魔女の住む森の外れにて。

二人の少女と、一人の青年が、
親しげに言葉を交わしていた。

来てくれてありがとうございます、ベルンハルト様。

問題ないさ。ローズレッドさん、スノーウィさん。
でも、突然呼び出して、何の用だい?

えっと、お聞きしたいことがあって…

そんな三人を、
木陰からうかがう人影が、二つ。

ふむふむ。
あの男ね、ターゲットは。

なーんか、気取った男ですね。
着ている服も、高級そうな…

関係ないわ。
今回呼び出したのは、服じゃなく、体つきを見るためよ。

長身だけど、首周りの細さを見るに、筋肉質ではないわね。
薬は通常量で十分効くでしょう。

そうですね。
むしろ、多くなりすぎないように気を付けないと。

分量さえ決まれば、あとは楽だわ。
材料が希少だとは言っても、ほとんどはビンに詰めてストックしてあるし、そうでなくても裏の畑で取れるんだから。

あ、チバリ様。
そのことで言い忘れてたんですが。

何かしら?

今朝見たら、マンドラゴラの畑が全滅してたんですよね。

えっ

魔女が小さく叫ぶ横で。

あのっ、じゃあ、今度…

もちろん。楽しみにしているよ。

少女たちと青年とは、
何かの約束を取り付けたようだった。

コンコンッ

ガチャ

三日経ったわよ。
薬を受け取れるかしら――

って、あら?
もしかして、まだ完成してないの?

ローズレッドとスノーウィが、
再び魔女の家を訪れると、
二人の目に映ったのは、
忙しそうに鍋をかき混ぜる
チバリの後ろ姿だった。

あ、大丈夫よ。
もうちょっとでできるから、イスに掛けて待っててちょうだい!

三日あればできるって言ってたわよね。

できるできる!
もうあとは、お茶を一杯淹れるくらいの時間しかかからないわ。

不測の事態がありまして。
というのは、材料の一つであるマンドラゴラの畑が、見るも無残に枯れてたんですよ。

この薬の材料って、たいてい生命力が高くて育てやすいんですけど、それを枯らすって相当な才能ですよね。

うるさーい!
マンドラゴラは、生命力はあっても育てるのにコツがいる厄介な草なのよ!

まあ枯れたものは仕方ないし、他から手に入れようということで。
マンドラゴラは処刑場に自生するので、何か所か巡り歩いたんですが…

ひとっつも生えてないのよ!
誰かが先に抜いちゃったのね。薬草としては有名だし、町に生えるから、魔女以外にも手が届きやすいの。

しかも、処刑場巡りしているところを役人に見らまして。
もう少しで魔女狩りされるところでした。

なんで魔女ってわかったのかしら。
処刑場で草つんでるからって、決めつけだわ、偏見だわ。そういう趣味の女かもしれないじゃない!

趣味でやってる人がいたら距離置きますね、私は。

大勢に囲まれそうになったから、首吊縄をブンブン回して、ぺちぺちたたいて逃げてきたわ。

魔女と首吊縄の組み合わせに、役人がひるんでくれてよかったですよ。
アレ絶対私たちが魔法か何か使うと思って身構えてましたよね。

それで飛んできたのがぺちぺち攻撃だったからあっけに取られてました。

ええっ。なんか突然スキを見せたなと思ったのだけど、アレってあっけに取られてたの!?
私の縄使いに恐れをなしたのでなく!?

まあそんなわけで、マンドラゴラは手に入らず。
結局知り合いの〈植物の魔女〉を訪ねて、根を分けてもらったんですけど…

その対価に、さんざん畑仕事を手伝わされたわ!
足元見ちゃってさーあの腹黒眼鏡!

そんなわけで、時間がかかってしまいまして。
でもチバリ様の言う通り、もう出来上がる頃合いです。

よしっ煮込み時間は十分ね。完成よ!
鍋の中から、ひとすくい、ビンに詰めて…と。

さあ。これを食べ物か飲み物に混ぜて、彼にプレゼントするといいわ。

これで…

ベルンハルト様は、スノーウィのことを好きになってくれるの?

いいえ!

そう…

い・い・え!?

予想していなかった返答に、
二人はぎょっと目をむいた。

ちょっと、いいえってどういうこと!?
恋を叶えてくれるのよね!?

もちろん、そういう約束だもの。
それってつまり、相手と結ばれたいということでしょう?

その薬は飲んだ者の血を熱くして、肉欲を昂らせる効果があるの。

に…っ!?

