シャセツ

おい、次に行くぞ。

 シャセツは、泣き散らかすハルとロココに何も構わず、リュウに細めた目で圧力をかけてきた。タラトも腕を回してから首を鳴らしている。

フィンクス

確かにチーギックを
討伐しないようにするのは、
俺も少しストレスが溜まったな。
帰るにしても、もうちょっち
回って帰るのはありだな。

 フィンクスの言葉にシャインも同調しているようだ。未回収だった最後の投げナイフを拾い上げ、器用に手の中で回してみせてから、脚と腕のホルスターに装着した。

シェルナ

まぁ、いつもの
パターンだね。

リュウ

そうゆうことだな。
ユフィ、いけそうか?

ユフィ

ロココ、ハル、
もう大丈夫?
少しは落ち着いたかしら?

ロココ

はい、もう泣きません。

ハル

ううう……
だ、大丈夫っす。

 ハルとロココは涙を振り払い、ユフィに返事をした。ユフィとしては、ハルの怪我と、ロココの刻弾の影響を聞いたつもりだったがどうやらそちらの方は大丈夫のようだ。

ロココ

刻弾を撃った後、
さっきの戦闘に居合わせて
なかったですけど、
自然に溜まった魔気で
一発くらいならまだ
刻弾も撃てそうです。

 チーギック以外の魔物を一斉に消し去ったロココの刻弾は全ての魔気を使用したものだった。それから戦闘に参加していないので、討伐による魔気の吸収はない。だが、滞在しているだけで魔気はエンゲージ・コアに蓄積していく。迷宮八階層の魔気濃度は濃く、その量は既に、刻弾一発分に達しているというわけだ。

ユフィ

駄目よ!
いくら貴方でも
さっきの刻弾を撃って
今、無事に立っているのも
不思議なくらいなのよ。
私達は今から帰るだけ。
その一発はもちろんだし
副作用がなかった
新型の刻弾も絶対に
使っちゃ駄目よ!

 強めの声色を上げるユフィ。そのユフィが言う新型の刻弾とは、大気中の魔気を集めて刻弾を具現化するロココオリジナルの刻弾のこと。ルグラに伺いをたてたコフィンから、使用は勿論、口外をも禁じられている刻弾の事だ。

ロココ

分かりました。
確かにユフィさんの
言う通りですね。

ユフィ

念の為よ。
絶対に帰還して友達に薬を
届けないといけないでしょ。

ロココ

はい、そうですね。

ユフィ

よし。
ハルも怪我の方は
大丈夫?
無理はしてないかしら?

ハル

腹ペコリンっす。

 怪我の様子を聞くユフィに対し、腹具合の心配を伝えるハル。並ならぬ打たれ強さと回復力を持つハルは、かつて腹が満たされれば回復すると自負していた。

 非常用の食料もあるが、シャインの持っていた甘い菓子を頂戴しご満悦のハル。もちろん後に法外な値段を請求されるのだが、そんなことは想像すらしていないようだ。

ユフィ

ふ~、心配無用のようね。
じゃ、私達は先に帰還するわ。
貴方達こそ気をつけてね。

リュウ

りょ~か~い。

アデル

シェルナ、
水薬1本ですけど
使ってください。
ハルに随分使ってくれた
みたいだから。

 アデルはまだ探索を続けるリュウ達に気を遣い、医療役のシェルナに水薬を渡す。

 帰還するだけだが流石に全部とはいかず、ハルに使用した分の一部でもお返ししておこうというアデルの気持ちだった。

シェルナ

うちのメンバー、
全然怪我しないよ。
皆、強すぎて笑っちゃう。

 そう笑い飛ばして遠慮したシェルナ。だが未知の八階層ということや、確かにハルに随分と使用してしまったのも事実。

 「貰える物は貰っとくじゃん」とシャインが一言。シェルナは苦笑いの後、アデルがまだ水薬を持っているのを確認して、アデルの好意にあまえることにしたようだ。

フィンクス

ここから階段までの道は
遠くないけど気を付けてな。

ランディ

ああ、さっきは助かったぜ。
帰ったら奢らせてくれ。

シャイン

まぁ悪いわね。
(実は当然と思ってる)
晩飯代が浮いて助かるじゃん。

ジュピター

そーいや、
ロココ達は不味い店に
行くんだよな。

シェルナ

そーそー。
ロココ、ちゃんとハルが
何も食べないように
見張っててね♪

ハル

不味い店楽しみっす♪

タラト

まず、い……?

