暗躍展覧会 その9

マルコック

ど、どうした! なぜこいつらは気を失ったのだ!?

広間にて叫ぶ男。こたびの首謀者、マルコックである。

――――

――――

マルコック

さてはあの催眠術師め、裏切りおったか

喚けど、応えはなく。そしてそのスキを見逃すような彼女ではない。

ベルティーナ

でやあああああ!

マルコック

ギョエーーーーーーーーー!

転倒し、ピクピクと泡を吹きながら仰向けに転がる!

ベルティーナ

ふう……なんとか……

ベルティーナ

本当に大変な戦いだったわ……

はーはー、一体どこに連れ去られてしまったんじゃ……

そこに姿を現す数人の男たち。彼らはそう、王の護衛ではなかったか。今まで必死に王を捜索していたようだ。

……いったいこの騒ぎはどういうことか。

確か貴様はギルドゆかりの者だったな……何を企んでいる……?

ベルティーナ

……! い、いえ企むなど……

ベルティーナ

あの、あなたがたは……?

こちらのことなど、どうでもよい!

雲行きが怪しい……! こちらを射殺さんばかりの形相だ。

貴様が今打ち倒した男は展覧会の主催だろう。何を考えている。先程の騒ぎといい、テロでも起こすつもりか。

ベルティーナ

いえ、ですから全てはこの男が仕組んだことで、

クックックッ……足元からささやくようなつぶやきが聞こえる。

マルコック

わしは貴族の有力者であるぞ? 平民の小娘と、どちらを信じるかと言ったら考えるまでもあるまい――

ベルティーナ

ぐぐぐ、ぐぐぐぐ……!

最後までなんと憎たらしいことか……!

どちらにしても貴様は連行だ。詳しく問い詰めてやる。そして彼の身にもしものことがあれば……

僕ならここに。

陛ッ……いえ、ご無事で……!

フォーー! よかった、もしものことがあったらわし、もーどうしていいか。

ククリ

ほらほら、僕ちゃんはちゃんと守ったわよ。感謝してほしいわね全く。

貴様、よくもこの方を連れ去ってくれたな……!

ククリ

ちょーまっ、話聞いてくださるー? 守ってたんだってば……!

いや、でもそんなの口ではなんとも言えるし……ほんとは誘拐するつもりだったかもしれんし……

アルマド

んもう、せっかく頑張って助けたのに……ベルティーナさんも、なんとか言ってくださいよ。

ベルティーナ

…………

アルマド

あ……もしかしてそっちも取り込み中で?

ギロリ

そもそも襲ってきたのはギルドの連中じゃろうが。こいつらもグルじゃろう?

ベルティーナ

それもマルコック卿の仕組んだことだったのです。彼らを操り、我がものとした……!

はあ、術??

痛痒! あまりにも特殊な状況ゆえ、受け入れてもらうこともまた難しい……

マルコック

クックックッ……これはチャンスだぞ。運が味方しておる。

マルコック

この場さえ切り抜ければ、いくらでもやり直しが可能じゃ……!

マルコック

そうなのです! 皆様! 全てはこの女の仕組んだこと。

マルコック

体感しましたでしょう。先程のギルドの連中の不遜極まりない振る舞いを!

マルコック

これは反逆行為ですぞ……!

ベルティーナ

何をぬけぬけと……!

ククリ

ちょ、ちょっと。あたしたちは知ってるわ。彼女が正しいわ。そこの貴族のオッサンが黒幕なんだから。

うるさいぞ。お前達もギルドの手の者だろうが……!

ククリ

違うっての……聞く耳を持たないんだから……

二人は、僕を守ってくれました。怪我すら負いながら。

決して、襲ってきた方々と共謀しているようには思えませんでした。

ククリ

僕ちゃん……!

アルマド

ククリ。お願いですから。

そう……なのですか……? 我々は勘違いを……?

マルコック

ええい、何を言っておるのです! お相手がお相手なのです。

マルコック

陛下を手に掛けようとした者共なのですよ。大掛かりな演技の一つくらい、するでしょう!

