踊れ、唯唯似つかわしく その9
なぜこんなところまで、依頼人。
あなた方が頑張っているのに、わたしだけ町でのんびりしているわけにはいきませんからね。
うそつけ! それでこんな危険なとこまで来るもんか。なにか企んでるだろ!
おお怖い。相変わらず狂犬のような人ですね。
盗賊に身をやつしたあなたに、お似合いの言動ですね。
お互いに険悪なムード。兄妹仲は最悪のようだ……
ペッパーさん、不躾な質問を一つ。
あなたがご自身の親を殺したという話を聞きました。それは……?
何を言っているんですか!?
どこからそんな話を、ははあ……レインですね。人を悪者にするとは何という外道でしょう。
いいですか、父を殺したのはレインの方なのですよ!
!?
この通り、手配書だって出ています。
懐から取り出した手配書。そこにレインの情報が事細かに記されていた。
もともと彼ら依頼請負人は、様々な賞金首を獲物としているのである。その用紙、フォーマットは馴染みのものである……
本物の、ようですね……
や、やめろ……やめろやめろ……
これはどういうことか。レインの話と正反対ではないか。
全部、うそだったのか……?
反論もせずうつむき、肩を震わす。それが何よりも物語っている……
リチャード、また騙されちゃったってこと?
…………
さて、レインは後で捕らえるとして……
ついにサートゥラクラッドの片割れを見つけてくれたのですね。回収をお願いしますよ。
できるわけないでしょ。近寄ったら爆発しちゃうのよ。
確かに、それは問題です……うーん。
そうだ! と手をうつ。
そこの娘を使うんです!
……?……!?
レインは丸腰なのでしょう? 向こう側にいる仲間の方に協力してもらえば、強制的に秘宝に近づけさせられるはず!
それはつまり犠牲になってもらうということ。炭坑のカナリアのごとく……!
は!? ……は!?
流石にひどくない? あなたたち兄妹なんでしょ?
……血の繋がりによる絆など、とっくに絶えてしまったのですよ。
父のこと。そして、わたしに対しても。
この娘は今まで散々わたしの事業の邪魔をしてきたんです。
搬送途中の秘宝を何度も奪われ、その際には大怪我をした者もいます。
あなた方だって、先程までレインに利用されていたのではないのですか。
そりゃ……そうだけど。
確かに。一歩間違えば、犠牲になっていたのはスネイクの方だ。そう、文字通りあと一歩であった。
むしろこれは世のため! 危険な輩を排除できる絶好の機会なのです。
お願いしますよ皆様方! なんだったら、追加の報酬をお支払いしたっていいんですよ!
追加のお賃金!?
目の色が変わる……!
…………
一つ、聞きたい。
これまで黙っていたリチャードが口を開く。
あんたの提案は……俺たちとレインが行動をともにしていなければ成り立たない。
一緒にいるのは、ただの偶然だ。……俺たちがレインと会わなかったらどうするつもりだったんだ?
まあまあ、仮定の話はいいじゃないですか。その時はその時で、知恵を絞ったでしょうから。
なるほど。
ならば俺の答えは、こうだ――
ごめんだね!!
!
!
!?
あんたは、秘宝の爆発のことを隠していた……つまり、最初から俺たちにヘマをさせるつもりだったな?
俺たちが死んでも構わない……むしろ死んで欲しいと思ってたんじゃないか?
!!
そしてレインがいることを知ったら知ったで、こうやって姿を現す。
あんたの提案通りレインを犠牲にしたとして……そのあと俺たちを生かして返すつもりはあるのか?
…………
ふふっ 気づいてしまいましたか?
わたしはサートゥラクラッドを使った大きな計画を考えていましてね……出どころや性質を知っている人を残したくないのですよ。つまり――
もちろん、皆さんにも死んでいただくんですよ……!
本性を現す依頼人……!
て、てめえーーーー!
どうやって? 依頼請負人4人を相手にするおつもりですか?
わたしがするわけ無いでしょう、そんな荒事!
みなさんやっておしまいなさい!
後ろから現れたのは、一見してオーラの違う男たち。さては専門家か……!?
武器を取り出し襲いかかってくる! すぐさま迎え撃つリチャードたち。
ぐぐぐ……
鍔迫り合いをしつつ、呻くように言葉をこぼす。
……俺は、依頼を誇りに思っている。
どんな困難な依頼だろうと成し遂げるし、それに見合う報酬をいただくことが信頼関係。
そうやって、ずっとやってきたんだ。
ところが、あんたはどうだ? そもそもヘマをすることを求めた依頼だと……?
こいつらなら、必ず成し遂げる。そう信じなかったというのか? そんな、そんなくだらない……
そんなくだらないものは、依頼でもなんでも無い……!
何をごちゃごちゃとわからないことを。
あなた方には死んでもらい、わたしは無傷でサートゥラクラッドを回収する。こんな素敵な計画がありますか!
むしろ、役に立てることを誇ってほしいですねえ!
だ・れ・が!
ペッパー……あんたに言っておくことがある……
あんたとの契約は――破棄させてもらう!
