子供のとき、天国と地獄について
みさきさんから教わったことがある。


 良いことをすると死後に天国へ昇れて、
悪いことをすると地獄に堕ちるのだと。


 大好きなみさきさんの言うことだ。
俺は疑うこともなくその言葉を信じて、
良い子でいようと思った。


 だけど、心のどこかでこうも思っていた。


 地獄ってのはどこにあるんだ?


どこか遠い場所にあって、
俺とは何の関係も無いものなんじゃないか?
──と。


 俺はそれを、今になって知った。


地獄はどこか遠くにあるものではなく、
俺のすぐ足元に──


 いや、

最初から、俺の中に在るものだったのだと。






廃墟島の3日目《 後編 》







 希島に来て、3日目の朝がきた。


 自分のせいで亜百合が
この世からいなくなったことに、
涙を流すこともできなかった。


 ただ、ただ、俺は……
乾き切った瞳で朝焼けを眺めていた。


 瞳を閉じると、亜百合の顔が浮かんでくる。

 暗闇に立つ亜百合は涙を流し続け、
ひたすら俺を責め続けた。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

どうして私を
信じてくれなかったの?








 どうして俺は、亜百合を
疑ったりしたんだろう。


 兄貴が死んだ状況で、
みんなで助け合わなきゃいけなかったのに。





 亜百合を思い出すと、兄貴の最期を思い出す。


瞳を開ければ兄貴の姿は消えるが、
閉じると頭から血を流した兄貴が
また浮かび上がる。


 頭がどうにかなってしまいそうで、
俺には目を閉じて眠ることすら
許されないように思えた。

日良 若葉(ひら わかば)

耀くん……外にいたんだ。
あれから寝てないの?

美崎 耀(みさき あかる)

…………

 若葉から話しかけられても、
俺は返事をする気力が残っていなかった。

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんのことで
自分を責めてるの?

 黙ってうつむくと、
若葉の滑らかで柔らかい手が俺の頬を覆った。

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんが死んだのは、
耀くんのせいなんかじゃない。
自分を苦しめないで!

美崎 耀(みさき あかる)

……っ!

 朝焼けで光る若葉の瞳を見た途端に、
瞳の奥からじわじわと
涙がにじみ出るのを感じた。


 それは乾いた砂地に水が染み込むようで、
若葉の優しさに俺のすべてが
許されたようにも思えた。


 ……違う、そんなのは錯覚だ。
俺のしたことが許されるわけがない。

美崎 耀(みさき あかる)

亜百合に
『兄貴を殺したのはお前だ』
なんて人殺し扱いをしておいて、
俺が亜百合を殺しちまった……

日良 若葉(ひら わかば)

違うの!
本当に耀くんのせい
なんかじゃないの!

美崎 耀(みさき あかる)

慰めるのはやめてくれ。
俺は許されないことをやったんだよ

美崎 耀(みさき あかる)

兄貴も、もうこの世にいない……。
これじゃあ、
俺が生きてる意味なんか
無いじゃないか……

日良 若葉(ひら わかば)

生きてる……意味?

美崎 耀(みさき あかる)

俺も死ぬよ。
あの崖から飛び降りれば、
みさきさんや兄貴に会えるかな

日良 若葉(ひら わかば)

聞いて、耀くん!
亜百合ちゃんが自殺した本当の理由を、
私は知ってるの!!

美崎 耀(みさき あかる)

本当の……理由?

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんが、
何を先生(さきお)先生に
相談していたのか……

日良 若葉(ひら わかば)

今なら話しても、
亜百合ちゃんも
許してくれると思う。
だから耀くんだけには、教えるね

美崎 耀(みさき あかる)

…………ッ!

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんは芸能界に入って、
アイドルになって夢を叶えた

日良 若葉(ひら わかば)

でも、その代償として、
大人の男の人たちを
相手にすることを求められたの

美崎 耀(みさき あかる)

亜百合が……枕営業を?
嘘だろ?
だってあいつまだ、中学生だぞ

日良 若葉(ひら わかば)

私も最初は信じられなかったよ。
でもね、同じ女として
思い当たることがあったの

日良 若葉(ひら わかば)

耀くんが見たグラビア……。
私も見てみたんだけど、
身体が成熟しすぎている

美崎 耀(みさき あかる)

身体も立派に成長してたしなぁ

日良 若葉(ひら わかば)

んんっ?
どういうこと?

