ジュピター

ロココ?
チーギックは
ついて来てるか?

 七階層への階段はもうすぐだが、ロココの魔気の感知にチーギックとおぼしき魔物が後方にあると知らされていた。

 ユフィ達はハルの提案で、『階段に向かい、階段に到着する方が早ければよし、チーギックの方が早ければ討伐する』と決め進んでいる。



 そして先頭を歩くジュピターが、ロココに確認したところだ。

ロココ

離れていません。
付かず離れず
といったところです。

ランディ

うざってぇな。
軽く捻るか。

ユフィ

さっき決めた通り、
その形なら先に進んで。
階段までの距離と
奴との距離を考慮して
判断するわ。

アデル

でもシャインさんに
身ぐるみ剥がれていましたし
何故追跡してくるのでしょう。
少し不気味ですね。

ハル

確かに気になるっすけど
さっさと階段目指して
帰るっすよ。

ジュピター

さっきから
ハルがまともな事しか
言ってないな。
ランディが言うように
ほんとに賢くなったんじゃ
ないのか?

 ジュピターは笑っているが、一切前方への注意を怠っていない。言葉こそ油断していそうだが、瞳から放たれる光は、前方の警戒を怠っていなかった。

アデル

あの十字路さえ抜ければ
七階層までの階段は目前です。

 ユフィの傍を歩くアデルは、マッピングした地図をもう一度確認し、そう言った。

 その時、ロココの眉が動き、ユフィと視線を合わせた。

ロココ

チーギックが接近してきます!
かなりのスピードです。
他に魔物はいません。
このままなら
十字路までに追い付かれます。

ランディ

よし、んじゃあよ。
潰すぜ、いいなリーダー。

ユフィ

奴は速いわ。
ハルと一緒に撃退して。
もし素早く前進してくるなら
ジュピターと私で
迎撃する陣形でいくわ。

ハル

了解っす!
でも確かに
何で追ってくるんすかね?

ユフィ

その疑問は
奴を返り討ちにしてから
考えればいいわ。
今は戦うことに集中して。

 迎撃陣形になるやいなや、チーギックは姿を現した。先ほど捕縛から解放されたばかりの姿で、やはり武器のナイフなどは持ち合わせていないようだ。



 ハルがアデルの疑問に同調するのも無理はなかった。何故、集団でしか動かないチーギックが単独で追跡してくるのか。

 だがユフィが注意するようにそれを考える暇もなくチーギックが目前にせまる。

ジュピター

は!?
なんだ?
どうしたんだ?

 チーギックは猛然としたスピードをそのままに、ハル達の手前の壁に激突した。まるで前が見えていなかったようにスピードを緩めずぶつかったのだ。



 勿論、そのダメージはかなりのもので、黒い体液が飛び散ったのが、一番後方に居たアデルにも確認出来た。




 ランディが鼻で笑ってハルと顔を見合わせる。迎撃しようと戦闘態勢に入った後の珍事。そう思って緊張が解けるのも無理はなかった。

アデル

!?

 顔を見合わせたハルとランディは、アデルの見開いた目を察知し、その視線の先のチーギックを見直す。

ハル

な、何してるっすか!?

 壁に激突した後のチーギックが立ち上がり、自身の顔面部分を、正確に言うと自身の仮面を壁面に乱暴に擦り付けている。

 次は狂ったように壁面に仮面を打ち付け始める。何度も何度も打ち付ける……。その異様な光景に、唖然とするハル達。狂気じみたその行動は、どんなに鋭い刃を向けられるよりも心を冷やすものだった。


 ハル達に構うことなく、ずっと続く自虐的な行為。とっくにその仮面は粉々に砕け、チーギックの素顔が壁面に打ち付けられている。黒い体液は顔面のいたる所から溢れ原型を留めていない。

ハル

なっ!
何っすかこの臭いは!?

 ランディがその光景にイラつき、剣を持ってチーギックに近付こうとする。その時、ハルが耐え難い臭いに顔を歪めた。

ランディ

何だっつーんだ!
くそ!!

ユフィ

ランディ!
嫌な予感がするわ!
早く攻撃して!

 鼻を右腕で塞ぐユフィがランディに指示を飛ばす。チーギックはいまだに、顔面を壁面に打ち続けていた。

ランディ

逃がすか!

 チーギックは悪臭を放ちながら、ランディと交わることなく前進する。そのスピードは身体にダメージを受けているものとは思えぬほどだった。ハルの脇をあっという間に抜け、ユフィとジュピターも動けないほど素早く壁面を蹴り、十字路の方へ飛び抜けた。

ランディ

なんなんだアイツァよ。
イラつくぜ。

ユフィ

全員、陣形を立て直して!
何をしてくるか分からないわ!

 断末魔に近い奇声を挙げながら、ハル達に背中を向けたまま床面に顔面を打ち付ける。後ろからでも判別出来るほど、頭部が凹み損傷している。

 いまだにこの一帯は、耐え難い臭いが充満している。チーギックの奇行はハル達の精神を大きく揺さぶっていたが、事実上の被害はこの臭いぐらいしかない。


 ただ、状況は追われている状態から、帰路に立ち塞がれる状態に変化していた。

 チーギックは今迄で一番嫌な音を立ててから、もう原型など見当たらない頭部をゆっくり上げる。グチャグチャになった組織の一部がベダリと床に落ちる。両腕は力なくダラリと下がっている。



 ハルとランディが武器を構えながら近づく。ジュピターとユフィもいつでも反応出来る体勢で身構える。もちろんアデルとロココもだ。




 そしてチーギックはスローモーションで両腕を天井に向けながらこちらに振り向く。

 チーギックの首は宙を舞っていた。








 首以外の胴体と四肢全てが踏み潰されて床のシミと化していた。














 ハルとランディは最前線でそれを目の当たりにした。

 十字路の横から猛スピードで接近してきたそれがチーギックを踏み潰したのを。





 突然現れたそれは、足音を幾つも鳴らし、踵を返してきた。そして両の手に持つ金色の武器を、横に薙ぎ払った。



 すると先刻まで鼻を刺激していた耐え難い臭いが吹き飛ばされたかのように消えた。それは金色の武器を元の位置に持ち直す。そしてまだ臭いを探す様に鼻を少し上にあげてから左右に動かし、ハル達の方向で止めた。

 ハル達の身体に付いた臭いが、全部消えていなかったのだろう。この魔物はそれを判別し、床のシミの上で表情を曇らせ見下ろしてきた。










 全員分かっていた。

 この魔物がチーギックが放った臭いを消す為にやって来たのだと。そしてチーギックはこの魔物を呼び寄せる為にあの奇行に走ったのだと。奇行に見えた行動は、ハル達の帰路を塞ぎ、そして帰さない為……。





 チーギックの原型を留めていない首は、迷宮の冷たい床に転がりながらも、残酷な笑みを浮かべていた。

 ~編章~     204、奇行

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