ファルナ暦910年
東の地、砂漠のとある城

旦那さま、旦那さま!

何だ、一体何の用だ?

城の前に商人が来ております。
いかがいたしましょう。

商人だと。どうせ宝石だの衣装だの、愚にもつかぬ品を持ってまいったのだろう。つまらぬ客だ、追い返せ。

いえ、それが…
商品は、書物なのでございます。

何、書物とな?

それも、西方より運ばれた稀覯書(きこうしょ)だとか…

砂漠を越えた、はるか西の地か。

知識は金貨にもまさる宝。それも西方の書物となれば、かの地について知る、めったにない好機やもしれぬ。
興味がわいた。連れてまいれ。

かしこまりました、旦那さま。

御前に参る機会をいただき、恐悦至極に存じます。
ご覧ください、これら書物を!

栄えある詩歌、絢爛な物語、貴重な知識の宝庫でございます。

興味深いな。
む? その赤い表紙は?

おや、その本がお気に召しましたか?
西方の文字で書かれておりますが、聡明で博識な旦那さまですから、翻訳は不要でございましょう。

気に入ったなどと言っておらぬ、その逆だ。
あちこち傷だらけのボロではないか。なんだ、その本は?

これは魔女書でございますゆえ。
あちらでは邪教徒の書いたモノとして迫害され、焼かれ燃やされ、これがかろうじて残った一冊。

! つまり…

この世に二冊となき品物にございます。

ふぅむ…

西方の邪教徒の本か。
おもしろいではないか。買おう。

ではこちらを…

これは『魔女チバリの薬術書』。

今より百年ほど昔、魔女ではと怪しまれた者が、次々火刑に処された時代。
命知らずにも自ら「魔女」と名乗っていた、女がいたのでございます。

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