美崎 耀(みさき あかる)

雑誌のグラビアで
水着になってたんだけど、
中学3年生にしては
出る所がきちんと出て、
しまる所がキュッとしまってて……

日良 若葉(ひら わかば)

あれはもしかして、
男の人を知ってる身体なんじゃ
ないかな? って……

美崎 耀(みさき あかる)

やめろ!!
聞きたくない!

 俺は両の耳を押さえ、頭を激しく横に振った。

日良 若葉(ひら わかば)

聞きたくないのはわかるよ。
だけど、聞いて欲しいの。
亜百合ちゃんが、どんな思いで
今回のお別れ会を提案したかってことを

美崎 耀(みさき あかる)

…………

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんの最期の声を、
聞いてあげて

美崎 耀(みさき あかる)

…………

美崎 耀(みさき あかる)

……ああ。
わかった、聞くよ

日良 若葉(ひら わかば)

ありがとう、耀くん

日良 若葉(ひら わかば)

そもそもお別れ会の話が出たのは、
亜百合ちゃんが私に電話で
悩みを打ち明けたことが
きっかけだったの

日良 若葉(ひら わかば)

『もう芸能界を辞めたい。
希島でみんなで暮らしていた頃に
戻りたい』と言って、
ずっと泣いてた

美崎 耀(みさき あかる)

そうか……。
あの頃を思い出すために、
みんなでこの島に来たのか……

美崎 耀(みさき あかる)

だったら、なんで言って
やらなかったんだよ。
アイドルなんか辞めちまえって

日良 若葉(ひら わかば)

もちろん言ったよ。
このままじゃ亜百合ちゃんが
おかしくなっちゃうよ! って

日良 若葉(ひら わかば)

だけどね、芸能界を辞めること、
お母さんが許して
くれなかったんだって

美崎 耀(みさき あかる)

なんでだよ!
母親なんだろ!?
自分の娘が大事じゃないのか!?

日良 若葉(ひら わかば)

大事には想ってたと思うよ。
芸能活動を全面的に支えてたのは
お母さんだし。
でもね……

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんに向かって
『あんたが仕事を辞めたら、
私たちは食べて行けなくなる』
って、言ったんだって

美崎 耀(みさき あかる)

でも、あんなに売れてたんだから、
かなりの貯金はあったんじゃないのか?

日良 若葉(ひら わかば)

私もそう思う……。
だけどね、亜百合ちゃんのお母さんには
女としてのプライドがあったみたい

美崎 耀(みさき あかる)

プライド?

日良 若葉(ひら わかば)

耀くんは覚えてるかな?
亜百合ちゃんのお父さんとお母さんが、
離婚した理由

美崎 耀(みさき あかる)

ああ、覚えてるぜ。
亜百合の父さんは本土に女がいて、
そっちに本気になっちまった……
って

美崎 耀(みさき あかる)

確かその関係でゴタゴタしてる時に
亜百合は母さんと
本土へ行ったんだっけ。
その時に、芸能事務所から
スカウトされたんだよな

日良 若葉(ひら わかば)

うん。
亜百合ちゃんの芸能界入りは、
自分と娘を捨てられたと思った
お母さんにとっては、
絶好のチャンスだったんだよ

日良 若葉(ひら わかば)

ひと財産を築いて、旦那さん……
つまり、亜百合ちゃんのお父さんを
見返したかったんだって

美崎 耀(みさき あかる)

(そんなくだらねぇ意地なんかで、
男の相手をさせられた亜百合は
どんなに傷ついたんだろう……)

美崎 耀(みさき あかる)

(親に助けを求めたくても、
その親が主導してやらせてたんだ。
逃げ道が無い状況で、亜百合の心は
もう壊れていたのかもしれないな)

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんが希島の仲間として、
同じ女の子として、
私を頼ってくれたのは嬉しかった

日良 若葉(ひら わかば)

でも、私は芸能界のことなんて
まるでわからないし、
どうすればいいか
わからなかったの……

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんのことを考えたら、
周りの人なんかに話せないよ。
国民的アイドルのスキャンダルなんて、
一体誰に相談すればいいの?