途端――

ククリ

はァ? 陛下? 何言ってくれちゃってるワケ?

アルマド

リーグレンの少年王……ま、まさか―――ッ

貴様が、なぜそれを知っている。

マルコック

しまっ……

策士語るに落ちる……!

この度の展覧会視察はお忍びだったはず。そもそも少年王の件はトップシークレット。そのご尊顔を拝むことのできる者は、一握りなのだ。

マルコック

いえ! いえいえいえ! わたしも王宮には何度も出入りしております。陛下の御身は拝見したことが……!

リチャード

だとしても、これは言い逃れできないかもしれないな。

アルマド

リチャード!

スネイク

またせたな!!

遅れて登場する、主人公……!

リチャード

どれだけ急いでも20分。決着の場には間に合わないとしても――フッ、

リチャード

後始末の場面には、間に合うってわけだ。

リチャード

マルコック卿の館で見つけた。今回の悪事が、事細かに記されているぞ。

マルコック

!!!!

どれどれ……こ、これは…………それにこの封蝋、本物のようじゃな。

マルコック

う、うぉーーーーー! うぉぉぉぉぉぉ!!

観念しろ悪党め。

散々場をかき回してくれたな……

マルコック

助けてくれーーーーーーー!!

連れ去られるマルコック卿。その叫びが、広間にこだまする。

一件落着、である――――!

ククリ

陛下。え? 陛下。陛下って王さま。この国の??

スネイク

ぽけー

あわれ、事情の飲み込めぬ者も数名。

バレてしまいました。

ククリ

王さまーーーーーーー!? えーーーーーーーッ この僕ちゃんがーーーーー!?

アルマド

ククリ……! お願いですからーーーーー!

その後――

ベルティーナ

正式に調査をして、マルコック卿の悪事は白日の下になったわ。……呪術師共々、極刑は免れないでしょうね。

ベルティーナ

ギルドも直接的には騒ぎを大きくした存在だけど……事情を汲んで、なんとか存続は許してもらえたみたい。

ベルティーナ

上の方の人員の調整は入りそうだけどね……

アルマド

まあ寛大な処置と言ったところでしょう……あなた方には不幸でしょうが、事が事ですからね。

リチャード

……で? 俺はあんたに、言ってもらわなけりゃならないことがあると思うが?

ベルティーナ

……そうね。

深々と、4人に頭を下げるベルティーナ。

ベルティーナ

まず、あなた達を囮に使ったこと。ごめんなさい。

ベルティーナ

どうしても、わたしの方でも調査をしたかったから……

ベルティーナ

あなた達の状況は詳しく聞いてないけど、きっと危険な目にあったのでしょう。本当に、ごめんなさい。

リチャード

侵入者がいると事前にマルコック邸に密告をしたのか?

ベルティーナ

え? そんなことはしてないわよ?

ククリ

何の話? いきなり襲われでもしたの?

スネイク

そうだぜ。大変だったんだよ全く……

アルマド

おそらくわたし達と一緒でしょう。ベルティーナさんはもともとマークされていた。だから、接触したリチャード達まで、狙われた――

スネイク

どっちにしても、そりゃあんたの落ち度じゃねえか。おかげでこっちはいい迷惑だぜ。

ベルティーナ

ええ。それについては本当にごめんなさい……

リチャード

それは別にどうでもいい。

ベルティーナ

え?

