮ノ内さんに
船を遅らせるように
指示する必要がある
姫乃が犯人に脅されていた
ってことか……?
その可能性は高いね。
まあ、船を遅らせることで
犯人に何のメリットがあるのか
わからないけど
そして、一日目に事件が起こった。
宮ノ内さんは鋭利な刃物で
頚動脈を切られた
即死ではないにしても、
僕らが助けるのは不可能だった。
発見時には手遅れの
状態だったからね
…………ッ
若葉が悔しそうな表情でうつむき、
スカートの裾をギュッと握り締める。
これについては
複数の容疑者がいる。
単独犯と仮定するなら、
僕と美崎と先生先生の犯行は
不可能だ
美崎はあの時に、
僕が携帯を取りに戻る振りをして
宮ノ内さんを殺したなんて
とんでも推理をしてくれたけど、ね
あれは、お前が
若葉を責めたりするから……
まあ美崎が感情的になったことは
別にしても、アリバイが無い人間を
疑う心理はわからないでもない
ただ、美崎の推理を
成立させるには、
僕に卓越された運動神経と、
強靭な体力が必要になる
あの場に現れた僕は、
息を乱していたかい?
……いや。
憎たらしいほどに
涼しい顔してやがったな
そうだね。
耀くんたちと別れて、
その直後に姫乃ちゃんを襲って、
ベランダから飛び出して……
そして、また正面玄関から
入って来て、息を整えてから
みんなと合流する……
そんなプロのスポーツ選手
みたいなこと、
玲也くんがしたとは思えないよ
丁寧な解説をありがとう。
そうなると、
次の容疑者は雲母さん、
元宮さん、そして日良さんの
女性陣になる
宮ノ内さんが殺された瞬間、
雲母さんと元宮さんは
屋外の仮設トイレに居たと言っていたね
このアリバイについては、
雲母さんと元宮さん
双方の証言が一致してる
残る日良さんについては……
まだ若葉を疑ってんのか?
美崎は怒るかもしれないけど、
可能性は消えてないね
玲也くん……
若葉がどんだけ悲しんでたか、
お前も見ただろ!?
まあ、落ち着きなよ。
この件については一旦置いておこう
置いておくって……
そして、二日目。
夜中に抜け出した
先生(さきお)先生は、
頭から血を流して死んでいた
事故、自殺、他殺の三つの線から
考えてみたけど、
事故と他殺については
可能性が低いように思う
どうして?
あの晩に美崎も言っていたけど、
5年前にみさき先生が事故死をしてから
あの崖には柵が作られたよね
だから犯人が体当たりした所で、
成人男性を柵の向こうへ突き落とす事は
難しいように思う
事故についてもそうだね。
先生先生が自ら進んで
柵を乗り越えないと
起こらないよね……
ああ、僕もそう思うよ。
だからこの件で犯人が
いるのだとしたら、
先生先生は何らかの理由で
自殺せざるを得なかったんだろう
でも、なんか引っかかるんだよなあ
美崎が先生先生の自殺を
認めたくない気持ちはわかる。
だけど……
いや、そうじゃなくて。
あの晩は辺りが真っ暗だったし、
俺も混乱してたから
周りをよく見てなかったけどさ
兄貴の周りや崖の上をよく探せば、
他殺を証明する何かが
あるかもしれないだろ?
今から見に行く?
ここから崖の上に行くのは
時間が掛かるよ。
その間に船がきたらどうする?
そうだな……
まあ、いずれにしても。
先生先生が何らかの弱味を握られて
自殺に追い込まれたのだ
としたら……
怪しいのは、昼間に二人きりで
会っていた雲母さんだ
…………
(亜百合は、兄貴に自殺なんか
促していなかった。
ただ悩みを打ち明けていた
だけだったんだ……)
(亜百合の気持ちを考えれば、
何を悩んでいたかは
玲也に話さない方がいいよな)
ただ、その雲母さんも
自殺をしてしまった。
もしも雲母さんが犯人なら、
これで殺人劇は幕を下ろしたことになる
違う!
亜百合ちゃんは犯人じゃない!
慌てないで。
僕もそう思ってるから。
雲母さんを犯人と思わせる
トリックの可能性もある
トリック?
そんなの誰が仕掛けるんだよ
もちろん、真犯人だよ。
雲母さんが、犯人にとっての
重要な秘密を知ってしまった
それで、自殺に見せかけて
『罪を着せられたまま
殺された』という推論が
成り立たないかい?
なんでそんなぶっ飛んだ
発想が出てくるんだ???
根拠が無さすぎるだろ
雲母さんの爆死が、
あまりにも不自然だったからだよ。
どうして偶然にも僕たちが
雨宿りした場所で
タイミング良く死ぬんだい?