美崎 耀(みさき あかる)

そう思ってお前は、
兄貴に相談するように促したんだな

日良 若葉(ひら わかば)

そうだよ……。
先生先生なら亜百合ちゃんも
話せるだろうと思ったから

日良 若葉(ひら わかば)

それに、私たちにとって
先生先生はヒーローだった。
子供の私たちが出来ないことを
何でも解決してくれた

日良 若葉(ひら わかば)

だからっ……だから!
亜百合ちゃんのことも
救ってくれると
思ったのに……っ!!

 亜百合は顔を両手で覆い、その場に泣き崩れてしまった。


 俺は、兄貴が居ないという現実を
未だに受け止められない一方で、
泣いている若葉を見て不思議と
心が落ち着いていった。

美崎 耀(みさき あかる)

なあ……。
亜百合はもう、
解放されたんだよな

日良 若葉(ひら わかば)

……何から?

美崎 耀(みさき あかる)

辛い現実からだよ。
自分を守ってくれなかった母親からもな

美崎 耀(みさき あかる)

後は俺が亜百合の所へ行って、
土下座すればいいんだ。
それですべてが終わるよな?

美崎 耀(みさき あかる)

亜百合が許してくれるか
わかんねぇけどさ。
俺がたくさん話を聞いてやって、
亜百合を救いたいんだ

日良 若葉(ひら わかば)

何、言ってるの……?
耀くんが死んで亜百合ちゃんが
救われるわけないでしょ……?

美崎 耀(みさき あかる)

じゃあ、どうすればいいんだよ!
心が壊れていた亜百合に、
とどめを刺したのは俺なんだよ!

日良 若葉(ひら わかば)

耀くん……

 屈み込んでいた若葉がすっと立ち上がり、
俺の頬に手を添えた。


 また子供のようにあやされるのかと思い、
その手をふりほどこうとしたが……。

日良 若葉(ひら わかば)

んっ……

美崎 耀(みさき あかる)

……ッッ!?

 俺の唇に触れる、柔らかい感触。


 若葉の顔が間近にきたと思った次の瞬間、
俺はキスされていたのだ。

日良 若葉(ひら わかば)

私は、耀くんが好き。
ずっと好きだったの、
子供の頃から

日良 若葉(ひら わかば)

だから、もう死ぬなんて
言わないで。
耀くんが死んじゃったら、
私はどうすればいいの?

美崎 耀(みさき あかる)

知らなかった。
お前が……
俺を好きだったなんて……

日良 若葉(ひら わかば)

耀くんが、私をそんな風に
見てないのは知ってる。
だからずっと言わないでおこうと
思ってたの

日良 若葉(ひら わかば)

だけど、耀くんが死んじゃうって
思ったら我慢できなくなって……

日良 若葉(ひら わかば)

私のことを好きになって欲しい
なんて言わないから。
だから、私の前からいなくならないで!

美崎 耀(みさき あかる)

ま、待ってくれ若葉!
俺は……



 俺は、若葉のことをどう思ってるんだ?


 若葉が成長して、女らしくなっても、
若葉を女として見ようとはしなかった。


 兄妹のように育った若葉が
女であることに気づくのは、
とても恥ずかしいことのような気が
していたから……。

美崎 耀(みさき あかる)

(若葉を汚したくなくて、
だから俺は……)

佐伯 玲也(さえき れいや)

ねえ、キミたち。
いつまでやってるんだい?

美崎 耀(みさき あかる)

れれれ、玲也!?

日良 若葉(ひら わかば)

玲也くん……!
ち、千雪ちゃんはまだ寝てるの?

佐伯 玲也(さえき れいや)

その元宮さんが、
大変なことになってるんだよ。
すぐに戻って来てよ

美崎 耀(みさき あかる)

大変なこと!?
急ぐぞ、若葉!

日良 若葉(ひら わかば)

うんっ!

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

う~ん、う~ん……

 俺たちが寝床としている
学校の宿直室へ戻ると、
寝袋に入っている千雪が
顔を真っ赤にしてうなされていた。

美崎 耀(みさき あかる)

千雪!
大丈夫か!?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

耀おにぃ……。
すごく苦しいです……

 俺は千雪の額に手を当てた。

美崎 耀(みさき あかる)

すげー熱じゃねえか!