リチャード

荒事に送り込まれるのは別に構わんさ。

リチャード

依頼の裏にどんな意図があろうと、それはあんたの作戦。俺たちは、自分の依頼を果たすだけ――

一呼吸。一転して、厳しい表情をベルティーナに向けるリチャード。

リチャード

俺が一番気に入らないのは、“嘘”の依頼をされることだ。秘密を探れ、と言っておいたくせに、単に捕まって時間稼ぎをさせるだけ、とかな。

リチャード

それは、俺達の実力を馬鹿にしてる――許されざる、冒涜だと、思ってる。

リチャード

話を聞いた限りそれはなさそうだ。安心して、今後も関係を続けられそうだよ。

ベルティーナ

あ、ありが……とう……

ククリ

やれやれ。うちのリーダーは、相変わらず難儀なポリシーをお持ちね。

茶化すようなククリの言葉に、片眉を軽く上げて応じるリチャード。

スネイク

お! お! 仲直りか!? しゃーねーな、リチャードが許すってんなら俺も許すぜ。

スネイク

よっしゃ嬢ちゃん、仲直りのハグ!

ベルティーナ

キェェェェェェェ!

徹底抗戦の構え……!

スネイク

・ ・ ・

アルマド

ちょっと傷ついた顔ですね、これは。

などと、軽口の叩きあいをしつつ、いつしか言葉も少なくなった頃――

ベルティーナ

ねえ、今回の件でわたし考えたことがあるの。

言いよどむように、けれど意を決して口を開くベルティーナ。

ベルティーナ

ギルドも……上層部の結束が弱い。己が利ばかり考えている人もいるわ。そして構成員も、絶対の信頼をおいて任せられる人員は……不足している。

ベルティーナ

今回のようなことが起きた時、困るのは目に見えてる。あなた達のような存在が……必要なの。

ベルティーナ

ギルドに……入ってもらえないかしら……?

魅力的な提案! ギルドがあるにも関わらず、セントファーンに無所属の依頼請負人が多いのは何も彼らの気質ばかりが原因ではない。
 様々な基準や能力テスト、そういったものをクリアしなくては入れぬ狭き門なのだ。

その困難を考慮した上でも、一定の仕事の保証、他の町とのネットワーク、受けられる補助……その恩恵は大きく、ギルド所属というのは依頼請負人たちが憧れる、一つのステータスとなっている。

スネイク

ヒュー! まじかよ……!

リチャード

今まで、ギルドの仕事を横取りしたこともある。妨害も……な。そういうのは水に流してくれるって言うのか?

ベルティーナ

ええ。もっとも、それでもあなた達を気に入らない連中は出てくるかもね……でも、わたしのできる範囲で、そういうのもフォローするつもり。

リチャード

驚くほど高待遇だな。フッ、買ってくれて嬉しいよ。

アルマド

リチャード。またとない機会だと思いますが……どうしますか。

リチャード

…………

浮き足立つ3人。だが、結局方針を決めるのはリチャードの仕事なのだ。
 ゴクリと、固唾を呑む音が聞こえそうな緊張感。そんな僅かな逡巡の後――

リチャード

だが遠慮する。ポリシーなものでね。

ベルティーナ

残念ね。

半ば、その答えを予想していたように。ほっとしたとも言える表情。そしてイタズラっぽく。

ベルティーナ

それに、あなた達みたいな爆弾抱えこまなくて正解かも。

アルマド

ひどい言われようです。

ククリ

クスクス、爆弾の規模で言えばアルマドが一番危なくなぁい?

アルマド

わたしは暴発しない爆弾なので問題ありません。

スネイク

ああん!? 爆発しろよ爆弾なら! 存在意義を失っちまうだろうが!

アルマド

ぐええ勘弁してください!

暑苦しくアルマドに抱きつくスネイク。先程のハグが不発に終わったフラストレーションがここで爆発してしまったのだ……!

アルマド

ぐええ苦しい、ぐえ、助けてください、ククリ、なんですかその表情、

ククリ

楽しげ!

ベルティーナ

じゃあね。今回は本当に助かったわ。

リチャード

ああ。また、な。

ベルティーナ

! ええ、“また”。

ギルドと、草の根の依頼請負人。道は違えど、その道は交わることもある。そして不思議なことに、何度も。次に交わる時はいつになるだろうか。

そんな予測不能な、不安にも期待にも似たほのかな思いを抱えつつ、それぞれの帰路へとついたのだった――

暗躍展覧会 終わり

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