トオル

金曜日か


 放課後、帰り支度を整えながらトオルはひとりそう呟く。

 明日と明後日は、先生に会えない。

 そう思った途端、椅子に腰掛けたまま動けなくなった。
 当たり前のことなのに、それがとてつもなく大きな出来事であるように感じられた。

 どれくらいそうしてたろう。室内はほの暗くなり、窓の外は陽がすっかり傾いている。
 明かりを点けようと立ち上がりかけたところで、教室の戸が開かれた。

笹塚先生

よぅ、なんだ、明かりも点けないで


 生物教師笹塚は、言いながらスイッチに手をかける。

 室内が一瞬白くなり、トオルは目を細めた。

 窓の外はすっかり暗い。

 窓越しにこちらへ歩いてくる笹塚先生の姿を見つめる。そのまま、トオルの前の席に腰掛けた。

笹塚先生

どうした、浮かない顔して

トオル

いえ、別に


 本当は、先生の顔を見たら泣きたくなったなんて、絶対に気づかれたくなかった。

笹塚先生

明日から休みだろ?

トオル

はい

笹塚先生

い~なぁ~

トオル

・・・・・・


 トオルは、さっきの感動を返してほしいと思った。あげたつもりは毛頭ないけれど。

笹塚先生

さ、はじめるか


 先生はぱらぱらと本をめくる。

 天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ
 をとめの姿 しばしとどめむ

 あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ
 おとめのすがた しばしとどめん

笹塚先生

で、現代語訳はな、

 笹塚先生はそこで言葉を切って、トオルの目をみた。

「帰らないで」

トオル

ーーーなんで、俺の気持ちーーー

トオル


 トオルが自分の勘違いに気づいたときには、先生に全てを悟られた後だった。

笹塚先生

なあ、今日、一緒に帰るか

トオル

えっ

 どき。

笹塚先生

ちょっと待っとけ

 ええっえええええええっーー!!

 笹塚先生は超多忙につき、本日はここまで。

 笹塚メモ
・六歌仙の一人
・三十六歌仙の一人

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