金曜日は笹塚先生と一緒に帰ったトオル。
金曜日は笹塚先生と一緒に帰ったトオル。
月曜日の朝、登校するトオルの姿を見た他の生徒たちは皆、一様に気味悪がった。
それもそのはず、トオルの頬は緩みっぱなしだった。
ふふ、ふふふふ
不気味な笑い声を始終口の端から漏らしっぱなしで放課後に至る。
今日は忘れ物をしていないが、トオルは何事にも前向きに取り組みたい気分だった。
教室に入ると、黒板に何か書きつけてあるのに気がついた。
トオルへ
今回は宿題とする。
この句の現代語訳を、自分なりに考えること。
笹塚
えー
トオルは大きく膨らんだ風船を割られてしまったようだった。自然と肩の力が抜けてしまう。とはいえ笹塚先生からの書置きを無下にはできない。トオルは黒板に書かれた句を読み上げる。
筑波嶺の
峰より落つる
男女川
恋ぞつもりて
淵となりぬる
つくばねの
みねよりおつる
みなのがは
こいぞつもりて
ふちとなりぬる
う~ん、わからん
トオルは、教壇の上に置かれた百人一首の本をぱらりと捲った。すると、意味深に付箋の貼られたページがあるのに気がついた。
ふむふむ
トオルは、自分なりにこの句の解釈をしてみることにした。生物教師にもできるなら、高校生の自分にもできるかもしれない。なんとなく、そんな気がしたのだった。
数分後、トオルは黒板に解答を書き込んだ。
よし! できた
自分の手で書き上げた解答を満足そうに眺めて、トオルは教室を後にした。
その数時間後、職員会議を終えた笹塚は教室の戸をゆっくりと開けた。どうして会議は肩が凝るのだろうかと思いながら。
ふっ
肩を回しながら黒板を見た笹塚の顔に、思わず笑みがこぼれた。
『私はあなたに恋をしています』
トオルの解答は、職員会議の疲れも忘れさせるほどのパワーを放っていた。
かわいい奴
そういいながら、笹塚は黒板の文字を消した。
夜の教室に、チョークの粉が舞った。