日良 若葉(ひら わかば)

千雪ちゃん、
こうなったのはいつから?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

映画館を出たときから、
とっても具合が悪くなって……。
寝袋に入ったら、
どんどん身体が熱くなってきました……

日良 若葉(ひら わかば)

やっぱり雨に打たれたことが
良くなかったんだね……。
すぐに温まることができなかったし

美崎 耀(みさき あかる)

どうして具合が悪いことを
早く言わなかったんだよ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

みんなに迷惑かけちゃ
いけないと思ったんです……

佐伯 玲也(さえき れいや)

僕には迷惑かけたのにね。
こっちは疲れて寝てたのに、
辛いから水をくれだってさ

美崎 耀(みさき あかる)

そんな言い方ねーだろ!
自分より小さい子が
苦しんでるんだぞ!

佐伯 玲也(さえき れいや)

その小さい子を置き去りにして
イチャイチャしてた人間が、
よく言うね

美崎 耀(みさき あかる)

くっ……!

日良 若葉(ひら わかば)

待って、玲也くん!
耀くんはお兄さんを亡くしたばかり
なんだよ?
眠れないから私と話してたのが、
そんなにいけないことなの?

佐伯 玲也(さえき れいや)

そうだね。
よく考えれば、
傷心して落ち込んでる美崎に
言い寄ったキミが悪いんだね

日良 若葉(ひら わかば)

そんな言い方……

美崎 耀(みさき あかる)

俺は若葉に言い寄られて
なんかねえよ!

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ケンカ……やめて……

日良 若葉(ひら わかば)

千雪ちゃん、ごめんね!
ケンカなんかしてる場合じゃなかったね

 若葉はそう言いながら、
慌てた様子で常備品が入ったリュックを
手に取った。


 姫乃が用意して、
第一倉庫に置いて有った物だ。

 それぞれが持つリュックの中には、
各人がすぐに飲めるように
ペットボトルの水がいくつか入っている。


 若葉は千雪のリュックから、水を取り出した。

日良 若葉(ひら わかば)

はい、お水だよ……。
少し起き上がって飲める?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

はい……

 千雪は若葉に背中を支えられながら、
水をコクン、コクン……と飲み込んだ。

日良 若葉(ひら わかば)

他に欲しい物が有ったら言ってね。
何か食べたい物はある?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

今は、特に……

美崎 耀(みさき あかる)

食欲が無いんだろうな。
そうだ、薬を飲ませないと。
風邪薬は……えーと……

佐伯 玲也(さえき れいや)

最初に僕らがカセットコンロやらを
運んできた第一倉庫に、
救急箱が有ったよ

美崎 耀(みさき あかる)

よし、取ってくる!

 立ち上がったのと同時に、
何かにズボンの裾が引っ張られた。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

行かないで……
耀おにぃ……

美崎 耀(みさき あかる)

千雪?
どうした?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

耀おにぃに、側にいて欲しいです……。
二人で話したいことがあります……

美崎 耀(みさき あかる)

話したいこと?
わかったよ、千雪

美崎 耀(みさき あかる)

若葉、玲也。
悪いけど、二人で救急箱を
取って来てくれねぇか?

佐伯 玲也(さえき れいや)

まあ美崎の頼みだって言うなら
行くけど……。
日良さんを一人で行動させる
わけには行かないし

日良 若葉(ひら わかば)

あ、ありがとう。
玲也くん

佐伯 玲也(さえき れいや)

何か誤解してるようだけど、
僕はまだキミを犯人じゃないかと
疑ってるんだ

日良 若葉(ひら わかば)

えっ?
どうして?

佐伯 玲也(さえき れいや)

雲母さんの自殺の件にしたって、
僕らが見てないときに爆発が
起きるなんて都合が良すぎだろ

佐伯 玲也(さえき れいや)

だから僕が、
日良さんを監視しておかないとね

日良 若葉(ひら わかば)

…………。
疑われるような行動だったよね、
ごめんね

美崎 耀(みさき あかる)

玲也っっ!!
バカ言ってないで、
早く救急箱を持って来いよ!