ロココ

分かりました。
ちゃんと見張っておきます。
皆さんも気を付けて。

リュウ

折角念願の薬が
手に入ったんだから
腹壊すなよ~。

ロココ

はい、これでも結構
楽しみにしてるんですよ。

 ロココは眉を上げて白い歯を見せた。

 

 そうして、シャセツがしびれを切らして背を見せ歩きだす。その背中にハルが言葉を投げかけ、更に投げまくったが、当然スルーされた。






















 リュウ達を見送ったユフィ達はお互いの顔を見合わせ、もう一度仕切り直す。スイッチを入れ返るように帰路を再確認する。フィンクスの言うように僅かに距離はあるが、迷う要素がない道筋だ。

 刻弾を撃たない約束のロココと、水薬が減った状態。万全と言える状態でないが、六人が分断されていた先程までに比べれば安心感があると言えるだろう。

 ロココは薬の入った小瓶を、絶対に失わないように胸元の内ポケットに入れた。

 呪いを受けてしまった友人――バロックに必ず渡す。困難と知りつつも、そう決意し、一人故郷を後にした。仲間が自分の事のように危険を顧みず手伝ってくれた。これで皆との探索も最後……。様々な思いが一緒につまった小瓶。



 それを胸元に大切にしまい、ロココは帰路に足を進めた。

ランディ

全然魔物いねーな。

ジュピター

八階に降りてから
相当な数の魔物を
倒したんだ。
さっき一度通った通路だし、
この辺一帯の魔物は
もう居ないかもな。

ユフィ

油断したら駄目よ。
帰りこそが大切なんだから。

ジュピター

へいへい、
分かってますよ。

ハル

あともう少しで
階段っすよ。

アデル

それにしても
静かすぎるくらいに
静かですよね。
もともと迷宮は静かですが。

ランディ

さっきまでの戦闘が
派手だったしな。
それに大勢で話してたから
じゃねーの。

アデル

そうかもしれませんが、
何だか胸騒ぎがするほどの
静寂と感じるんです。

ユフィ

困難な目的を達した後だから
帰還時もいつも以上に
緊張しているかもしれないわね。
少し肩の力を抜いて
深呼吸しましょうか。

アデル

そうですね。
油断禁物ですが
緊張しすぎるのも
厳禁ですよね。

ロココ

後方に魔気の反応が……
でも……

ユフィ

どうしたの、ロココ!?

ロココ

魔気の反応はひとつ……
でもさっき逃がした
チーギックかと思います。

 ロココの魔気感知の反応に、何とも言えぬ空気が流れる。通常は戦闘モードに入るシーンだが、興を削がれた雰囲気。おそらく丸腰で、単体のチーギックなど、ハル達にとって何の障害でもないからだ。

ジュピター

別に襲ってくるわけでも
ないだろ?
勝手に向こうが
離れるんじゃないのか?

ロココ

確かに感知できますが
接近してくる気配は
見受けられませんね。

アデル

今は一刻も早く
帰る事を優先した方が
いいと思います。

ランディ

まぁ、来るっつーんなら
タコ殴りにしてやるけどな。

ユフィ

もう一度確認するけど
追ってきてはいないのよね?

ロココ

僕達が今止まってるから
はっきり言えませんが
接近はされてません。
逆を言えば、
離れてもいませんが……

ハル

じゃあ、
階段に向かえば
分かるっすね。
来なければ問題なしだし、
一気に追い掛けてきたら
やっつければいいし、
ゆっくり来るなら
階段上がっちゃえば
いいじゃないっすか。

ジュピター

おおっ!
ハルにしては
完璧な作戦だな。

ランディ

どうしたんだ!?
さっきの戦闘で頭から
おもいっきり壁にぶつかったから
賢くなったんじゃねーのか。

ユフィ

命狙われてるかもしれないのに
よく馬鹿みたいに笑うわね。
でもハルの言う通りで
それが最善手よ。
ランディは一番後方に回って
階段に向かいましょう。

 ユフィ達はチーギックに追われるかもしれない形で階段に向かう。いつもと隊形を変え、一番後ろにランディを配置して進んだ。アデルの言う「静かすぎるくらいに静かな」通路を。

 ~編章~     203、静かな通路

facebook twitter
pagetop