ご自由にどうぞ!
今更それがなんだって言うんです。破棄?? ププ、そうされたところでお命は頂戴しますよ!
きいいいいい悔しい……!
うぐっ ぐぐぐ……!
どれだけ啖呵を切ってみせても。理不尽に毅然と立ち向かっても。襲いくる暴力の前には意味がないのだ――
ふふふ、そしてこんなことに時間を使っていていいんでしょうかね。
さきほど見ていましたけど、レインはサートゥラクラッドを使ったのですよね。
それを使うと何が起こるか、まさか知らないわけではないでしょう?
決して暖かくはない遺跡の内部。その温度が、更に下がった、気がした。
いつの間にか、ペッパーの背後に現れた真っ黒な騎乗の幽霊戦士。
何奴……!?
魔物はペッパーにもリチャードたちにも気を払わず、その後方――大穴に向けて駆け出す。音もなく。
そのまま穴の上を、おお、なんと――
浮いてるじゃないのーー!
駆け抜けたのである……!
その向かう先は――
な……なんだお前なんだ!?
うわあああああああ!
はーーーはーーー危ねえなあもう……
命を刈り取る勢いで振るわれた大剣。満足に動けぬレインに避けるすべもなし。だが次の瞬間、襟を捕まれ乱暴に引きずられたことで事なきを得た。
ゴホッゴホッ……ありがと……
スネイクすまん、そいつを守ってやってくれ!
無茶言ってくれるぜ……! 護衛は柄じゃねえんだ!
なんで、なんでなんでいつも、こんな化け物があたしを襲うんだ……!
まさか、まだ気づいていないのですか?サートゥラクラッドの力を。
その口ぶり……何を知っているペッパー。
とんでもない威力の魔道具ってだけじゃないんだな?
うふふ、あんなもの……! ただのおまけです!
サートゥラクラッドは召喚機。この世ならざる、冥の生き物を呼び出し使役させるのです。
そんな危険な代物が……!?
確かに、レインが秘宝を使ったタイミングで必ず危険な怪物が現れていた。そういうからくりだったのか……!?
召喚~~? ただ暴れまわるだけじゃない。そんなのどーすんよ……!
自分で召喚して、自分の命を召し捕ってもらってたら、世話ないわね!
怪しげな男のナイフさばきをチョップでいなす。日頃の鍛錬の成果……!
仕組みを知らなれければそうなりますね。何も知らずに、己の召喚した存在に殺されたものも多数いたのでしょう……
召喚……? 冥の生き物……? そんな話、知らない……
ご敬愛の父殿から教えてもらえませんでしたか。彼もこれは、トップシークレットにしていましたからね……
秘密にするのはご英断だったと思います。こんなことが世に出れば、世界は冥の生き物によって混沌に飲み込まれてしまう。
けれど、父の愚かなところは、その秘宝すらも封印してしまおうとしていたのです!
愚か! 使わなくてどうするんです! もう! これがあればどれだけ世の中の構造を変えられることか……!
やめろ! 父さんの意志を踏みにじるんじゃねえ!
死んだ人間の意志をとやかく言うのは不毛というもの。残された秘宝をわたしがどうしようが、勝手でしょう。
そしてレイン、あなたに父の意志がどうこうと言ってもらいたくないですね!
父の命を奪ったあなたに!
うわああああああああああ!
ああ……あ、……ッ……
意気消沈するレイン。ただ、状況は彼女を待ってくれない。
死の波濤――!
うぐぐ、ぐぐぐ……
ナイフで受け止めんのは無理あるぜ……
なんであんた……
気に入らんが仕方ない。リチャードの頼みだしな。
それに、あんたはさっき俺を止めてくれた。これはその借りの返しみたいなもんだ。
え、だって……もともと……ハメたのはあたし……
俺はわかんねえんだ! そういう難しいの!
軽やかに笑う……!
やれやれ、リチャードに続きスネイクまでやられちゃった。なかなかの魔性よねほんと。
いや、いやいや、あたしの問題なのか……?
こんな状況で何を、と思うことだろう。だが、この極限状況で、確かに彼女の心を軽くした。
不思議ですねえ。彼女が大うそつきで、何度も妨害してきたことは明確なのに。なぜかばおうとするんです?
それには答えず。
レイン。あんたは、どうしたい?
こんな状況になっても、諦めない心があるなら。そして俺たちは依頼請負人だ――
は? 何? 依頼? ……や、だって……
だって。そいつの言う通り嘘をついて……もうあたしのことなんて信じられるわけ……
前にも言ったが、それは関係ない。
あんたが今まで何をしようが、どういう人間だろうが、それは判断に値しない。
ただ依頼という一点にのみ真摯に願い、こちらを信用するなら――
俺はいつだって聞き届ける。
―――――!!
あ……あ……
助けて……あたしを……
そして……あいつ……
ペッパーを倒して……!
聞き入れた!!
響き渡る大音声。
ブラックカード事務所、新たな依頼の受諾、完了である――――!
続く