そして、僕らは見つけられなかった
遺書を、どうしてタイミング良く
見つけられたのか──
──ねえ、日良さん?
えっ……?
う、うん?
お前、まさか……。
まだしつこく若葉を
疑ってんのか?
ずっとそう言ってると思うけど?
だって考えてもみなよ。
この状況で容疑者は僕、美崎、
そして日良さん……この三人だよ
その中でどうして
若葉が犯人ってことになるんだよ!
状況証拠ってやつだね。
宮ノ内さんの第一発見者と、
雲母さんの遺書の第一発見者。
これが全部日良さんだ
加えて先生先生が転落死したときに
男女が別の部屋で寝ていた
だから、美崎と僕はお互いの
アリバイが証明できるけど、
日良さんのアリバイを証明できる人間は
もうこの世にいない
ちょ、ちょっと待って。
亜百合ちゃんの遺書は、
私があそこに置いたって言うの?
その通りだよ。
日良さんが、自分で書いた物を
見つけた振りをしてるんじゃないか
って僕は思ってる
お前、頭がイッちゃってないか?
若葉がそんなことできる
人間に見えるか?
サイコパスは見た目には
わかりづらいもんだよ。
キミは人を信用しすぎる
わ、私がサイコパス……
サイコパスはお前だ!!
聞いて、玲也くん。
あれは本当に、
偶然目に入っただけなの
確かロビーの受付に、
封筒が置いて有ったって言ってたよな。
あのカウンターの高さじゃ、
背が低い千雪の目には留まらないな
だから目線の高さから考えても、
若葉があの手紙を見つけたのは
まったく不自然じゃないな
うん……。
脱いだ服をどこに
掛けようかと思って
周りを見渡したら、
亜百合ちゃんの手紙に気づいたの
廃墟に有るにしては
おかしなくらい綺麗な封筒だから、
すごく目立ってた
ふうーん……。
美崎に聞くけど、
僕らが映画館に入ったときに
あんな封筒は有ったかい?
そんなの覚えてねえよ。
あの時は雨に濡れて
慌てて駆け込んだから、
目に入らなくて当然だろ
僕は無かったように思うな。
後からいきなり現れたんだよ、
あの手紙が
私も入ったときは
気づかなかった!
だけど本当に、
あそこに置いてあったの!
若葉は服を掛けようとして
じっくり見渡してから
気づいたんだ。
何もおかしくねえだろ
どうだか……
それに第一、あれは若葉の字じゃない。
雑誌やネットで見た亜百合の字に
そっくりだ。
あれは本人が書いたんだ
筆跡を似せただけじゃないのかい?
あんなに短くて簡単な文章なら、
あの場ですぐ書けたはずだよ
あのなあ……。
さっきからお前が言ってんのは、
推理じゃなくて屁理屈だぞ
だって証拠を集めようが
ないじゃないか。
だから本人の自白を促すしか
ないんだよ
玲也くんは、
私に自白して欲しいんだね……
犯人でもねーやつが、
どうやって自白すんだよ!
わからないよ?
大切に想ってる人が責められたら、
俺が真犯人だ……なんて
言いだす人もいるかもしれない
なんだよそれ……。
俺が犯人だって言うのか?
可能性は広げなきゃ。
すべてが同一犯だと
思い込んでいると
命取りになるかもしれないしね
どういう意味だ?
言えよ、美崎。
元宮さんを殺したんだろ?
ふざけんな!!
殺してねえよ!!
じゃあ、
元宮さんをどこへやったんだい?
だ、だからそれは……。
海に……
玲也くん!
耀くんは、千雪ちゃんのために
海に流してあげたって
言ってるんだよ!?
信じようよ!
日良さん……キミはそう言うけど、
本心では不自然に思ってるんだろ?
…………
思ってないよ。
耀くんはみんなを悲しませないために、
眠ってる私たちを起こさずに
千雪ちゃんを海へ流したんだよ
医者でもあるまいし、
息をしなくなったくらいで
死んだと断定するなんて、ね……
ちゃんと脈も測った!
それに関しての
客観的に認められる
証拠は有るのかい?
そんなの……
有るわけないだろ……
なあ、美崎。
本当のことを教えてくれ。
キミは誰かに指示されて、
元宮さんを殺したんじゃないのか?
そ、それは……
耀くん……
日良さん、今こう思っただろ?
殺人じゃないなら、どうしてすぐに
否定しないんだろう? って
玲也くん……ッ!
そんなこと、思ってないよ!
所詮、キミの美崎への想いなんて
その程度のものなんだよ。
少しの不信感で揺らぐ程度のね
だ、だって、
私は耀くんが千雪ちゃんを
殺したなんて思ってないし……!
