な…っ
なんだ、おまえは――!?

軍服をまとった男が、驚愕と恐怖に叫ぶ。
その視線の先には、一人の少女。

あら、私のことを知らずにこの森へ?

高々とかかげる右手は、しかし、
ただの少女のものではない。

華奢な肩から生える腕は、
巨人のそれのように黒く巨大で――

あ、あ…

わあああ――――ッ!

――発端は、少し前のこと。

チバリ様、もう帰りません?
〈植物の魔女〉でも知らない薬草が、この森にあるわけないですって。

疲れた顔で言うのは、魔女の弟子。
森を歩きどおしで、くたくたなのだ。
しかしチバリは、怒った顔で、
弟子を振り返った。

何言ってんのよ、ノーラ。私はあきらめないわっ!
あの性悪魔女の得意分野で勝って、指差して笑ってやるまではっ!

とにかく一泡吹かせなきゃ収まらない!
まったく、ケーキにしびれ薬を盛るなんて、どんな神経してるのかしら?

ハーブティに媚薬を盛ろうとしたチバリ様が言いますか――

…?
何か、聞こえませんか?

え?

ノーラに言われ、
素直に耳を済ませるチバリ。

――いたぞっ
追い込め!

今だ、殺せっ

いや、裁判だっ
生け捕りにしろ、裁判だっ

…穏やかじゃないわね。

行ってみましょう!

二人は薬草カゴを持ったまま、
声のする方へと駆けつけた。
そこにいたのは、全部で四人の人間だった。

よしつかまえたぞ、魔女め。
大人しく、覚悟を決めるんだな。

違います、私は魔女なんかじゃ…!

信じられるか! 素性も明かさない、町へ来た目的も言わないで。

夜な夜な森へ行き、何かを集めていると報告があった。一体何を企んでいる?

っ、それは…!

魔女狩りか。あの子、何か事情がありそうですね。

助けるにしても、男三人が相手です。慎重に――

ちょっと、あんたたちっ
何してんのよっ!

あんたが何してくれてんでしょうねえ???

状況を見るなり、隠れていた茂みから
飛び出したチバリ。
ノーラは頭を押さえ、ため息をついた。

三対一でやっつけるなんて、そんな卑怯なことをして、恥ずかしいと思わないの?

えっ、あなたにそんな義侠心が?

私だって毒も薬も、罠も不意打ちも、なんなら目つぶしも使うけど――

恥ずかしいと思わないんですか?

大勢で一人を囲むなんて、それだけは絶対にしないわよ!

友達いませんもんね。

いるわよっ
小鳥さんとか!

なんだ、おまえたち?
我々の邪魔をするつもりか?

こんな森の中で、何をしている?
さては、おまえたちも魔女か?

あーあー、どうするんです?
こんな注目集めて、今更逃げられないじゃないですか。

三対三になったところで、うち一人は、今の今まで殴られていた女の子。
私だって喧嘩は得意じゃありませんし、チバリ様も、その細腕じゃ――

ふふん。誰が細腕だって?

得意げに笑い、チバリはマントの下から、
赤いフタのビンを取り出した。

…そんなの持ってきてたんなら、早めに言ってくださいよ。

見せた方が早いでしょーが。
…ごくん。

さて、ここは私に任せて。
ノーラは上手くスキをついて、あの子を助けて、うちに連れて帰って、手当てしてゆっくり寝させてちょうだい!

仕事が多い…

なんのつもりだ?
そんなモノを飲んで…

って、おい…
う、ウソだろ…

何っ!?

さあさ、とくと拝むがいいわ。

男たちの目の前で、チバリの小さな体は、
ミシミシ、ミシミシと音を立て――

その音が収まったときには、
右腕だけが巨大な、非対称な姿と化していた。

お…おおお…

冥途の土産に教えてあげるわ。

私は〈変身の魔女〉チバリ。
人体変成のエキスパートよ!

化け物がぁああっ!

覚えてろぉっ!

忘れるわーっ!

高らかに笑い、グイーッと伸びをして。
魔女は、楽しげに天を仰いだ。

あースッキリ! イヤなことがあったときには、体を動かすのがいちばんね。
これで〈植物の魔女〉にしてやられたことも忘れられそう!

多勢に無勢が卑怯だとか、そんなことはどうでもよくて、ただうっぷん晴らしをしたかったのだけなのである! な~んてネ。

とは言え助けちゃったものは、責任もってお世話しなくちゃ。大きな怪我はないようだったし、ちょちょっと薬を塗ればいい…

って、そう言えば!
傷薬のストック切らしてたんだ、大っ変!!

チバリは慌てて、自分の家へと駆け――

…駆けようとして、すぐに息を切らした。

腕おっも!! 走れるかぁっ!
誰よ、こんな巨大化させたの!!

自分である。

ただいまーっ!

おかえりなさい、チバリ様…

って、その腕のまま来たんですか?
ドアを壊さないでくださいね。

もうっ心配性ね。言われなくても、ちゃんと気を付けるわよ~

…………。

…それで、ノーラ。
傷薬のストックがもうなかったハズなんだけど…

…あとで直しといてくださいね。

作り方を教えるから、代わりに作ってくれないかしら。
変身薬が解けるまでしばらくかかるの。この腕じゃ、薬作りはできないわ。

はあ…
心配せずとも、もう作ってます。

え?

これを見たんです。
ほら、チバリ様の薬術書。

傷薬のレシピも載っていたので。
材料もあることですし、私一人でも作れますよ。

ノーラ…!

あなたってすっごく優秀!
賢い! できた弟子!!

わわっ。
くっつかないでください!

っていうか腕!
戻ってんじゃないですか!!

興奮すると戻りが早まるのよね。
ところで、あの子は?

そこのベッドにいますよ。

あら、本当だ。

あ…その…

緊張しているようですね。
傷薬も完成したことですし、私がリラックスできるお茶を淹れてきましょう。

ノーラがお茶を運んでくるまでに緊張を解いておいた方がいいわ。
でないと、とんでもないものを飲まされるわよ。

失礼な。

言いつつ、台所へ向かうノーラ。

さて、ノーラがお茶を淹れに行っちゃったから、私が薬を塗ってあげるわね。
少し冷まして…と。

殴られたのは、お顔だけ? 手足の傷は、逃げたり転んだりして擦ったみたいね。ちょっとしみるけど、我慢してちょうだい。

痛っ!
…あれ…?

すごい。痛みが引いて行く。
こんなに早く効く薬、普通じゃないわ。

それに、さっきの恐ろしい姿…
あなたは、魔女なんですか?

ええ、そうよ。

…善い魔女ですか?

善いも悪いもないわ。私はただ、願いを叶えるだけ。
あなたも何か、抱えていそうね、無口なお嬢さん?

せっかくだから、言ってごらんなさい。
さあ、あなたの願いはなぁに?

善い魔女がいたら、お願いしようと思っていたの…

兄を、助けてください。
兄は、義母に呪われて…

白鳥になっちゃったんです!

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