佐伯 玲也(さえき れいや)

はいはい……

 落ち込む若葉とあの調子の玲也を
一緒に行動させるのは少し不安もあったが、
千雪が俺と二人で話したいと
言っているのだから仕方ない。


 それに、若葉を一人にさせるよりも、
玲也と一緒にいた方が身の安全を守れるだろう。


 例え玲也が、俺が思っている以上に
若葉を嫌っていたとしても……。



 二人が部屋を出て行くのを見届けた後、
俺は千雪の隣に腰を下ろした。

美崎 耀(みさき あかる)

……で。
話したいことってなんだ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ボクは……姫乃おねぇを殺した
犯人を知っています……

美崎 耀(みさき あかる)

犯人!?
姫乃が殺される所を見たのか!?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

殺してる所を
見たわけじゃありません……。
でも、後で姫乃おねぇを殺すために
協力させられたんだと気づきました……

美崎 耀(みさき あかる)

そのこと、誰かに言ったのか?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

誰にも言ってません……。
言えばボクも殺すと
言われました……

美崎 耀(みさき あかる)

じゃあ、俺に話しちまったら
千雪の命が狙われるだろ!?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ボクはもう長くありません……。
耀おにぃだけは犯人を知って
生き延びて欲しいんです……

美崎 耀(みさき あかる)

馬鹿なこと言うなよ!
こんなの単なる風邪だろ?
薬を飲めば治るって!

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

そんなんじゃなくて……。
わかるんです……。
次に殺されるのはボクだって……

美崎 耀(みさき あかる)

(千雪が犯人を知ってるなら、
確かに次に狙われるのは
千雪かもしれない)

美崎 耀(みさき あかる)

(でも、熱に浮かされて
妄想を話している
だけなんじゃないか?)

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

それから……。
耀おにぃに、もう一つ
聞いて欲しいことがあります……

美崎 耀(みさき あかる)

どうした?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ボクは耀おにぃが好きです……

美崎 耀(みさき あかる)

お? おう。
俺も千雪が好きだぞ

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

そうじゃなくて、
恋人になりたい方の好きです……

美崎 耀(みさき あかる)

はっ? えっ?
そ、そうなのか?
はは……ありがとな

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ちっちゃい頃から
耀おにぃのことが好きでした……。
耀おにぃと結婚することが夢でした……

美崎 耀(みさき あかる)

ま、待て待て千雪。
お前、熱でおかしくなってるだろ。
もう喋るな、休め

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

むぅ……。
今まで誰にもナイショにしてた、
ボクの本当の気持ちです……

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

耀おにぃがいなければ、
このお別れ会にも
来ていませんでした……

美崎 耀(みさき あかる)

そ、そうだったのか。
千雪が俺をそんな風に
思っていてくれてたなんてな

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

だから、犯人から逃げてください……。
耀おにぃが逃げれば……
みんなが助かるはずです……

美崎 耀(みさき あかる)

俺が逃げれば、みんなが助かる?
どういうことだよ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

だって、犯人は……。
犯人の名前は……

美崎 耀(みさき あかる)

待て! 言うな!

 俺はとっさに千雪の口を押さえた。


 千雪がモゴモゴと何かを喋ろうとし、
苦しげな表情を浮かべているのを見て
俺はようやく手を離した。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

どうして言わせて
くれないんですか……?

美崎 耀(みさき あかる)

犯人がどっかで聞いてるかも
しれねえだろ。
犯人の名前を言ったら、
お前が殺されるんだぞ?

美崎 耀(みさき あかる)

千雪を守る自信が無いわけ
じゃないけど……。
お前を危険に
晒したくねえんだよ

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

耀おにぃ……

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

わかりました……。
じゃあ、一つだけお願いを
聞いてください……

美崎 耀(みさき あかる)

なんだ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ボクが死んだら、
ボクの身体は海へ流して
ください……

美崎 耀(みさき あかる)

何言ってんだよ?
お前が死ぬわけ無いだろ!

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

でも、ボクはもう……
疲れました……

 か細い声でそう呟いた千雪は、
まぶたを閉じて眠りについてしまった。






 まさか死んでしまったのではないかと
不安になって、
千雪の鼻と口に手をかざす。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

すぅ……すぅ……

美崎 耀(みさき あかる)

(大丈夫だ、息はしてる)

美崎 耀(みさき あかる)

(しかし、
千雪が犯人を知ってる
って話は本当なのか?)

美崎 耀(みさき あかる)

(高熱で悪夢を見ただけ
なのかもしれないな)

日良 若葉(ひら わかば)

ハアッハアッ!
救急箱、持って来たよ!

