結月と明彦は互いに向き合う為、身体毎互いの視線を合わせた。

結月

アキ、朝は……

明彦

ユズ、朝は……

 発言したタイミングは同時だった。2人は互いに言葉を止める事無く頭を下げ合う。

結月

ごめんね!

明彦

悪かった!

 そうして頭を上げ、再び視線が絡んだ時……2人で笑い合った。

明彦

思っている事は一緒か

 穏やかな声で明彦が言う。

結月

うん、そうだね

 結月も素直に返した。
 2人とも喧嘩なんて本当はしたくなかった。気不味くなる事が何よりも嫌だった。その想いはお互いの表情から容易く読み取れた。
 しかし結月は思う。

結月

でもこのままじゃ駄目だ

 そうして再び明彦と向き合う決意を結月は固める。

結月

今までアキは何でも察してくれた。わかってくれないなんて思った事は無かった。でも言わなくてもわかるなんて……わたしの自惚れだった

 もう結月にとって彼は大切な幼馴染という存在ではない。

結月

今のアキは……わたしの彼氏

 自覚する事に恥ずかしさもあった。しかしそれでは駄目だと自身で否定する。
 考えていたのは美咲の言葉だった。

美咲

幼馴染の関係性ってのは一つ一つ気持ちを言葉にしてお互いの想いを確かめ合わなくても上手くやっていけるし、同じ方向を見ているんだって思う事も出来るよね。逆に言葉にしない方が上手にやっていけるかも知れないよ。そうそう無くならないから。だけど恋人は違う。恋人って関係自体も互いの好きの気持ちを確かめ合った結果出来上がるものだし、二人が違う方向を見たその瞬間に終わってしまう関係でしょ。だから乙女ゲームにはハッピーエンドもあるけどバットエンドもあるでしょ?

美咲

そしてバットエンドにしない為に選択肢を……言葉を選んで伝えるんだよね?こう言えば乙女ゲームが好きな結月ちゃんにはわかるよね?

結月

言わなくても全部わかるなんて考えていたら駄目。乙女ゲームだって言わないと伝わらない事は選択するし、言わなくて信じられなくなって……すれ違う事だってあるんだ。今日のわたしとアキみたいに……

 考える結月の傍で敏感に察した明彦が問い掛ける。

明彦

ユズ、どうかしたか?

 その穏やかな声に背中を押されるように結月は口を開いた。

結月

アキ、あのね……朝の事、もっと詳しく話す。何で怒っちゃったのかとか、全部。
だから聞いて!

明彦

ユズ……

 明彦は真剣な結月の声に驚いたように応じた。しかし数秒後、確かに頷く。

明彦

俺は朝からずっとどうしてユズが怒ったのか考えていた。だけど答えは俺だけでは見付けられなかったんだ。
だから俺からお願いする。ちゃんと話して欲しい

結月

うん!

 結月はそれに笑顔で頷いて、それから真剣な表情で続けた。

結月

アキ、わたしって乙女ゲームが大好きだよね

明彦

ああ

 明彦が静かに頷く。

結月

だからもうちょっと恋愛慣れとかしてるって思ったんだけど……現実は全然そんな事無かったんだ

明彦

どういう事だ?

結月

ちょっと恥ずかしいんだけどね。アキと……彼氏と登校出来るって事に舞い上がっててその……もっとこう雰囲気とか違うのを期待してたって言うか……。
だからアキの対応に対して残念に思っちゃったというか……それで怒っちゃったというか……

 しかし言いながら恥ずかしくなって下を向いてしまい、内心で頭を抱えた。

結月

う……思ってたより恥ずかしくて何にも上手く言えない。これじゃアキには伝わらないよ!
折角頑張ろうって思ったのに!!

明彦

…………?

 下を向いていてもわかる。絶対に明彦は理解出来ていないというような表情をしているだろう。

結月

もっと具体的に言わないと……!

 しかし伝えようとすると中々難儀だった。

結月

でもどうするの? もっと近くを歩いて欲しいって言っても絶対伝わらない気がするし……それよりもっと彼氏彼女っぽい事は……言える訳ないよね!?

明彦

一生懸命話してくれた所悪いが……ユズ、それどういう事だ?

 下を向いたまま熟考する結月に明彦が距離を詰めてきた気配がした。
 思わず顔を上げると困ったようにしながら見つめてくる彼の顔が……思った以上に近くにあった。

結月

……これ! これだよ!!

明彦

ん?

 不思議そうな明彦に嬉しくなって思わず彼の手を取る。

明彦

え……

 明彦が驚いたように固まったが、今の結月にはそんな彼を気にしている余裕は無かった。

1-16 面倒カップルの確かな一歩――結月SIDE――

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