もう、いいよ若葉。
俺を庇わなくても
耀……くん?
俺は千雪を殺した!
身動きが取れない千雪を、
海に沈めたんだ!!
…………ッッ!!
美崎……
これでもう満足したろ!?
千雪は二度と
戻ってこないんだよ!
千雪は死んだんだよ!!!
苦しんでる千雪を、
楽にしてやりたかったんだ!
それの何が悪いんだよ!!
そんなに声を荒げなくてもいい。
落ち着くんだ、美崎!
うるせえ!
死んだみんなにも聞こえるように
言ってんだ!!
千雪は、俺が殺した!
犯人にいたぶられる前に、
楽にしてやったんだよ!!
落ち着いてくれ!
僕はキミを傷つけたくて
言ってるわけじゃないんだ!
すると俺の身体は、
不意に玲也に抱き寄せられた。
玲也が唇を近づけていることに気づいて、
俺は力一杯に玲也を突き飛ばす。
何しやがんだテメエ!!
……日良さんは受け入れるのに、
僕のキスは拒むんだね
当たり前だ!
俺に触んなっっ!!
僕を気持ち悪いと思うかい?
でも、本気なんだ
昔から美崎のことが好きだった。
美崎に再会するのを、
どんなに心待ちにしていたことか
例えキミが人を殺したとしても、
僕はキミを愛せる自信がある
だから。
日良さんを見るのは、
もうやめてくれ
えっ……
お、俺が若葉を見てるとか!
愛せる自信とか……!
何を言ってんだお前は!?
あの、えっと……。
玲也くん、落ち着こう……ね?
落ち着く?
なんだか話が
おかしな方向に行ってるよ。
いつも冷静な玲也くんらしくない
うるさい……。
お前は黙ってろ……
!?
生まれながら恵まれているお前に、
上から物を言われる
謂(いわ)れは無い
(急になんだ?
玲也のこんな低い声、
聞いたことないぞ)
美崎と違う性別に生まれ、
更には島を出てからも美崎と
離れることは無かった境遇に
甘んじているお前が
知った口を利くな
お前が何の努力をしたというんだ。
何の苦労をしたというんだ。
すべてはお前の親が、美崎に
恩を着せただけのことだろう
玲也……くん……?
玲也?
お前、どうしたんだ?
どうしたも
こうしたもない。
これが本当の僕だ
美崎に受け入れられなかった
ことを考えると怖くて
今まで冗談めかしてきたけど、
僕の気持ちは本物なんだ
子供のときからキミ以外の人を
愛することはなかった。
美崎と過ごしたこの希島は、
僕にとって愛の象徴なんだ
なんだよ、それ……。
意味わかんねえよ……
人を愛するって、
こういうことなんだよ美崎
お前のは愛じゃなくて暴力だよ。
無責任に気持ちをぶつけられた
こっちはどうすりゃいいんだよ
無責任じゃない!
僕は自分の気持ちに
責任を持ってる!
いーや、違うな。
お前は暴走してる
お前は誰も愛しちゃいねえんだよ!
俺に、希島の楽しかった思い出を
重ねてるだけなんだよ!
そうじゃない……!
どうしてわかってくれないんだ!?
僕が……
男だから、なのか……?
男とか女とか、
今は関係ねえだろ!
そうか……。
もしキミが女の子だったら、
僕を受け入れてくれたのかもね
僕は昔から、
女の子にしか好かれ
なかったから……
自分勝手な事ばっか
ほざいてんじゃねーよ!
俺は男だ!
俺の性別まで否定すんな!
キミを否定したわけじゃない……。
ただ、ただ……
そのまま玲也は黙り込み、
ゆっくりと背を向けた。
その縮こまった背中が
今までの玲也とは明らかに様子が違って、
少し怖く思えた。
何か声をかけようかと迷っている矢先に、
玲也は言った。
少し、頭を冷やしてくる
どこに行く気だ!?
美崎……。
僕とキミは、学校の帰りに
よくゲームセンターへ行ったね
あ、ああ。
そんなこともあったな
あそこで一人になって考えるよ。
船が来たら呼んでくれ
おい、待てよ!
俺は玲也の肩をつかんだが、
玲也はこちらに振り向きもせずに
それを振り払った。
一人に……
させてくれ……
そう言って静かに歩いて行く玲也を、
俺も若葉も引き止めることはできなかった。
引き止められるわけが無かった。
今はどちらが声をかけても、玲也を深く傷つけるだけなのだから。
・・・
玲也が草を踏んで去って行く音だけが、
やけに耳にこびりついて離れなかった……。