聖帝国アライリッヒ、その辺境の森の中。
鼻歌交じりに、大鍋をかき混ぜる少女が一人…
聖帝国アライリッヒ、その辺境の森の中。
鼻歌交じりに、大鍋をかき混ぜる少女が一人…
ふふっふふーん、ふふっふふーん♪
まじょ~のおなべはぐっつぐつ~♪
さて、煮立ってきたところで、ヒヨスの汁をもう少し…
何事ですか、チバリ様!!!
爆発音を聞きつけて駆けつけたのは、
鍋を混ぜる少女よりも、
いくらか年上に見える娘だった。
あっ、ノーラ。
違うのよ、これは違うの。
ヒヨスの汁だと思ったものが液体火薬だったとかじゃないの。
ヒヨスの汁だと思ったものが液体火薬だったんですね?
机の上は片付けろって、いつも言ってますよね。忠告を聞かないからそんな事故が起こるんですよ。
意地悪ねぇ、ノーラったら。
違うって言ってるじゃないの。
それにしても…なかなか作れないわ、飛行薬。
またアイデアを出し直さなきゃ。
言いながら、チバリと呼ばれた少女は、
机の上の材料の山を押しのけた。
空いたスペースにノートを広げると、
んーっと、このアイデアはダメだった。これもボツ、これもボツ、と…
ノートに書かれたレシピのいくつかに、
大きくバツ印をつけて行った。
そのノートは…?
ああ、これはね。
じゃんっ。
こういうものよ。
『チバリの薬術書』…
レシピをまとめているのですか?
そうよ。あちこちに書き散らかしてあるモノを、整理しちゃおうと思って。
なかなか完成しないけどね。なにせ、私のレシピは膨大だから。
それに、今やっているみたいに、新しいレシピも作りたいしね~。
はあ…
空飛ぶ薬だなんて、そんなの、本当に作れると思ってるんですか?
失礼ね。作れるに決まってるじゃない!
コン コンッ
あら、ノックだわ。
お客さんでしょうか?
そうつぶやいたノーラよりも早く、
チバリが立ち上がった。
ドアに向かいながら、なおも語る。
魔法なんてないこの世界で、最も魔法に近いモノが薬なの。
薬には、不可能を可能にする力がある。だからこそ私は――
魔女を、名乗るのよ。
ガチャリ…
…………。
いらっしゃい、かわいいお嬢さん方。
あなたが、魔女?
ええそうよ。
私は〈変身の魔女〉チバリ。
さあ、あなたたちの願いはなぁに?
私たちは――
ある人への恋を叶えてほしいの!
聖帝国アライリッヒ。
魔女狩りが激化の一途をたどった時代。
これはそんな中で、
命知らずにも「魔女」を名乗る薬草師と、
願いを抱え魔女にすがる人々の物語。