その日の放課後、藤原トオルは今日こそ心に秘めてきた思いを打ち明けることにした。

 生物教師笹塚は、今日もトオルの席に座っている。

脚を組む姿さえ、トオルには目の毒だというのに。

 例のごとく百人一首の本をパラパラとめくっている。

女子高生がファッション雑誌を見たとて、そこまで絵にはなるまいと思いながら、トオルは前の席に座った。

今日は、忘れ物を取りに来たわけではない。

笹塚先生

お、来たな


 少し延びた髪を後ろで結んだ笹塚先生は、やわらかく笑った。

 陸奥の
 しのぶもぢずり
 誰ゆゑに
 乱れそめにし
 われならなくに

 みちのくの
 しのぶもぢずり
 たれゆえに
 みだれそめにし
 われならなくに

笹塚先生

さて、現代語訳は

トオル

どうして


 笹塚先生の言葉を遮って、トオルはずっと聞きたかった言葉を口にする。

 今なら言える気がした。

トオル自身も見て見ぬふりをしていた気持ち。

以前から知りたいと思っていたけれど、知るのが何よりも怖かった、思い。

トオル

どうして、オレだったんですか

 現代語訳
 陸奥で作られる乱れ模様のように、私の心を乱したのは、誰あろうあなただ

 笹塚先生は、そっと本を閉じた。

 笹塚メモ
 作者は六条河原に住んでいた。
 源氏物語のモデルの一人。
 宇治にある平等院は作者の別荘だったが後に寺になる。

河原左大臣(十四番)

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