チバリ様、難しい言葉を使ったらわかりませんよ。

いや意味がわからないわけじゃなくて!

つまり、ムラムラする薬ね!

だから意味がわからないわけじゃないってば! 言い換えなくても! わざわざ言い直すな!! バカ!!!

薬入りの食べ物を食べたら彼は我慢がきかなくなるから、すぐにベッドに誘いなさい。

そして既成事実を口実に、彼に結婚を迫るといいわ。
あ。そのときは、きちんと書面にサインさせるのを忘れちゃだめよ!

恋愛成就、祈ってるわね!

殴られたわ。

見事な平手打ちでした。

しかも、一人一発ずつ…
見てよ、ほっぺたが両方とも赤くなっちゃった。
紅顔の美少女ってやつかしら。

前向きで何よりです。

おしとやかそうなスノーウィちゃんまで手を上げるなんて…
人は見かけによらないわね。

スノーウィさんは見た目通り、おしとやかな良い子ですよ。
チバリ様の無礼さがそれを凌駕していただけで。

何がいけなかったのかしら…?
てんでさっぱりわからないわ。

乙女心って知ってます?

切り傷によく効くのよね。

オトギリソウの話はしてないです。

知らなかったようですが、普通の乙女は体の関係より、まずは心を手に入れたがるものなんですよ。

心ぉ!?

ガタガタッ

いたたたた…
あまりにもびっくりぎょうてんして、イスから転げ落ちちゃったわ。

この先一年は今の光景で思い出し笑いできそうです。

だったら私は、あなたの口角が上がるたびに胃が痛くなる呪いをかけるわ。
今夜の食事に気をつけることね。

それにしても、心だなんて。
そんな目に見えず手にも触れられず、ありやなしやもわからないものを、どうこうしようなんて本気で思っているの?

だいたい私は〈変身の魔女〉だって最初に名乗ってるでしょーが。血肉から成る体なら、自由自在に変えられる。
力が欲しい? 美人になりたい?
嫌いなアイツを蛙に変えたい?
お気に召すまま!
でも、血肉の外のことは知らないわよ。

マンドラゴラも枯らしますしね。

それは関係ない!
というか、ノーラ、あなたこうなること気づいてたでしょう!?

…………。

おもしろいことになるだろうなーとは、思ってました。

止・め・て・よ!!!

まぁったく…腹黒眼鏡を手伝い損だわ。

それで、その薬、どうします?
せっかく作ったことですし、似たような依頼が来るまでどこかへしまって…

あら??

薬のビンが消えて…
代わりに、金貨の袋が。

…………。

どっちだと思います?

持ってったのがどっちかってこと?
薬を使う本人に決まってるでしょ。
スノーウィちゃんよ。

なるほど…
私たちですら気づかぬうちに、こっそり買っていきましたか。

ローズさんの前で薬を買うのは恥ずかしかったんでしょうね。貞操観念に厳しい姉君のようでしたし。
いつも一緒の姉妹でも、考え方まで同じとは限らない、ということですか…

って、それこそどういうこと!?
お気に召す薬を作れたのなら、殴らなくたってよかったじゃない!

私、ローズちゃんだけでなく、スノーウィちゃんにも一発バチーンとやられたわよ!?

ローズさんの目をあざむくためでしょうね。一緒になって殴らないと、怪しまれるとか…
もしくは、金貨と薬をすり替える機会を作ろうとしたのかもしれません。

それにしたって酷い話!
もー、なんだか、気分が悪いわ!

そうだ! 薬の残りは鍋いっぱいにあることだし、うっぷん晴らしに、あの腹黒眼鏡に飲ませてこようっと。
マンドラゴラのお礼だって言って。

…………。
返り討ちにされなきゃいいですけどね…

その後の顛末。

恋する乙女・スノーウィは、
家に招いたベルンハルトにお菓子を振る舞い、
見事ハートを射止めたのだとか。

そのお菓子に何が入っていたのか、
それとも何もなかったのかは、
魔女と、本人のみぞ知る。

ねえねえ!
マンドラゴラのお礼に、ハーブティを持ってきたわ。一緒に飲みましょう!

それはステキだ。
しかしワタシは、自分で調合したお茶しか飲まないことにしていてネ。
ソレはキミが飲んでくれたまエ。

ところで、ちょうどケーキを焼いたところなんダ。食べるかイ?

食べるわ!!

 

おしまい

pagetop