美崎 耀(みさき あかる)

おう。
ずいぶん早かったな

日良 若葉(ひら わかば)

玲也くんと急いで走ってきたの。
千雪ちゃんの具合はどう?

美崎 耀(みさき あかる)

ああ、今寝たよ。
起こして薬を飲まそうか?

佐伯 玲也(さえき れいや)

一度起こすと、
また寝れなくなるだろ?
起きるまで待とうよ

美崎 耀(みさき あかる)

それもそうか。
兄貴も言ってたな。
寝るのが一番体力が
回復するんだって

佐伯 玲也(さえき れいや)

ふわあああ……。
僕も眠くなってきたよ。
一眠りするかな

日良 若葉(ひら わかば)

確かお迎えの船がくるのは
お昼頃って言ってたし、
それまで寝ようか

佐伯 玲也(さえき れいや)

まだ朝の7時か……。
4~5時間は寝れるかな

 若葉と玲也はそう言いながら、
寝袋に入っている。


 二人が寝息をたて始めた頃──
俺は、千雪の言葉について考えていた。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

耀おにぃが逃げれば……
みんなが助かるはずです……

 まるで犯人が”俺だけ”を
狙っているかのような言い方だった。


 でも、そうだとするならなぜ……
俺を一番先に殺さないんだ?


 それに──

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

わかるんです……。
次に殺されるのはボクだって……

 ──現段階で、千雪を殺せる人間。


 それは……。

美崎 耀(みさき あかる)

(なんてこった。
俺を抜かせば、
若葉と玲也しかいないだろ)

美崎 耀(みさき あかる)

(千雪が二人に怯えている
様子は無かったような……。
俺が気づいてなかっただけか?)


 俺と二人で話したがったことからも、
千雪は熱に浮かされながらも
冷静な判断をしていた可能性は高い。


 千雪が犯人を知っているというのは、
妄想ではないということだ。


 だが、俺に告白するために
二人になりたかっただけのようにも思える。


 かといって、すべてを千雪の……
子供の単なる空想の類として片付けるには、
千雪の言葉があまりにも気にかかる。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

殺してる所を
見たわけじゃありません……。
でも、後で姫乃おねぇを殺すために
協力させられたんだと気づきました……

美崎 耀(みさき あかる)

(姫乃を殺すには、
千雪の協力が必要だったのか?)

美崎 耀(みさき あかる)

(もしくは千雪が、
夢で見たことを現実で起こったと
勘違いしているのかもな。
子供にはよくある話だ)

 意図する、しないにかかわらず、
千雪がウソを言っている。


 そうだとしたらすべて合点がいくのだが、
ただ一つだけ気がかりな点はある。


 俺は”ある物”について、
はっきりと確かめていないんだ。


 あの注意深い玲也すら、
確かめる暇は無かったはずだ。


 もしも”あれ”の正体が
俺が思っているものと違うとしたら、
千雪の発言に真実味が帯びてくる。

美崎 耀(みさき あかる)

(今から確かめに行くか?
いや、この状況で千雪を
置き去りにするのは危険だ)

美崎 耀(みさき あかる)

(兎にも角にも、
クルーザーが迎えに来れば
すべてが終わるんだ)

美崎 耀(みさき あかる)

(兄貴の言葉じゃないけど、
後のことは警察に
任せればいい……)

 そうして俺は寝袋に潜り込み、
泥のように眠りに落ちた……。

日良 若葉(ひら わかば)

船……来ないね

美崎 耀(みさき あかる)

もう少し待ってれば来るだろ

佐伯 玲也(さえき れいや)

いや、とっくに来ても
おかしくないはずだよ。
もう夕方になるよ?

美崎 耀(みさき あかる)

何かの手違いで
遅れてるだけじゃねえのか?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

はあ、はあ……

日良 若葉(ひら わかば)

千雪ちゃん、朝より苦しそう……。
大丈夫?
ちょっと横になろうか?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

はあ、はあ……

 千雪は虚ろな目をして、
頷くのがやっとという様子だった。


 若葉は服が入った柔らかいバッグを
地面に置き、
それを枕代わりに千雪を横たわらせている。


 そうして俺たちは、日が落ちるまで
迎えの船を待ち続けた。


 しかし、次第に辺りは暗くなり……。

 夜になっても、
迎えの船はとうとうこなかった……。






廃墟島の3日目 《 後編 》

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