被害者はかなり血の気が多く、小さなトラブルをいくつも抱えていたらしいね。当日も妻と口論、息子を殴り、暴走族に脅されてもケンカしている

矢継

まぁそうだな。だが、それがどうした

つまり被害者を殺そうとするような人間は一人じゃないということだ。たとえば居酒屋の席でこっそり毒を混ぜて、ね

矢継

ってことは居酒屋で、ってことか。だが、アコニチンは即効性の毒だ。死亡時間とは開きがありすぎる

確かにアコニチンでは居酒屋で酒を飲んでいる最中に中毒症状が現れるだろう。だが、他にも毒飲まされていたとすればどうなる?

矢継

他に?

アコニチンはナトリウムチャネルを活性化させ、アポトーシスを起こして心臓発作などを引き起こす。しかし真逆の効果、ナトリウムチャネルを遮断して麻痺を引き起こす毒もある。それを同時に摂取すると互いの毒性が中和され、どちらか一方が完全に中和された後に中毒症状が起こる

すみません、全然わかりません!

 聞いたことのないカタカナがたくさん出てきて私の頭はショート寸前です。もしかするともう一部が一時停止してしまっているかもしれません。

要するに複数種類の毒を同時に飲むことによって死亡時間を後ろにずらすことができるということだ。そして、ナトリウムチャネルを遮断する毒として有名なのはテトロドトキシンだ

矢継

なるほど、フグの毒なら釣りをやっているやつなら手に入れることは難しくないな。つまり信之の可能性が高い

港町だから手に入れるのは誰にでもできただろうけどね。会社にルアーを忘れたのも被害者の死亡を確認する時間を作るための仕込みだろう。テトロドトキシンは数十分から数時間と発症までの時間が長いからね。被害者が飲み会の後、会社に戻ると予想していたんだろう

矢継

じゃあアコニチンは?

トリカブトは自生しているとはいえ、手に入れようとすればルートや行動は限られてくるだろう。最近の行動を調査すれば足がつくはずさ。僕の見立てではすぐに店を出た妻の方が怪しいと思う。中毒症状が出る前に店を出てアリバイを作ったつもりだったんだろう

矢継

わかった。その方向で容疑者の最近の行動について洗わせてみよう。検視にもフグ毒の痕跡が残っていないか調べさせる。名探偵の息子も立派な名探偵だな

僕はあなたに協力したいとも事件を解決したいとも思っていない。あいつをどう使おうがかまわないけど、僕まで巻き込まないでほしいね

 推理が終わると、また小岩くんはいつもの無口でつまらなさそうな顔に戻ってしまいました。事件の経過を見てきたように話す小岩くんはいつもあんなに楽しそうなのに、事件となるとできるだけ自分から遠ざけてしまおうとするのは何故なのでしょうか。

僕の役目は終わったね。それじゃ帰るよ

あ、待ってください! 私も帰りますから

 矢継さんに小さく頭を下げて、どんどん駅に向かっていく小岩くんを追いかけて、私はまた日常に帰っていくのでした。

五話:現場にいない犯人を追え(解決編)Ⅰ

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